病気でできないことが増えていく時の心の整理

失われていく機能と向き合う心の処方箋
難病や進行性の障害を抱えるお子さん、あるいはご家族を持つ方にとって、最も過酷なのは「昨日までできていたことが今日できなくなる」という現実ではないでしょうか。少しずつ自由が奪われていく過程で、未来への希望を見失い、底なしの不安に飲み込まれそうになる夜もあるはずです。
私自身、息子の知的障害に加えて、筋力が徐々に低下していく難病の告知を受けた際、世界が灰色に塗りつぶされたような感覚を味わいました。「あと何年歩けるのか」「最後はどうなってしまうのか」と、終わりのない問いに心を削り続ける日々が続いたのです。
この記事では、できないことが増えていくという残酷な現実をどのように受け止め、心の平安を取り戻していったのか、私自身の体験をもとにお話しします。今、喪失感の中で立ち止まっているあなたが、再び前を向くためのヒントを見つけていただければ幸いです。
止まらない喪失感との孤独な戦い
当たり前が崩れていく恐怖
息子の難病が判明したのは、彼が5歳の春でした。最初は「少し転びやすいかな」という程度の違和感でしたが、次第に階段の上り下りが困難になり、大好きだった公園の滑り台も一人では滑れなくなりました。「進行性」という言葉の重みが、日々の生活の端々で牙を剥くようになったのです。
親として最も辛かったのは、息子本人が「あれ、できないな」と首を傾げる姿を見ることでした。昨日まで自分で持てていたコップを落とし、戸惑ったような表情で私を見つめる息子の瞳に、私はかける言葉が見つかりませんでした。励ましの言葉さえ、現実を否定する嘘のように感じられて、私はただ彼を抱きしめることしかできませんでした。
毎朝、目が覚めるたびに「今日は何が失われているだろう」と怯える日々。それは、完成を目指して積み上げる一般的な育児とは正反対の、削り取られていく育児でした。この逆行する時間軸の中に放り出された孤独感は、同じ境遇の人にしか分からない深い闇だったと感じています。
希望を抱くことへの罪悪感
進行性の病気と向き合う中で、私はいつの間にか「希望を持つこと」を自分に禁じるようになっていました。良くなることを願えば願うほど、できなかった時の反動が大きく、心が壊れてしまうのが怖かったからです。常に最悪の事態を想定し、自分に「期待してはいけない」と言い聞かせていました。
しかし、期待を捨てることは、同時に今この瞬間の喜びも捨ててしまうことでした。息子が珍しく元気に笑っていても、「でも来年にはこの笑顔も消えるかもしれない」という冷めた思考が頭をよぎります。未来を悲観することで自分を守ろうとする防衛本能が、皮肉にも現在の幸せを破壊していたのです。
「できないこと」が増えるたびに、私の心にはバツ印が増えていきました。息子という存在そのものを「病気」というフィルターを通してしか見られなくなっていた時期。私は、目の前にいる、今この瞬間を懸命に生きている息子の魂を見失っていました。
「もっと早く気づいていれば」という自責
過去への後悔も私を苦しめました。「もっと早く病院へ行っていれば進行を遅らせられたのではないか」「あの日、無理をさせて歩かせたから悪化したのではないか」。そんな根拠のない自責の念が、波のように押し寄せては私を飲み込みました。
医師からは「原因は遺伝子の変異であり、親の責任ではありません」と何度も説明されましたが、感情が納得することはありませんでした。何かを責めていなければ、この不条理な現実に耐えられなかったのかもしれません。自分を罰することで、コントロールできない運命に抗おうとしていたのです。
自責の念は、周囲との壁も作りました。励ましてくれる夫や友人に対しても、「あなたたちに何が分かるの」と心を閉ざしてしまいました。自分を世界で一番不幸な人間に仕立て上げることで、私はかろうじて自分の存在意義を保っていたのだと、今なら冷静に振り返ることができます。
心の整理をつけるための「悲嘆」のプロセス
悲しみを出し切る重要性
心の整理をつけるために、私がまず必要としたのは「正しく悲しむこと」でした。これまで私は、息子の前で泣いてはいけない、強い母親でいなければならないと、感情を必死に押し殺していました。しかし、蓋をされた感情は消えることなく、心の中で腐敗し、私を内側から蝕んでいました。
