障害者雇用の現場でよくあるトラブルと対処法

障害者雇用が進む中で、企業と障害のある従業員の間で、予期せぬ「トラブル」が発生することは少なくありません。これらのトラブルは、当事者や企業側が互いの特性や立場を理解しきれていない「ミスマッチ」や「コミュニケーションの不足」から生じることがほとんどです。トラブルが深刻化すると、従業員の定着率低下や、企業のイメージダウンといった大きな損失につながる可能性があります。
しかし、重要なのは、トラブルを恐れることではなく、「よくあるトラブルのパターン」を事前に知り、適切かつ迅速に対処できる体制を整えておくことです。適切な対処法を知っていれば、トラブルは単なる「問題」ではなく、より良い職場環境を築くための「学びの機会」へと変えることができます。
この記事では、障害者雇用の現場で特に頻繁に発生する代表的なトラブル事例を、「業務関連」「人間関係」「体調・環境」の3つのカテゴリーに分類します。そして、それぞれのトラブルについて、発生原因の分析と、当事者、企業、支援者の三者が取るべき具体的かつ建設的な対処法を、詳細なガイドとして提供します。
この情報が、障害のある従業員、そのご家族、そしてダイバーシティ経営を目指す企業の人事・管理部門の皆様にとって、安心して働き、受け入れられる職場環境を構築するための一助となることを願っています。
トラブル事例1:業務遂行・期待値のミスマッチに関するトラブル
これは、採用前の「期待値」と、採用後の「実際のパフォーマンス」の間にズレが生じることで発生するトラブルです。特に、発達障害(ADHD、ASD)を持つ従業員によく見られます。
よくあるトラブルの具体例
- ケースA:指示が伝わらない・ミスが多発する:上司が口頭で指示を出したが、従業員は指示の全体像や優先順位を理解できず、結果として締切に間に合わない、または別の業務を優先してしまう。「なぜ言われた通りにやらないのか」と上司が不満を抱く。
- ケースB:業務量の不公平感:従業員の特性に合わせて業務を減らしたり、内容を限定したりした結果、他の健常者の従業員から「あの人だけ楽をしている」「給料が同じなのは不公平だ」といった不満が出る。
- ケースC:スキルの過大評価:採用面接時に「PCスキルは問題ない」と判断されたが、実際は、マルチタスクが必要なルーティン作業ができず、担当者が急遽業務を巻き取ることになる。
根本原因の分析
これらの原因のほとんどは、「指示の曖昧さ」と「業務の構造化不足」にあります。特に、口頭や抽象的な指示は、発達障害の方の認知特性(文字での情報処理を好む、曖昧さが苦手)と決定的にミスマッチを起こします。また、企業側が「合理的配慮」を「優遇」と誤解していることが、不公平感を生む原因となります。
✅ 具体的かつ建設的な対処法
| 関係者 | 取るべき対処法(予防策含む) |
|---|---|
| 従業員(当事者) | 指示は必ず復唱し、口頭指示はメールで文字化して確認を求める。業務が滞った時点で、締切直前ではなく早めに上司にSOSを出す。 |
| 企業(上司) | 指示は5W1Hで全て文字化(視覚化)し、抽象的な表現を避ける。業務を「やることリスト」として見える化し、週に一度、進捗確認のための面談を設ける。 |
| 支援者(ジョブコーチ等) | 上司に対し、「特性に合った指示の出し方」を具体的に指導する。他の従業員には、合理的配慮は「生産性を上げるための環境調整」であることを説明し、理解を促す。 |
トラブル事例2:人間関係・コミュニケーションに関するトラブル
職場でのトラブルで最も解決が難しいとされるのが、人間関係の摩擦です。これは、お互いのコミュニケーションスタイルの違いや、非言語的なサインの読み取りの失敗から生じます。
よくあるトラブルの具体例
- ケースA:誤解の連鎖:従業員が、正直すぎる発言や冗談が通じない反応を示した結果、周囲から「愛想がない」「協調性がない」と誤解され、職場で孤立する。
