ホーム/記事一覧/当事者・家族の声/家族・支援者の声/“できること”が増えるたびに家族も前向きになれた

“できること”が増えるたびに家族も前向きになれた

📖 約55✍️ 鈴木 美咲
“できること”が増えるたびに家族も前向きになれた
自閉スペクトラム症(ASD)の息子を育てる母親が、絶望の淵から希望を見出すまでの軌跡を描いた体験談です。当初は「普通」を求めて苦しみましたが、療育センターの助言を機に、数ミリ単位の成長を喜ぶ「スモールステップ」の重要性に気づきます。スケジュール管理の視覚化や感覚過敏への配慮といった環境調整、そして放課後等デイサービスなどの社会資源を活用することで、息子の自立と家族の平穏を取り戻しました。親が自身の人生を楽しみ、家族が称賛し合う「チーム」になることが、子どもの「できること」を増やす最大の鍵であることを伝えます。

小さな「できた!」が紡ぐ家族の新しい明日:発達障害児と歩むポジティブな変容

「この子の将来はどうなってしまうんだろう」。発達障害の診断を受けたあの日から、そんな不安が頭を離れず、暗いトンネルの中にいるような気持ちで毎日を過ごしていませんか。できないことばかりが目につき、周囲の子どもたちと比べてはため息をつく……。私自身、自閉スペクトラム症(ASD)の息子を育てる中で、何度もその絶望感を味わってきました。

しかし、十数年の月日が流れた今、我が家には穏やかな笑顔が溢れています。それは息子に特別な奇跡が起きたからではありません。日常の中にある小さな「できること」を家族で大切に拾い集めてきた結果、私たちの心持ちが少しずつ前向きに変化していったからです。この記事では、葛藤に満ちた日々がいかにして希望へと変わっていったのか、そのリアルな体験談を通じて、今悩んでいるあなたへエールを送ります。


絶望の淵から見つけた「スモールステップ」の価値

息子が3歳の時、発達障害の診断名がついた瞬間、私の世界は白黒になりました。当時の私は「普通の子」に追いつかせることばかりに必死で、療育の課題ができない息子を厳しく叱ってしまうこともありました。「どうしてこれくらいできないの?」という言葉は、息子だけでなく、自分自身の心も深く傷つけていたのです。

そんなある日、療育センターの先生から言われた一言が、私の頑なな心を溶かしました。「お母さん、階段を一気に登ろうとしなくていいんですよ。一段が無理なら、半歩分、いや数ミリ分の成長を一緒に喜びませんか」。この日から、私は息子の「できないこと」を数えるのをやめ、世界で一番小さな「できた!」を探す探検家になることに決めたのです。

「靴を揃える」という数ミリの進歩

それまでの息子は、玄関で靴を脱ぎ散らかすのが当たり前でした。何度注意しても、パニックになるだけで改善の兆しは見えません。そこで、床に靴の形をしたシールを貼るという「視覚的な工夫」を取り入れてみました。最初はシールの存在すら無視していましたが、ある日、偶然にも一足の靴がシールの上に重なったのです。

私はその瞬間、「すごい!靴がピタッとはまったね!」と大げさなほどに褒めちぎりました。息子は驚いたような顔をしていましたが、どこか得意げな表情を見せました。これが彼にとっての成功体験の第一歩でした。数ミリの進歩を認めることで、彼の中に「やればできる」という小さな自信の種が芽生えた瞬間を、私は一生忘れません。

家族の会話が「ダメ出し」から「称賛」へ

以前の我が家の食卓は、反省会のような重苦しい雰囲気でした。「今日は学校でこれに失敗した」「宿題ができなかった」といった報告ばかり。しかし、私が息子の小さな変化を褒めるようになると、夫も「今日は自分で着替えられたんだって?かっこいいな」と加わってくれるようになりました。家族全員の視点が、マイナスからプラスへと転換し始めたのです。

この変化は、家族全体のメンタルヘルスに劇的な効果をもたらしました。できないことを責めるエネルギーを、どうすればできるかを考えるクリエイティブなエネルギーに変える。これだけで、家庭内の空気は驚くほど軽やかになります。障害という壁は消えなくても、その壁を乗り越えるための「心の体力」を、私たちは「称賛」という栄養で蓄えていきました。

「待つ」という最大の支援

スモールステップを実践する上で、最も難しく、かつ重要だったのが「待つ」ことでした。これまでは、彼がもたついているとすぐに手を出してしまっていました。しかし、それでは彼から「自力でやり遂げる喜び」を奪っていることになります。私たちは、彼がボタンを一つ留めるのに5分かかっても、じっと見守る忍耐強さを養いました。

