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家族みんなで乗り越えた“ひとつの壁”

📖 約52✍️ 鈴木 美咲
家族みんなで乗り越えた“ひとつの壁”
知的障害を伴う自閉症の息子が思春期に陥った混乱期を、家族が「チーム」としていかに克服したかを綴った体験談です。当初、家族だけで問題を抱え込み、孤立と疲弊の極限にいた一家が、外部の相談支援員と繋がることで事態が好転。レスパイトケアの重要性や、家族会議を通じた本音の対話、役割分担の再定義といった具体的なステップを詳述しています。また、当事者である息子の自己決定を尊重し、趣味を通じた社会参加を促すことで得られたポジティブな変化についても言及。壁をなくすのではなく、「壁があっても幸せになれる家族」を目指す姿勢を提示します。

光が見えなかった日々を越えて:家族がチームになった瞬間の物語

「この先、私たちの生活はどうなってしまうんだろう」。障害を持つ家族を支える中で、そんな漠然とした不安に押しつぶされそうになったことはありませんか。出口のないトンネルを歩いているような、終わりのない戦いの中にいるような感覚。それは、決してあなた一人が抱えているものではありません。

この記事では、知的障害を伴う自閉症の息子を育てる我が家が、直面した「最大の壁」をいかにして家族全員で乗り越えたのか、そのリアルな体験談を綴ります。この記事を通じて、困難の渦中にいる皆さんが「一人ではないこと」を感じ、少しでも前向きな未来を想像できるようなヒントをお届けできれば幸いです。


崩れ去った日常と、直面した最大の試練

息子が中学生になった頃、我が家はこれまで経験したことのない混乱の渦に飲み込まれました。それまでは比較的穏やかだった息子の情緒が、思春期のホルモンバランスの変化や環境の変化によって、激しく乱れ始めたのです。こだわりが強まり、些細なことでパニックを起こし、時には家中の家具をなぎ倒すほどの激しい他害や自傷行為に発展しました。

私と夫は疲れ果て、家の中は常にピリピリとした緊張感に包まれていました。「明日は今日よりもひどくなるかもしれない」。そんな恐怖が日常を支配し、私たちは次第に社会からも孤立していきました。家族の絆さえも、バラバラになりかけていた時期でした。

「普通」への執着が自分を苦しめていた

当時の私が最も苦しんでいたのは、「普通の中学生らしくあってほしい」という無意識の願いでした。周囲の同級生が部活動や勉強に励む姿を見ては、息子と比べてため息をつく毎日。この「比較」という行為が、私自身の心をどれほど深く傷つけていたかに気づく余裕さえありませんでした。

息子がパニックを起こすたびに、「私の育て方が悪かったのではないか」「もっと早く適切な療育を受けさせるべきだったのではないか」と自責の念に駆られました。しかし、自責は解決策を生みません。ただ、自分自身を消耗させるだけの毒だったのです。

きょうだい児の沈黙と、見落としていた孤独

息子の3歳下には娘がいます。いわゆる「きょうだい児」である彼女は、家の中が荒れるたびに自分の部屋に閉じこもり、じっと耐えていました。私は息子の対応に精一杯で、娘が抱えている寂しさや、友達を家に呼べない疎外感に気づいてあげることができませんでした。

ある日、娘がポツリと言った「お兄ちゃんがいなければ、うちは普通の家だったのに」という言葉。それは、私の心に深く突き刺さりました。娘もまた、この家族というチームの中で、誰よりも孤独な戦いを強いられていたのです。

夫婦関係の亀裂と、積み重なる疲弊

夫との関係も最悪でした。仕事で疲れて帰ってくる夫に対し、「あなたは外に逃げられていいわね」と棘のある言葉をぶつけてしまう私。夫もまた、どう息子に接していいか分からず、酒量が増えていきました。私たちは同じ屋根の下に暮らしながら、別々の島で遭難しているような状態でした。

会話は息子の問題行動への対策や、学校からの呼び出しの報告ばかり。かつて笑い合っていた記憶が遠い昔のことのように感じられました。家族としての機能が停止しかけていたあの頃が、私たちの人生で最も暗い季節でした。

