障害者雇用でキャリアアップは可能?実例と考え方

障害者雇用における「活躍」の新しい形
障害者雇用枠での就労において、「一度入社したら、定年までずっと同じ単純作業を繰り返すだけなのだろうか」という漠然とした不安を抱えている方は少なくありません。以前は「福祉的就労の延長」として、仕事内容が限定されていた時代もありました。しかし、今の障害者雇用の現場は大きく変化しています。
企業の社会的責任(CSR)への意識の高まりや、深刻な人手不足、そして2026年度以降の法定雇用率の段階的な引き上げなどを背景に、障害のある方を「貴重な戦力」として迎え入れる企業が急増しています。単に席を用意するだけでなく、適性を見極めて能力を伸ばし、リーダーや専門職として登用する動きが活発になっているのです。
本記事では、障害者雇用枠で働きながらキャリアアップを実現するための具体的な考え方と、実際に成功した方々のエピソードをご紹介します。今の職場で上を目指すのか、あるいは新しい環境を求めるのか。あなたの将来の可能性を広げるためのヒントを一緒に探っていきましょう。
キャリアアップを支える3つの評価軸
基本となる「勤怠の安定」と「信頼」
どのような雇用形態であっても、キャリアアップの土台となるのは「安定した勤怠」です。企業が重要なプロジェクトや責任のある役職を任せたいと考える際、最初に見るのはスキルの高さよりも「毎日決まった時間に、健康な状態で出勤してくれるか」という安定感です。これは障害者雇用において最も基本的な評価軸となります。
欠勤や遅刻が少なく、体調管理を自分自身で行えているという事実は、企業にとって大きな安心材料となります。自分の障害特性を理解し、体調が悪くなりそうな予兆があれば早めに相談する、あるいは適切な休息を取るといった自己管理能力は、ビジネススキルの一つとして高く評価されます。
信頼関係は、日々の挨拶や報告・連絡・相談(ホウレンソウ)の積み重ねで築かれます。「この人なら安心して仕事を任せられる」という信頼の貯金を貯めることが、キャリアアップの扉を開く第一歩となります。まずは今の職場で、周囲から信頼される存在を目指すことから始めてみましょう。
「遂行能力」の向上と業務範囲の拡大
与えられた業務をミスなく、期限内に終わらせることができるようになったら、次のステップは「業務の幅を広げること」です。多くの企業では、障害者雇用のスタッフに対して、最初は限定的なタスクを割り当てます。しかし、そこで「自分の仕事はこれだけ」と決めつけてしまうのはもったいないことです。
自分の仕事が予定より早く終わったときに、「何かお手伝いできることはありますか?」と周囲に声をかける。あるいは、今の業務をより効率化するための改善提案をする。こうした自発的な行動が、上司の目に「この人はもっと上の仕事ができるかもしれない」と映ります。「受け身」から「能動的」な姿勢への転換が、評価を大きく変える鍵となります。
具体的には、事務職であればExcelの関数を覚えて複雑な集計を引き受ける、軽作業であれば工程の進捗管理をサポートするなど、少しずつ「プラスアルファ」の価値を提供していくことが、昇給や昇進への確かな道筋となります。
💡 ポイント
キャリアアップは「今の仕事の完璧さ」の先にあるものです。まずは現在の業務で周囲の信頼を勝ち取り、徐々に「新しいこと」へ挑戦する姿勢を見せていきましょう。
専門スキルや資格の習得
他の誰にも代えがたい「専門性」を持つことは、キャリアアップにおける強力な武器になります。特にIT、法務、人事、会計といった専門知識が必要な分野では、障害の有無にかかわらず、スキルの高さがそのまま待遇に反映される傾向があります。現在は障害者向けの職業訓練も充実しており、在職しながら学べる環境も整っています。
資格取得は、自分の能力を客観的に証明する手段として非常に有効です。例えば、MOS(マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト)や日商簿記、ITパスポートなどは、事務系職種での評価につながりやすい資格です。また、最近ではWeb制作や動画編集などのクリエイティブなスキルを身につけ、専門職として活躍する方も増えています。
企業によっては、資格取得の費用を補助してくれたり、資格手当を支給したりする場合もあります。自分の興味がある分野、あるいは今の仕事に直結する分野で、コツコツと学習を継続することは、将来の選択肢を大きく広げることにつながります。
