ゆっくりでも成長していた我が子のサインに気づけなかった話

見落としていた「小さな芽」と向き合って
知的障害や難病を抱えるお子さんを育てていると、周りの子と比較しては溜息をつき、一向に進まない発達に焦りを感じる毎日かもしれません。「昨日と何も変わっていない」「いつになったら言葉が出るのだろう」と、暗闇の中を歩いているような感覚に陥ることもあるでしょう。
私自身、息子の成長を信じたいと思いながらも、実際には「できないこと」ばかりに目を奪われ、彼が必死に発していた小さな成長のサインを見逃し続けていた時期がありました。親としての焦りが、皮肉にも子供のありのままの姿を曇らせていたのです。
この記事では、私がなぜ息子の変化に気づけなかったのか、そして何がきっかけで視点が変わったのかを赤裸々にお話しします。今、わが子の成長が見えずに苦しんでいるあなたへ、足元に咲いている小さな花の存在に気づくためのヒントを届けたいと思います。
「普通」という物差しに縛られた日々
平均値という名の呪縛
息子に中等度の知的障害と、筋肉に影響が出る難病の疑いがあると分かったのは、彼が2歳半の頃でした。それからの私は、むさぼるように育児書やインターネットの情報を読み漁り、「何歳で何ができるようになるべきか」という基準を頭に叩き込みました。
その日から、私にとっての息子は一人の人間ではなく、平均値からどれだけ乖離しているかを測る「対象」になってしまいました。公園に行けば、同い年の子が三輪車に乗る姿を見て落ち込み、スーパーで言葉を操る子を見ては、一言も発しない息子を責めるような気持ちになっていたのです。
「普通」という物差しで測れば、彼のスコアは常にゼロに等しいものでした。そのため、彼がその子なりに精一杯伸ばそうとしていた「心の根っこ」の存在に、当時の私は全くと言っていいほど無頓着でした。
「できない」を数える習慣
毎晩、寝顔を見ながら私がしていたのは、その日「できなかったこと」の確認作業でした。名前を呼んでも振り向かなかった、スプーンを自分で持とうとしなかった、目が合わなかった。そんなバツ印ばかりを心の中でつけていたのです。
今振り返れば、この思考習慣こそが、私の視野を狭めていた元凶でした。マイナスの面ばかりを探していると、プラスの面が視界に入らなくなります。脳が「できない証拠」ばかりを優先して集めてしまうため、彼が昨日より1秒長く絵本を見ていたことさえ、誤差として処理されていました。
親の表情は、子供に鏡のように映し出されます。私が不安げな顔で「できないこと」を探している間、息子もまた、失敗を恐れるような、どこか怯えた表情を見せることが多くなっていた気がします。
専門家の言葉が届かない孤独
療育センターの先生や保健師さんは、時折「〇〇くん、少し表情が柔らかくなりましたね」「手の使い方が上手になっていますよ」と声をかけてくれました。しかし、当時の私はそれをお世辞や、親を慰めるための常套句だと受け取っていました。
「そんな小さなことじゃなくて、言葉が出てほしいんです」「歩けるようになってほしいんです」。私は、大きな変化(ミラクル)ばかりを求めていたために、専門家が指摘する微細な変化を、価値のないものとして切り捨てていました。
孤独感は深まるばかりでした。誰も私の苦しみを分かってくれない、息子の本当の深刻さを理解していない。そんな頑固な思い込みが、自分自身をさらに追い詰め、息子との心の距離を遠ざけていたのです。
ある日気づいた「沈黙の中の対話」
ビデオに映っていた真実
視点が変わるきっかけは、偶然撮影していた1年前のビデオを見返したことでした。現在の息子と、1年前の息子。並べて比較してみると、そこには驚くほど明確な違いが映し出されていました。毎日一緒にいると気づかない「微増」が、1年という単位で見ると確かな前進になっていたのです。
1年前、彼は呼んでも全く反応しませんでしたが、今は声のする方を一瞬だけ見るようになっていました。1年前、食べ物を口に運ぶと口を閉ざしていましたが、今は自分から口を開けるようになっていました。それは、私が「何も変わっていない」と絶望していた期間に、彼が自力で勝ち取った成長の記録でした。
ビデオの中の私は、相変わらず険しい表情で彼を急かしていました。その私の横で、彼は必死に私の顔を伺い、指を動かそうとしていました。私はその時初めて、自分がどれほど「息子の頑張り」を無視し続けてきたかを悟り、涙が止まりませんでした。
「言葉」以外のサインの豊かさ
それ以来、私は彼の「沈黙」を別の角度から観察するようになりました。言葉が出ない代わりに、彼は実に多様な手段で私にメッセージを送っていたのです。例えば、お腹が空いたとき、彼は私の服の裾をほんの少しだけ強く握る。これは彼なりの「お願い」のサインでした。
私がキッチンに立つと、彼はお気に入りのタオルを持って足元に座る。これは「ここにいるよ、こっちを見て」というコミュニケーションでした。以前の私なら「邪魔だよ」とどかしていたかもしれませんが、今はそれが愛おしい対話の始まりだと分かります。
知的障害があっても、難病による身体の重さがあっても、彼の心は常に外の世界と繋がろうと手を伸ばしていました。私がその手を取る準備ができていなかっただけで、サインはずっとそこにあったのです。サインに気づけるようになると、私たちの日常は一気に色づき始めました。
「待つ」という技術の習得
サインをキャッチするために最も必要だったのは、私の「待つ」姿勢でした。彼が何かに反応し、それを表に出すまでには、平均的な子の数倍、いえ数十倍の時間がかかります。私が先回りして答えを与えたり、諦めて立ち去ったりすることは、彼の機会を奪うことでした。
💡 ポイント
