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支援を通して見つけた本人の才能

📖 約55✍️ 鈴木 美咲
支援を通して見つけた本人の才能
自閉スペクトラム症(ASD)の息子を持つ家族が、支援機関との出会いを通じて、本人の「問題行動」だと思っていた個性を「才能」へと昇華させていく過程を描いた体験談です。執着心を「集中力」へ、感覚過敏を「鋭い色彩感覚」へと視点を変えるリフレーミングの重要性を解説。また、デジタルツールの導入や環境の構造化といった具体的な支援が、いかに本人の実務能力を引き出したかを詳述します。才能を認めることが家族の絆を再生し、きょうだい児や父親の意識をも変えていった軌跡を綴り、現在不安を抱える家族へ「強みに着目する支援」の大切さを伝えます。

凸凹道で見つけた輝く宝石:障害を「才能」へと昇華させた家族の歩み

「この子の将来に、何か明るい兆しはあるのだろうか」。障害を持つお子さんやご家族を支える日々の中で、ふとそんな不安に包まれることはありませんか。できないことの多さに目を向け、周囲と比べてはため息をつく……。私自身も、自閉スペクトラム症(ASD)の息子を育てる中で、長く暗いトンネルを歩いているような感覚で過ごしてきました。

しかし、適切な支援機関や専門家と出会い、視点を少しだけ変えてみたとき、息子の「困った特性」だと思っていた部分が、実は誰にも真似できない輝かしい才能であったことに気づかされました。この記事では、支援を通じて見つけた本人の強みがいかに家族の希望となったか、そのリアルな軌跡を詳しくお伝えします。この記事を読み終える頃には、あなたの目の前にいる大切な人の「凸凹」が、かけがえのない宝物に見えてくるはずです。


「欠点」だと思っていた個性の裏側にあったもの

息子が幼い頃、私は彼の行動にいつも頭を悩ませていました。一度興味を持ったものに対する執着心が異常に強く、一度図鑑を開けば何時間でも同じページを眺め、道路標識の形や色を完璧に暗記してしまう。一方で、着替えや食事といった日常の動作は驚くほど遅く、集団生活では「扱いづらい子」というレッテルを貼られていました。

私は必死になって、彼のその「こだわり」を修正しようとしました。他の子と同じように、バランスよく何でもできるようにさせなければならない。その焦りが、息子を追い詰め、私自身の心もボロボロにしていきました。しかし、2024年にある療育センターの先生から言われた一言が、私の価値観を根底から覆したのです。

「こだわり」は「高い集中力」の証

「お母さん、この執着心は、プロの研究者も顔負けの圧倒的な集中力ですよ」。先生はそう言って、息子の並べたミニカーの列を感心したように眺めました。それまで私は、彼がミニカーをミリ単位の狂いもなく並べる姿を、病的なこだわりだとしか思っていませんでした。しかし、専門家の目には、それが緻密な空間認知能力と集中力の現れに映っていたのです。

この日から、私は彼の行動を「問題行動」としてではなく、「才能の原石」として観察するようになりました。彼が道路標識を暗記するのは、視覚情報の処理能力が極めて高いからです。彼が同じ音を繰り返し聴きたがるのは、繊細な聴覚的感受性を持っているからです。欠点だと思っていた凸の部分が、実はギフトであった可能性に気づき始めた瞬間でした。

視点の転換がもたらした心の余裕

視点を変えると、不思議なほど家庭内の空気が和らぎました。これまでは「また図鑑を読んでる、早く着替えて!」と怒鳴っていた場面で、「今日はどの標識について調べているの?」と声をかけられるようになりました。息子は、自分の興味が否定されない安心感からか、以前よりも穏やかな表情を見せるようになりました。

