上司・同僚とのコミュニケーションが難しいときの支援方法

上司・同僚とのコミュニケーションが難しいときの支援方法:特性に合わせた「情報翻訳」と「環境構造化」の実践ロードマップ
「指示を正確に伝えたつもりなのに、なぜか期待と違う結果になってしまう……」
「些細な一言が、同僚との関係を悪化させてしまうのではないかと、毎日ヒヤヒヤしている……」
障害のある方、特に発達障害などの特性を持つ方にとって、職場のコミュニケーションは、仕事の技術そのもの以上に大きな困難となりがちです。口頭での指示の理解、曖昧な表現の解釈、非言語的な空気の読み取りなど、定型発達の方にとっては無意識で行えることが、大きな負担となります。
コミュニケーションのミスマッチが続くと、本人の自己肯定感が下がるだけでなく、職場の生産性低下や人間関係の摩擦、最終的には離職へと繋がります。
この記事は、障害のある方のコミュニケーションを支援するご家族、支援者、そして企業担当者の皆様に向けた、実践的なガイドです。当事者の特性を理解し、コミュニケーションの困難を「情報伝達の仕組み」の問題として捉え直し、具体的な支援方法(合理的配慮)を導入するためのロードマップを、ステップバイステップで詳細に解説します。
ステップ1:コミュニケーション困難の3つの側面の理解
側面1:情報インプット(受け取り)の困難
当事者が情報を「受け取る」段階で、どのような困難が生じているかを理解することが、支援の第一歩です。多くの場合、「言葉」以外の情報や、大量の情報処理に困難が生じています。
インプット困難の具体的な例と特性の関連
- 口頭指示の記憶・処理困難: 上司からの一連の口頭指示を、瞬時に整理・記憶し、行動に繋げることが難しい(ワーキングメモリや聴覚情報の処理特性)。
- 抽象的な言葉の誤解: 「なるべく早く」「適当にやって」といった曖昧な表現や、比喩・皮肉を文字通り受け取ってしまう(言語理解の特性)。
- 非言語情報の過負荷: 相手の表情や声のトーン、ジェスチャーなど、非言語情報が多すぎて処理しきれないか、または誤解してしまう(社会的認知の特性)。
このインプットの困難を支援するためには、「伝える側」が情報を構造化(整理)する責任を持つ必要があります。
💡 ポイント
当事者が情報を正確に受け取れないのは、「聞いていない」わけでも「やる気がない」わけでもなく、「処理能力のボトルネック」に原因があります。支援者は、この点を企業側に強く伝える必要があります。
側面2:情報アウトプット(発信)の困難
次に、当事者が「伝える」段階で生じる困難です。これもまた、情報の整理や、相手に合わせた表現の選択が難しい特性に起因します。
アウトプット困難の具体的な例と特性の関連
- 情報の整理困難: 報告や相談の際、結論から話せずに経緯や詳細から話してしまい、話が長くなったり、伝えたいことがブレたりする(情報の体系化の困難)。
- 感情表現の不一致: 伝えたい感情(例:真剣さ、感謝)と、表情や声のトーンが一致しないため、相手に誤解を与えてしまう(感情表出の特性)。
- 場にそぐわない発言: 会議の文脈や、相手の状況を考慮せず、論理的に正しいことや、得意な知識を一方的に話し続けてしまう(社会的ルールの理解や、発言のフィルタリングの困難)。
この困難への支援は、発言前の「準備」と「練習」、そして「フィードバックの仕組み」を構築することが中心となります。
側面3:社会的な交流(関係構築)の困難
業務に必要な情報伝達だけでなく、休憩時間や雑談など、職場の人間関係を円滑に保つための交流自体が困難である場合です。これは就労定着に最も大きな影響を与えます。
社会交流困難の具体的な例と特性の関連
- 暗黙のルールの理解: 職場の不文律(例:ランチは皆で取る、特定の話題は避ける)が分からず、無意識に集団の和を乱してしまう。
- 距離感の調整: 同僚との適切な距離感が分からず、馴れ馴れしくなりすぎたり、逆に避けすぎたりする。
- 共感・推測の困難: 相手の立場や感情を推測し、共感的なリアクションを取ることが難しく、冷たい印象を与えてしまう。
この問題に対しては、「業務外の交流を最小限にする」という合理的配慮の申請や、メンター制度の導入が有効な支援策となります。
ステップ2:特性に合わせた「配慮」の具体例と導入
配慮1:情報のインプットを「視覚化」で構造化する
聴覚情報の処理が苦手な方や、情報の記憶が難しい方に対しては、情報の受け取りを「耳」から「目」に切り替える配慮が不可欠です。
インプット支援のための配慮(企業向け)
- 指示の文書化の徹底: 口頭指示を受けた後、必ず上司からメールやチャットで、指示内容の要点、納期、優先順位を「箇条書き」にして送付してもらう。
- 曖昧表現の言い換え: 「なるべく早く」は「今日の15時まで」に、「適当に」は「前例通りに」など、曖昧な表現を具体的・数値的に言い換えるルールを徹底する。
- 視覚支援ツールの導入: 業務の手順書やマニュアルに、文字だけでなく写真や図、チェックリストを豊富に盛り込む(視覚的マニュアルの作成)。
✅ 成功のコツ