反応を待つときは、心の中でゆっくり15秒数えてみてください。忙しい日常の中での15秒は長く感じますが、この空白の時間こそが、お子さんが勇気を出して一歩を踏み出すための「滑走路」になります。
15秒待ってみると、彼の手がゆっくりと動くのが見えました。視線が私の瞳に重なる瞬間がありました。それは、言葉での会話以上に深い、魂の触れ合いのような感覚でした。待つことで、私はようやく息子のペースで世界を見る方法を学びました。
身体的な制約と成長の相関関係
難病によるエネルギーの制限
息子の病気は、筋肉が疲れやすく、エネルギーを消耗しやすいという特性を持っていました。そのため、彼が「座っているだけ」でも、健常な子が「ジョギングをしている」のと同じくらいの労力を使っていることが、医師の説明でようやく理解できました。
それまでの私は、なぜ彼がすぐに寝転がるのか、なぜ活動に積極的になれないのかを「やる気の問題」や「障害の重さ」のせいにしていました。しかし、実際には身体的なキャパシティの問題だったのです。彼は、限られたエネルギーの中で、最大限に成長しようとしていました。
この事実を知ったことで、私の評価軸は大きく変わりました。彼が5分間椅子に座っていられたなら、それはフルマラソンを完走したのと同じくらいの賞賛に値します。本人の「しんどさ」を想像できるようになったことで、無理な訓練を強いることもなくなりました。
「できること」ではなく「やりたいこと」
リハビリの目標も、機能の向上(歩く、持つなど)から、本人のQOL(生活の質)の向上へとシフトしました。たとえ手が不自由でも、スイッチ一つで大好きな音楽が鳴らせるなら、それは彼にとっての「能動的な力」になります。
私たちが大切にしたのは、彼が何に目を輝かせ、何に手を伸ばそうとするかという「意欲のサイン」です。難病で身体が不自由だからこそ、その小さな「やってみたい」という芽を、環境調整(福祉用具やICTの活用)で大きく育てることが、私たちの役割だと思えるようになりました。
機能が失われていく不安(進行性の要素がある場合など)があっても、今この瞬間に彼が「楽しい」と感じているなら、その成長は本物です。未来への不安で今を塗りつぶすのはやめようと、心に決めました。
具体的なデータの推移を知る
感覚的な気づきだけでなく、私たちは「DQ(発達指数)」などの客観的なデータとの付き合い方も変えました。数値が低いことを嘆くのではなく、その内訳(認知・言語・運動など)を詳しく分析し、彼の「得意」を見つけるためのツールとして活用しました。
| 検査項目 | 以前の捉え方(絶望) | 現在の捉え方(発見) |
|---|---|---|
| 言語理解 | しゃべれないからゼロ | 指示は理解できている(強み) |
| 微細運動 | 不器用で何もできない | 補助があればボタンが押せる(可能性) |
| 社会性 | 人に関心がない | 特定の大人には安心を示す(絆) |
数値を「壁」として見るか「設計図」として見るか。その違いだけで、受けられる支援の内容も、家での接し方も大きく変わりました。データは私たちを縛るものではなく、彼をより良くサポートするための情報になったのです。
家族の絆を再構築する工夫
夫婦での「気づき」のシェア
私一人が視点を変えても、夫が「まだできないのか」と溜息をついていては、家庭内の空気は冷え切ってしまいます。私たちは、夕食後のわずかな時間を使って「今日の息子のキラリとした瞬間」をシェアする習慣を始めました。
最初は夫も戸惑っていましたが、「今日、名前を呼んだら耳がピクッと動いたよ」といった些細な報告を続けるうちに、彼もまた息子の小さな変化に敏感になっていきました。家族全員が「宝探し」をしているような状態になると、家の中に笑い声が増えていきました。
親が楽しそうに自分を見ている。その安心感が、息子の情緒を安定させ、結果としてパニックの減少や新しい行動への挑戦に繋がりました。良いサイクルが回り始めたのです。
きょうだい児への影響と教育
息子には2歳上の姉がいます。以前の私がピリピリしていた頃、彼女は弟の障害を隠したがったり、私の顔色を伺って甘えるのを我慢したりしていました。私が息子の小さな成長を喜べるようになると、彼女もまた、弟を「可哀想な存在」ではなく「頑張り屋さんな弟」として見るようになりました。
✅ 成功のコツ
きょうだい児と一緒に「弟のすごいところリスト」を作ってみてください。子供ならではの鋭い観察眼で、大人が気づかなかった成長のサインを見つけてくれることがあります。家族全員を当事者として巻き込むことが、理想的な支援体制に繋がります。
彼女が弟に優しく絵本を読んであげている姿を見ると、障害のある息子だけでなく、娘もまたこの環境の中で「優しさ」という大きな成長を遂げていることに気づかされます。家族全員が、それぞれのペースで伸びている。そう思えるようになりました。
自分自身のケアを怠らない
子供のサインに気づくためには、親自身の心に「余白」がなければなりません。寝不足で、精神的にボロボロな状態で、微細な成長に気づけというのは無理な話です。私は、意識的にショートステイやヘルパーさんの助けを借りるようにしました。
⚠️ 注意
「自分さえ頑張れば」という考えは、長期的に見ると家族全員を不幸にします。親が休むことは、子供のサインを見逃さないための「必要な準備」です。罪悪感を持たずに、社会のリソースを使い倒しましょう。
私がリフレッシュして心に余裕が生まれると、息子の表情の微妙な変化をキャッチする感度が格段に上がりました。親が自分の人生を慈しむことは、間接的に子供の成長を支えることになるのだと、身をもって実感しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 本当に成長が止まってしまったように感じる時はどうすれば?