ある夜、夫の前で堰を切ったように泣き叫びました。「怖い」「嫌だ」「代わってあげたい」。溜め込んでいたドロドロとした感情をすべて言葉にして吐き出したとき、驚くほどの脱力感とともに、心の奥底にわずかな隙間ができました。悲嘆(グリーフ)は、喪失を乗り越えるために不可欠な通過儀礼だったのです。
泣くことは負けではありません。失われた機能を惜しみ、その悲しみを認めることは、新しい現実を受け入れるための準備運動です。感情を無理にポジティブに変換しようとする「ポジティブの強制」をやめたとき、私の心の整理がようやく動き出しました。
「失われたもの」と「残っているもの」の峻別
悲しみが少し落ち着いてきた頃、私は一枚のノートに、今の息子の状態を書き出すことにしました。左側には「できなくなったこと」、右側には「まだできること、今あるもの」を書きました。最初は左側の項目ばかりが増えていきましたが、じっくり時間をかけて右側を埋めていきました。
- 左側(失ったもの):自力歩行、階段、重いおもちゃを持つ力、立位での着替え
- 右側(あるもの):穏やかな笑顔、音楽を楽しむ心、食べ物を美味しいと感じる味覚、私への信頼、言葉を理解する力
書き終えたノートを眺めたとき、私はハッとしました。歩く機能は失われても、息子の「核」となる人間性は、何一つ失われていなかったのです。私は機能の喪失を、息子という存在そのものの喪失と混同していました。右側のリストにあるものは、病気であっても奪えない、彼の尊厳そのものでした。
未来の不安を「予約」しない
心の整理における最大の敵は、まだ起きていない未来への不安でした。1年後、5年後を想像しては絶望していましたが、私はある日、「未来の不安を予約するのはやめよう」と心に決めました。未来の苦しみは、その時が来たらその時の私が精一杯対処すればいい。今の私がその分まで苦しむ必要はないのです。
「今、この1時間は息子と楽しく過ごせたか」「今日のご飯は美味しく食べられたか」。意識の焦点を「超短期的」に合わせるように訓練しました。1分1秒の積み重ねだけを見つめるようにすると、脳の過剰なアラートが少しずつ静まっていきました。未来という得体の知れない怪物を相手にするのをやめ、目の前の小さな幸せを守ることに専念したのです。
💡 ポイント
「明日が怖い」と感じたら、深呼吸をして「今、私の足は床についている」「今、この空気は吸えている」と五感に意識を戻してください。不安は常に未来にありますが、安心は常に「今ここ」にしか存在しません。
「できない」を補うテクノロジーと支援
福祉用具は「敗北」ではなく「拡張」
歩行が困難になり、車椅子を導入することになったとき、私はそれを「病気に負けた証」のように感じていました。しかし、初めて車椅子に乗った息子が、「ママ、速いよ!すごい!」と目を輝かせたのを見て、自分の考えが間違っていたことを痛感しました。
車椅子は、彼から歩行を奪うものではなく、歩けなくなった彼に「移動の自由」を取り戻させてくれる道具でした。眼鏡をかけることが視力の補助であるように、福祉用具は身体機能を「拡張」してくれる素晴らしいパートナーです。この視点の転換は、私の心の重荷を大きく取り除いてくれました。
その後、私たちは電動車椅子や、視線入力装置(視線だけでPCを操作する道具)など、積極的にテクノロジーを取り入れるようになりました。機能が失われるスピードよりも、テクノロジーが進歩するスピードの方が速いかもしれない。そんな風に考えることで、失われていく恐怖を「新しいツールへのアップデート」という感覚に置き換えることができたのです。
住宅改修という物理的な解決
心の整理をつけるためには、環境を整えることも非常に有効でした。段差をなくし、手すりをつけ、リフトを導入する。家の中を「できないことが目立つ場所」から「工夫すればできる場所」へと変えていく作業は、私たちの心を前向きにさせてくれました。
✅ 成功のコツ
住宅改修を検討する際は、今の状態だけでなく、少し先の変化も見据えてPT(理学療法士)やOT(作業療法士)に相談しましょう。自治体の助成金制度を賢く利用することで、家計の負担を抑えながら、介護の質を劇的に高めることが可能です。
