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事故で障害を負った私が取り戻した日常

📖 約57✍️ 鈴木 美咲
事故で障害を負った私が取り戻した日常
交通事故で脊髄を損傷した当事者が、絶望の淵から新しい日常を取り戻すまでの軌跡を綴った体験談です。事故直後の激しい心理的葛藤やリハビリでの苦悩、車椅子生活で見えてきた新しい世界観、スマートホーム化による自宅の環境整備、そして在宅ワークを通じた社会復帰までを詳細に解説しています。障害を欠陥ではなく一つの個性や資源として捉え直すマインドセットを提示し、同様の状況にある読者やその家族へ向けて、焦らず一歩ずつ進むための具体的なアクションと励ましのメッセージを温かいトーンでお届けします。

絶望から再出発へ:車椅子で描き直した私の新しい日常

ある日突然、当たり前だった「日常」が音を立てて崩れ去る。そんな経験をしたことがありますか。交通事故によって身体の一部が自由に動かなくなったとき、私は人生のすべてが終了したのだと感じました。窓の外を歩く人々を眺めては、「なぜ自分だけが」という問いを繰り返し、暗い病室で涙を流す日々が続きました。

しかし、数年が経過した今、私は再び笑って過ごしています。以前とは違う形かもしれませんが、確かにもう一度「自分自身の日常」を取り戻すことができました。この記事では、事故直後の心の葛藤から、リハビリを通じた自己発見、そして社会の中で自分らしく生きるための具体的な工夫まで、私の実体験を余すことなくお伝えします。今、暗闇の中にいるあなたやご家族にとって、この記事がかすかな光になれば幸いです。


事故による喪失と向き合った最初の一歩

事故に遭った直後、私の世界は病室の天井だけになりました。脊髄を損傷し、医師から下半身の麻痺を告げられたとき、最初に襲ってきたのは「現実感のなさ」です。昨日まで普通に走り、仕事をしていた自分が、寝返りさえ打てない。そのあまりにも大きなギャップに、脳が理解を拒否していたのだと思います。

その後、現実に直面するにつれて、感情は激しく揺れ動きました。「怒り」「絶望」「悲しみ」が代わる代わる訪れ、周囲の励ましの言葉さえも毒のように感じられました。しかし、今振り返れば、その激しい感情の波こそが、私がもう一度生きるために必要なエネルギーの源だったのかもしれません。

「普通」を失ったことへの激しい怒り

リハビリが始まった当初、私は自分の身体に対して激しい怒りを抱いていました。思い通りに動かない足、自力でトイレに行けない屈辱感。かつての自分なら数秒で終わった動作に、何十分もかかるのです。周囲の「頑張って」という言葉が、今の自分を否定されているように聞こえ、スタッフに当たり散らしたことも一度や二度ではありませんでした。

しかし、あるとき理学療法士の方に言われました。「怒ってもいいですよ。それだけ、以前の自分を大切にしていたということですから」と。その言葉を聞いて、私は初めて声を上げて泣きました。失ったものを嘆くことは、自分がそれまで懸命に生きてきた証拠なのだと認められた気がしたのです。それから少しずつ、今の身体を受け入れるための心の準備が始まりました。

絶望の中で見つけた「小さな変化」

リハビリは、文字通り「這い上がる」ような作業でした。最初は数秒間、ベッドの端に座っているだけで目眩がし、吐き気に襲われました。それでも毎日、ミリ単位の進歩を積み重ねていきました。足の指がわずかに動いた、あるいは腹筋に少し力が入った。そんな些細な変化を、担当の先生が誰よりも喜んでくれました。

私は次第に、大きな目標ではなく「今日、これができた」という極小の成功体験に目を向けるようになりました。昨日より1分長く座れた、自分の力で車椅子に乗り移れた。こうした小さな達成感が、死んでいた私の心に少しずつ血を通わせていったのです。絶望の底にいるとき、救いになるのは壮大な夢ではなく、足元の小さな一歩でした。

周囲のサポートを受け入れる勇気

私はもともと、人に頼るのが苦手なタイプでした。自立してバリバリ働くことが正義だと思っていたのです。しかし、障害を負ってからは、人の助けなしには生きていけません。当初はそれが惨めで仕方ありませんでしたが、ある日、家族が私の介助をしながら「頼ってくれるのが嬉しいんだよ」と言ってくれたのです。

