できることが増えた瞬間、親として涙が出た話

スモールステップがくれた奇跡——知的障害のある子が「できた!」を見せた日
「いつになったら言葉が出るんだろう」「周りの子との差が広がるばかりで、先が見えない」。知的障害や難病を抱えるお子さんを育てる中で、そんな風に孤独な不安に押しつぶされそうになる夜はありませんか。他のお子さんにとっては当たり前の「一歩」が、私たちにとっては果てしなく遠い山頂のように感じられることがあります。
しかし、歩みは遅くとも、子供たちは確実に自分たちの力で成長しています。この記事では、私の息子が数年越しの課題を克服し、初めて「できた!」の笑顔を見せてくれた実体験を綴ります。この記事を読むことで、日々の育児に疲れた心が少しだけ軽くなり、お子さんの小さな変化に気づくための視点を見つけていただければ幸いです。
止まった時計が動き出す瞬間
周囲との比較に苦しんだ日々
息子に知的障害と希少難病の診断が下りたのは、彼が3歳のときでした。当時の彼は発語がほとんどなく、視線も合いにくい状態。公園に行けば、同い年の子たちが元気に走り回り、お喋りを楽しんでいる姿が嫌でも目に入ります。私は、息子の成長が止まってしまったかのような錯覚に陥り、外に出るのが怖くなっていました。
「この子は一生、自分の気持ちを伝えられないのかもしれない」。そんな否定的な未来ばかりを想像しては、一人で涙を流す毎日。療育センターに通い始めても、周囲の子供たちが次々と課題をクリアしていく中で、息子だけが同じ場所で足踏みをしているように見えました。今思えば、私は息子の今ではなく、欠けている部分ばかりを探していたのです。
「コップ飲み」という高い壁
息子にとって、最初の大きな壁は「コップで水を飲むこと」でした。口の周りの筋力が弱く、感覚過敏もあったため、コップを口に当てることさえ拒否する日々。ストローは使えるものの、学校生活や将来を考えると、どうしてもコップ飲みを習得させてあげたいという焦りがありました。
毎日、食卓は水浸しになり、私の服も息子の服もびしょ濡れ。そんな生活が1年以上続きました。「もう無理なんじゃないか」と諦めかけ、コップを棚の奥に仕舞い込んだこともあります。知的障害児の育児は、こうした目に見えない努力の積み重ねであり、その多くは誰にも気づかれることなく消えていきます。
⚠️ 注意
親が「教えなきゃ」と必死になりすぎると、子供は食事の時間を「叱られる嫌な時間」と感じてしまうことがあります。上達よりも「楽しい」を優先する勇気が必要です。
突然訪れた、その時
それは、5歳になったある夏の日の昼下がりでした。喉が渇いたのか、息子が自分からテーブルに置いてあったコップに手を伸ばしました。私は息を止めて見守りました。彼は震える手でコップを口元へ運び、少しだけ唇を濡らしました。そして、ごくん、と小さな音を立てて飲み込んだのです。
「飲めた……」。溢れそうになる涙を必死に堪えながら、私は彼を抱きしめました。本人も驚いたような顔をした後、満面の笑みを見せてくれました。1年以上の足踏みは、決して無駄ではなかった。彼は彼なりに、準備を整えていたのです。止まっていた時計が動き出したような、震えるほどの感動でした。
涙が出るほど嬉しい「変化」の共通点
スモールステップの重要性
息子がコップ飲みをマスターできた理由を振り返ると、そこには徹底した「分解」がありました。いきなりコップで飲むのではなく、まずは空のコップで遊ぶ、次に唇に触れるだけ、次に一口だけ入れる。このように課題を最小単位に分けるスモールステップが、知的障害のある子には不可欠です。
成功体験を積み重ねることで、子供の中に「これならできるかも」という自信が芽生えます。大人が見れば些細な一歩でも、彼らにとっては宇宙旅行に匹敵する大冒険。その一歩を、誰よりも近くで見守り、認めてあげられるのは親である私たちだけなのです。以下に、私たちが実践したステップをまとめます。
| 段階 | 具体的な目標 | 配慮したポイント |
|---|---|---|