親が子どもの「できないこと」を嘆くのをやめ、「得意なこと」を面白がるようになると、子どもは自分を肯定できるようになります。2025年現在、多様性を認める「ニューロダイバーシティ(脳の多様性)」という考え方が日本でも広まりつつあります。障害を「治すべきもの」ではなく、「人類のバリエーション」として捉える視点が、私たち家族に本当の意味での救いをもたらしてくれました。

支援者が気づかせてくれた「色の魔術」

さらに、放課後等デイサービスのスタッフさんは、息子の「色彩感覚」の鋭さを見抜いてくれました。彼が描く絵は、現実の物とは全く異なる色使いでしたが、そこには独特の調和がありました。「普通の赤」ではなく、彼には何十種類もの赤が見えているのかもしれない。スタッフさんは、彼に自由な表現を許すための大きなキャンバスとたくさんの絵の具を用意してくれました。

それまで学校の図工の時間では、型通りに描けないことを指摘されていた息子が、デイサービスでは「色の魔術師」と呼ばれ、称賛されるようになりました。「誰かに認められる」という経験は、彼の内側に眠っていた自己表現の欲求を爆発させました。支援機関は、単に生活を助ける場所ではなく、本人の隠れた輝きを発掘する「探鉱者」のような存在でした。

💡 ポイント

「こだわり」や「過敏さ」は、見方を変えれば「専門性」や「繊細な感性」になります。欠点の裏側にある才能を見つけるのが支援の第一歩です。


環境を整えることで開花した「実務能力」

才能が見つかっても、それを発揮できる環境がなければ宝の持ち腐れです。息子の場合、視覚的な記憶力は抜群でしたが、言葉での指示を理解することや、不確定な予定に対応することは非常に苦手でした。私たちは、相談支援専門員の方と協力し、自宅や学習環境を徹底的に「構造化」することにしました。

構造化とは、どこで何をするのか、次に何が起きるのかを視覚的に分かりやすく提示することです。2026年現在はデジタルツールの普及により、タブレット端末を活用したスケジュール管理も容易になっています。環境を本人の特性に合わせるだけで、彼は驚くほど高い事務処理能力を発揮し始めました。それは、もはや「障害者」という枠を超えた、一人のプロフェッショナルな姿でした。

整理整頓の才能と「仕組み作り」

息子は、物の配置が少しでも変わることを嫌がります。かつてはこれを「融通の利かない性格」と嘆いていましたが、私はこれを逆手に取り、家の共有スペースの整理整頓を彼に任せてみました。すると、彼はラベルライターを駆使し、誰が見ても一目で何がどこにあるか分かる、完璧な収納システムを構築したのです。

彼の作ったシステムは非常に論理的で、家族全員が恩恵を受けました。「探し物が見つからない」というイライラが解消され、家の中が機能的に回り始めました。この経験を通じて、彼は「自分の特性が他人の役に立つ」という喜びを知りました。才能とは、単に優れた技術のことではなく、環境とのマッチングによって生まれる社会的な価値なのだと実感しました。

デジタルツールが「筆」に変わる時

手先の不器用さ(協調運動障害)があった息子にとって、鉛筆で文字を書くことは苦行でした。しかし、支援学校の先生の勧めでキーボード入力を練習し始めると、状況は一変しました。彼は水を得た魚のように、頭の中にある膨大な知識をテキストデータとして吐き出し始めたのです。彼にとって、PCやタブレットは障害を補う道具ではなく、才能をブーストさせる武器でした。

今では、彼は自分でプログラミングを学び、簡単なゲームやアニメーションを作成するようになりました。文字がうまく書けなくても、コードは完璧に書ける。障害という壁をテクノロジーが軽々と飛び越えさせてくれたのです。環境を整えることは、本人の「できない」を「できる」に変えるだけでなく、「できる」を「極める」へと昇華させる力を持っていました。

