服薬・通院の負担と、親子で乗り越えた日々

終わりのない服薬と通院——親子で笑顔を取り戻すまでの葛藤と工夫の記録
「薬を飲んでくれない」「病院に行くたびにパニックになる」そんな毎日に、心も体も疲れ果てていませんか。知的障害や難病を抱えるお子さんにとって、命を守るための服薬や通院は避けられないものですが、それゆえに親子の大きな負担となって立ちはだかります。「どうして分かってくれないの」と泣きたくなる夜もあるでしょう。
私自身、希少難病と知的障害を持つ息子との生活の中で、数えきれないほどの「服薬バトル」を経験してきました。しかし、専門家の助言や試行錯誤を繰り返す中で、少しずつ「無理のない習慣」へと変えていくことができました。この記事では、私たちが直面した困難と、それを乗り越えるために実践した具体的な工夫を詳しくお伝えします。この記事が、今まさに暗いトンネルの中にいる皆さんの、小さな光になれば幸いです。
服薬という「毎日の戦い」との向き合い方
なぜ子供は薬を拒むのかを知る
当初の私は、「飲まなければ病気が悪くなる」という正論を息子にぶつけてばかりいました。しかし、知的障害のある息子にとって、未来の健康よりも「今、口の中が苦い」「ザラザラして気持ち悪い」という不快な感覚の方が圧倒的に重要なのです。彼らにとって拒否反応は、自分を守るための正当な防衛本能でした。
発達障害や知的障害があるお子さんは、感覚過敏を持っていることが多く、大人には気にならない程度の味や匂い、食感に耐えがたい苦痛を感じることがあります。まずは「嫌がるのはわがままではなく、本当に苦しいのだ」と理解することから、私たちの服薬支援は始まりました。正論でねじ伏せるのをやめたとき、ようやく解決の糸口が見えてきたのです。
「飲ませる」から「協力する」への転換
「飲ませなければならない」と意気込むと、親の表情は険しくなり、声も尖ります。お子さんはその不穏な空気を敏感に察知し、さらに心を閉ざしてしまいます。私はある時、看護師さんに「お母さん、まずは薬の時間を『楽しい時間』に偽装してみませんか」と言われ、目から鱗が落ちる思いでした。
具体的には、薬の後に必ずお気に入りの動画を見たり、特別なご褒美シールを貼ったりするなど、ポジティブな出来事とセットにしました。「薬=嫌なこと」という記憶を、「薬=その後に良いことがある合図」へと書き換えていく作業です。このスモールステップの積み重ねが、頑なだった息子の心を少しずつ解かしていきました。
💡 ポイント
無理やり口をこじ開けて飲ませることは、将来的な薬への恐怖心を植え付け、拒絶を強化してしまいます。遠回りに見えても、本人の納得感を育てるアプローチが、長期的な負担軽減に繋がります。
剤形や飲み方のバリエーションを試す
粉薬が苦手な場合は、医師や薬剤師に相談して、錠剤やシロップ、あるいは貼り薬(パッチ剤)に変更できないか確認しました。最近では、ゼリー状のオブラートや、チョコレート味の服薬補助ペーストなど、便利な商品もたくさんあります。我が家では、いくつかのメーカーのゼリーを並べ、息子自身に「今日の味」を選ばせるようにしました。
「自分で選んだ」という感覚は、自己決定の第一歩となり、服薬への抵抗感を劇的に減らしてくれました。また、薬を混ぜる食品についても、ヨーグルト、アイスクリーム、ジャムなど、相性の良い組み合わせを薬剤師さんと一緒に研究しました。薬の種類によっては混ぜてはいけないものもあるため、専門家との連携は不可欠です。
通院のハードルを下げるための環境調整
病院という「未知の世界」の視覚化
通院を嫌がる大きな理由は、「何をされるか分からない」という不安です。知的障害のある子は、見通しが立たない状況で強いパニックを起こしやすいため、通院の数日前から視覚支援を行いました。病院の外観、受付、待合室、診察室の写真を並べ、「ここに行って、こう座って、最後は終わり」という流れをカードで見せ続けました。
