毎日のルーティンに救われた話

見えない不安を安心に変える——毎日のルーティンが家族にくれた「心の余白」
障害のあるお子さんや家族と向き合う日々の中で、「今日は機嫌よく過ごしてくれるだろうか」「またパニックが起きたらどうしよう」と、朝から緊張感に包まれてはいませんか。予測できない行動や感情の波に翻弄されると、支える側の心も次第に磨り減ってしまいますよね。私もかつては、毎日が「行き当たりばったり」の連続で、常に崖っぷちに立っているような心地でした。
しかし、日々の生活に小さな「ルーティン」を取り入れるようになってから、家族全体の空気が驚くほど穏やかに変わりました。ルーティンは単なる習慣ではなく、本人にとっては「世界の予測可能性」を高める魔法の杖であり、家族にとっては「心の安定剤」になります。この記事では、私たちがルーティンを通じてどのように救われ、平穏な日常を取り戻したのか、具体的なエピソードと共にお伝えします。
混沌とした毎日からの脱却:なぜルーティンが必要なのか
「次に何が起こるか分からない」という恐怖
自閉症スペクトラムなどの特性を持つ息子にとって、世界は常に不確実で、予測不能な刺激に満ちた恐ろしい場所でした。言葉で「あと10分で出かけるよ」と言われても、彼にはその時間の長さや、その後に続く行動のイメージが湧きません。その不安が蓄積し、爆発した結果が激しいパニックでした。
当時の私は、パニックが起きるたびに対症療法的な関わりをしていましたが、それは根本的な解決にはなりませんでした。息子が必要としていたのは、「いつ、どこで、何をするか」が明確に決まっている安心感だったのです。ルーティンを確立することは、彼の中に「地図」を描いてあげる作業でした。この地図があるだけで、彼の脳は無駄なアラートを鳴らさずに済むようになったのです。
家族全員が「型」を持つメリット
ルーティンが救ったのは、本人だけではありません。支える私にとっても、「次に何をすべきか」が自動化されたことは大きな救いでした。人間は「決断」をするたびにエネルギーを消費します。障害児育児は決断の連続ですが、ルーティンによって思考を介さず動ける時間が増えると、脳の疲労が劇的に軽減されます。
2026年現在の脳科学の視点でも、習慣化はストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑える効果が認められています。「いつもの時間、いつもの順番」があることで、家族の間に「暗黙の了解」が生まれます。いちいち指示を出したり、顔色を伺ったりする頻度が減ることで、家の中の空気が軽くなっていきました。
💡 ポイント
ルーティンは本人を縛るものではなく、自由にするための土台です。生活の「型」があるからこそ、その中で生まれるイレギュラーにも対応できる心の余裕が生まれます。
パニックの頻度が50%以上減少した事実
我が家の場合、生活を徹底的にルーティン化してから半年間で、パニックの発生頻度が以前の半分以下になりました。具体的な数字として、以前は週に3〜4回あった激しい自傷やパニックが、月に1〜2回程度にまで落ち着いたのです。これは、本人の不安が解消された何よりの証拠でした。
パニックが減ることで、本人も「自分をコントロールできている」という自信を持ち始めました。パニックは本人にとっても苦しい体験です。それが減ることは、本人の自己肯定感(自分を大切に思う気持ち)を育む上で決定的な役割を果たしました。ルーティンは、単なる時間割以上の、命を守る仕組みになったのです。
朝の儀式:スムーズな一日をスタートさせる工夫
視覚支援で「朝の迷子」を防ぐ
以前の朝は、「早く顔を洗って!」「次は着替えよ!」という私の叫び声から始まっていました。しかし、言葉は消えてしまう情報です。そこで、洗面台の鏡や着替え場所に、やるべきことを順番に並べた絵カードを貼るようにしました。「顔を洗う→歯を磨く→パジャマを脱ぐ→服を着る」という視覚的なルーティンです。
息子はこのカードを見ることで、自分が今どこまで進んでいて、次は何をすればゴールなのかを自分で確認できるようになりました。私が口うるさく言わなくても、彼は自分のペースで自律的に動けるようになったのです。朝の私の第一声が「早くして!」から「おはよう」に変わったことは、家族にとって最大の癒やしでした。
同じメニュー、同じ配置、同じ時間
食事のこだわりも強かったため、平日の朝食は基本的に「同じメニュー」を固定にしました。トースト、ゆで卵、ヨーグルト。この定番があることで、息子は「今日の朝ごはんは何だろう、食べられるものだろうか」という不安から解放されました。また、食器の配置や座る場所もミリ単位で固定しました。