発達には「プラトー(停滞期)」と呼ばれる時期が必ずあります。一見止まっているように見えても、脳や体の中では次のステップに進むための整理整頓が行われています。そんな時は、無理に新しいことを教えようとせず、今できていることを徹底的に楽しむ「お休み期間」にしてみてください。焦りが消えた頃に、ふと新しい扉が開くことが多いものです。
Q2. 周りの子の成長が目に入り、どうしても辛くなります。
それは親として極めて自然な感情です。無理に「比べちゃダメだ」と自分を律する必要はありません。辛い時は、SNSを断つ、公園に行く時間をずらすなど、物理的に情報を遮断しましょう。そして、比較対象を「隣の家の子」ではなく「1年前のわが子」に固定する練習をしてみてください。過去のわが子こそが、唯一の正しい比較相手です。
Q3. 難病で機能が低下していく場合、何を成長と考えればいいですか?
身体機能が低下しても、心の成熟や精神的な豊かさは成長し続けます。新しい楽しみを見つけること、自分の気持ちを別の方法で伝える工夫をすること、周りの助けを上手に受け入れること。これらはすべて、人としての高度な成長です。「できること」の数ではなく、「幸福を感じられる瞬間」の数に目を向けてみてください。
Q4. 小さな変化を喜んでも、結局将来が不安なのは変わりません。
将来への不安は、どんなに状況が良くなってもゼロにはなりません。しかし、「今」の小さな成長を喜べるようになると、未来に対する「信頼感」が少しずつ育ちます。「この子は、これからも自分なりに道を切り開いていける」「私たちも、その時々でベストな選択ができる」という根源的な自信です。不安と共存しながら、今この瞬間の輝きを拾い集めていきましょう。
まとめ:見えない糸を信じて歩む
サインは常に「そこ」にある
知的障害や難病を抱える息子との日々は、今も決して楽なものではありません。しかし、私が「サインを見つける目」を持ったことで、世界の見え方は180度変わりました。彼は動かないのではなく、彼なりのリズムで踊っています。彼は話さないのではなく、彼なりのメロディで歌っています。
気づけなかった過去を悔やむ必要はありません。今日、この瞬間から、彼の目を見て、指先に触れ、その微かな鼓動を感じ取ってみてください。そこには、あなたが想像もしなかったような力強い生命の輝きが隠れているはずです。
ゆっくりでも、遠回りでもいい。私たちはこの子の伴走者として、隣で笑い、時に休み、小さな一歩を共に祝う存在であり続けたいと思います。あなたの隣にいるお子さんも、きっとあなたに気づいてもらえる日を、静かに、でも熱烈に待っています。
次の一歩へのアクション提案
今日寝る前に、お子さんの「今日、一瞬でも良かったところ」をスマホのメモ帳に1つだけ書いてみてください。「目が合った気がした」「寝顔が穏やかだった」といった曖昧なもので構いません。それを1週間続けてみてください。1週間後、そこにはあなたとお子さんだけの、特別な成長の物語が始まっているはずです。
✅ 成功のコツ
書いたメモを、週の終わりにパートナーや親しい友人にシェアしてみましょう。誰かに伝えることで、その小さな成長が「確かな事実」としてあなたの心に定着し、明日への活力になります。
まとめ
- 「普通」の物差しを捨てる:他人と比較せず、過去のわが子と比較することで、微細な成長(サイン)が見えてくる。
- 非言語のメッセージを受け取る:言葉が出なくても、視線、手の動き、肌の温もりなど、子供は常にサインを発している。
- 親の「待つ」姿勢が扉を開く:15秒の空白を恐れず、子供が反応を返すための時間を十分に確保する。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