| ステップ1 | コップを手に持つ | 好きなキャラクターのコップを用意 |
| ステップ2 | 空のコップを口に当てる | 「あーん」と声かけして遊びにする |
| ステップ3 | 少量の水を口に含む | 一口で飲みきれる量だけ入れる |
| ステップ4 | 自分で傾けて飲む | こぼしても絶対に叱らない |
「できない」の裏にある理由を探る
子供が何かを拒否するとき、そこには必ず理由があります。息子の場合は、水の冷たさや、コップが歯に当たる硬い感触が怖かったようでした。知的障害や発達障害がある場合、感覚の特性が成長を妨げているケースが多くあります。それを「わがまま」と決めつけず、背景を探ることで解決の糸口が見えてきます。
療育の先生から「この子は感触を慎重に確認するタイプですね」と言われたとき、私はハッとしました。急かしていたのは私の方で、彼は慎重に世界を確認していただけだったのです。理由が分かれば、対策も立てやすくなります。子供の行動を観察することは、言葉のない彼らとの対話そのものでした。
待つことが最大の支援
最も難しく、かつ最も効果的だった支援は「待つこと」でした。ついつい手を出したくなる、答えを教えたくなる。でも、そこをぐっと堪えて、子供が自分の意志で動くのを数分間待つ。この「沈黙の時間」こそが、子供の脳を活性化させ、自立を促す栄養素になります。
息子が初めて靴下を自分で履けたときも、私は15分間、ただ横に座っていました。彼は何度も左右を間違え、かかとが前に来たりしましたが、最後にすぽっと足が入った瞬間の誇らしげな顔は、今でも忘れられません。待つ時間は親にとっても修行ですが、その先には必ず輝く瞬間が待っています。
💡 ポイント
「待つ」のが辛いときは、心の中で100まで数えるか、コーヒーを一杯淹れるくらいの余裕を持ってみましょう。親のゆとりが子供に伝わります。
発達の「停滞期」をどう乗り越えるか
グラフは直線ではなく階段状
子供の成長は、右肩上がりの直線ではありません。特に知的障害を伴う場合、数ヶ月間全く変化がない「踊り場」のような時期が長く続きます。この停滞期に親は焦りを感じますが、実はこの時期、子供の頭の中ではこれまでに学んだ知識を整理し、次のステップへ進むためのエネルギーを蓄えています。
私の息子も、言葉の爆発期が来る直前は、半年ほど全く新しい単語が出ない時期がありました。当時は不安でしたが、ある日突然、溜まっていた水が溢れ出すように言葉が溢れてきたのです。成長は「見えないところ」で進んでいる。そう信じることで、停滞期を少しだけ穏やかに過ごせるようになりました。
記録をつけることで気づく微増
「昨日と今日で何も変わっていない」と感じるときは、過去の記録を見返してみてください。私はスマートフォンのメモ帳に、1行だけの成長日記をつけていました。「今日は目が合った」「嫌いな野菜を1ミリ食べた」。そんな些細なことで構いません。
1ヶ月前の記録と比較すれば、必ず何かしらの変化が見つかるはずです。大きな「できる」にばかり注目すると苦しくなりますが、ミクロの視点で見れば、子供は毎日アップデートされています。その微細な変化を拾い上げ、自分自身を鼓舞する材料にすることが、長期にわたる育児のコツです。
「成長は、ある日突然花開く。それまでの水やりは、決して無駄な時間ではありません。」
— 児童発達支援センター 指導員
周囲のサポートを賢く頼る
停滞期に自分たちだけで頑張ろうとすると、家族全員が共倒れになってしまいます。放課後等デイサービスや移動支援などの福祉サービスを積極的に使い、親が「子供から離れる時間」を確保してください。リフレッシュした状態で子供に向き合う方が、結果的に良い変化に気づきやすくなります。
また、同じ悩みを持つ親の会などに参加し、「うちもそうだったよ」という経験談を聞くことも大きな救いになります。自分の家だけが暗いトンネルの中にいるのではないと知るだけで、心に酸素が戻ってきます。1人で抱え込まず、社会のリソースをフル活用して、この時期を乗り切りましょう。
よくある質問(FAQ)
