車いすユーザーが語る“歩きやすい街・歩きにくい街”の違い

日常生活において、「歩く」という行為は、私たちが意識せずに行っている最も基本的な移動手段の一つです。しかし、車いすユーザーにとっての移動は、「歩く」という単純な行為とは異なり、街のインフラや設計、そして人々のちょっとした配慮によって、その難易度が大きく変わってきます。
段差一つ、傾斜一つが、車いすユーザーの行動範囲を決定づけ、社会参加の機会を左右します。「歩きやすい街」は、車いすユーザーにとって「移動しやすい街」であり、それは単にバリアフリー設備があるというだけでなく、街全体に流れる「ユニバーサルデザイン」の思想が反映されているかどうかにかかっています。
この記事では、長年車いすを使って生活されている当事者の方へのインタビューを元に、「歩きやすい街」と「歩きにくい街」が具体的にどう違うのかを、ユーザー目線で深く掘り下げて解説します。この体験談を通じて、私たちが目指すべき真のバリアフリー社会とは何かを考えていきましょう。
この情報が、当事者の方の住まい選びの参考になることはもちろん、地域づくりに携わる行政や支援者の方々にとって、現場のリアルな声を知るための貴重なガイドとなることを願っています。
車いすユーザーが語る「移動の三種の神器」の有無
車いすユーザーにとって、スムーズな移動を可能にするインフラには、欠かせない基本的な要素があります。これらが整備されているかどうかで、「歩きやすい街」かどうかが決まると言っても過言ではありません。
神器1:スムーズな「縁石切り下げ(段差解消)」
歩きにくい街の象徴の一つが、道路と歩道の間の段差(縁石)が解消されていない、あるいは不十分な場所です。車いすユーザーのBさん(40代・電動車いす)は、この縁石の存在が、街の評価を大きく左右すると語ります。
「横断歩道の手前で、車道と歩道の段差が完全にフラットになっているかどうかが、その街のバリアフリー意識のレベルを表しています。少しでも段差があると、手動車いすの方は腕の力で乗り越える必要がありますし、電動車いすでも、衝撃でバランスを崩したり、最悪の場合、車いすが故障したりするリスクがあります。」
— Bさんの体験談
特に、交差点だけでなく、商業施設の出入り口や、私道の角など、生活動線上の至る所で段差が解消されている街は、車いすユーザーにとってストレスなく行動できる「歩きやすい街」であると言えます。
神器2:完璧な「公共交通機関の連携」
都市部での移動は、鉄道やバスなどの公共交通機関が欠かせません。「歩きやすい街」では、これらの交通機関がシームレスに連携しています。
- 駅:全てのプラットフォームにエレベーターやスロープが設置されていること。
- バス:低床バス(ノンステップバス)の導入率が高く、乗降時に運転士が確実にスロープを設置してくれること。
- 連携:駅の改札口からバス停、タクシー乗り場までが、屋根付きの通路や段差のないルートで繋がっていること。
Cさん(50代・手動車いす)は、「駅まで行けても、そこから目的地までのバスがノンステップでなかったり、バス停へのアクセスに階段があったりすると、結局、移動全体が成立しない」と語ります。移動の自由は、個別の設備の充実度だけでなく、その連携のスムーズさにかかっているのです。
神器3:適切な「勾配・傾斜」と排水
一見平坦に見える道でも、緩やかな傾斜(勾配)は存在します。この勾配が車いすユーザーの移動負担に直結します。
- 上り坂の負担:手動車いすのユーザーにとって、僅かな上り坂でも非常に大きな体力を消耗します。
- 横断勾配(左右の傾斜):道が横に傾いていると、車いすが常に左右に流されてしまい、直進するために余計な力が必要になります。
- 排水溝の存在:特に危険なのが、傾斜のある道に設置された縦方向の排水溝の蓋です。車輪が溝に挟まったり、滑ったりするリスクがあるため、車いすユーザーは常に神経を使わなければなりません。
「歩きやすい街」は、これらの勾配や排水溝の設計が、車いすユーザーの安全性を考慮して、極力フラットになるよう配慮されています。
💡 視点の転換