周囲からは「栄養バランスが偏るのでは」「毎日同じで飽きないのか」と心配されましたが、本人にとっては「いつも通り」であることの栄養価の方が遥かに高かったのです。食卓が戦場ではなく、安心してエネルギーをチャージできる場所になったことで、登校前のパニックはほとんど見られなくなりました。
✅ 成功のコツ
ルーティンを導入する際は、一度にすべてを変えようとせず、まずは「朝起きてから15分間だけ」など、短い時間から固定化してみるのがお勧めです。
登校前の「5分間のクールダウン」
慌ただしく家を出ると、学校に着いた時には既に脳がパンク状態になっていることがありました。そこで、家を出る直前に「お気に入りの音楽を1曲だけ聴く」あるいは「重い毛布に包まって静かに座る」という5分間のクールダウン・ルーティンを追加しました。これは、副交感神経を優位にし、外の世界へ出るための心の防護服を着るような時間です。
この5分間を確保するようになってから、学校での立ち上がりの落ち着きが格段に良くなったと先生からも評価をいただきました。急がば回れ、という言葉通り、「意図的な静寂」をルーティンに組み込むことが、一日を安定させる鍵となります。朝の5分は貴重ですが、その後のパニック対応に1時間を費やすことを考えれば、最高の投資です。
夜の儀式:良質な睡眠へと誘う「入眠までの物語」
お風呂の順番を聖域にする
睡眠障害を抱えていた息子にとって、夜は不安が最大化する時間帯でした。私たちは、入浴を単なる洗浄の時間ではなく、眠りへのスイッチを入れる儀式へと昇華させました。お湯の温度は夏冬問わず40度に固定し、入浴剤の香りも本人と一緒に選んだもの一択に絞りました。洗う順番も頭から足先まで、毎日寸分違わず繰り返します。
この一定のリズムが、脳に「もうすぐ寝る時間だよ」という強力な信号を送ります。以前は入浴後に興奮して走り回ることもありましたが、お風呂のルーティンを「儀式」として厳格に守るようになってからは、上がった後の表情が驚くほどトロンと緩むようになりました。体温の変動を一定に保つことも、医学的に理にかなった入眠儀式です。
「今日良かったこと」のシェアリング
布団に入ってから電気を消すまでの10分間、私たちは「スリーグッドシングス(3つの良いこと)」のシェアをルーティンにしています。重度の言語障害がある息子ですが、彼は「アンパンマン」「散歩」「プリン」といった単語や、指差し、笑顔だけでそれを伝えてくれます。嫌なことがあった日でも、最後を「良い記憶」で上書きして眠りにつくことは、メンタルケアとして非常に有効です。
2026年現在のポジティブ心理学でも、就寝前のポジティブな想起は睡眠の質を上げるとされています。また、親である私にとっても、息子の笑顔を最後に記憶して一日を終えることは、翌日への活力に繋がります。暗闇の中で静かに交わすコミュニケーションは、私たちの間に揺るぎない絆を育ててくれました。
| 夜のルーティン項目 | 工夫しているポイント | 期待できる効果 |
|---|---|---|
| デジタルデトックス | 寝る1時間前から照明を落とす | メラトニンの分泌を促し入眠を助ける |
| アロマ・オイル | ラベンダーの香りを枕元に | 特定の香りと「睡眠」を条件付けする |
| マッサージ | 足の裏を優しく圧迫する | 固有受容感覚(圧迫刺激)で安心感を与える |
決まった時間に部屋を出る
添い寝が必要な時期もありましたが、私は「21時15分に必ず部屋を出る」という私の側のルーティンも確立しました。以前は寝付くまでダラダラと付き合っていましたが、それが本人の「親がいることが条件」という依存を生んでいました。「おやすみを言って、トントンを10回したらおしまい」という明確な終わりを提示しました。
最初は泣いて抗議することもありましたが、毎日例外なく同じタイミングで私が部屋を出ることを繰り返すと、彼は「お母さんは部屋の外にいるけれど、明日も必ず会える」と理解したようです。「終わりの時間」をルーティン化することで、本人の自律を促し、私自身も夜の自由時間を確保できるようになりました。これは共倒れを防ぐために不可欠な境界線でした。
イレギュラーへの備え:ルーティンが崩れる時
「予定変更」という新たなルーティン
ルーティンの最大の弱点は、それが崩れた時の衝撃が大きすぎることです。そこで私たちは、「予定が予定通りにいかない時のルーティン」も準備することにしました。例えば、交通渋滞でいつもの道が通れない時、私はすぐに「ハプニング・カード」を出します。これは、「今はいつもと違うけれど、最終的には目的地に着くから大丈夫」という視覚的な保証です。
「いつも通り」を愛するからこそ、「いつも通りでない時」の作法もパターン化しておくのです。深呼吸をする、お気に入りのフィジェットトイ(手遊びおもちゃ)を触る、といった対処法を一緒に練習しました。現在では、多少の変更があっても「あ、ハプニングだね。じゃあマッサージして」と自ら対処を要求するほどになりました。崩れることも、ルーティンの一部です。
