ゆっくりだけど確かに成長していると実感できた日

「亀の歩み」が宝物に変わる時——知的障害と難病を抱える子の小さな奇跡
周りの子ができることが、うちの子にはできない。昨日までできていたことが、体調一つで今日にはできなくなってしまう。「いつまで私はこの不安と付き合っていくのだろう」と、暗いトンネルの中にいるような気持ちで毎日を過ごしている親御さんも多いのではないでしょうか。知的障害や難病を抱えるお子さんの成長は、直線ではなく、時に螺旋を描くようにゆっくりとしたものです。
私自身、息子の成長を信じたいと思いつつも、焦燥感に駆られて涙した夜が何度もありました。しかし、ある時を境に、世間一般の「成長」というモノサシを捨てることにしました。すると、今まで見落としていたかけがえのない輝きが見えてきたのです。この記事では、私が「この子は確かに成長している」と確信できた瞬間と、心の持ち方を詳しくお伝えします。この記事を通じて、あなたの隣にいるお子さんの「今」を愛でるヒントが見つかれば幸いです。
比較という呪縛から自分を解き放つまで
「普通」の基準に苦しんだ日々
知的障害や難病の診断を受けた後、私が一番苦しんだのはSNSや公園で見かける「同じ年齢の子」の姿でした。「もうあんなに喋っている」「オムツが外れたらしい」という情報が入るたびに、胸が締め付けられるような思いをしました。我が家の息子は、3歳を過ぎても発語がなく、座ることもままならない日々が続いていたからです。
当時は、成長の遅れを「私の努力不足」や「この子の未来の閉ざされ」のように感じていました。しかし、ある療育の先生が私にこう言いました。「お母さん、息子さんは他の誰とも競争していません。昨日までの自分とだけ、ずっと手をつないで歩いているんですよ」。その言葉に、私は自分の価値観がいかに周囲に左右されていたかに気づかされました。
「できなかったこと」リストを捨てる
私たちは無意識に、子供に対して「できないこと」のチェックリストを作ってしまいがちです。ボタンが留められない、名前が書けない、じっと座っていられない。マイナスばかりを数えていると、親も子も疲れ果ててしまいます。私は、そのリストを思い切ってゴミ箱に捨て、代わりに「今日、少しでも心が動いたこと」を記録することにしました。
例えば、「自分から手を伸ばしておもちゃを触った」「目が合った時に少し口角が上がった」といった、他人が見れば些細なことです。しかし、この微細な変化に注目し始めると、息子は止まっているのではなく、深い地下に根を張るように、目に見えないところでしっかりと成長していることが分かってきたのです。成長は、見える形だけで起こるものではありません。
💡 ポイント
比較対象を「近所の子」から「1年前の我が子」に変えてみましょう。どんなにゆっくりでも、1年前とは違う表情、違う反応が必ず見つかるはずです。
難病という不安定さと向き合う覚悟
難病を抱えるお子さんの場合、成長はさらに複雑です。順調に発達しているように見えても、一度の発熱や発作で、積み上げてきたスキルが失われる「退行」を経験することがあります。これこそが親にとって最も辛い瞬間です。「せっかく頑張ったのに」という喪失感は、言葉にできないほど重いものです。
しかし、支援現場のデータによれば、退行したように見えても、脳や体の中には「一度覚えた記憶の種」が残っています。体調が戻れば、以前よりも短い期間で再獲得できるケースが非常に多いのです。「三歩進んで二歩下がる」のではなく、より強固な地盤を固めるために一旦戻っているのだと捉え直すことで、私は再び前を向くことができました。
実感できた「成長」の具体的なエピソード
言葉を超えたコミュニケーションの芽生え
息子が5歳になった冬のことでした。それまで自分の欲求をパニックでしか表現できなかった彼が、喉が渇いた時にそっとコップを持ってきて、私の顔をじっと見つめたのです。言葉ではありませんが、それは明確な「他者への伝達」でした。知的障害がある子にとって、自分以外の人間を「助けてくれる存在」として認識することは、非常に大きな発達の壁です。
私はそのコップを受け取った時、お茶を入れる手が震えるほど感動しました。それまでの何千回という「お茶飲む?」という私の問いかけが、無駄ではなかったと証明された瞬間でした。彼の脳の中で、バラバラだった情報のピースが、長い年月をかけてようやく一つに繋がったのです。成長は、蓄積がある日突然「溢れ出す」ように現れることを知りました。
身体的ケアを「自分事」として受け入れる