キャリアアップを実現した3つの成功実例
実例1:契約社員から正社員登用、そしてリーダーへ
Aさん(30代・精神障害)は、大手メーカーの特例子会社に契約社員として入社しました。当初の業務は書類のスキャンやシュレッダーといった補助的な作業でしたが、Aさんは持ち前の几帳面さを活かし、作業手順書の作成や改善提案を自主的に行いました。その姿勢が評価され、2年後には正社員に登用されました。
正社員になったAさんは、さらに後輩の指導やチームの進捗管理も任されるようになりました。障害特性への配慮として、パニックになりそうな時のクールダウンの時間を確保しつつ、業務量を調整しながらリーダー職を務めています。今では年収も入社時より大幅にアップし、「自分の成長が会社の役に立っている」という強い実感を抱いています。
Aさんの成功の要因は、目の前の仕事を「ただこなす」だけでなく、どうすればより良くなるかを常に考え、周囲に発信し続けたことにあります。特例子会社であっても、一般企業と同様にキャリアパスが整備されているケースは増えています。
実例2:専門スキルを磨き、高待遇での転職に成功
Bさん(20代・発達障害)は、大学卒業後に一般事務の障害者雇用枠で働いていましたが、ルーチンワークに物足りなさを感じていました。そこで、独学でプログラミングを学び始め、ITエンジニア向けの就労支援機関にも通ってスキルを磨きました。1年間の学習を経て、Web開発を行うIT企業の障害者雇用枠に転職しました。
転職後のBさんは、フルリモートワークという環境で、障害特性による対人ストレスを軽減しながら、得意の集中力を活かして開発業務に従事しています。スキルが正当に評価され、一般枠の社員と遜色ない給与体系で雇用されています。「障害者雇用=低賃金」という固定観念を、専門スキルで打ち破った実例です。
Bさんのように、現在の職場でキャリアアップが難しいと感じる場合、外部でスキルを身につけて「環境を変える(転職する)」ことも立派なキャリアアップの手段です。自分の強みがどこにあるのかを冷静に分析した結果と言えます。
| キャリアの形 | 主なアクション | 期待できるメリット |
|---|---|---|
| 社内昇進 | 業務拡大、リーダー挑戦 | 慣れた環境でステップアップ |
| 正社員登用 | 安定した勤怠、評価蓄積 | 福利厚生の充実、長期的な安心感 |
| スキル転職 | 資格取得、専門学習 | 大幅な給与アップ、特性に合う環境 |
実例3:一般枠から障害者枠への転換で「活躍」を維持
Cさん(40代・身体障害)は、長年一般枠で営業職として働いていましたが、中途で障害を負った際、同じ会社の障害者雇用枠に転換しました。最初は「キャリアダウンではないか」と落ち込みましたが、会社側はCさんの豊富な営業経験を惜しみ、営業支援チームの立ち上げとマネジメントを依頼しました。
Cさんは、現場の営業担当者が苦手とするデータの分析や戦略立案を、障害者雇用スタッフのチームを率いて行っています。枠組みこそ障害者雇用ですが、役割はマネージャーそのものです。給与も一般枠時代に近い水準が維持されています。「枠組み」に縛られず、自分のこれまでのキャリアをどう再構築するかに成功したケースです。
この事例は、特に中途で障害を負った方や、キャリアの途中で配慮が必要になった方にとって希望となります。障害者雇用は決してキャリアの終着点ではなく、新しいステージの始まりになり得るのです。
企業との交渉とキャリア面談の活用術
自分の希望を具体的に言語化する
キャリアアップを望むなら、それを心の中で思っているだけでは伝わりません。上司との面談などの機会を捉えて、明確に意欲を伝える必要があります。しかし、単に「給料を上げてください」「責任のある仕事をさせてください」と言うだけでは、具体的な交渉にはなりにくいものです。
交渉を成功させるコツは、「会社にとってのメリット」を添えることです。「私はこれまで〇〇という業務を効率化してきました。次は△△の分野も担当させていただければ、チーム全体の残業削減に貢献できます」といった具合です。自分の成長が、チームや会社にどのようなプラスの影響を与えるかをプレゼンする意識を持ちましょう。