特に採血やレントゲンなど、痛みを伴ったり大きな音がしたりする検査がある場合は、おもちゃの注射器などを使って「プレパレーション(心理的準備)」を行いました。「チクッとするけど、すぐに終わるよ」と正直に伝え、嘘をつかないことも信頼関係を守る上で重要でした。見通しが立つことで、息子の過剰な警戒心は徐々に和らいでいきました。
待ち時間を「苦痛」から「娯楽」へ
大病院での通院につきものなのが、長時間の待ち時間です。多動や多弁、音への過敏性がある子にとって、静かに座って待つことは至難の業です。私は常に「通院用お楽しみバッグ」を用意しました。普段は出さない特別な知育玩具や、オフラインで見られるタブレット動画、お気に入りのヘッドフォンなどを詰め込んだものです。
また、病院側に事情を話し、車の中や屋外のベンチで待たせてもらい、順番が来たら電話やブザーで呼んでもらうなどの合理的配慮をお願いしました。最近では障害児に配慮した「静養室」を設けている病院も増えています。病院のスタッフを味方につけ、少しでも本人にストレスの少ない待ち方を模索することが大切です。
| 工夫したポイント | 具体的な内容 | 期待できる効果 |
|---|---|---|
| スケジュールの可視化 | 手順表(絵カード)の使用 | 見通しが立ち、不安によるパニックを軽減 |
| 感覚への配慮 | イヤーマフやサングラスの使用 | 院内の騒音や照明による刺激をカット |
| お楽しみの設定 | 通院後のご褒美(公園など) | 通院に対してポジティブな動機付け |
| 合理的配慮の依頼 | 優先的な診察や別室待機 | 本人の体力消耗と周囲への気兼ねを防止 |
信頼できる「かかりつけ医」との出会い
難病の専門的な治療は大学病院で行いますが、日々の風邪や定期的な健康管理については、障害への理解が深い近所の「かかりつけ医」を見つけることが、大きな安心に繋がりました。パニックになっても動じず、「頑張ってるね」と息子に声をかけてくれる先生の存在は、親である私にとっても救いでした。
良い先生は、親の不安にも耳を傾けてくれます。「今の薬の量で大丈夫か」「副作用は出ていないか」といった細かな疑問を気軽に相談できる関係性が、治療の質を高めます。もし現在の病院で理解が得られず、通院が苦痛でしかない場合は、セカンドオピニオンを含め、より寄り添ってくれる医療機関を探す勇気も必要かもしれません。
✅ 成功のコツ
診察の際は、日頃の様子をメモした「サポートブック」や動画を持参しましょう。言葉で説明しづらい症状や行動も、映像を見せることで医師に正確に伝わります。
親子で抱え込まないための社会的支援
医療的ケア児・者へのサポート制度
難病や重度の障害により、日常的な服薬管理や注入、吸引などが必要な場合、「医療的ケア児」としての支援を受けられる可能性があります。2021年に施行された「医療的ケア児支援法」により、学校や地域でのサポート体制が強化されています。例えば、訪問看護を利用して、看護師さんに服薬の指導や体調管理を手伝ってもらうことが可能です。
親が一人で「看護師」の役割まで完璧にこなそうとすると、いつか必ず燃え尽きてしまいます。自治体の障害福祉窓口や相談支援専門員に相談し、使えるサービスを総動員しましょう。他者の手が介入することで、家庭内の空気が変わり、お子さんも「お母さん以外の人との関わり」の中で、自立心を育むきっかけになります。
「親の会」やSNSでの情報交換
難病の子供を持つ親にとって、最も辛いのは「この苦しみを誰も分かってくれない」という孤独感です。私は同じ疾患を持つ家族が集まる「親の会」に参加することで、心が救われました。そこには、教科書には載っていない「薬を嫌がる時の裏技」や「あの病院の先生は優しい」といった、生きた情報が溢れていました。
SNS上でも、ハッシュタグを通じて世界中の同じ境遇の方と繋がることができます。成功体験だけでなく、「今日も飲ませられなかった」という失敗談を共有し、お互いに「お疲れ様」と言い合える場所があるだけで、明日の朝、また薬を準備するエネルギーが湧いてきます。一人で戦わないこと、それが最大の防衛策です。