ある朝、彼が誰の助けも借りずに全てのボタンを留め、満足そうに鏡を見たとき、私は彼が誇らしくてなりませんでした。「自分でできた」という感覚は、どんな療育プログラムよりも彼の心を成長させます。親ができる最大の支援は、教えることではなく、彼が自分の力で階段を一段登るまで、信じて待ち続けることなのだと学びました。

💡 ポイント

「普通」を基準にすると苦しくなります。昨日のその子自身と比べて、1ミリでも前に進んでいれば、それは立派な大成功です。


環境調整が引き出した「秘められた能力」

「できること」を増やすためには、本人の努力だけに頼るのではなく、周りの環境を整えることが不可欠です。発達障害、特にASD(自閉スペクトラム症)の子どもにとって、世界は整理されていない混沌とした場所に感じられることがあります。2025年現在、ユニバーサルデザインの考え方が広まり、家庭でも手軽に導入できる「環境調整ツール」が増えています。

私たちは、専門家と相談しながら、自宅を息子にとって「分かりやすい場所」へと作り替えていきました。情報量をコントロールし、次に何をすべきかを明確に提示する。これだけで、それまでパニックで何も手につかなかった息子が、驚くほど落ち着いて物事に取り組めるようになったのです。環境を味方につけることは、家族の平穏への近道でした。

スケジュール管理の「見える化」

息子は「見通し」が立たないことに強い不安を感じる特性がありました。「あとでやるよ」という曖昧な言葉は、彼にとって恐怖でしかありません。そこで、ホワイトボードを使って一日のスケジュールをイラスト付きで掲示するようにしました。「いつ、どこで、何をするか」を視覚的に示すことで、彼の不安は劇的に解消されました。

スケジュール通りに進むことが安心に繋がり、結果として彼が自分で時計を見て行動する「できること」が増えました。それまでは「早くしなさい!」という怒鳴り声が絶えなかった朝の時間が、今では穏やかな挨拶で始まります。ツールを使って彼の「不安」を取り除いてあげるだけで、本来持っていた規律正しさが顔を出したのです。

感覚過敏への具体的な配慮

息子には激しい聴覚過敏があり、掃除機の音や突然のチャイムの音でパニックを起こしていました。私たちはこれを「我慢が足りない」と片付けるのではなく、物理的な対策を講じました。ノイズキャンセリングヘッドホンの導入や、家事をする時間を事前に伝える工夫です。これにより、彼は家の中でも安心して過ごせるようになりました。

面白いことに、「安全な場所」が確保されたことで、彼は苦手だった音に対しても少しずつ耐性がついていきました。不安からくる緊張状態が解けたことで、脳の処理能力に余裕が生まれたのかもしれません。環境を整えることは、彼を甘やかすことではなく、彼が戦うための武器を揃えてあげることなのだと確信しました。

こだわりを「強み」に変えるスペース作り

ASDの特性である「強いこだわり」を、私たちはこれまで制限すべき対象として見ていました。しかし、ある時からそれを彼の「専門性」として尊重することにしました。彼が大好きな電車の模型や図鑑を、心ゆくまで楽しめる専用のスペースを作ったのです。そこでは、どんなに複雑に模型を並べても、誰からも邪魔されません。

自分の好きなことが100%認められる場所があることで、彼の情緒は非常に安定しました。そして、その情熱はいつしか「時刻表の暗記」や「鉄道の歴史」への深い知識へと発展していきました。特定の分野で「誰にも負けない知識がある」という自信は、他の苦手な分野に挑戦する勇気へと繋がっています。こだわりは、彼を輝かせるための大切な原石でした。

✅ 成功のコツ

本人の努力を促す前に、まずは「道具」や「仕組み」で解決できることはないか探してみましょう。本人が楽になれば、できることは自然に増えていきます。


自立への挑戦:社会と繋がる喜びを共有する

家庭内での「できること」が増えてくると、次の目標は「社会との接点」を増やすことでした。発達障害を持つ子どもの家族にとって、外出や公共の場での振る舞いは常に緊張を強いるものです。しかし、一生家の中で過ごすわけにはいきません。私たちは、地域の支援機関や「放課後等デイサービス」の力を借りながら、少しずつ彼の世界を広げていきました。

2024年の厚生労働省の統計によると、放課後等デイサービスの事業所数は全国で約2万箇所に達しています。これは、かつて孤立していた家族にとって、大きな社会的なセーフティネットとなっています。プロの支援者と連携し、家庭以外の場所でも「できること」を増やしていくプロセスは、私たち家族にとって、社会との繋がりを再確認する感動的な体験となりました。

「お買い物」という大冒険

息子が小学校高学年になった頃、私たちは「一人でパンを買いに行く」というミッションを計画しました。事前にお店の写真を見せ、買うパンの種類をメモに書き、小銭を準備する。最初は私たちが後ろからこっそりついて行きました。お店のレジで緊張しながらも「これをください」と言えた息子の背中は、とても大きく見えました。