難病の治療で毎日行っていた吸入やリハビリについても、大きな変化がありました。以前は器具を見ただけで逃げ回っていた息子が、ある日、自ら吸入器のスイッチを押そうとしたのです。「やらされている苦痛」から「自分の体を治すための儀式」へと、彼なりの理解が進んだ瞬間でした。
知的障害を伴う場合、因果関係を理解するのは難しいとされていますが、日々の積み重ねは裏切りません。1,000回以上の繰り返しを経て、彼は生活の一部として受け入れ始めたのです。これは単なる慣れではなく、自律心(自分のことは自分でする気持ち)の芽生えでした。できないことを数えるのをやめた後で、こうした本人の意思がはっきりと見えるようになりました。
| 成長の領域 | 以前の状態 | 現在の小さな変化 |
|---|---|---|
| 社会性 | 目が合わず、一人で過ごす | 困った時に大人の服の袖を引く |
| 情動制御 | 些細なことでパニックになる | 深呼吸をして落ち着こうとする仕草を見せる |
| 身辺自立 | 全て全介助が必要 | 靴下を自分で脱ごうと足を動かす |
| 意思表示 | 泣くだけで要求を伝える | YES/NOのカードを指さして選ぶ |
「きょうだい児」との関わりで見せた優しさ
息子には2歳年下の妹がいます。障害のない妹に、息子はいつも追い越されていくばかりでした。しかし、妹が転んで泣いたとき、息子は自分の大切にしていたタオルを持ってきて、妹の頭を不器用に撫でました。相手の痛みを感じ、自分を後回しにして慰める。これは高度な共感能力の表れです。
知能検査の数値には表れない、この「心の成長」こそが、私たちが一番大切にすべき宝物ではないでしょうか。社会で生きていく上で、優しさや共感力はどんな知能指数よりも強い武器になります。数値としての発達指数(DQ)がたとえ停滞していても、人格としての「深み」は着実に増している。それを確信できた日、私は心から息子を誇りに思いました。
専門家と共に喜びを分かち合う「チーム支援」
「小さな変化」を報告する楽しみ
学校の先生や放課後等デイサービスのスタッフ、訪問看護師さんといった支援者の方々と、この小さな喜びを共有することも大切です。ご家族だけで喜ぶのも素敵ですが、専門家の視点から「それは実は〇〇という発達段階の現れですよ」と解説してもらうことで、より成長の確信が強まります。
私は連絡帳に「今日はこんなことができました!」と、自慢のように書くようにしました。先生方も一緒に喜んでくださり、そこから「では学校でも同じことを促してみましょう」と、新しい支援の目標が決まっていく好循環が生まれました。ご家族が見つけた小さな「芽」を、支援者と一緒に大きな「木」に育てていく感覚が、親の心の支えになります。
「個別の指導計画」に刻まれる歩み
一年に一度、学校や施設で作成される「個別の教育支援計画」や「個別の指導計画」は、成長の公式な記録です。過去の計画書を読み返してみてください。当時は「いつになったらできるようになるのか」と絶望していた項目に、「達成」のチェックが入っていることに驚くはずです。
数年前の息子は「名前を呼ばれて振り返る」ことが目標でした。今の目標は「順番を待つ」ことです。こうして文書として振り返ることで、日々の喧騒の中で見失いがちな確かな歩みを再確認できます。計画書は、義務で書くものではなく、お子さんの「歴史」を祝福するためのアルバムなのだと感じています。
✅ 成功のコツ
スマホの動画機能を活用しましょう。毎月1回、同じ動作(食事や遊び)を撮影しておくと、数ヶ月後に見返した時に、手の動きの滑らかさや視線の安定感などの微細な成長に気づきやすくなります。
医師の診察で見えた「数値以上の力」
難病の定期検診では、血液データや画像検査に一喜一憂します。しかし、ある時主治医が「データも大事ですが、今日診察室に入ってきた時の表情がとても力強くなりましたね」と仰ってくださいました。医学的な数値には表れない「生命力の充実」を、専門家も認めてくれたのです。
病気があっても、知的障害があっても、その子自身のバイタリティは磨かれていきます。私たちは「病気を治すこと」に必死になりすぎて、本人の「生きようとする力」を信じることを忘れてしまいがちです。専門医からそうした言葉をもらうことで、私は治療と成長の両立について、より大らかな視点を持てるようになりました。
「できた」の基準をカスタマイズする
100点満点ではなく、0.1点の上積みを祝う
一般的に「靴を履く」ことができたと言うには、一人で完璧に履き終えることが求められます。しかし、我が家の基準は違います。靴を自分で持ってこられたら1点。足を通そうとしたら10点。少しでも自分で引っ張れたら100点です。このように成功の定義を細分化することで、毎日がお祝い事になります。
