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私が“親としての立ち位置”を見つけるまで

📖 約52✍️ 鈴木 美咲
私が“親としての立ち位置”を見つけるまで
障害児の親として、「完璧な支援者・教育者」になろうと奮闘し、燃え尽きを経験した著者が、本来の「親としての立ち位置」を再発見するまでのプロセスを綴っています。専門家に頼る勇気、家庭を訓練の場にしないことの重要性、そして親自身の人生を大切にすることが子供の安心に繋がるという気づきを伝えます。現在の福祉視点を取り入れ、不安との向き合い方や周囲とのチーム作りについて具体的にアドバイス。今、育児に悩む親御さんへ、無条件の肯定と連帯のメッセージを送る内容です。

「何者」でもなかった私が、ようやく「親」になれた日——迷い続けた歳月の軌跡

障害のある子供を授かったとき、真っ白になった頭の中に、数えきれないほどの不安が押し寄せました。「この子の将来はどうなるのか」「私はどんな親になればいいのか」。周囲のアドバイスやインターネットの情報に振り回され、自分自身の心がどこにあるのか分からなくなってしまう。そんな孤独な闘いを続けている方は、決して少なくありません。

私は長い間、親という役割と「療育者」や「教育者」という役割を混同し、自分を追い詰めてきました。しかし、ある出来事をきっかけに、本来の「親としての立ち位置」を見つけることができました。この記事では、私の葛藤と失敗、そしてたどり着いた心の平安について詳しくお伝えします。今、暗闇の中で立ち止まっているあなたの心が、少しでも軽くなることを願っています。


「完璧な支援者」になろうとした日々

療育という名の義務感に縛られて

息子に発達障害の診断が下ったあの日から、私の生活は一変しました。「早期療育が大切だ」という言葉を鵜呑みにし、私は自宅をまるで訓練施設のようにしてしまいました。壁にはスケジュール表を貼り巡らせ、遊びの時間さえも「知育」や「訓練」にすり替えていったのです。私は無意識のうちに、母親ではなく「24時間体制の専属セラピスト」になっていました。

当時の私は、息子が一つできないことがあるたびに、自分の教育が悪かったのだと自分を責めました。公園で他の子供とトラブルになれば、誰よりも先に私が息子を叱り、周囲に頭を下げ続けました。息子を守るための盾になりたかったはずなのに、実際には世間の目から自分を守るために、息子を必死に変えようとしていたのです。この時期、私と息子の間には、温かな親子の会話はほとんど存在しませんでした。

「親」を忘れた自分の末路

支援者としての役割を完璧にこなそうとすればするほど、私の心は摩耗していきました。夜、息子が寝静まった後に療育の専門書を読み漁り、睡眠時間を削って視覚支援カードを手作りする。そんな日々を数年続けた結果、私は重度のバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥りました。息子が笑っていても、私にはそれを受け止める心の余裕が1ミリも残っていなかったのです。

鏡に映る自分の顔が、ひどく疲れて冷淡に見えた時の衝撃は忘れられません。「私は何のためにこの子の親になったんだろう」。その問いに答えられない自分に絶望しました。親である前に一人の人間であることを忘れ、役割という鎧を無理に引きずり回していた代償は、あまりにも大きなものでした。私は息子を愛しているつもりで、その実、息子を「自分の成果物」として見ていたのかもしれません。

⚠️ 注意

親が支援者になりすぎてしまうと、子供は「家が安心できる場所」ではなく「評価される場所」だと感じてしまいます。これが二次障害(自信喪失や引きこもりなど)を招く原因になることも少なくありません。

周囲の期待という見えない鎖

親戚や近所の人たちからの「お母さんが頑張らないとね」という言葉。それは励ましのつもりだったのでしょうが、当時の私には呪縛のように響きました。世間が求める「立派な障害児の母」という像に自分を当てはめようと必死でした。できないことを数え上げる自分を恥じ、できることを過剰にアピールしては、虚しさに襲われる。そんな二重生活のような感覚でした。