⚠️ 注意

家族だけで問題を抱え込むと、共倒れになるリスクが非常に高まります。限界を感じる前に、必ず外部の声を求める勇気を持ってください。


支援の扉を叩き、外部の光を家に入れる

「もう、これ以上は無理」。そう認めた日から、私たちの本当の戦いが始まりました。それは、家族だけで解決することを諦め、プロの力を借りるという決断でした。地域の相談支援事業所に連絡をし、今の窮状をすべてありのままに話しました。涙が止まらず、支離滅裂な説明だったと思いますが、担当の方は静かに聞き届けてくれました。

そこから、私たちの生活に少しずつ「外部の視点」が入るようになりました。福祉サービスの手続きを進め、放課後等デイサービスやショートステイの利用を開始しました。最初は「息子を追い出すようで申し訳ない」という罪悪感に苛まれましたが、その考え方こそが自分たちを追い詰めていたのだと、すぐに気づかされることになります。

相談支援専門員という「戦略家」の登場

私たちの担当になった相談支援専門員さんは、混乱する我が家の状況を整理し、優先順位をつけてくれました。まずは息子の情緒を安定させるための医療的アプローチ。次に、私たち両親が休息を取るためのレスパイトケア。そして、娘との時間を確保するための具体的なスケジューリングです。

彼女は、私たちが自分たちを「かわいそうな家族」としてではなく、「特別な支援が必要なチーム」として再定義する手助けをしてくれました。「助けてもらうのは、本人の権利であり、家族の義務です」。その言葉が、私の背負っていた重荷をふっと軽くしてくれたのを覚えています。

レスパイトケアがもたらした「心の隙間」

ショートステイを初めて利用した夜、家の中には静寂が訪れました。息子がいない寂しさはありましたが、それ以上に「今夜はパニックが起きない」という安心感が勝りました。夫と娘と、久しぶりにゆっくりと夕食を囲み、息子のこと以外の話をしました。

この「心の隙間」ができて初めて、私たちは自分たちがいかに極限状態にいたかを客観視することができました。休息は贅沢ではなく、支援を継続するための燃料補給なのだと痛感しました。息子が帰ってきたとき、私は久しぶりに心から「おかえり」と笑顔で言うことができたのです。

情報の共有が家族の不安を軽減する

支援員さんや放課後等デイサービスのスタッフさんと定期的に連絡を取り合い、息子の状態を「見える化」しました。いつパニックが起きたか、その原因は何だったか、どのような対応が有効だったか。これらの情報を記録に残し、家族間で共有するようにしました。

感覚的な「大変さ」を数値や文字として整理することで、私たちは息子への対応を一貫させることができるようになりました。「予測がつかない恐怖」が「データに基づく対応」に変わったことで、夫も息子への接し方に自信を持つようになり、家庭内の緊張感が少しずつ和らいでいきました。

💡 ポイント

外部支援を利用することは、家族の絆を弱めることではありません。むしろ、家族が健全な関係を維持するための、最も有効な手段の一つです。


家族会議の実施:本音でぶつかり合うことの大切さ

環境が少し整ってきたところで、私たちはある試みを始めました。それは、月に一度の「家族会議」です。議題は、息子の成長についてだけでなく、家族一人ひとりが「今、何に困っているか」「何をしたいか」を共有することでした。これまでは息子の話題が100%でしたが、あえて家族個人の要望をテーブルに乗せるようにしたのです。

この会議で、娘が初めて「お兄ちゃんのせいで我慢していることがたくさんある」と涙ながらに打ち明けてくれました。それは辛い瞬間でしたが、家族が「本当の声」を出し合えた歴史的な一歩でもありました。隠していた感情を表に出すことで、私たちはようやく本当の意味での「チーム」になり始めました。

役割分担の明確化:一人に負担を集中させない

会議を通じて、育児や家事の役割分担を再定義しました。これまでは私がすべてを背負い、夫は「補助」というスタンスでしたが、それを改めて「共同経営」の意識を持つようにしました。通院の付き添いは夫、学校との連絡は私、といった具合に責任の所在をはっきりさせたのです。

また、娘に対しても「お兄ちゃんの世話」を強いるのを一切やめました。彼女には彼女の人生があり、家族の一員としての義務はあっても、障害児のケアラーとしての義務はないということを、はっきりと明文化しました。これにより、家族それぞれが自分の「聖域」を守れるようになりました。