健常者が「歩きやすい」と感じる街は、「急な坂がない、階段が少ない」という視点ですが、車いすユーザーにとっては「完璧に平坦である」ことが重要です。僅かな段差や傾斜も、移動の大きなバリアとなります。
「歩きにくい街」の3つの共通する問題点
逆に、車いすユーザーが「この街は歩きにくい」と感じる街には、共通するいくつかの問題点があります。これらは、単なるインフラの問題だけでなく、街の管理意識の欠如から生じている場合が多いです。
問題点1:放置された「小さなバリア」
「歩きにくい街」には、一つ一つは小さな問題でも、それが積み重なることで移動全体を困難にしているケースが多く見られます。
- デコボコのアスファルト:工事後の舗装のやり直しが不十分で、デコボコになっている部分や、劣化した舗装が剥がれている部分。これにより、振動が体に伝わり、疲労が増加します。
- 歩道上の障害物:違法駐車された自転車や、放置された看板、ゴミ箱などが歩道を塞いでいる場合。車いすが迂回できず、車道に出ざるを得なくなる危険な状況を生みます。
- 点字ブロックの上の放置物:点字ブロックの上に物が置かれていると、視覚障害者だけでなく、その上を避けようとする車いすユーザーの移動も妨げられます。
Dさん(30代・電動車いす)は、「行政が作った立派なスロープの前に、業者が配達用の荷物を積んでいるのを見ると、もうその街に対する信頼が失われます。バリアフリー設備があるだけではダメで、その設備を阻害しないための『運用』が大切なんです」と指摘します。
問題点2:情報のバリア(インフォメーション・バリア)
物理的なバリアだけでなく、必要な情報へのアクセスができないことも、車いすユーザーにとっては大きなバリアとなります。
- エレベーター情報:駅のエレベーターが故障している、または工事中で利用できない場合の代替ルートの情報が駅外に明確に掲示されていない。
- トイレ情報:多目的トイレがどこにあるか、利用可能かどうかが分かりづらい。
- ウェブサイトの情報:店舗や施設のウェブサイトに、「車いすで利用可能か」「多目的トイレがあるか」といった情報が記載されていない。
情報のバリアがあると、移動の計画を立てるのが非常に困難になり、結果として外出自体を諦めてしまう原因になります。
問題点3:心理的なバリア(無関心)
最も深刻なのは、住民や店舗従業員が持つ「心理的なバリア」、すなわち無関心です。
- 声かけの欠如:困っている車いすユーザーがいても、声をかけない、見て見ぬふりをする。
- 配慮の欠如:店の入口に車いすが通れないような大きな段差があっても、改善しようという意識がない。
Eさん(60代・手動車いす)は、「歩きにくい街というのは、物理的な段差よりも、『誰も気にしていない』という冷たい空気が一番辛い。スロープがない店でも、店員さんが笑顔で手伝ってくれる街は、私にとって『歩きやすい街』だと感じます」と語ります。これは、制度やインフラを超えた、地域住民の意識が重要であることを示しています。
「歩きやすい街」を実現するための3つの具体的な提言
車いすユーザーの体験談を踏まえ、「歩きやすい街」を真に実現するために、行政、企業、そして私たち住民一人ひとりができる具体的な提言をまとめます。
提言1:官民連携による「ラストワンマイル」の解消
駅や幹線道路などの主要インフラは整備が進んでいますが、そこから目的地までの最後の数十メートル(ラストワンマイル)にバリアが残っているケースが多いです。
- 行政:主要動線上の私有地や私道の段差解消に対し、補助金や助成制度を充実させる。
- 商業施設:小さな店やカフェなどに対し、簡易スロープの設置費用を助成したり、設置・管理に関する研修を行ったりする。
Fさん(50代・電動車いす)は、「市役所までは行けるけど、市役所前の小さなパン屋には入れない。その『小さなバリア』が解消されると、生活の質は格段に上がります」と、生活に密着した部分の解消の重要性を強調します。
提言2:「当事者参画」と「モニタリング」の義務化