本当は「もう疲れた」「逃げ出したい」と叫びたかった。でも、それを口にすることは母親としての敗北を意味すると思っていました。今振り返れば、あの時の私は、息子ではなく「世間」と対話していたのだと思います。息子の本当のニーズではなく、世間から見て「適切だと思われる対応」を選択し続けていたのです。その立ち位置が、いかに不安定で苦しいものであったか、今の私なら分かります。


立ち位置を変えた「魔法の言葉」

ベテラン支援者との出会い

限界を迎えていたある日、新しく担当になった相談支援専門員の女性と面談をしました。彼女は私の手作りのカードや、びっしり書き込まれた記録ノートを見て、深くため息をつきました。そして、静かにこう言ったのです。「お母さん、息子さんの支援者は世の中にたくさんいます。でも、息子さんの『お母さん』は、世界中にあなた一人しかいないんですよ」。

その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れました。私は泣き続けました。彼女は続けました。「訓練は施設に任せなさい。家では、ただ一緒に笑って、美味しいものを食べて、ぐっすり眠ればいい。それこそが、親にしかできない究極の支援なんですよ」。私はこれまで、親の仕事を「何かをさせること」だと思い込んでいましたが、本当は「そこにいて肯定すること」だったのだと気づかされました。

「できない」を共有する勇気

それからの私は、少しずつ自分の「立ち位置」をずらしていきました。まず、自宅で行っていた厳しい訓練をすべてやめました。その代わり、息子が好きな漫画を一緒に読み、彼が何に笑い、何に興味を持っているのかを、ただ眺める時間に充てました。また、支援会議でも「私が教えます」と言うのをやめ、「家庭では無理なので、学校や事業所でお願いします」と弱音を吐くことにしたのです。

不思議なことに、私が弱さを見せるようになると、周囲の支援員さんたちがより積極的に動いてくれるようになりました。私が一人で背負い込んでいた荷物を、みんなで分担する体制が自然と出来上がっていったのです。「私がやらなきゃ」という執着を捨てたとき、皮肉なことに、息子を取り巻く環境は以前よりもずっと豊かで安定したものに変わっていきました。

💡 ポイント

「親にしかできないこと」とは、無条件の愛情と安心感を届けることです。技術的な指導やスキルアップは、専門家に外注しても良い領域だと割り切りましょう。

息子が教えてくれた本当の絆

立ち位置を変えて数ヶ月後、息子に変化が現れました。以前は私の顔色を伺い、指示を待っていた彼が、自分から「これ見て」と興味のあるものを差し出してくるようになったのです。私が「セラピスト」としての仮面を脱ぎ、一人の「不完全な人間」として接するようになったことで、息子もまた、一人の人間として自分を表現し始めたのだと感じました。

ある夜、息子が寝る前に私の手を握り、「今日楽しかった」と一言だけ言いました。流暢な言葉ではありませんでしたが、その一言には、かつての訓練では決して引き出せなかった真実の響きがありました。私はその時、ようやく「私はこの子の親なんだ」という確信を持つことができました。何かを教え込む存在ではなく、喜びを共有する存在。それこそが、私が求めていた立ち位置でした。


親としての立ち位置を支える「3つの柱」

1. 専門家との健全な距離感

親が迷子にならないためには、専門家との付き合い方が重要です。彼らのアドバイスは貴重ですが、それはあくまで「部分的な視点」に過ぎません。言語聴覚士は「言葉」を、作業療法士は「体の動き」を見ます。しかし、本人の「人生全体」を見ているのは親だけです。専門家の意見を100%正解として受け入れるのではなく、「我が家の生活に合うかどうか」を基準に、取捨選択する権利が親にはあります。

私は現在、専門家のアドバイスを「カタログ」のように捉えています。良さそうなものがあれば試してみるし、今の家族のキャパシティに合わないものは丁重にお断りします。「家庭の主導権は親にある」という意識を持つことで、専門家からの指摘に一喜一憂し、振り回されることがなくなりました。対等なパートナーシップを築くことが、親の立ち位置を安定させます。