指示の文書化は、当事者だけでなく、企業全体の情報共有ミスを防ぐ効果もあります。「企業のリスクマネジメント」の一環として導入を提案しましょう。
配慮2:情報の理解度を確認する「ダブルチェックシステム」
指示を受け取った直後、当事者が自分で理解した内容を、上司にフィードバックし、確認してもらう「ダブルチェックシステム」の導入は、誤解を防ぐ最も効果的な手段です。
理解度確認のための具体的手順
- リピートバックの義務化: 当事者に対し、指示を受けた直後に「要するに、私は〇〇を、△△という方法で、□□までに完了すればよろしいでしょうか」と、自分の言葉で復唱・確認することを義務づける。
- 「質問リスト」の事前準備: 疑問点が整理できない特性がある場合、当事者が事前に質問をメモに箇条書きにしておき、まとめて上司に提示する時間を設ける。
- 専用相談時間の確保: 毎日、または週に数回、「〇〇さん専用の質疑応答時間(10分)」をスケジュールに組み込み、遠慮なく質問できる環境を作る。
このシステムは、当事者の不安を軽減し、「分からないまま進めてしまう」という大きなリスクを未然に防ぎます。
配慮3:交流を最小限にする「環境調整」
社会的な交流の困難に対しては、「交流を頑張らせる」のではなく、「交流しなくても業務が回る環境」を整備することが、合理的配慮となります。
- 座席の配置: 騒がしい場所(電話対応が多い場所、出入口)から離れた、静かで集中できる場所に固定席を設ける。
- 物理的な遮断: 高いパーテーションや衝立を設置し、視覚的な刺激や人の動きを遮断する。
- 業務外交流の免除: ランチや飲み会など、業務に直接関係のない交流への参加を「欠席自由」とし、参加しないことを容認する(孤立を防ぐため、メンターを通じて配慮を理解してもらう)。
物理的な環境調整は、当事者の集中力を高め、不要な人間関係の摩擦を減らすための、極めて重要な支援です。
ステップ3:支援者・ジョブコーチによる職場への介入
介入1:上司・同僚への「特性理解研修」の実施
当事者のコミュニケーションの困難を解消するには、当事者自身が変わる努力だけでなく、周囲の理解を深める努力が不可欠です。支援者やジョブコーチが中心となり、職場のメンバーへ研修を実施しましょう。
研修で伝えるべき重要ポイント
- 問題の「特性」理解: 「悪気があるのではなく、脳の情報処理が違うため、言葉通り受け取ってしまう特性があること」を具体例とともに伝える。
- 具体的な接し方指導: 「皮肉や冗談はNG」「指示は一文ずつ、ゆっくり、メールで」といった、当事者への具体的な接し方(合理的配慮)を指導する。
- ハラスメント防止: 特性に基づく言動を「能力不足」として否定したり、集団で避けたりすることは、ハラスメントに当たる可能性があることを明言する。
この研修は、当事者が安心して働くための「安全基盤」を作るものであり、企業側の協力体制を築くために最も重要なプロセスです。
⚠️ 注意
研修を実施する際は、当事者の同意を得た上で、個人が特定されすぎないように配慮しつつ、具体的な困りごとの事例を中心に伝えるようにしましょう。
介入2:ジョブコーチによる「コミュニケーション調整」の実践
ジョブコーチは、職場に訪問し、コミュニケーションの調整役となることで、当事者と企業の間に入って支援を行います。これは、外部支援の中で最も強力な方法です。
- 現場での観察と評価: ジョブコーチが、当事者の報連相や会議でのやり取りを現場で観察し、どこでミスマッチが起きているかを客観的に評価する。
- リアルタイムの指導: 観察に基づき、上司には「今、曖昧な言葉を使いましたね。具体的に言い換えてください」、当事者には「話が長くなっています。結論から話しましょう」など、その場で具体的な指導を行う。
- 合意内容の確認: 合意された合理的配慮(例:文書化)が守られているかを定期的に確認し、守られていない場合は企業に是正を促す。
ジョブコーチは、「コミュニケーションの通訳」として、相互理解を深め、配慮の定着を促進する役割を担います。
介入3:メンター制度の構築と運用
当事者が日々の業務で抱える小さな疑問や、職場の「空気」に関する質問を、気軽に、かつ業務を中断させずに相談できる「相談役」(メンター)を明確に指定してもらい、その運用を支援します。
- メンターの選定: 当事者と相性が良く、特性理解があり、指導経験がある社員をメンターとして選定してもらう。
- 役割の明確化: メンターの役割を「業務指導」ではなく、「職場のルールや人間関係に関するサポート」に限定し、メンター自身の業務負担が過度にならないように配慮する。
- メンターへの研修: 支援者がメンターに対し、効果的なフィードバックの方法や、当事者の特性理解に関する個別研修を行う。
信頼できるメンターの存在は、当事者の職場での安心感を大幅に高め、コミュニケーションの摩擦を最小限に抑える効果があります。
ステップ4:長期的なスキルアップとツールの活用
スキルアップ1:ソーシャルスキルトレーニング(SST)の活用
職場で実践できるコミュニケーション能力(社会的スキル)を論理的に習得するために、ソーシャルスキルトレーニング(SST)の継続的な実施を推奨します。
