ホーム/記事一覧/当事者・家族の声/家族・支援者の声/受け入れられなかった私が“理解者”になっていくまで

受け入れられなかった私が“理解者”になっていくまで

📖 約51✍️ 鈴木 美咲
受け入れられなかった私が“理解者”になっていくまで
障害という現実を突きつけられ、拒絶や怒りに震えていた家族が、時間の経過と共に本人の特性を深く理解し、真の“理解者”へと変容していく過程を綴ったブログ記事です。心理的な受容のプロセス、視点が変わったきっかけとなる具体的なエピソード、そして理解者として歩むための実用的な3ステップ(客観視・翻訳・環境作り)を詳しく解説。2026年現在の福祉データや専門的な視点を取り入れつつ、家族が自分自身の人生も大切にしながら、共に豊かに生きていくための希望と具体的なアクションを提示します。

絶望から対話へ——障害という現実と向き合い、真の“理解者”になるまでの歩み

わが子の障害や家族の病を知らされたとき、心からすんなりとそれを受け入れられる人は決して多くありません。「なぜうちの子が」「何かの間違いではないか」という否定の気持ちが湧き上がり、暗い闇の中に突き落とされたような感覚に陥るのは、ごく自然な反応です。2026年現在、多様な生き方が認められつつある社会ですが、当事者の家族が抱える葛藤の深さは今も昔も変わりません。

私自身も、かつては障害を「克服すべき敵」のように捉え、受け入れられない自分を責め続けてきました。しかし、長い年月を経て、現在は障害をその人の「個性の一部」として見つめ、良き理解者として歩むことができています。この記事では、私が絶望からどのように立ち直り、視点を変えていったのか、具体的なステップと共にお伝えします。今、苦しみの渦中にいるあなたの心が、少しでも前を向くきっかけになれば幸いです。


否定から始まった「受容」への長い旅路

「間違いであってほしい」という願い

診断名が下されたあの日、私の世界は音を立てて崩れ去りました。専門医から告げられた言葉が、まるで遠い異国の言語のように現実味を欠いて聞こえたのを覚えています。「訓練すれば普通になれる」「いつか治るのではないか」という淡い期待にしがみつき、有名な病院や療育センターを渡り歩く日々が始まりました。これを心理学では「否認」のフェーズと呼びます。

当時の私は、わが子のありのままの姿を見ていたのではなく、自分の理想とする「普通の子」の幻影を追いかけていました。2025年の家族支援調査によると、障害児を持つ保護者の約75%が、最初の1年間は診断を完全に受け入れられなかったと回答しています。この「受け入れられない」という苦しみは、それだけお子さんを深く愛し、幸せを願っているからこそ生まれる執着なのです。

怒りと悲しみが交互に押し寄せる日々

否認の次に来たのは、やり場のない怒りでした。何不自由なく幸せそうに見える周囲の家庭を羨み、時には激しい嫉妬を覚えることもありました。「私たちが何か悪いことをしたのか」という自責の念と、「なぜ社会はもっと助けてくれないのか」という他責の念が、交互に波のように押し寄せてきます。この時期、私は誰とも会いたくないという強い孤立感に苛まれていました。

この怒りの裏側には、底知れない悲しみが隠れています。理想としていた未来が失われたことに対する「喪失のプロセス」を歩んでいたのです。しかし、この激しい感情の噴出は、心が現実を少しずつ飲み込もうとしている証拠でもあります。泣きたいときは泣き、怒りたいときは一人で叫んでも良いのです。感情を抑え込むことこそが、回復を遅らせる原因になります。

💡 ポイント

「受け入れられない自分」を責めないでください。受容とは、一直線に進むものではなく、行ったり来たりを繰り返しながら時間をかけて醸成されるものです。

情報収集という名の「武装」と疲弊

「治る」ことが難しいと分かり始めると、次に私は知識で武装しようとしました。最新の医学論文を読み漁り、代替療法や特別な教育法に多額の費用と時間を投じました。「私が頑張れば、この子の障害は軽くなるはずだ」という思い込みが、自分自身をさらに追い詰めていきました。この時期の私は、親ではなく、厳しい「教育ママ」や「指導員」のようになっていました。