自分で選んで、お金を払い、品物を受け取る。この一連の社会活動を完遂したとき、息子の顔には誇らしげな笑顔が輝いていました。「社会の中で役割を果たせた」という実感は、家庭内での成功とはまた違う、強固な自信を彼に与えました。この日から、彼は少しずつ一人で近所のコンビニまで行けるようになり、私たちの「安心」の範囲も広がっていきました。

放課後等デイサービスでの仲間作り

放デイは、息子にとって「自分らしくいられる社交場」になりました。学校という大きな集団では馴染めなかった彼も、少人数で特性を理解してくれるスタッフがいる環境では、友達とボードゲームを楽しむ「できること」ができました。負けてもパニックにならず、「次は頑張る」と切り替えられるようになった成長には、涙が出ました。

また、放デイのスタッフさんが作成してくれる「活動報告」は、家族以外の視点で息子の成長を知る貴重な機会となりました。「外の世界でも頑張っている」ことを知るたびに、私たちは勇気づけられました。家族だけで育てるのではなく、地域という大きなチームで息子を支えている。その連帯感が、私たちの肩の荷をふっと軽くしてくれました。

公共交通機関の利用に挑戦

電車好きの特性を活かし、中学生になる頃には一人で電車に乗る練習を始めました。最初は一駅だけ。次は乗り換えが必要な駅まで。スマートフォンのGPS機能を活用し、私たちは遠隔で見守りました。迷いながらも目的地にたどり着いた彼からの「着いたよ」というメッセージは、彼自身の自立への宣言のように聞こえました。

移動の自由を手に入れることは、彼の将来の選択肢を大きく広げました。今では、興味のある鉄道イベントに一人で出かけていきます。「どこへでも行ける」という自信は、彼の表情を明るく、ポジティブに変えました。そんな彼の姿を見て、かつて「この子の将来は真っ暗だ」と嘆いていた自分自身が、どれほど彼を過小評価していたかを痛感しました。

「息子の世界が広がるたびに、私の心に刺さっていたトゲが、一本、また一本と抜けていくようでした」

— 息子が初めて一人で帰宅した日の日記より


家族の絆の再構築:障害を「不幸の理由」にしない

障害児を育てる中で、夫婦関係や兄弟関係がギクシャクしてしまうことは珍しくありません。我が家も一時期、息子への対応を巡って夫婦喧嘩が絶えず、下の子に寂しい思いをさせてしまった時期がありました。しかし、息子の「できること」が増え、生活に余裕が生まれるにつれ、私たちは「家族としてのあり方」を再定義することができました。

障害があるから不幸なのではなく、障害に振り回されてお互いを思いやる余裕を失うことが不幸なのだ。そう気づいてから、私たちはあえて「障害以外の話題」を楽しむ時間を作るようにしました。息子の成長を共に喜び、同時にお互いのケアも大切にする。そんな循環が生まれたとき、障害はもはや「家族の重荷」ではなく、共に成長するための「個性的な課題」に変わったのです。

夫婦で「チーム」になるためのルール

私たちは、育児の責任を一人が背負い込まないように、役割分担を明確にしました。例えば、夫は「週末の公園担当」、私は「学校や療育との連絡担当」といった具合です。そして、お互いに「感謝を言葉にする」ことをルールにしました。相手の苦労を認め合うことで、育児の疲れは半分になり、喜びは二倍になりました。

息子ができることが増えたとき、私たちは必ず「これはパパが練習に付き合ってくれたおかげだね」「ママが環境を作ってくれたからだね」と、お互いを称え合いました。親がポジティブな関係でいることは、息子の情緒に最も良い影響を与えます。私たちが笑い合うことで、息子の笑顔も増え、さらに「できること」が増える。そんな正のループが確立されていきました。

きょうだい児への配慮とフォロー

発達障害を持つ子の兄弟(きょうだい児)は、どうしても親の関心を奪われがちです。下の子が「どうしてお兄ちゃんばっかり」と泣いたとき、私は自分の至らなさを深く反省しました。それからは、週に一度だけ「下の子と二人きりのデート時間」を作ることにしました。その間、息子はヘルパーさんや夫に任せ、下の子の思いを全力で受け止めました。

下の子もまた、お兄ちゃんの「できること」が増えていくのを、誰よりも近くで見ていました。お兄ちゃんが靴を揃えられたとき、一番に拍手をしてくれたのは彼女でした。「共に支え合う家族」という意識が芽生えたとき、彼女の中からも寂しさは消え、自慢の兄として誇らしく思う気持ちが育っていったようです。家族全員がそれぞれの役割で成長している。そう実感できることが、今の私の幸せです。