また、希望する配慮事項と、挑戦したい業務をセットで伝えることも重要です。「週1回のリモートワークを認めていただければ、体力を温存できるため、より難易度の高いプロジェクトに注力できます」といった提案は、企業側にとっても検討しやすい内容になります。
定期面談での「振り返り」を習慣にする
多くの企業では、半期や四半期ごとに評価面談が行われます。この時間を「単なる報告」で終わらせてはいけません。事前に自分の仕事の成果を数値や具体例で整理しておき、自己評価として伝えましょう。自分が何ができるようになり、次は何を目指しているのかを定期的にアップデートしていくことが大切です。
もし、自分では成長しているつもりでも評価が上がらない場合は、その理由を冷静に尋ねてみましょう。「正社員になるためには、今の私に何が足りないでしょうか?」と質問することで、具体的な課題が明確になります。その課題を一つずつクリアしていく姿を見せることが、最も説得力のあるアピールになります。
✅ 成功のコツ
「キャリアシート」を自作して、半年前の自分と今の自分を比較してみましょう。自分の成長を可視化することで、自信を持って面談に臨めるようになります。
就労定着支援員を味方につける
自分一人で企業と交渉するのが難しい場合は、就労移行支援事業所などの「定着支援員」に間に入ってもらうのも有効な手段です。支援員は、客観的な立場から「本人の現在の能力なら、もう少し業務の幅を広げても問題ないのではないか」と企業に提言してくれることがあります。
企業側も、第三者であるプロのアドバイスがあれば、「よし、新しい仕事を任せてみよう」という決断を下しやすくなります。障害者雇用のキャリアアップは、本人・企業・支援者の三者が連携して進めていくのが最もスムーズです。一人で抱え込まず、外部の資源を賢く活用しましょう。
ご家族ができるキャリア支援の形
「焦り」を「伴走」に変える見守り
ご家族として、「もっと上を目指してほしい」「給料が高いところに転職してほしい」と願うのは当然のことです。しかし、キャリアアップへのプレッシャーが強すぎると、本人は「今の自分ではダメなのだ」と自己否定に陥り、かえってメンタルを崩してしまうことがあります。
ご家族にできる最高の支援は、本人の「やってみたい」という芽を大切に育てることです。本人が新しい資格の勉強を始めたら環境を整える、仕事の悩みを口にしたらまずは共感して聞き役に回る。こうした安心できる家庭環境があるからこそ、本人は職場で一歩踏み出す勇気を持てるようになります。
キャリアアップは長期戦です。数ヶ月単位の結果を求めるのではなく、数年後の自立を見据えて、本人のペースに寄り添いながら伴走していく姿勢が求められます。「何かあっても家は安全な場所だ」という確信こそが、本人の挑戦を支える最大のエネルギー源です。
社会の最新情報を共に学ぶ
今の障害者雇用の制度や企業の取り組みは、数年前とは劇的に変わっています。ご家族も最新の情報を収集し、本人と共有することで、視野を広げる手助けができます。例えば、「最近はリモートワークの障害者雇用も増えているみたいだよ」「こんな資格支援制度がある事業所があるよ」といった情報提供です。
ただし、情報を「押し付ける」のではなく、「選択肢の一つとして紹介する」トーンを心がけましょう。本人が自分で情報を取捨選択し、意思決定するプロセスを尊重することが、ビジネスパーソンとしての自律性を高めることにつながります。
⚠️ 注意
家族が会社の担当者に直接「給料を上げてください」と交渉するのは控えましょう。本人の自立を妨げるだけでなく、職場での評価を下げてしまう恐れがあります。あくまでアドバイスやサポートに徹してください。
心身の健康という「守り」の重要性
キャリアアップは「攻め」の姿勢ですが、それを支えるのは「守り」である健康です。仕事に熱中するあまり、睡眠時間を削ったり食事を疎かにしたりしていないか、ご家族の目で見守ってあげてください。特に昇進直後や転職直後は、知らず知らずのうちにストレスが溜まっています。
「顔色が少し悪いけれど、今日は早く休んだら?」といった小さな声かけが、過労や二次障害を防ぐ防波堤になります。長く働き続けること自体が立派なキャリアであり、健康を損なっては元も子もありません。「健やかに働くこと」を第一優先に置く姿勢を、家族で共有しておきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 障害者雇用枠だと、給与の天井(上限)が決まっているのでしょうか?