その言葉に、私はハッとしました。助けてもらうことは、相手の優しさを奪うことではなく、お互いの絆を深める行為なのかもしれない。そう思えるようになってから、私は素直に「お願いします」「ありがとう」と言えるようになりました。「助けて」と言える勇気。それは、私が障害を持ってから得た、最も大切な能力の一つです。

⚠️ 注意

リハビリテーションは無理をしすぎると二次的な怪我を招く恐れがあります。必ず専門家の指導のもと、今の身体の限界を正しく理解しながら進めましょう。


車椅子で広がる新しい世界の見え方

退院し、車椅子で初めて街に出た日のことは一生忘れられません。まず驚いたのは、歩道の傾斜や数センチの段差が、これほどまでに自分を拒絶しているのかという事実です。健常者の頃には全く気付かなかった「物理的なバリア」が、あちこちに立ちはだかっていました。しかし、同時に別の発見もありました。

それは、視線の高さが変わったことで見える景色です。大人の腰ほどの高さから見る世界は、どこか子供の頃の視界に似ていました。道端に咲く小さな花、ショーウィンドウの低い位置にある飾り、そして何より、すれ違う人々の「表情」が以前よりよく見えるようになったのです。不自由さは、新しい発見の入り口でもありました。

段差を越えるための戦略と工夫

物理的な壁を乗り越えるには、力技ではなく「知恵」が必要です。行きたいお店に段差がある場合、以前の私なら諦めていましたが、今は事前にお店に電話をして「車椅子ですが入店可能ですか?」と尋ねるようにしています。すると、多くの店員さんが「スロープを用意しますね」と言ってくれたり、代わりのルートを教えてくれたりします。

また、スマートフォンのアプリも大きな味方です。多目的トイレの場所や、エレベーターの有無がわかる地図アプリを駆使することで、外出の不安は劇的に解消されました。2023年の調査では、主要な公共交通機関のバリアフリー化率は約90%以上に達していると言われていますが、それでも現場の「生の情報」を自分で持つことが、自由な移動への鍵となります。

人とのコミュニケーションが変わった

車椅子で生活していると、見知らぬ人から声をかけられる機会が増えました。「何かお手伝いしましょうか?」という言葉に、最初の頃は戸惑いましたが、今は笑顔で答えるようにしています。ある時、重いドアを開けてくれた高校生に「助かりました、ありがとう」と伝えたら、彼がとても誇らしげな顔をしたのが印象的でした。

私は、自分の存在が誰かの「優しさ」を引き出しているのかもしれないと思うようになりました。障害は欠陥ではなく、社会の中にコミュニケーションのきっかけを作る一つの個性なのだと捉え直したのです。自分からオープンな態度でいることで、周囲の空気までもが柔らかくなる。そんな魔法のような経験を、何度も繰り返してきました。

移動という「冒険」を楽しむ心

もちろん、すべてがスムーズにいくわけではありません。バスの乗車拒否に近い対応をされたり、心ない言葉を投げかけられたりしたこともあります。しかし、そんなトラブルさえも「今日の冒険のネタ」として捉えるようにしました。日記にその日の出来事を綴り、SNSで同じ境遇の仲間と共有することで、不便さを笑いに変えていくのです。

目的地にたどり着くことだけが外出の目的ではありません。その過程で出会う景色や、人とのやり取り、そして自分の限界に少しずつ挑戦すること。車椅子での移動は、私にとって人生そのものの縮図のような「冒険」になりました。不自由だからこそ、自由になれた瞬間の喜びは、健常者の頃の何十倍も強く感じられます。

💡 ポイント

外出前には必ず目的地周辺のバリアフリー情報をチェックしましょう。ストリートビューで入り口の段差を確認するだけでも、心の余裕が違います。


自宅を最高の「基地」にする環境整備

外の世界が冒険の場であるなら、自宅は心身ともにリラックスできる完璧な「基地」でなければなりません。事故から戻った直後の家は、段差だらけで車椅子も通れず、まるで迷路のようでした。しかし、住宅改修を行うことで、家は再び私に自由を与えてくれました。自分の身体にフィットした空間を作ることは、自尊心を取り戻す作業でもありました。