しかし、頑張れば頑張るほど、お子さんの笑顔は減っていき、私の顔からも余裕が消えていきました。2024年に実施されたメンタルヘルス研究では、過度な教育的介入を自分に課す保護者のバーンアウト率が非常に高いことが示されています。知識を得ることは大切ですが、それが「子どもをコントロールするための道具」になっていないか、一度立ち止まって考える必要があります。


視点が変わった「あの日」の出来事

本人の「楽しさ」に気づかされた瞬間

私の頑なな心が解けたのは、ある療育キャンプでの出来事でした。他の子ができる課題が全くできないわが子を見て、私がため息をついたとき、担当の若い支援員さんが言いました。「お母さん、見てください。あの子、風に揺れる葉っぱを見てあんなに幸せそうに笑っていますよ」。その言葉にハッとしました。私は「できないこと」のカウントばかりして、本人が今この瞬間を感じている幸せを完全に無視していたのです。

本人は不幸ではない。不幸だと思い込んでいたのは、私の物差しで彼を測っていた私自身だった。その事実に気づいたとき、視界が急に明るくなりました。100点満点から減点していくのではなく、0から「今日笑った」「今日目が合った」と加点していく。この「加点方式」の思考こそが、私が理解者へと転換する大きなターニングポイントとなりました。

「障害」は本人ではなく「環境」にある

福祉の世界には「障害の社会モデル」という考え方があります。これは、障害は個人の身体機能の問題ではなく、社会の側にある障壁(階段しかない、理解がない等)によって作られるという考えです。この言葉に出会ったとき、私は目から鱗が落ちる思いでした。悪いのはわが子の脳や身体ではなく、彼が生きにくい仕組みになっている社会のほうなのだ、と思えたのです。

そう考えると、私の役割は「子どもの障害を直すこと」ではなく、「彼が生きやすい環境を整え、社会との橋渡しをすること」に変わりました。2026年現在、多くの自治体で合理的配慮(ごうりてきはいりょ:個々の特性に合わせた調整)が義務化されています。私が頑張る方向は、本人の改造ではなく、周囲への働きかけやサポート環境の構築だったのです。

✅ 成功のコツ

本人の「できないこと」を「できること」に変える努力も尊いですが、それ以上に「できなくても困らない環境」を作るほうが、お互いの笑顔が増えます。

先輩保護者や仲間との出会い

一人で抱え込んでいた時期、地域のご家族の会に勇気を出して参加しました。そこには、数年、数十年先を行く先輩たちがいました。彼らは、私が今抱えている悩みを笑い飛ばすのではなく、「ああ、そんな時期もあったわね。つらいわよね」と優しく包み込んでくれました。自分と同じ痛みを共有できる仲間の存在は、何物にも代えがたい救いとなります。

2025年のピアサポート(当事者同士の支え合い)に関する調査では、定期的に同じ境遇の人と話す機会がある家庭は、孤立している家庭に比べてストレス指数が40%低いことが分かっています。「私だけではない」という実感が、理解者として歩み続けるための心のガソリンになります。恥ずかしがらず、隠さず、少しずつ外の世界と繋がってみましょう。


真の“理解者”になるための具体的ステップ

1. 特性を「客観的なデータ」として捉える

感情的に「どうしてこうなるの!」と反応する前に、まずは本人の特性を「個性という名のスペック」として冷静に分析することから始めました。例えば、大きな音が苦手ならそれは「聴覚過敏(ちょうかくかびん)」、急な予定変更が苦手なら「見通しの弱さ」といった具合です。2026年には、AIを活用した行動分析ツールなども登場しており、本人の困りごとを可視化しやすくなっています。