「100回のうち1回でもスムーズに飲めたら、それは大成功です。できなかった99回を数えるのではなく、できた1回を親子で喜び合ってください。」
— 小児科医 D先生
学校や放課後等デイサービスとの連携
服薬は家庭内だけで完結するものではありません。昼食後の薬が必要な場合は、学校や放課後等デイサービスでの対応が必要になります。ここで大切なのは、家庭での「成功している飲ませ方」を正確に共有することです。薬を混ぜるゼリーの種類や、飲んだ後の褒め方まで細かく共有することで、場所が変わってもお子さんが混乱しない環境を作れます。
また、通院のために学校を欠席や早退しなければならない際、それを「特別なこと」としてではなく「必要な健康維持のためのステップ」として学校側に理解してもらうよう働きかけました。周囲の理解があることで、親の申し訳なさという心理的負担も軽減されます。福祉・医療・教育の三者が連携するチーム支援を意識しましょう。
知的障害を伴う場合の特別な配慮
言葉を超えた「納得感」の醸成
知的障害がある場合、薬を飲むことの長期的メリットを言葉で理解させるのは非常に困難です。そのため、私たちは「因果関係」を非常に短いスパンで体感させる工夫をしました。例えば、頭痛薬を飲んで痛みが引いた直後に「お薬飲んだから、頭がポカポカ(楽)になったね」と、ポジティブな実感と薬を結びつける声掛けを繰り返しました。
また、言葉での説明が難しい分、本人の表情や仕草から「嫌だ」の微細なサインを読み取ることに集中しました。今日はどうしても受け付けないというときは、無理をせず「休憩」を入れる。本人の拒否権を一部認めることで、かえって本人が「自分の気持ちを分かってくれている」と安心し、次の機会に応じやすくなるというパラドックス(逆説)を経験しました。
ルーチン化による「無意識の服薬」
多動や注意散漫がある場合、服薬のタイミングを一定にすることが非常に重要です。「ご飯の後」ではなく「この音楽が流れたらお薬の時間」といったように、生活のルーチンに完全に組み込みました。環境が変わっても同じリズムで行うことで、脳が「考える前に体が動く」状態になり、葛藤する余地を減らすことができます。
我が家では、お薬専用の可愛いトレイを用意し、そこにお気に入りのキャラクターのフィギュアを並べました。その場所に行けば、自然と服薬のモードに切り替わる。こうした環境の視覚支援は、知的障害のある子にとって、どんな言葉の説明よりも強力なサポートになります。一貫性と継続性が、負担を最小限にする鍵です。
⚠️ 注意
環境やルーチンを変える際は、一つずつ行いましょう。一度に多くの変更を加えると、パニックの原因になります。本人の反応を見ながら、ゆっくりと進めるのがコツです。
パニック時のクールダウンとリカバリー
どんなに準備をしても、通院や服薬でパニックになってしまうことはあります。その際、親として最も辛いのは「周りの目」や「予定が狂う焦り」です。しかし、まずは親が深く呼吸をし、冷静さを取り戻すことが先決です。パニックになったらその場での説得は諦め、一度静かな場所へ移動し、本人が落ち着くまで「待つ」時間を作りました。
「今日はここまで。続きはまた明日」という撤退の勇気を持つことも大切です。その日の失敗をずるずると引きずらず、落ち着いた後に大好きなおやつを食べたりして、楽しい記憶で上書きする「リカバリー」を徹底しました。失敗を失敗で終わらせないことが、次の再チャレンジに繋がります。
長期的な視点で「自立」を目指す
自分の病気や薬について知る(本人告知)
年齢や知的発達の段階に応じて、少しずつ「自分の体」についての情報を伝えていきました。「君の体の中には、頑張り屋さんの小さな細胞がいるんだよ」「その細胞が元気になるために、この魔法の粒が必要なんだ」といった、本人の世界観に合わせた表現を工夫しました。
自分がなぜ薬を飲み、なぜ病院に行くのか。その理由を少しでも自分事として捉えられるようになると、服薬は「親にやらされること」から「自分の体を大切にすること」へと変化していきます。たとえ重度の知的障害があっても、本人の尊厳を尊重し、説明を尽くす姿勢は、将来の自己管理能力の芽を育てます。