物理的なバリアがなくなることは、心理的なバリアを壊すことにも繋がります。「家の中にいれば安全だ、工夫すれば生活できる」という確信は、進行性の病気と戦う家族にとって、最強のシェルターになります。住環境を整えることは、心の平穏への先行投資なのです。
チームで支える安心感
自分一人でお子さんのできないことを補おうとすると、親の心身が先に悲鳴を上げます。私たちは、訪問看護、訪問リハビリ、ヘルパーさんなど、多職種のプロフェッショナルを家族の輪の中に招き入れました。
| 支援者 | 役割 | 親の心のメリット |
|---|---|---|
| 訪問看護師 | 医療的ケア・健康管理 | 急な体調変化への不安が解消される |
| リハビリ職(PT/OT/ST) | 機能維持・環境調整 | 「今できること」を最大限に引き出してくれる |
| 相談支援専門員 | サービス利用の調整 | 「一人で抱えなくていい」という安心感 |
プロの目が入ることで、私は「母親」としての役割に専念できるようになりました。「介護者」として息子を見るのではなく、一人の愛するわが子として接する時間が増えたのです。「みんなで支えている」という事実は、孤独な喪失感に対する何よりの特効薬になりました。
進行性の病気におけるQOLの再定義
「長さ」ではなく「深さ」を尊ぶ
進行性の難病と向き合うとき、どうしても私たちは「あとどれくらい時間が残されているか」という寿命や期間の長さに囚われてしまいます。しかし、心の整理がつくにつれ、私は時間の価値を「長さ」ではなく「深さ」や「密度」で測るようになりました。
たとえ将来的にできないことが増えたとしても、今この瞬間に、家族で笑い合い、美味しいものを食べ、美しい景色を見る。その一瞬の純度を高めることに命を使おうと考えたのです。100年の虚無よりも、輝く1分間を。そう思えるようになってから、息子との時間は、以前よりもずっと濃厚で愛おしいものに変わりました。
できないことに目を向ければ絶望しかありませんが、今この瞬間の「ある」に目を向ければ、世界は豊かさに満ちています。息子の手が動かなくなっても、私の手に触れる温もりは変わらない。声が出なくなっても、瞳で語りかけてくれる愛情は変わらない。その不変の真理に、私は救われました。
精神的な成長という見えない進歩
身体機能が低下していく一方で、息子の内面は驚くほど豊かに成長していきました。自分の体の不自由さを受け入れ、周りの助けに「ありがとう」と微笑む彼の姿は、五体満足な私よりもはるかに行き届いた精神性を感じさせました。
世間一般の「成長」は、できることが増えることを指します。しかし、過酷な運命を受け入れ、その中で自分らしく在り続けることも、究極の成長ではないでしょうか。息子は、退行していく身体を持ちながら、精神においては私を追い越して高く深く進化していきました。その姿を一番近くで見られることは、私の誇りです。
「できないことが増える=衰退」という固定観念を捨てましょう。それは、表面的な形が変わるだけであり、本質的な生命の価値が減じることではありません。むしろ、不自由さゆえに研ぎ澄まされる感性や、深まる絆があることを、私たちは日々実感しています。
「今」を最大限に彩る工夫
私たちは、息子の「やりたい」という意欲を、身体の状況に合わせて形を変えて実現させています。例えば、旅行に行けなくなったら、プロジェクターで部屋中に大自然の映像を映し出します。食事が飲み込みにくくなったら、フレンチの名店のような美しい盛り付けのムース食を作ります。
✅ 成功のコツ
「できないから諦める」ではなく「今の状態ならどう楽しめるか」を家族でブレインストーミングしましょう。不自由さの中から生まれる新しい遊びや楽しみは、家族にとってかけがえのない思い出になります。
こうした工夫の一つひとつが、私たちの心を病気から守る盾になります。病気に主導権を握らせるのではなく、私たちが主導権を持って、「制約の中での自由」を謳歌する。そのポジティブな抵抗こそが、心の整理における最後のピースになりました。
よくある質問(FAQ)
Q1. 進行性の病気について、本人にどう伝えるべきでしょうか?