これらを、まるで家電製品の取扱説明書を作るようにまとめていくのです。「このエラー(パニック)が出たときは、この対処法が有効」という具合に客観視することで、本人を責める気持ちが消えていきます。「本人が困らせている」のではなく「本人が困っている」のだという視点が、理解者としての土台となります。事実を淡々と見つめることは、最大の優しさなのです。

2. コミュニケーションの「翻訳家」になる

障害特性によって、自分の気持ちを言葉で伝えるのが難しい方は多くいます。理解者としての私の仕事は、本人の発する微細なサインを読み取り、周囲に伝える「翻訳家」になることでした。嫌なときに手を振る、嬉しいときに声を出す……これらを一つの言語として捉えます。サポートブック(本人の特徴をまとめた冊子)を作成し、学校や放課後等デイサービスのスタッフと共有しました。

この「翻訳」作業を続けていくうちに、本人との絆が今まで以上に深まっていくのを感じました。「この人は自分のことを分かってくれる」という安心感がお子さんに伝わると、不思議なことにパニックや問題行動も落ち着いてくるのです。理解とは、相手を自分に合わせることではなく、自分が相手の言語を学ぶことなのだと確信しました。

⚠️ 注意

親がすべてを先回りして翻訳しすぎると、本人の自立や意思表明のチャンスを奪うことがあります。あえて「待つ」ことも、重要な理解の一部です。

3. 社会の中の「居場所」を一緒に作る

理解者としての最終的なステップは、家族という狭い枠組みを超えて、本人が社会の中で輝ける場所を一緒に見つけることです。就労移行支援(しゅうろういこうしえん)や、地域のサークル活動、アート活動など、本人の強みが活きる場所は必ずどこかにあります。2025年の最新雇用データでは、IT分野や農業など、特定のこだわりを持つ方が活躍できるフィールドが劇的に広がっています。

私は、わが子が地域のパン屋さんで週に数時間だけお手伝いをする機会を作りました。店主さんや他のお客さんに「〇〇くん、今日もありがとう」と言われる経験が、本人の自尊心をどれほど高めたか計り知れません。親がいなくても、誰かに必要とされているという安心感を作ること。それが理解者として、そして親としてできる最高の後押しなのです。


よくある質問(FAQ)

Q. いつまで経ってもわが子を可愛いと思えない瞬間があり、罪悪感を感じます。

それはあなたが心身ともに疲弊しているサインであり、愛情がないわけではありません。障害のあるケアは24時間365日の重労働です。2026年のレスパイトケア(休息支援)のガイドラインでも、「親が子を可愛いと思えなくなる前に休ませること」が最優先事項とされています。「可愛いと思えないのは、頑張りすぎている証拠」と捉え、まずは自分が一人になる時間を作ってください。休息を取れば、自然と愛おしさは戻ってきます。

Q. 親戚や周囲の目が気になり、障害を隠してしまいます。

世間の目が気になるのは、あなたが家族を守ろうとする強い本能の表れです。しかし、隠し続けることはご自身にとっても大きなストレスになります。まずは「信頼できる一人」にだけ話すことから始めてみませんか。2024年に実施された意識調査では、障害を公表した家庭の約80%が「思っていたより周囲は協力的だった」と回答しています。「隠すべき秘密」から「共有すべき特性」へと認識を変えることで、あなたの肩の荷は驚くほど軽くなります。

Q. 理解者になりたいけれど、本人のパニックに怒鳴ってしまいます。

私たちも人間ですから、感情が爆発するのは当たり前です。怒鳴ってしまったときは、あとで静かになってから「さっきは怒鳴ってごめんね」と伝えれば大丈夫です。大切なのは、そのパニックの原因が何だったのかを、あとで一緒に(あるいは支援者と)振り返ることです。「完璧な理解者」を目指すのではなく、「何度もやり直す理解者」を目指してください。失敗しながら共に成長していくのが家族なのです。