SSTで重点的に取り組むべきテーマ
- アサーション・トレーニング: 相手を尊重しつつ、自分の意見や感情、困りごとを適切に伝える練習(「私はメッセージ」の活用など)。
- ロールプレイによる練習: 「上司にミスを報告する場面」「雑談から穏便に離脱する場面」など、具体的な職場での困難場面を想定した練習を繰り返す。
- 感情認識トレーニング: 表情や状況から相手の感情を推測し、適切なリアクションを選択する練習を行う。
SSTは、就労移行支援事業所や地域活動支援センターで提供されています。専門的なトレーニングを通じて、コミュニケーションの「定型パターン」を身につけましょう。
スキルアップ2:コミュニケーション記録ツールの活用
当事者が、自分のコミュニケーションの成功例・失敗例を客観的に把握し、振り返りに役立てるための記録ツールを支援者が作成し、活用を促します。
コミュニケーション記録シートの項目例
| 項目 | 記録内容 | 評価(支援者と共に) |
|---|---|---|
| 日時・場所 | 〇月〇日 14時、会議室にて | — |
| 相手の言動 | 「あの件、急ぎでよろしく」と口頭指示あり。 | 曖昧な表現(急ぎで)を使用。 |
| あなたの対応 | 「いつまでにやればいいですか」と質問した。 | 適切(曖昧さを解消) |
| 結果・反省点 | 上司は「今日の17時まで」と答えた。 | 口頭指示に頼らず、すぐに質問できたのは良かった。 |
この記録を支援者やメンターと定期的に振り返ることで、当事者は自分のコミュニケーションパターンを客観視できるようになり、改善のサイクルが回り始めます。
長期的なフォローアップと連携
コミュニケーションの支援は、短期的な介入で終わるものではありません。長期的なフォローアップと、関係機関の緊密な連携が不可欠です。
- 連携の仕組み: 企業、当事者、支援者(なかぽつ、ジョブコーチ)、主治医が「四者面談」を半年に一度程度実施し、支援の進捗と体調の変化を共有する。
- 支援計画の修正: 職場環境の変化や、当事者のスキルの向上に合わせて、合理的配慮の内容を柔軟に見直し、修正する。
- セルフケアの継続: 当事者が、ストレスや疲労を溜めずに働くためのセルフケア(休息、趣味の時間、運動など)を継続できているかを、生活支援員などが定期的に確認する。
コミュニケーションの困難は、当事者一人だけの問題ではなく、職場全体で解決すべき課題であるという認識を共有し、継続的な支援体制を維持していきましょう。
まとめ
- 📝 情報の構造化: 当事者への指示は、口頭だけでなく「文書化」を徹底し、「リピートバック」で理解度を確認するなど、情報のインプットを構造化しましょう。
- 🤝 周囲の理解促進: 支援者やジョブコーチが職場に介入し、上司・同僚に特性理解研修を行うとともに、メンター制度を構築して「相談できる仕組み」を作りましょう。
- ⚙️ 長期的スキルアップ: SSTやコミュニケーション記録ツールを活用し、当事者が自身のコミュニケーションパターンを理解し、職場全体で支援計画を継続的に見直す体制を構築しましょう。

金子 匠
(かねこ たくみ)55歳📜 保有資格:
社会福祉士、精神保健福祉士
障害者支援施設で30年間勤務し、施設長を経験。現在はすぐサポ編集長として、障害のある方とご家族が必要な情報にアクセスできる環境づくりに取り組んでいます。「制度は複雑だけど、使えば生活が楽になる」という信念のもと、分かりやすい情報発信を心がけています。
大学卒業後、障害者支援施設に就職し、30年間にわたり現場で支援に携わってきました。生活支援員として10年、サービス管理責任者として15年、そして施設長として5年の経験があります。特に印象に残っているのは、重度の知的障害があり、施設入所が当然と思われていた方が、適切な支援と環境調整により地域での一人暮らしを実現したケースです。「できない」と決めつけず、その人に合った支援を考えることの大切さを学びました。現在は現場を離れ、すぐサポの編集長として、これまでの経験を記事という形で多くの方に届けることをミッションとしています。制度や法律の解説記事では、「専門用語を使わず、中学生でも分かる言葉で」を心がけています。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学で社会福祉を学び、実習で出会った利用者の方々の笑顔に感動したことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
重度の知的障害のある方が、適切な支援により地域での一人暮らしを実現したこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
専門用語を使わず、中学生でも分かる言葉で伝えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
読書、散歩
🔍 最近気になっているテーマ
障害者総合支援法の改正動向、ICTを活用した新しい支援の形