就労移行支援で見えてきた「将来の姿」

高校卒業を控え、私たちは就労移行支援事業所の見学に行きました。そこでは、障害を持つ方々がそれぞれの強みを活かしてデータ入力や軽作業に取り組んでいました。息子の「正確無比なチェック能力」は、そこでの体験実習で高く評価されました。ミスを見逃さない彼の目は、検品や校正作業において「神の目」と呼ばれたのです。

それまで「一般就労は難しいかもしれない」と弱気になっていた私たちにとって、この評価は大きな光となりました。障害者枠での雇用を検討する際も、彼が「何ができないか」ではなく「どんな貢献ができるか」を軸に話を進めることができました。支援機関が繋いでくれた社会との接点が、彼の才能に「職業」という具体的な形を与えてくれたのです。

✅ 成功のコツ

本人の苦手を克服させることに時間を使うより、得意を活かせる「道具(ITツールなど)」を導入する方が、才能開花へのスピードは圧倒的に速まります。


「才能」が家族の絆を再生させた物語

息子の才能が認められ、彼自身が自信を持ち始めると、家族の関係性にも劇的な変化が訪れました。それまで、私たちの会話の主役は常に「息子の問題」でした。どうすればパニックを抑えられるか、どうすれば学校に行けるか……。しかし、彼の絵が展覧会で入賞したり、パソコンでの成果物を披露してくれたりするうちに、会話の内容が「彼の誇らしい成果」へと変わっていったのです。

家族が彼の「支援者」である以上に、彼の「ファン」になった瞬間でした。特に、息子に対して複雑な感情を抱いていた父親(私の夫)の変化は顕著でした。息子がパソコンで作成した資料を見た夫は、「これ、俺の仕事よりクオリティ高いんじゃないか?」と驚きの声を上げました。才能は、親子という上下関係を、一人の人間としての敬意へと変えてくれました。

「きょうだい児」の誇りと気づき

息子の妹(きょうだい児)もまた、兄の才能に救われた一人です。以前は、兄の特異な行動を友達に知られるのを恥ずかしがっていた彼女でしたが、兄が描いたデザインがTシャツになったのを見て、学校の友達に自慢するようになりました。「私のお兄ちゃん、実はすごいアーティストなんだよ」と胸を張る彼女の姿に、私は涙が止まりませんでした。

きょうだい児は、家庭内で多くの我慢を強いられがちです。しかし、障害児本人が自分の才能で輝き始めると、きょうだいの心にある「負担感」が「尊敬」へと昇華されます。兄の個性を認められるようになった彼女は、学校でも多様な価値観を持つ友達と仲良くなれる、とても優しい子に育ちました。一人の才能が開花することは、家族全員の心を解放する魔法のような力がありました。

「障害者家族」というアイデンティティの変容

私たちは長い間、自分たちを「かわいそうな、苦労している家族」だと無意識に規定していました。しかし、息子の才能を通じて多くの支援者やファンの方々と繋がる中で、そのセルフイメージは崩れ去りました。私たちは「一人のユニークな才能を、チームで育てている家族」なのだと再定義できたのです。

障害というラベルは、もはや私たちを縛るものではありません。それは、新しい世界を見るための特別な眼鏡のようなものです。この眼鏡をかけているからこそ、私たちは当たり前の日常にある小さな奇跡や、個性の美しさに敏感になれました。才能を見つける旅は、家族が「本当の自分たち」を取り戻すための旅でもありました。

共に歩む支援者への感謝

この変化は、私たち家族の力だけでは成し遂げられませんでした。迷ったときに道を示してくれた相談員さん、息子の小さな変化を見逃さなかったデイサービスのスタッフさん、そして彼の感性を信じてくれた支援学校の先生方。彼らがいてくれたからこそ、私たちは折れずに歩み続けることができました。

支援とは、単に食事や着替えを手伝うことではありません。本人の魂が輝く場所を一緒に探し、その邪魔をする障害(バリア)を取り除いていくクリエイティブな仕事です。プロの支援者の方々が注いでくれた愛情と専門性が、息子の才能という花の栄養となりました。今、私たちは最高のチームとして、彼の未来というキャンバスに次々と新しい色を乗せています。