役割 専門家に任せること 親が担うこと
スキル習得 箸の使い方、文字の練習など 好きなものを美味しく食べる喜び
社会性 集団生活のルール指導 「あなたが大好きだ」という絶対的肯定
将来設計 就労先や福祉制度の提案 本人が何に幸せを感じるかの見極め
健康管理 医学的な診断と処置 一番近くで本人の異変に気づく感性

2. 「自分だけの時間」を聖域化する

親としての立ち位置を維持するためには、親自身が「一人の人間」として満たされている必要があります。ケア中心の生活は、知らず知らずのうちに自己を消し去ってしまいます。私は現在、週に一度、数時間だけ「息子を一切思い出さない時間」を強制的に作っています。カフェで本を読んだり、趣味のスポーツを楽しんだりする。この「聖域」があるからこそ、家に戻ったときに笑顔で息子と向き合えるのです。

自分のために時間を使うことに、罪悪感を持つ必要は全くありません。むしろ、親の幸福は子供の安心に直結します。親が趣味に没頭したり、友達と笑ったりしている姿を見ることは、子供にとっても「大人になるのは楽しそうだ」というポジティブなメッセージになります。自分をケアすることは、立派な子育ての一部なのです。2025年の最新のケアラー支援調査でも、自己犠牲的な親よりも、自分の生活を楽しんでいる親の方が、子供の情緒が安定するというデータが出ています。

✅ 成功のコツ

「自分がいないとこの子はダメだ」という考えを、少しずつ「私が元気でいるために、周りを頼ろう」にシフトしましょう。レスパイトケア(休息支援)の利用は、親の権利です。

3. 期待値を「現在」に合わせる

将来への不安が強すぎると、親の立ち位置は未来の不確かな恐怖に支配されてしまいます。「将来一人で生きていけるだろうか」「お金はどうなるのか」。その不安は尽きませんが、未来の心配のために今の笑顔を犠牲にするのは本末転倒です。私は、期待値を「5年後のできること」ではなく、「今、この瞬間の本人の機嫌」に置くようにしました。

今日、食事が美味しかったか。今日、一つでも面白いことがあったか。その積み重ねが人生を作ります。遠い未来を憂うのではなく、今日の「いい感じ」を大切にする。この「今ここ」に集中するスタンスが、親としての精神的な安定をもたらしました。未来を案じるのは専門家に手伝ってもらい、親は今を共に楽しむ。これこそが、家族として最も幸せな役割分担ではないでしょうか。


実例:立ち位置を見失いそうな時の「心の処方箋」

他の子と比較して落ち込んだ時

SNSを開けば、同じ年齢の障害児が目覚ましい成長を遂げている投稿が目に飛び込んできます。「あの子はあんなに言葉が出ているのに」「あの子は一般就労が決まったのに」。そんな時、私はスマホを置き、息子の寝顔を見るようにしています。画面の中の誰かと比べるのをやめ、「昨日の息子」と「今日の息子」だけを比べるのです。

昨日は自分で靴を履こうとしなかったけれど、今日は片方だけ頑張った。そんな微細な変化に気づけるのは、世界中で私だけです。他人の物差しを自分の家庭に持ち込まない。その決意を持つだけで、心は驚くほど自由になります。私たちの家族には、私たちのペースがあり、私たちの独自の「幸せの定義」があって良いのです。

親亡き後の不安に襲われた時

夜中にふと、「私がいなくなったらこの子はどうなるんだろう」という恐怖に震えることがあります。これは多くの親が抱える共通の痛みです。かつての私は、この不安を打ち消すために息子に自立訓練を強いていましたが、今は違います。私がすべきことは、息子が私なしでも生きていけるように、「息子を助けてくれる他人の輪」を今のうちから広げておくことだと気づきました。