- ケースB:体調不良の過小評価:精神障害を持つ従業員が「少し体調が悪い」と伝えたが、上司がその深刻度を理解できず、無理をさせてしまい、結果として長期休職につながる。
- ケースC:ハラスメントの発生:障害特性による行動や言動(例:強いこだわり、多弁)に対し、同僚から心ない言葉やからかいを受け、ストレスで出社できなくなる。
根本原因の分析
企業文化の中に「障害や特性に対する正しい知識」が根付いていないことが最大の原因です。特に非言語コミュニケーションの難しさは、互いの悪意ではなく、脳の特性に起因することを理解できていないと、感情的な対立に発展しやすくなります。また、上司が「体調の波」を把握する術(すべ)を持っていないことも問題です。
✅ 具体的かつ建設的な対処法
| 関係者 | 取るべき対処法(予防策含む) |
|---|---|
| 従業員(当事者) | 感情が高ぶった際は、一時的にクールダウンスペースへ移動する許可を事前に得る。自分のトリセツ(取扱説明書)を作成し、上司を通じて共有する。 |
| 企業(上司) | 全従業員に対し、ダイバーシティとハラスメントに関する研修を定期的に行う。週に一度、業務外の雑談もできる1対1の面談を設け、心理的安全性を確保する。 |
| 支援者(産業医・カウンセラー) | 従業員と企業の間に入り、コミュニケーションの意図の通訳を行う。ハラスメントが発生した場合、客観的な立場から事実確認と是正措置を勧告する。 |
トラブル事例3:環境・体調管理に関するトラブル
物理的な環境や、従業員の健康状態に関するトラブルは、特に精神障害や身体障害を持つ方の定着率に直結します。多くの場合、適切な「物理的な合理的配慮」がないために発生します。
よくあるトラブルの具体例
- ケースA:感覚過敏による集中困難:オープンオフィスの騒音や、蛍光灯の眩しさ、周囲のにおいなどが刺激となり、集中できず業務がストップする。我慢した結果、午後には強い疲労や頭痛で早退せざるを得なくなる。
- ケースB:体調不良と欠勤の増加:精神疾患による体調の波が大きく、定時出勤が続かない。急な欠勤が増えた結果、他の従業員から業務負荷に関するクレームが集中する。
- ケースC:休職・復職後のミスマッチ:休職から復職する際、主治医からの診断書を提出したが、職場が復職後の業務量を調整できず、再休職に至る。
根本原因の分析
これは、「画一的な勤務形態」と「感覚統合の特性への無理解」が原因です。多くのオフィスは、健常者が効率よく働くための設計であり、感覚過敏を持つ方にとっては過酷な環境です。また、日本の企業文化にある「定時出勤」へのこだわりが、体調の波がある従業員を追い詰めます。
✅ 具体的かつ建設的な対処法
| 関係者 | 取るべき対処法(予防策含む) |
|---|---|
| 従業員(当事者) | 感覚刺激を遮断するための用具(ヘッドホン、遮光メガネ)の使用を申請する。体調の波を記録するツールを使い、自身の状態を客観的に把握し、早めに相談する。 |
| 企業(上司) | フレックスタイム制度や時差出勤など、柔軟な勤務形態を積極的に導入する。刺激の少ない集中ブースや、休憩時に横になれるスペースを確保する。 |
| 支援者(ジョブコーチ・相談支援専門員) | 復職前に、企業と従業員の間で「段階的な業務量調整のルール」を明確に定める。勤務時間や環境調整の必要性を、医学的根拠に基づいて企業に説明する。 |
✅ トラブル対処の3原則
1.早期発見:問題が小さいうちに気づく(定期面談、体調の可視化)。
2.対話と記録:感情的にならず、事実に基づき対話し、全てのやり取りを記録する。
3.第三者の介入:解決が難しい場合は、必ずジョブコーチや産業医などの専門家の介入を求める。
トラブルの再発防止と持続可能な雇用のために
一度発生したトラブルを単に収束させるだけでなく、二度と起こさないための体制づくりが、持続可能な障害者雇用の鍵となります。
1.「合理的配慮の文書化」と「継続的見直し」