具体的には、ドアを引き戸に変え、キッチンの高さを調節し、お風呂に手すりを設置しました。これらは単なるリフォームではなく、私が「自分で自分のことができる」という自信を育むための重要なインフラです。家の中のバリアを取り除くたびに、私の心からも不安というバリアが消えていくのを感じました。

スマートホーム化がもたらした革命

現代のテクノロジーは、身体障害者の生活を劇的に変えてくれます。私は自宅にスマートスピーカーを導入し、声だけで照明やエアコン、テレビの操作ができるようにしました。身体が重くて動けない日や、夜中に喉が渇いたとき、声だけで環境を変えられることは、想像以上の救いになります。指一本動かさずに環境をコントロールできる全能感は、不自由な身体を持つ私にとって大きな癒やしでした。

また、玄関のスマートロックも重宝しています。来客があった際、車椅子で玄関まで必死に移動しなくても、スマホの操作一つで解錠できます。こうした小さな「便利」の積み重ねが、日常のストレスを減らし、「今日も大丈夫だ」という安心感を作ってくれます。最新のガジェットは、私にとって最高の福祉用具なのです。

お気に入りのスペースを徹底的にこだわる

家の中で一番長く過ごす場所、私の場合はデスク周りですが、ここには徹底的にこだわりました。車椅子がしっかり奥まで入るデスクを選び、必要なものがすべて手の届く範囲に配置しました。大好きな本、こだわりのコーヒーセット、仕事用のガジェット。そこは私にとって「障害を忘れて没頭できる場所」です。

障害を持つと、どうしても「やらなければならないこと」に追われがちですが、意識的に「自分が心地よいと感じる空間」を作ることが大切です。自分の城を整えることで、心の中に安らぎが生まれ、外の世界へ飛び出すエネルギーが蓄えられます。家の環境を整えることは、自分の人生を肯定することに他なりません。

家族との適度な距離感と自立

住宅改修の大きな目的の一つは、家族の負担を減らすことでもありました。私が自分でトイレに行けたり、お風呂に入れたりすることは、家族が「介護者」ではなく「家族」として過ごす時間を増やすことになります。お互いに過度な依存をせず、自立した個人として同居する。そのために、物理的な環境を整えることが不可欠だったのです。

家族に対して「ありがとう」と言いながらも、自分でできることは自分でする。その線引きを明確にすることで、家庭内の空気は非常に健全になりました。支援を受けることは悪いことではありませんが、環境を整えて「自分でできる」を増やすことは、自分と家族の両方の幸せに繋がります。

✅ 成功のコツ

住宅改修はケアマネジャーや福祉住環境コーディネーターなどの専門家とじっくり相談しましょう。公的な助成金制度を活用することで、費用負担を大幅に抑えられる場合があります。


社会貢献と仕事:自分にしかできない役割

事故の後、私は仕事を辞めざるを得ませんでした。営業職という走り回る仕事だったため、車椅子での復帰は現実的ではなかったのです。しかし、しばらく療養する中で、「自分はもう社会に必要とされていないのではないか」という不安が押し寄せてきました。人は、誰かの役に立っていると感じられないと、心の健康を保つのが難しい生き物です。

そこで私は、今の自分にできることを探し始めました。パソコンを使ったスキルを学び直し、在宅でできる仕事に挑戦することに決めたのです。最初はタイピング一つとっても以前より時間がかかりましたが、「成果物で評価される世界」は、私の身体の状態に関係なく、公平に私を認めてくれました。

在宅ワークという新しい働き方

現在は、Webライティングやデータ分析の仕事をフリーランスとして受けています。通勤の負担がなく、自分の体調に合わせてペースを調整できる働き方は、身体障害者にとって非常に大きなメリットがあります。2024年の雇用情勢を見ると、テレワークを導入する企業が増えたことで、障害者の就職件数は年間10万件以上で推移しており、可能性は確実に広がっています。

仕事を再開したことで、私は再び「社会の一員である」という実感を取り戻しました。クライアントとのやり取りの中で、自分の提案が採用されたり、感謝の言葉をもらったりする瞬間、私は車椅子に乗っていることを忘れています。仕事は、私にとっての最高のリハビリテーションであり、アイデンティティを再構築するための手段でした。