親自身の「人生」を諦めないこと

かつての私は、「障害児の母は、常に24時間体制で献身的であるべきだ」という思い込みに縛られていました。しかし、ある時、私が好きな絵を描くことを再開した際、息子がその絵を見て「ママ、きれいだね」と笑ってくれたのです。私が自分の人生を楽しみ、生き生きとしていることが、息子にとっても最高の栄養になるのだと気づかされました。

親が自分の幸せを後回しにしすぎると、無意識のうちに子どもに「重荷」を感じさせてしまいます。私は自分の仕事や趣味の時間を確保し、「お母さん」ではない自分を大切にするようにしました。その心の余裕が、息子の突発的な行動に対しても「まあ、そんなこともあるよね」と笑って受け流せる寛容さを生みました。私自身が前向きになることが、息子を前向きにさせる一番の近道だったのです。

⚠️ 注意

「前向きにならなきゃ」と自分を追い込む必要はありません。どうしても前を向けない日は、ゆっくり休んで、マイナスな感情を吐き出すことも、大切な前進の一つです。


よくある質問(FAQ):成長と家族の心構えについて

支援の現場や、同じ悩みを持つ親御さんからよく聞かれる質問に、体験談を交えてお答えします。

Q1. 成長が遅すぎて、本当にできるようになるのか不安です。

発達障害の子どもの成長は、階段状だと言われます。長期間平らな場所(停滞期)が続いたかと思うと、ある日突然、一段ポンと上がることがあります。今の停滞は、次の段に登るための「準備期間」です。目に見える変化がなくても、脳の中では着実に回路が繋がっています。焦らず、彼なりの熟成を待ちましょう。信じて待った時間は、裏切りません。

Q2. 褒めるところがどうしても見つからない時はどうすればいいですか?

「生きていること」「今日無事に帰ってきたこと」「ご飯を食べたこと」。これら全てが、当たり前ではない奇跡です。ハードルを地面に埋めるくらい下げてみてください。また、「存在を認める言葉」も立派な称賛です。「おはよう」「そこにいてくれて嬉しいよ」と声をかけるだけで、子どもの自己肯定感は育ちます。すごいことをしなくても、あなたの笑顔が見られれば、子どもにとっては100点満点です。

Q3. 他の子と比較してしまい、落ち込む癖が治りません。

比較してしまうのは、あなたが「より良い未来」を願っているからです。その感情を否定せず、「ああ、私はこの子の幸せを願っているんだな」と優しく受け止めてください。そして、比較の対象を他人の子ではなく、「1年前の我が子」に切り替えてみてください。1年前にはパニックになっていた場面で、今は5分耐えられた。それだけで、紛れもない大勝利です。その小さな勝利を記録に残すことで、比較の癖は少しずつ癒えていきます。


まとめ:希望という名の灯火を絶やさないために

振り返ってみれば、息子が「できること」が一つ増えるたびに、私の心の霧が少しずつ晴れていったように思います。それは息子が「普通」に近づいたからではありません。息子のありのままの努力を認め、小さな変化に価値を見出せるようになった私自身の心が、以前よりも強く、豊かになったからです。発達障害という個性は、私たち家族に「幸せの基準」を再定義するチャンスをくれました。

今、辛い状況にいるあなたへ伝えたいのは、「夜が明けない日は絶対にない」ということです。今日、あなたがお子さんの隣でため息をついたとしても、それはあなたが一生懸命に生きている証拠です。いつか必ず、お子さんの成長に涙が出るほど感動し、家族で笑い合える日が来ます。その日を信じて、まずは今日、頑張った自分を精一杯褒めてあげてください。私たちは、一人ではありません。共に歩んでいきましょう。

次にとるべきアクション

明日からの生活を少しだけ軽やかにするために、以下のステップを試してみてください。

  • 「できたことノート」を作る: どんなに小さなことでもいいので、お子さんの「できた!」を毎日一つだけ書き留めてください。数ヶ月後、それはあなたを支える最強の宝物になります。
  • 環境の「一つだけ」を見直す: スケジュール表を貼る、耳栓を用意するなど、本人が楽になるための工夫を一つだけ今日から導入してみましょう。
  • 支援者に「愚痴」を吐き出す: 完璧な親である必要はありません。地域の相談員や放デイのスタッフに、今の不安をそのまま話してみてください。言葉にすることで、光が見えてきます。

あなたの、そしてご家族の歩みが、穏やかで希望に満ちたものになることを心から願っています。


まとめ

  • 「普通」を基準にするのではなく、昨日の本人と比べて数ミリの進歩を喜ぶ「スモールステップ」の積み重ねが、家族の心を前向きに変える。
  • 視覚支援や感覚過敏への配慮といった「環境調整」を行うことで、本人の不安を取り除き、持っている能力を最大限に引き出すことができる。
  • 親が自分自身の人生や幸せを大切にし、心の余裕を持つことが、結果として子どもに安心感を与え、さらなる成長へと繋がる。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

📢 この記事をシェア

関連記事