「小さな成功」を祝う文化を作る

会議の最後には、必ずその月の「良かったこと」を報告し合うようにしました。息子が自分から着替えをした、娘がテストで頑張った、夫が定時で帰ってこれた。どんなに些細なことでも、拍手をして喜び合いました。マイナスの出来事にばかり目が行きがちな生活の中で、意図的にプラスを探す作業です。

この習慣が定着すると、家の中に少しずつ笑い声が戻ってきました。壁はまだそこにあるけれど、その壁の前で一緒にピクニックをすることはできる。そんな感覚です。「問題がゼロになること」を目指すのをやめたとき、私たちの心には本当の強さが宿り始めました。

非常時のマニュアル作成:慌てないための準備

パニックが起きたとき、誰がどのように動くかを決めた「緊急時マニュアル」を冷蔵庫に貼りました。誰かが息子を別室へ誘導し、誰かが危険な物を取り除き、誰かが深呼吸をする。この手順が決まっているだけで、いざという時の家族の結束力は劇的に向上しました。

混乱の最中にあるとき、冷静な判断を下すのは不可能です。だからこそ、平時のうちに準備をしておく。この「備え」が、私たちの日常に大きな安心感をもたらしました。壁が崩れるのを待つのではなく、壁があっても倒れない構造を、自分たちの手で作り上げていったのです。

✅ 成功のコツ

家族会議の際は、お菓子や飲み物を用意して、リラックスした雰囲気で行いましょう。「反省会」ではなく「作戦会議」にすることが継続のコツです。


思春期の嵐を抜けて:息子自身の変化と自立への芽生え

家族の対応が変わると、驚くことに息子の状態にも変化が現れ始めました。これまでは、親の不安や緊張を敏感に察知して、それがパニックを誘発する負のループに陥っていましたが、私たちが落ち着いて対応することで、彼の感情の振れ幅も少しずつ小さくなっていきました。中学生の後半になる頃には、激しい暴れはほとんど見られなくなったのです。

もちろん、障害がなくなったわけではありません。こだわりも特性もそのままでした。しかし、彼なりに「自分の気持ちを伝える方法」を模索し始めました。言葉で言えないときはタブレットを使い、イライラしたときはクールダウンの部屋へ自ら行く。それは、彼の中にある「自立」への強い意志を感じさせるものでした。

自己決定を尊重する:失敗を恐れない支援

私たちが息子に対して行った大きな変化の一つに、「先回りして失敗を防ぐのをやめる」ということがありました。彼がどの服を着るか、何を食べるか、週末をどう過ごすか。危険がない限り、彼の選択を尊重するようにしました。たとえそれが効率が悪かったり、不適切だったりしてもです。

自分で決めて行動し、その結果を受け入れる。この当たり前の経験が、彼に大きな自信を与えました。「自分には自分の人生をコントロールする力がある」という感覚。これは、障害を持つ当事者にとって、何よりも強力な心の安定剤になります。私たちは彼の「保護者」から、彼の「サポーター」へと立ち位置を変えていったのです。

趣味を通じた社会との繋がり

息子には、電車に対する並外れた情熱がありました。私たちはその特性を「こだわり」として排除するのではなく、彼の「才能」として伸ばすことにしました。地域の鉄道写真展に応募したり、一人で電車に乗る練習を重ねたりしました。

写真展で自分の作品が飾られたとき、息子はこれまで見たこともないような晴れやかな表情を浮かべました。見知らぬ人から「素敵な写真ですね」と声をかけられ、誇らしげに頷く姿。社会の中に、自分の居場所が確かにある。その実感こそが、彼を「壁」の向こう側へと連れ出してくれたのです。

将来への展望:就労に向けたステップアップ

現在、息子は高等部に通いながら、将来の就労に向けた実習に取り組んでいます。かつては「働けるわけがない」と諦めていた私たちですが、今は「彼に合った働き方が必ずある」と確信しています。正確な反復作業や、視覚情報の処理能力。彼の特性を活かせるフィールドを、本人と一緒に、そして支援者の皆さんと一緒に探しています。

2026年現在、障害者雇用を取り巻く環境は大きく変化しており、リモートワークや短時間雇用など、多様な働き方が認められるようになってきました。壁は一つずつ壊していくものではなく、新しい道を作るための材料なのかもしれません。私たちは今、かつての恐怖ではなく、未来への期待を胸に生きています。


よくある質問(FAQ):支援と家族の向き合い方

同じような悩みを抱えるご家族からよく寄せられる質問をまとめました。私たちの経験が少しでもお役に立てれば幸いです。

Q1. 外部支援を利用することに罪悪感があります。どう整理すればいいですか?