当事者としての発信活動

仕事とは別に、私はブログやSNSで自分の体験を発信する活動も始めました。事故直後の苦しみや、便利だった福祉用具、バリアフリーな旅の記録などを綴っています。すると、同じような悩みを持つ方から「勇気をもらいました」「その道具、試してみます」といったコメントが届くようになったのです。

私の不自由な経験が、誰かの役に立つ。それは、事故に遭ったことが単なる「不幸」ではなく、誰かを助けるための「資源」に変わった瞬間でした。障害というフィルターを通して見る世界を伝えることは、私にしかできない社会貢献なのだと確信しています。負の経験を価値に変えることができたとき、私は本当の意味で事故を乗り越えられたのかもしれません。

ボランティアや地域活動への参加

また、地域のバリアフリー点検や、学校での福祉教育の授業にゲストとして参加することもあります。子供たちに「車椅子の動かし方」を教えたり、一緒に街歩きをしたりする中で、彼らが障害に対して偏見のない目を持ってくれることが何より嬉しいです。自分ができる範囲で社会に種をまくこと。

社会参加は、フルタイムで働くことだけではありません。週に一度のボランティアや、地域の集まりに顔を出すことも立派な貢献です。大切なのは、「自分には価値がある」と信じられる場所を、自分の外側に持つことです。外の世界と繋がり続けることで、私の人生は以前よりもずっと彩り豊かになりました。


身体障害者の生活に関するよくある質問

事故や病気で障害を負った方、そして支えるご家族からよく寄せられる質問をまとめました。

質問内容 回答・メッセージ
リハビリが辛くて、やる気が起きないときは? 「頑張る」のを一旦やめて、今の感情をそのまま受け止めてください。休息もリハビリの一部です。小さな楽しみ(好きな映画など)を優先しましょう。
周囲の視線がどうしても気になります。 視線の多くは「興味」や「どう接していいか分からない戸惑い」です。こちらから軽く会釈したり、堂々とした態度でいたりすることで、自分も周囲も楽になります。
将来のお金や仕事が不安です。 障害年金や就労支援制度など、公的なサポートは多岐にわたります。一人で抱え込まず、ソーシャルワーカーや地域の相談窓口に早めに相談しましょう。
家族との関係がギクシャクしてしまいます。 お互いに「家族である前に一人の人間」であることを尊重しましょう。ヘルパーさんなどの外部サービスを利用して、お互いに一人の時間を持つことが解決の糸口になります。


まとめ:日常は何度でも描き直せる

事故で障害を負ったとき、私の日常は一度死にました。しかし、そこから芽吹いた新しい日常は、以前よりも強く、しなやかで、そして人への優しさに満ちたものになりました。車椅子は、私を閉じ込めるものではなく、新しい世界へ連れて行ってくれる道具に変わったのです。

身体の状態がどうあっても、あなたの価値は一ミリも損なわれていません。大切なのは、失ったものを数え続けるのではなく、今あるものをどう使って、今日という一日を少しだけ面白くするか。その工夫の積み重ねが、やがてあなただけの「誇れる日常」を形作っていきます。

次にとるべきアクション

まずは今日、自分自身に「よく頑張っているね」と言ってあげてください。そして、もしよろしければ以下のどれか一つだけ試してみませんか。

  • 窓を開けて、外の空気の匂いを感じてみる
  • 気になっていたバリアフリー対応のカフェをネットで調べてみる
  • 今の正直な気持ちを、ノートやスマホのメモに一行だけ書いてみる

あなたのペースで構いません。暗闇が深く感じるときほど、朝は近づいています。あなたは一人ではありません。この空の下、同じように戦い、楽しみ、生きている仲間がたくさんいます。焦らず、一歩ずつ、新しいあなたの物語を一緒に描いていきましょう。


まとめ

  • 失ったものへの怒りや悲しみを認め、小さな成功体験を積み重ねることが心の回復に繋がる
  • 物理的なバリアは知恵とテクノロジー、そして周囲の優しさを借りて乗り越えていく
  • 自宅環境を整え、在宅ワークなどの新しい役割を見つけることで、自尊心と社会的な居場所を取り戻せる

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

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