口頭での配慮は、担当者が変わると失われます。従業員ごとに必要な合理的配慮(業務内容の調整、休憩ルールの設定、使用できる遮断具など)を全て文書化し、個別支援計画として残しましょう。そして、半期に一度は必ず、その配慮が機能しているかを企業、従業員、支援者の三者で評価し、見直す機会を設けるべきです。
2.「障害」ではなく「能力」に焦点を当てる採用
トラブルの多くは、「障害」という括りだけで採用し、「その人の得意なこと、苦手なこと」を具体的に把握できていないことに起因します。採用選考や実習の段階で、「何ができるか」に焦点を当てた詳細なアセスメントを実施し、配慮が必要な部分と、能力を発揮できる部分を明確にすることが、最大の予防策です。
3.支援機関の積極的な活用
企業が障害者雇用で最も孤立しやすいのは、トラブル発生時です。地域の障害者就業・生活支援センター(ナカポツ)や、ハローワークといった公的支援機関と、日常的に連携を取りましょう。彼らは、トラブル解決のノウハウ、法的な知識、そして中立的な仲介役を担う専門家集団です。
まとめ
障害者雇用の現場でよくあるトラブルは、業務遂行のミスマッチ、人間関係の摩擦、環境・体調管理の不備の3つに集約されます。これらのトラブルは、当事者、企業、支援者の三者がそれぞれの役割を果たし、連携することで必ず解決できます。
- 重要なのは、トラブルを個人の問題とせず、「環境と特性とのミスマッチ」として構造的に捉え直すことです。
- 対処の鍵は、指示の視覚化、柔軟な勤務形態の導入、そして第三者(ジョブコーチ等)の介入による早期解決と再発防止体制の構築です。
トラブルへの適切な対処は、障害のある従業員に「この会社なら安心して働ける」という信頼感を与え、結果として企業の定着率向上と生産性の安定につながります。誰もが働きやすい職場環境を目指し、今日から一歩ずつ、対策を実践していきましょう。
✅ 次のアクション
貴社(貴支援先)で過去に発生したトラブルを一つ選び、それがこの記事の3つの事例のどれに該当するかを分類してください。そして、「企業(上司)が取るべき対処法」の中から、まだ実行していない対策を一つ選び、今後の支援計画に組み込みましょう。

酒井 勝利
(さかい かつとし)38歳📜 保有資格:
作業療法士、福祉住環境コーディネーター
作業療法士として病院・施設で12年勤務。「できないこと」を「できる」に変える福祉用具や環境調整の専門家です。車椅子、杖、リフトなどの選び方から、住宅改修まで、実践的な情報をお届けします。
リハビリテーション専門学校を卒業後、総合病院で5年、障害者支援施設で7年、作業療法士として勤務してきました。特に力を入れているのは、福祉用具を活用した「できることを増やす」支援。例えば、片麻痺がある方が自助具を使って料理ができるようになったり、車椅子の選び方一つで外出の頻度が劇的に変わったりします。印象的だったのは、重度の身体障害がある方が、適切な電動車椅子と環境調整により、念願だった一人での買い物を実現したこと。「自分でできる」という自信が、その方の人生を大きく変えました。記事では、福祉用具の選び方、住宅改修のポイント、補助金の活用方法など、「生活をより便利に、より自立的に」するための情報を発信します。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
リハビリの仕事を通じて、「できないこと」を「できる」に変える喜びを知ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
重度の身体障害がある方が、適切な電動車椅子で一人での買い物を実現したこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
福祉用具を活用して「生活をより便利に、より自立的に」する情報を発信します。
🎨 趣味・特技
DIY、キャンプ
🔍 最近気になっているテーマ
スマート家電と福祉の融合、IoT活用