インフラ整備の計画段階で、実際に車いすを使用している当事者の意見を取り入れる「当事者参画」を義務付けるべきです。これにより、設計者が気づかない細部のバリアを事前に解消できます。
- モニタリング:整備後も、当事者が実際に移動し、問題点を洗い出す「定期的なモニタリングツアー」を実施し、改善につなげる仕組みが必要です。
行政が「整備済み」としていても、当事者の目線では「使いにくい」というミスマッチを防ぐことが、税金の有効活用にもつながります。
提言3:「声かけ・手伝い」の教育と意識改革
最も簡単で、最も効果的な提言は、「困っている人を見かけたら、まず声をかける」という意識改革です。これは特別な訓練ではなく、地域住民としての基本的な姿勢です。
- 学校教育・企業研修:障害のある方への声かけの方法や、車いすの押し方などの簡単なユニバーサルマナーを、学校教育や企業の新人研修などに組み込む。
- 当事者からの発信:当事者が、困っている時に声をかけることの重要性や、手伝ってほしい時の具体的な依頼方法を地域社会に発信していくことも大切です。
物理的なバリアが完全になくなることはありません。だからこそ、それを補う「人の心のバリアフリー」が、「歩きやすい街」の最も重要な要素となるのです。
まとめ
この記事では、車いすユーザーのリアルな体験談を基に、「歩きやすい街」と「歩きにくい街」の違いを深く掘り下げました。
- 「歩きやすい街」には、縁石切り下げ、公共交通機関の連携、適切な勾配という「移動の三種の神器」が揃っています。
- 「歩きにくい街」は、放置された小さなバリア、情報バリア、そして何よりも住民の無関心という「心のバリア」に満ちています。
- 真のバリアフリーは、当事者参画によるインフラ整備と、声かけを当たり前とする意識改革によって実現します。
「歩きやすい街」は、車いすユーザーだけでなく、高齢者、ベビーカー利用者、そして一時的に怪我をしている人など、誰もが移動しやすい街です。私たち一人ひとりの意識を変えることから、「この街で暮らしてよかった」と思える共生社会を築いていきましょう。
✅ 次のアクション
お住まいの地域の横断歩道や店舗の入口で、車いす目線で段差や傾斜がないかをチェックしてみましょう。小さな気づきを、自治体の担当部署や商店街に伝えてみることが、地域を変える一歩につながります。

藤原 洋平
(ふじわら ようへい)40歳📜 保有資格:
一級建築士、福祉住環境コーディネーター
バリアフリー設計専門の建築士として15年。公共施設や商業施設のユニバーサルデザインに携わってきました。「誰もが使いやすい」施設情報と、バリアフリーの実践的な知識をお届けします。
大学で建築を学び、卒業後は設計事務所に就職。当初は一般的な建築設計をしていましたが、車椅子を使う友人から「段差一つで行けない場所がたくさんある」と聞き、バリアフリー設計の重要性に目覚めました。その後、ユニバーサルデザインを専門とする設計事務所に転職し、学校、図書館、商業施設など、様々な公共建築のバリアフリー化に携わってきました。特に印象深いのは、地域の古い商店街のバリアフリー改修プロジェクト。車椅子の方も、ベビーカーの方も、高齢者も、みんなが安心して買い物できる街になり、「誰にとっても便利」なデザインの素晴らしさを実感しました。記事では、すぐサポの施設データベースを活用しながら、バリアフリー施設の見つけ方、チェックポイント、外出時の工夫など、実際に役立つ情報を建築の専門家の視点で発信します。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
車椅子を使う友人から「段差一つで行けない場所がたくさんある」と聞き、バリアフリー設計の重要性に目覚めました。
✨ 印象に残っている出来事
古い商店街のバリアフリー改修で、誰もが安心して買い物できる街を実現したこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
建築の専門家の視点で、実際に役立つバリアフリー情報を発信します。
🎨 趣味・特技
街歩き、建築巡り
🔍 最近気になっているテーマ
心のバリアフリー、センサリールーム