知的障害のある子にとって、一つの動作を完成させるには膨大なプロセスが必要です。その途中の努力を無視して「まだできない」と評価するのは、登山の8合目まで来た人を「まだ山頂じゃないからダメだ」と言うようなものです。8合目まで来たこと、一歩踏み出したこと、その全てを全力で肯定する環境が、お子さんの「もっとやりたい」を引き出します。
「できなかったこと」が「不快ではないこと」に変わる成長
成長とは、新しいことができるようになることだけではありません。苦手だったものが「平気になる」ことも立派な成長です。例えば、特定の音が怖くてパニックになっていた子が、イヤーマフをしながらもその場に留まれるようになった。あるいは、嫌いな食べ物を口に運んで、吐き出さずに飲み込めた。
これらは、自分の不快な感情をコントロールしようとする、非常に高度な内面的な成長です。目に見える派手な進歩ではありませんが、社会の中で生きていくために不可欠な「適応力」が育っている証拠です。お子さんが何かに耐えたとき、我慢したとき、それは新しいスキルを習得したときと同じくらい、あるいはそれ以上に賞賛されるべき瞬間です。
「助けて」と言えることは最大の自立
「自立」とは、何でも一人でできるようになることだと思われがちです。しかし、知的障害や難病を抱える子にとっての真の自立とは、「適切に人に助けを求められること」です。できないことを無理してやるのではなく、「これはできないから手伝って」とサインを出せるようになった日、私は息子の自立への大きな一歩を確信しました。
「自分で!」と意固地になってパニックになる時期を過ぎ、自分の限界を知り、他者を信頼して委ねる。この心理的な成熟は、周囲のサポートを受けながら生きていく上で、一生を支える基盤になります。親が手を貸すことを恥じる必要はありません。むしろ、上手に手を借りられるように導くことこそが、私たちができる最高の成長支援なのです。
よくある質問(FAQ)
Q. 成長が遅すぎて、将来が不安でたまりません。今のままで大丈夫でしょうか?
不安になるのは、お子さんを深く愛している証拠です。しかし、「将来」という大きすぎる敵と戦うのはやめましょう。未来は今日の積み重ねでしかありません。今日、お子さんが一つでも笑ったなら、それは「最高の一日」です。2025年度の厚生労働省の指針でも、生涯を通じた切れ目ない支援体制が整いつつあります。将来の制度や場所は、その時に必ず用意されています。今は、目の前のお子さんとの時間を守ることだけに集中してください。
Q. 退行(できていたことができなくなる)を繰り返すと、心が折れそうです。
退行は、お子さんの体が「今は無理をせず、守りに入ってエネルギーを蓄えている」というサインです。スマホのバッテリーが切れて充電が必要な状態と同じです。動かないからといって故障したわけではありません。「今は充電期間なんだね」と、お子さんと一緒にゆっくり休んでください。蓄えたエネルギーは、必ず次の成長のステップへの跳躍台になります。あなたのこれまでの努力は、消えてなくなることはありません。
Q. 周りの親御さんの「うちの子自慢」を聞くのが辛いです。どう対処すべきですか?
無理をして聞く必要はありません。SNSなら迷わずミュートしましょう。物理的な場であれば、そっと距離を置いて良いのです。あなたは、他の親御さんが一生かかっても気づかないような「0.1ミリの成長」に気づける特別な感性を持っています。それは、障害児を育てる親にだけ与えられた特別な特権です。自慢話よりも、あなたとお子さんの間だけに流れる温かな時間の方に、はるかに大きな価値があります。
まとめ
ゆっくりだけど、確かに成長している。その事実に気づけたとき、育児の景色は一変します。それは、他人との比較をやめ、お子さん自身の「命の歩み」をそのまま受け入れられた証拠でもあります。
- モノサシを変える:世間一般の基準ではなく、お子さんの過去と現在を比較し、小さな変化を祝いましょう。
- 見えない成長に気づく:言葉や動作だけでなく、心の深まりや、不快に耐える力、他者への信頼といった内面的な進歩を肯定します。
- 一人で抱えない:小さな喜びを支援者と分かち合い、チームで成長を記録・祝福していく体制を作ります。
お子さんは、あなたの笑顔が大好きです。あなたが成長を信じ、今の姿を認めてくれることが、お子さんにとって何よりの「育つ力」になります。これからも、「亀の歩み」を楽しみながら、一歩ずつ共に歩んでいきましょう。世界で一番、その成長を近くで見守れるのは、あなたなのですから。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