「本人が自分を好きになれたこと。それが、この数年間の支援で得られた最大の成果です」

— 息子が自分の作品集を完成させた日の、支援員さんの言葉


才能を育てるために必要な「勇気ある撤退」

才能を見つけ、育てる過程で私たちが学んだ教訓の一つに、「苦手の克服を諦める勇気」があります。これは決して「教育の放棄」ではありません。本人の限られたエネルギーを、「苦手を並みにする」ために使うのか、「得意を突き抜ける」ために使うのかという選択です。私たちは、支援機関と相談した結果、後者を選びました。

例えば、息子は今でも人混みでの会話や、複雑な社会儀礼を完璧にこなすことはできません。かつてならそれを「社会性がない」と嘆き、特訓させたでしょう。しかし今は、「イヤーマフをして、テキストチャットで意思疎通ができれば問題ない」と割り切っています。その分、空いたエネルギーはすべて、彼の創作活動やプログラミングに注がれています。この「戦略的な選択」が、才能開花の鍵でした。

「普通」という幻想を捨てる

「普通の社会人になってほしい」という願いは、親として自然なものです。しかし、その「普通」という枠が、本人の持つ稀有な才能を殺してしまうこともあります。私たちが「普通」を捨て、息子の「異質さ」を徹底的に肯定し始めたとき、彼は初めて自分の足で立ち上がりました。普通ではないけれど、誰かに必要とされる人間になる。その新しい目標が私たちを支えています。

周囲の親戚や近所の人から「もっと厳しくしつけたほうがいいんじゃない?」と言われたこともあります。しかし、私たちは支援者というプロの意見を盾に、「これがこの子の生きる道です」と答えました。親が世間の声から子どもを守り、その個性を防衛する壁になる。その覚悟が決まったとき、才能を育む土壌はより強固なものになりました。

失敗を「実験」と捉えるマインド

才能を育てる過程には、多くの失敗もありました。新しいソフトを試しては挫折し、展覧会に出品しては落選する。そんな時、支援員さんは「これは失敗ではなく、何が合わないかを知るための貴重な実験データですよ」と言ってくれました。この前向きな捉え方が、息子に「何度でも挑戦していいんだ」という安心感を与えました。

障害があると、どうしても失敗を恐れて消極的になりがちです。しかし、支援チーム全体で「失敗を面白がる」雰囲気を作ることで、息子は試行錯誤を楽しめるようになりました。才能とは、一朝一夕で身につくものではなく、数え切れないほどの「失敗という名のデータ」の上に構築されるもの。そのプロセスを共に楽しめるチームでいられることが、私たちの誇りです。

社会の側にある「バリア」を特定する

息子が困っているとき、悪いのは「息子の特性」ではなく、その特性を受け入れられない「社会の仕組み(バリア)」であることが多いです。才能を活かすためには、本人を変える努力よりも、社会の側に働きかける努力が必要でした。例えば、就職先に対して「電話応対は難しいですが、チャットなら即レスで正確な対応ができます」と提案することです。

こうした「合理的配慮」の交渉は、親だけでは難しいものです。そこで相談支援専門員やジョブコーチ(職場適応支援者)の出番となります。彼らが社会との通訳になってくれることで、息子の才能が正しく流通するルートが確保されました。才能は、個人の能力と社会の受容、その両輪があって初めて前へ進むことができるのです。2026年、障害者差別解消法の改正により、この合理的配慮の提供は民間企業にも義務化され、ますます才能が活かされやすい環境が整っています。