A. かつてはそうした企業も多かったですが、現在は変化しています。能力給を導入したり、一般枠と同じ給与テーブルを適用したりする企業が増えています。特にITや専門職では、一般枠を上回る給与を得ている方もいらっしゃいます。ただし、単純作業のみを担当している場合は昇給が難しいことも多いため、スキルの獲得や業務範囲の拡大が必要になります。
Q2. 今の会社にはキャリアパスがありません。転職すべきでしょうか?
A. 今の職場で数年働き、基本的なビジネススキルや勤怠の安定が証明できているなら、ステップアップのための転職は有力な選択肢です。転職活動を通じて自分の市場価値を知るだけでも、今の職場での働き方に良い影響を与えることがあります。まずは支援機関などに登録し、今の経験が外の世界でどう評価されるかを確認してみるのが良いでしょう。
Q3. リーダー職を打診されましたが、責任が重そうで不安です。
A. 新しい挑戦に不安を感じるのは当然のことです。まずは「どのような業務を任されるのか」「どのような配慮を継続してもらえるのか」を会社と細かく確認しましょう。最初から完璧を目指さず、「まずは半年間やってみる、難しければ相談する」というスタンスで引き受けてみるのも手です。また、ジョブコーチなどの外部支援を導入してもらうことで、負担を軽減しながら新しい役割に慣れていくことも可能です。
Q4. 年齢的にキャリアアップは遅すぎますか?
A. 決して遅すぎることはありません。40代、50代からでも、これまでの人生経験を活かしてマネジメント業務に就いたり、新しいITスキルを身につけて職種転換したりする方はたくさんいらっしゃいます。企業側も、若手にはない「落ち着き」や「社会人としてのマナー」を中高年層に期待しています。自分の強みを今の時代にどうアジャストさせるかがポイントです。
まとめ
障害者雇用におけるキャリアアップは、もはや特別なことではありません。正しい考え方を持ち、コツコツと信頼とスキルを積み重ねることで、自分らしいキャリアを描くことは十分に可能です。それは単なる年収アップだけでなく、「自分は社会に必要とされている」という深い自信と安心感をもたらしてくれます。
- 安定した勤怠と誠実なコミュニケーションで、まずは「信頼」の土台を作る。
- 現状に満足せず、専門スキルの習得や業務範囲の拡大に「能動的」に挑戦する。
- 企業との対話を大切にし、必要に応じて外部の支援機関を味方につける。
まずは今日、自分がこれまでやってきた仕事を振り返り、「新しく挑戦してみたいこと」を一つだけメモに書き出してみませんか。その小さな好奇心が、あなたの輝かしいキャリアの第一歩となるはずです。あなたの未来は、あなたの行動によって、いくらでも新しく創り出していくことができます。

伊藤 真由美
(いとう まゆみ)33歳📜 保有資格:
特別支援学校教諭免許、社会福祉士
特別支援学校で5年教員を務めた後、就労継続支援B型事業所で5年勤務。「学校から社会へ」の移行支援と、「自分のペースで働く」を応援します。進路選択や作業所選びの情報をお届けします。
大学で特別支援教育を学び、卒業後は特別支援学校の教員として5年間勤務。知的障害や発達障害のある生徒たちの進路指導を担当する中で、「卒業後の支援」の重要性を痛感しました。そこで教員を辞め、就労継続支援B型事業所に転職。現在は生活支援員として、様々な障害のある方が自分のペースで働く姿を日々見守っています。特に大切にしているのは、「働くことがすべてではない」という視点。一般就労が難しくても、作業所での仕事や日中活動を通じて、生きがいや居場所を見つけることは十分可能です。記事では、特別支援学校卒業後の進路選択、就労継続支援A型・B型の違い、作業所での実際の仕事内容など、「自分らしい働き方・過ごし方」を見つけるための情報を発信します。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
特別支援教育を学び、「卒業後の支援」の重要性を感じたことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
作業所での仕事や日中活動を通じて、生きがいや居場所を見つけた方々を見守ってきたこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
「働くことがすべてではない」という視点を大切に、自分らしい過ごし方を見つける情報を発信します。
🎨 趣味・特技
ハンドメイド、音楽鑑賞
🔍 最近気になっているテーマ
発達障害のある方の就労支援、工賃向上の取り組み