支援者との「共通言語」としての活用
家庭で作ったルーティンは、学校やショートステイのスタッフとも細かく共有しています。「食事の時は最初にスープを一口飲む」「トイレの後は必ず鏡で笑顔をチェックする」。他人から見れば些細なことでも、本人にとっては「自分を守るための掟」です。これを支援者が共有してくれているだけで、本人は外出先でも「いつもの自分」を保つことができます。
支援員さんたちも、ルーティンが明確であればあるほど、対応の正解が分かるので助かると言ってくれます。ルーティンを記載した「サポートブック」を作成しておくことで、急な代診や担当交代の際も混乱を最小限に抑えることができます。ルーティンは、本人を取り巻く「チームの共通マニュアル」になるのです。
⚠️ 注意
ルーティンに固執しすぎて、支援者が必死になりすぎないよう注意しましょう。もし崩れてしまった時は、「まあ、こんな日もあるか」と、まずは支える側が肩の力を抜くことが、パニックを最小限にするコツです。
成長に合わせて「ルーティンを卒業」する
ルーティンは一度決めたら一生続けなければならないものではありません。成長に伴い、必要なくなるステップも出てきます。例えば、以前は10枚必要だった絵カードが、今では1枚のチェックリストで済むようになりました。私たちは定期的に「家族会議」を開き、今の本人に最適化されたルーティンへとアップデートしています。
ルーティンからの卒業は、成長の証です。ガチガチに固める時期を経て、少しずつ柔軟性を身につけていく。そのプロセスを支えるのが、親の役割だと感じています。かつてはルーティンがないと一歩も動けなかった息子が、今では「明日は新しい公園に行こうか」という提案にワクワクできるようになりました。土台がしっかりしたからこその変化です。
よくある質問(FAQ)
Q. ルーティンを一度始めると、やめられなくなるのが怖いです。
その不安、よく分かります。しかし、多くの場合、こだわり(固執)とルーティン(生活習慣)は別物です。ルーティンは本人の不安を下げるためのものなので、本人が成長して不安がなくなれば、自然と簡略化していけるケースが多いです。2026年現在の療育現場でも、「まずは安心感の土台を作り、その上で柔軟性を育てる」というアプローチが主流です。将来の「やめられなさ」を心配するよりも、今の「安心」を優先して大丈夫ですよ。
Q. 兄弟がいる場合、一人だけルーティンを優先するのは難しいです。
家族全体のルーティンにしてしまうのが一番の解決策です。例えば、朝の視覚スケジュールを兄弟全員分作り、ゲーム感覚で取り組む。あるいは、「この時間はAくんのこだわりタイムだけど、その後にBちゃんの好きな遊びをしよう」と順番を明確にします。きょうだい児にとっても、「自分の番が必ず来る」という予測可能性は非常に大切です。一人を優先するのではなく、「家族というチームの運営ルール」として定着させていきましょう。
Q. 完璧にルーティンを守れないと、私が自分を責めてしまいます。
ルーティンは「絶対の法律」ではなく、あくまで「ガイドライン」です。体調が悪い時や、どうしても忙しい時に守れないのは当然です。そんな時は「今日はボーナスタイム!何でもありの日!」と明るく宣言してしまいましょう。支援者のメンタルが安定していることが、どんなルーティンよりも本人の安心に繋がります。80%くらい守れれば大成功、くらいの気楽な気持ちで取り組むのが、長く続ける秘訣です。
まとめ
混沌とした毎日の中で、ルーティンは私たち家族にとって「暗闇の中の灯火」のような存在でした。それは単なる機械的な繰り返しではなく、本人への深い敬意と、家族が健やかに生きるための「愛の形」だったのだと今では確信しています。
- 予測可能性は安心の母:視覚支援などを活用し、本人の不安を物理的に取り除きましょう。
- 支援者の脳を守る:思考を自動化することで、決断疲れを防ぎ、心の余裕を確保しましょう。
- イレギュラーを包み込む:変更時の作法までセットにすることで、真の柔軟性が育ちます。
まずは今日、お子さんが一番大切にしている「小さなこだわり」を、意識的にルーティンの一部として認めてあげることから始めてみませんか。そして、あなた自身のためにも、一日の中で必ず「これだけはやる」という心地よい習慣を作ってください。規則正しいリズムは、いつしか家族の新しい旋律となり、心地よい日常を奏で始めてくれるはずです。明日が、今日よりも少しだけ見通しの良い一日になりますように。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