罪悪感は、あなたが家族を深く愛している証拠です。でも、想像してみてください。あなたが過労で倒れてしまったら、誰が家族を支えるのでしょうか。支援を利用することは、家族という船を沈没させないための「適切な操縦」です。あなたが休息を取ることで、息子さんに笑顔で接することができるなら、それは息子さんにとっても最大のメリットになります。支援は「愛情の不足」を補うものではなく、「愛情を持続させるためのインフラ」です。

Q3. 家族会議を提案しても、夫や他の家族が協力的ではありません。

いきなり「会議」という言葉を使うと、構えられてしまうかもしれません。まずは「最近の良かったこと」を一つ共有する、といった小さな会話から始めてみてください。また、自分の辛さをぶつけるのではなく、「私はこう感じているから、あなたの助けが必要だ」とアイ・メッセージで伝えることが有効です。時間はかかるかもしれませんが、まずはあなた自身の心を開くことから始めてみましょう。

Q2. きょうだい児への接し方で、具体的に気をつけるべきことは?

最も大切なのは、「きょうだい児だけの時間」を意識的に作ることです。5分でも10分でも構いません。息子さんの話題を一切出さず、彼女の話だけを聞く時間です。また、彼女が「お兄ちゃんを嫌い」と言ったとしても、それを否定せずに受け止めてあげてください。複雑な感情を持つことは人間として当然のことであり、それを許容されることが彼女にとっての「心の安全地帯」になります。彼女もまた、この家族の大切な一員であることを伝え続けてください。


まとめ:壁は乗り越えるものではなく、共生するもの

かつて私たちの前に立ちふさがっていた巨大な壁。それは、息子の障害そのものではなく、私たちの心の中にあった「普通でなければならない」という思い込みや、外部に助けを求められない「閉鎖性」だったのかもしれません。家族だけで解決しようともがいていた頃、私たちは壁にぶつかって傷つくだけでした。

でも、外部の支援を受け入れ、家族がそれぞれの本音を話し合い、一人の人間に負担を集中させない「チーム」になったとき、壁の質感は変わりました。壁は依然としてそこにありますが、私たちはその壁を背もたれにして休んだり、壁に窓を開けて外の景色を眺めたりする方法を学びました。「壁があっても幸せになれる」。それが、私たちが何年もかけて辿り着いた答えです。

次にとるべきアクション

今、困難の中にいるあなたへ。まずは以下の3つのステップから始めてみませんか?

  • 相談窓口の番号を調べる: 地域の相談支援センターや、発達障害支援センターの番号をスマホに登録する。これだけで「いつでも逃げ場がある」というお守りになります。
  • 15分だけ一人になる時間を作る: 散歩でもカフェでもお風呂でも構いません。家族の役割を一時的に脱ぎ捨てる時間を、強引にでも作ってください。
  • 家族に「助けて」と言う: 完璧な親を演じるのをやめ、自分の弱さを家族に見せてみてください。そこから本当の対話が始まります。

あなたの家族というチームが、いつかまた心から笑い合える日が来ることを、私は確信しています。一歩ずつ、半歩ずつで大丈夫です。私たちは、共に歩んでいきましょう。


まとめ

  • 家族だけで問題を抱え込まず、早い段階で相談支援専門員などの外部のプロと繋がり、「支援チーム」を構築することが、共倒れを防ぐ唯一の道である。
  • 「レスパイト(一時休息)」は家族の義務であり、親が心身を回復させることで、初めて当事者への良質なケアが可能になる。
  • 家族会議を通じて本音を共有し、役割分担を明確にすることで、きょうだい児の孤独を防ぎ、家族全員が主役になれる家庭環境を作ることができる。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

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