親一人がすべてを抱えるのではなく、親戚、友人、ヘルパー、施設のスタッフ。多くの人に息子のファンになってもらい、「この子のことなら知っているよ」という人を増やす。それが、最大の危機管理です。親亡き後の準備とは、スキルの詰め込みではなく、信頼できるネットワークの構築です。そう考えると、不安は具体的なアクションに変わり、少しずつコントロールできるようになります。

💡 ポイント

信頼できる後見人制度や、地域活動支援センター、グループホームの見学など、具体的な「外部の力」を知ることで、漠然とした不安を可視化し、対策を立てることが可能になります。

「普通」という言葉に傷ついた時

街中で「普通はこうなのにね」という心ない言葉を耳にすることがあるかもしれません。昔の私は、そんな言葉に深く傷つき、息子を隠すように歩いていました。でも、今の私は違います。普通なんていうものは、時代や場所によって変わるあやふやな幻想に過ぎません。息子にとっての「普通」は、毎日を彼らしく、穏やかに過ごすことです。

他人が決めた「普通」の枠に無理やり息子を押し込める必要はありません。私たちの家庭には、私たちの独自のルールと、独自の美しさがあります。他人の価値観は、他人のもの。私たちの価値観は、私たちのもの。この「心の境界線」をしっかり引くことで、外部からのノイズに影響されない、揺るぎない親としての立ち位置が確立されました。


よくある質問(FAQ)

Q. 親が支援に積極的でないと、子供の成長が遅れると専門家に言われました。

専門家は「スキルの向上」を目的としているため、そう言うのも無理はありません。しかし、成長のペースを決めるのは本人の脳の特性であり、親の努力量だけではありません。親が必死になりすぎて家庭が殺伐とすれば、かえって成長は阻害されます。「親の役割は、子供が一番リラックスできる環境を作ること」だと、自信を持って答えてください。あなたが笑顔でいることが、子供にとって最大の脳の栄養になります。

Q. 子供の障害を受け入れられず、愛情が持てないと感じる時期があります。

それは、あなたが冷酷だからではなく、それほどまでに深く傷つき、ショックを受けているからです。誰だって、思い描いていた未来が変わってしまえば、悲しみや拒絶を感じるのは当然です。愛情は、無理やりひねり出すものではありません。まずは「私は今、辛いんだな」と自分の感情をそのまま受け入れてあげてください。愛情よりも先に、まずは「生活の安定」を優先しましょう。あなたが自分を許せたとき、愛情は後から自然とついてくるものです。

Q. 兄弟児への接し方に悩み、どちらにも中途半端な親になっている気がします。

どちらにも100%の親であろうとすれば、必ず限界が来ます。お勧めは、あえて「一対一の時間」を5分でも良いので作ることです。障害のある子を預けている間、兄弟児とだけ向き合う。あるいは逆に、障害のある子とだけ向き合う。「量より質」の関わりを意識することで、子供たちは「自分はちゃんと見てもらえている」と実感できます。中途半端でも良いのです。あなたが葛藤しながらも向き合おうとしている姿自体が、子供たちにとっては尊いものなのです。


まとめ

親としての立ち位置を見つける旅は、一進一退の繰り返しです。昨日できたことが今日できなくなったり、また不安に襲われたりすることもあるでしょう。でも、それで良いのです。大切なのは、あなたが「完璧な親」であることではなく、一人の人間として、息子さんや娘さんの隣で笑おうとしていることです。

  • 支援者から「親」へ戻る:教育や訓練はプロに任せ、家庭では安心と愛情を最優先にしましょう。
  • 弱さを開示し、チームを作る:一人で抱え込まず、周囲を頼ることで、より強固なサポート体制が築けます。
  • 自分の人生も大切にする:親自身の幸せが、子供にとって最もポジティブな教育になります。

今夜は、何か一つでも自分のための楽しみを見つけてみませんか。好きな音楽を聴く、温かいお茶を飲む、そんな小さなことで構いません。あなたが自分自身を慈しむとき、親としての新しい立ち位置は、より確かなものになっていくはずです。私たちは、そんなあなたの歩みを、いつまでもそばで見守り、応援し続けます。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

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