⚠️ 注意

才能を見つけることは「無理に何かを成し遂げさせること」ではありません。本人が夢中になれること、安らげることを見つけるのが本当の目的です。


よくある質問(FAQ):才能探しに迷うご家族へ

相談会などでよく寄せられる、才能の見つけ方や育て方に関する質問にお答えします。

Q1. うちの子には、人より優れた才能なんて何もないように思えます……。

才能を「世界一の技術」や「目に見える成果」と考えすぎないでください。毎日欠かさず同じルーチンをこなせる持続力、どんな小さな音にも気づく繊細さ、道端の花を愛でる優しさ。これらも立派な才能です。親だけでは見つけられない場合は、ぜひデイサービスのスタッフやヘルパーさんに聞いてみてください。「〇〇ちゃんのここが良いところですよ」という、外からの視点が才能発見のきっかけになります。

Q2. 才能を伸ばそうとすると、生活スキルが疎かにならないか心配です。

バランスは確かに大切ですが、優先順位を考えてみましょう。大人になったとき、最低限の生活スキルを「福祉サービス」で補いながら、自分の得意なことで「収入」や「生きがい」を得ている人はたくさんいます。すべての項目で60点を目指すよりも、一つでも100点や120点がある方が、社会では助けてくれる人が現れやすくなります。支援機関と相談し、「ここはサービスに頼り、ここは本人の強みを伸ばす」という役割分担を明確にしてみましょう。

Q3. 才能を仕事に繋げるには、どうすればいいでしょうか?

まずは、本人が「好きで続けられること」をデジタルポートフォリオ(作品集や活動記録)にまとめておくことをお勧めします。就労移行支援事業所やハローワークの専門窓口では、そうした記録をもとに本人の適性に合った職場を提案してくれます。また、最近では「特例子会社」や「就労継続支援A型・B型」の中でも、ITやアートに特化した事業所が増えています。無理に一般就労の枠に当てはめようとせず、才能が活かせるフィールドを広く探してみることが大切です。


まとめ:才能という名の光を信じて

障害という名の「凸凹」に悩み、苦しんだ日々。でも、その凸の部分こそが、息子を支え、家族を照らす光となりました。支援を通じて見つけた彼の才能は、単なる技術ではなく、彼がこの世界で「自分らしく生きていていい」と肯定するための拠り所です。私たちは今、かつて持っていた「将来への不安」の代わりに、「次はどんな素晴らしいことを見せてくれるだろう」というワクワクした期待を抱いています。

才能を見つける旅に、遅すぎるということはありません。また、それは劇的な瞬間ではなく、日々の些細な観察と、支援者との対話の中から静かに始まります。あなたの目の前にいる大切な人は、まだ誰にも知られていない輝きを内に秘めています。その輝きを信じ、共に歩んでくれる仲間(支援者)を頼ってください。凸凹道は、視点を変えれば、新しい景色へと続く刺激的な冒険の道になります。

次にとるべきアクション

今日から、少しだけ視点を変えて、以下のステップを試してみませんか?

  • 「ポジティブ日記」をつける: 今日、本人が夢中になっていたこと、思わず笑ってしまったことを1つだけメモしてください。それが才能のしっぽです。
  • 支援員さんに質問する: 「施設での活動中、うちの子が一番輝いている(集中している)のはどんな時ですか?」と聞いてみてください。意外な一面が見つかるかもしれません。
  • 特性を「言葉」で言い換える: 「頑固」を「意志が強い」、「落ち着きがない」を「行動力がある」と言い換えてみましょう。その言葉が、才能への入り口になります。

あなたの愛する人の才能が、満開の花を咲かせる日を、心から応援しています。


まとめ

  • 障害の特性(こだわり、過敏さ等)は、適切な視点(リフレーミング)によって、高い集中力や鋭い感性という「才能」として再定義できる。
  • 本人の強みを活かすためには、ITツールの活用や環境の構造化といった「合理的配慮」と、支援機関との連携が不可欠である。
  • 才能を認め、伸ばすプロセスは、本人だけでなく家族の自己肯定感も高め、家庭内の関係性を「苦労」から「敬意と称賛」へと変える。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

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