年齢や知的発達の段階にもよりますが、基本的には「嘘をつかない」ことが大切です。ただし、恐怖を植え付けるのではなく、「今は筋肉が少し疲れやすい状態なんだよ」「だから、助けてくれる道具や人を準備していくね」と、前向きな解決策とセットで伝えましょう。本人が自分の体の変化に理由があることを知ることで、かえって安心することもあります。専門の心理士さんなどに相談しながら進めるのがベストです。
Q2. 兄弟児が、変わりゆく兄(弟)を見て戸惑っています。
兄弟児もまた、大きなショックと不安を抱えています。彼らには、病気のことを正確に、かつ「あなたのせいではない」と繰り返し伝える必要があります。また、病気の子にかかりきりにならず、兄弟児と二人きりになる時間を意識的に作り、「あなたはあなたで大切だよ」というメッセージを送り続けてください。兄弟児が抱く「自分だけ元気で申し訳ない」という罪悪感にも、丁寧に寄り添ってあげましょう。
Q3. 親亡き後のことが不安で、夜も眠れません。
進行性の病気を持つ場合、この不安は非常に切実です。まずは、「成年後見制度」や「障害者信託」などの法的な備えについて、早めに情報を集めましょう。また、地域の中に、親がいなくても本人が安心して過ごせる「第二、第三の居場所(グループホームや入所施設など)」を早い段階から見つけておくことも重要です。備えを具体化することは、漠然とした不安を「タスク」に変え、心を安定させる効果があります。
⚠️ 注意
一人で情報を集めようとすると、偏った情報や古い情報に惑わされることがあります。必ず、相談支援事業所や自治体の障害福祉窓口を通して、最新の公的サービスや制度を確認するようにしてください。
Q4. できないことが増えるたび、自分の無力さを感じてしまいます。
それは、あなたがそれだけ熱心に愛情を注いでいる証拠です。でも、思い出してください。あなたの役割は、お子さんの病気を治すことではなく、お子さんの隣で「あなたのことが大好きだよ」と笑っていることです。あなたは無力ではありません。ただそばにいるだけで、お子さんにとっては世界で唯一の、かけがえのない光なのです。自分の価値を「何ができたか」ではなく「存在そのもの」に置き換えてみてください。
まとめ:喪失の先に見つけた「不変の愛」
病気は「私」を奪えない
できないことが増えていく日々は、確かに辛く、残酷な面を持っています。しかし、その過程で私は、目に見える機能や能力がいかに脆いものであるかを知り、同時に、目に見えない「愛」や「絆」がいかに強固であるかを知りました。筋肉が動かなくなっても、心が通じ合う瞬間の温かさは、何一つ変わりませんでした。
心の整理とは、失ったものを忘れることではなく、失われないものを再発見することなのだと思います。病気はお子さんの歩行を奪うかもしれません。言葉を奪うかもしれません。しかし、お子さんがあなたを愛し、あなたがそれに応えるという、生命の最も深い部分にある繋がりまで奪うことは決してできません。
今日という一日を、精一杯生きた自分を褒めてあげてください。そして、隣にいる大切な人の手を、ただ静かに握ってみてください。そこにある温もりこそが、私たちが生きる意味そのものであり、どんな病魔も侵すことのできない「不変の真実」なのです。
次の一歩へのアクション提案
まずは今日、お子さんの「今日笑った回数」や「今日一緒に過ごした素敵な時間」を、1つだけでいいのでメモに残してみてください。できないことのリストが頭をよぎったら、そのメモを見て「それでも、私たちは今、幸せを共有できている」と自分に言い聞かせてあげましょう。この小さな積み重ねが、やがてあなたの心を支える大きな盾となります。
✅ 成功のコツ
同じ悩みを持つ当事者会やピアサポートの場に参加してみるのも良いでしょう。「自分だけではない」という感覚は、孤独という毒を中和してくれる最高の解毒剤になります。あなたの経験が、いつか誰かの光になる日も必ずやってきます。
まとめ
- 悲しみを認め、感情を吐き出す:喪失に対する悲嘆(グリーフ)は必要なプロセス。強い親でいようとしすぎず、まずは自分の痛みを認めてあげる。
- 「機能」と「尊厳」を分けて考える:身体機能が失われても、本人の人間性や魂の輝きは損なわれない。「今あるもの」に目を向ける訓練を続ける。
- 未来の不安より「今の純度」を優先する:まだ見ぬ未来を悲観して今を塗りつぶすのをやめ、短期間の喜び(1分、1時間)を積み重ねることに集中する。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