服薬の成功体験を「自信」に変える
服薬がスムーズにできた日は、大げさなくらい褒め称えました。「自分で飲めたね!すごいね!」という肯定的なフィードバックは、本人の中に「自分はやればできるんだ」という有能感を育てます。この自信は、服薬以外の生活面や学習面にも良い影響を及ぼし始めました。
2025年度の最新の教育心理学の知見でも、スモールステップによる成功体験が、障害児の自己効力感(自分はできると思える力)を最も高めるとされています。服薬という日々の苦難を、自信を育むトレーニングの場に変えてしまう。この発想の転換が、私たちの親子関係をポジティブなものへと変えてくれました。
未来の自分へのプレゼント
通院や服薬を続けていくことは、いわば「未来の自分への投資」です。私たちは息子に、「今頑張っている通院は、20歳になった君が元気に好きなところへ行けるためのプレゼントなんだよ」と話しています。今は分からなくても、その言葉の響きや親の温かいまなざしは、必ず本人の心に刻まれます。
長い道のりですが、ふと振り返ったとき、あんなに激しかった服薬バトルが嘘のように静まり、息子が自分から薬を口に運ぶ姿に成長を感じる日が来ます。その日を信じて、今日は少しだけ肩の力を抜いてみませんか。完璧な親である必要はありません。「今日をなんとか乗り切った」それだけで、あなたは十分に素晴らしい保護者です。
よくある質問(FAQ)
Q. 薬を飲ませる時に食べ物に混ぜて、味が変わってしまい、その食べ物まで嫌いになってしまいました。
これは「学習性味覚嫌悪」と呼ばれる現象で、よくある失敗です。主食などの「大切な食べ物」には混ぜないのが鉄則です。おすすめは、「薬専用の味」を決めてしまうことです。例えば、普段は食べない特定の高級ゼリーや、薬専用の服薬補助チョコなど、その時にしか登場しない特別な味を用意することで、他の食事への影響を防ぐことができます。
Q. 通院のたびに親である私の方が精神的に参ってしまいます。
非常に共感します。親のストレスは子供に伝播するため、親自身のセルフケアを最優先してください。通院の日は、帰りに自分の好きなスイーツを買う、あるいは夕食を総菜にして家事を手抜きするなど、「通院=親へのご褒美日」にしてしまいましょう。また、通院に同行してくれるヘルパーやボランティアを探し、物理的に一人で抱えない体制を作ることも有効です。
Q. 薬を飲み忘れてしまった時、自分を責めてしまいます。
誰にでもミスはあります。1回や2回の飲み忘れで、これまでの治療が全て無駄になることは稀です。まずは主治医や薬剤師に「飲み忘れた時の対処法(次の回で2回分飲むのはNGなど)」を事前に聞いておき、パニックにならないようにしましょう。飲み忘れ防止には、スマホのリマインダーや、1週間分をセットできるお薬カレンダー、最近では服薬管理用のアプリなども活用できます。「仕組み」に頼って、自分を許してあげてください。
まとめ
服薬・通院の負担は、知的障害や難病を抱える家族にとって一生続く課題かもしれません。しかし、工夫と支援のネットワークを活用することで、その重荷を「親子で乗り越えられる高さ」まで下げることができます。
- 感覚と感情に寄り添う:拒絶の理由を理解し、スモールステップとポジティブな報酬で「協力」を引き出しましょう。
- 環境と道具を整える:視覚支援、補助ゼリー、イヤーマフなど、最新のグッズや手法を積極的に取り入れます。
- 一人で抱え込まない:医療・福祉の専門家、親の会、SNSの仲間を味方につけ、負担を分散させましょう。
一番大切なのは、お子さんの健康と同じくらい、あなた自身の心を大切にすることです。無理な日は休み、頼れるところには頼る。その柔軟さこそが、長く続く治療生活を支える最大の武器になります。今日という日を、お子さんと一緒に乗り越えた自分自身を、たっぷり褒めてあげてくださいね。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