Q. 訓練ばかりの毎日に子供が疲れているようです。休ませてもいいですか?
もちろんです!療育や訓練は大切ですが、子供にとって最も重要なのは「安心できる家庭環境」です。嫌がるのを無理に続けさせると、その活動自体に拒否感を持ってしまいます。思い切って1週間お休みして、ただ一緒にゴロゴロしたり、好きな遊びに没頭したりする時間を作ってみてください。心が満たされると、また意欲が戻ってくることが多いです。
Q. 下の子の方が先に色々なことができるようになり、辛いです。
兄弟姉妹がいるご家庭では非常によくある悩みです。残酷な対比に心がえぐられる思いをすることもあるでしょう。そんな時は「比べる対象」を固定してください。比べるのは「他の子」ではなく、「1年前のその子自身」です。それぞれの成長曲線は全く別物。それぞれのスピードで歩んでいることを、まずは親であるあなたが認めてあげてください。
Q. できることが増えても、またできなくなる(退行)ことはありますか?
はい、あります。体調不良や環境の変化、または新しいことを学ぼうとする過程で、以前できていたことが一時的にできなくなることは珍しくありません。これは「後退」ではなく、次の一歩のための「助走」です。慌てず、少し前のステップに戻って優しくサポートしてあげれば、また必ずできるようになります。
今、この瞬間を愛でるために
幸せのハードルを少しだけ下げる
「歩けたら幸せ」「喋れたら幸せ」。そうやって条件をつけてしまうと、今目の前にいる子供の良さが見えなくなってしまいます。私はある時、息子が横でスースーと寝息を立てているだけで「今日も生きていてくれてありがとう」と心から思えた瞬間がありました。そのとき、私の幸せのハードルは、地面まで下がった気がしました。
何かができるようになったから愛するのではなく、存在そのものを愛している。そのメッセージは、言葉の理解が難しいお子さんにも必ず伝わります。親が自分を丸ごと受け入れてくれているという安心感こそが、彼らが困難に立ち向かい、できることを増やしていくための最強の武器になります。
「ありがとう」を自分にも贈る
子供ができるようになったことを喜ぶと同時に、それを支え続けてきた自分自身も褒めてあげてください。食事の介助、排泄のサポート、眠れない夜の付き添い。あなたが今日まで諦めずに子供の隣にいたからこそ、その「奇跡の瞬間」は訪れたのです。あなたは、もう十分に頑張っています。
夜、子供が寝静まった後に、好きなスイーツを食べたり、温かいお茶を飲んだりして、自分の心に栄養を与えてください。親の自己肯定感が高まれば、子供への眼差しも自然と優しくなります。子供の成長を祝う記念日は、同時に「親であるあなたの奮闘を祝う日」でもあるのです。
✅ 成功のコツ
子供が何かを達成した日は、その動画を撮っておきましょう。後で辛い時期が来たときにそれを見返すと、今の努力が未来へ繋がっていることを再確認できます。
次の一歩へのアクション提案
感動の涙を流した後は、また明日から続く日常を少しでも軽やかにするために、以下のアクションを試してみませんか?
- 今日、お子さんが見せてくれた「小さな変化」を一つだけ手帳に書き留める。
- 頑張っている自分へのご褒美(小さな贅沢)を今週末に予約する。
- 相談員さんや先生に、最近の小さな変化をシェアして一緒に喜んでもらう。
- 「できた!」の瞬間の動画を整理し、自分を励ます「勇気フォルダ」を作る。
まとめ
知的障害や難病のある子育ては、決して楽な道のりではありません。しかし、その分、何かができた瞬間に流れる涙は、他の何物にも代えがたい「純粋な喜び」に満ちています。私たちは、世界で一番贅沢な感動を味わえる立場にいるのかもしれません。
- 成長の歩幅は人それぞれ:焦らず、お子さん独自のスピードを尊重しましょう。
- 過去の自分と比較する:ミクロの視点で変化を見つけ、記録に残すことが励みになります。
- 親もサポートを受ける権利がある:自分を大切にすることが、結果的に子供の最善の支援に繋がります。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