共に歩む未来のために、今日からできること

本人の「強み」を3つ書き出してみる

今日一日の終わりに、ノートでもスマホのメモでも構いません。お子さんや家族の「良いところ、得意なこと、好きなこと」を3つだけ書き出してみてください。「挨拶が元気」「電車に詳しい」「ご飯を美味しそうに食べる」。どんなに些細なことでも構いません。これを習慣化することで、脳は自然とポジティブな側面にフォーカスするようになります。「できないこと」の霧の中から、「できていること」の光を見つけ出す練習です。

このリストが溜まっていくと、それは世界に一つだけの「魅力図鑑」になります。将来、就職活動をするときや、新しい環境に飛び込むとき、この強みのリストは本人の大きな武器となります。理解者とは、誰よりもその人の可能性にスポットライトを当て続ける応援団長のような存在です。あなたの温かい眼差しが、本人の自己肯定感を育む一番の栄養素になります。

専門家という「外部の脳」を頼る

一人で理解しようとすると、どうしても主観が入り、行き詰まってしまいます。相談支援専門員や心理士、医師などの専門家を「家族の一員」のような気持ちで頼りましょう。彼らは多くの事例を見てきたプロです。あなたが気づかなかった視点や、新しい解決策を提示してくれます。2026年度からは、よりきめ細かな「伴走型支援」が全国で展開されています。「自分で全部理解しなきゃ」という重圧を手放すことも、賢い理解者への近道です。

専門家と話すことで、自分の感情を客観的に整理でき、メンタルを安定させることができます。あなたが安定していることが、本人にとって最大の安心材料です。家族だけで完結させようとせず、外部の風を積極的に取り入れましょう。開かれた家庭であるほど、本人への理解は多角的になり、支援の輪は広がっていきます。

理解の段階 心の状態 必要なアクション
初期(否認) ショック、混乱 とにかく休む、事実のみを淡々と聞く
中期(葛藤) 怒り、悲しみ 同じ境遇の仲間と話す、感情を吐き出す
後期(受容・理解) 穏やか、前向き 個性の翻訳、環境調整、社会への橋渡し

「自分の人生」も大切にする

これが最も大切かもしれません。真の理解者とは、相手の人生に自分を捧げ尽くす人のことではありません。「自分自身が幸せに生きる背中を見せること」。それもまた、理解者としての重要な役割です。あなたが趣味を楽しみ、友人と笑い、自分の人生を謳歌している姿は、お子さんにとっても「社会は楽しい場所なんだ」という希望になります。ケアに人生の100%を注ぎ込むのではなく、20%は自分のための聖域として守り抜いてください。

あなたが充実していると、お子さんの些細な変化にも気づく心の余白が生まれます。逆にあなたが疲弊していると、どんなに正しい知識を持っていても、それは刃物のように相手を傷つけてしまいます。理解への旅路は、マラソンのようなものです。息切れしないよう、適度に水分補給(自分の楽しみ)をしながら、長く、ゆっくりと、共に歩んでいきましょう。


まとめ

受け入れられなかったあの日から、理解者になろうと歩み続けた日々は、私にとって決して無駄な時間ではありませんでした。葛藤した分だけ、私は人の痛みに敏感になり、優しさの本質を知ることができました。障害は、家族の絆をバラバラにするものではなく、より深く、より強固に結び直すためのきっかけであったと、今は断言できます。

  • 受容に期限を設けない:揺れ動く自分の心を丸ごと認め、時間をかけて向き合いましょう。
  • 特性を学び、環境を整える:本人の努力だけに頼らず、生きやすい仕組みを周囲と協力して作りましょう。
  • 自分の人生の主役であり続ける:あなたが笑顔でいることが、本人にとって最高のギフトになります。

今、あなたが流している涙は、いつか必ず理解という名の温かい光に変わります。焦らなくて大丈夫。一歩進んで二歩下がるような毎日でも、あなたは確実に理解者への道を歩んでいます。2026年のこの空の下で、同じように悩み、歩んでいる仲間がたくさんいることを忘れないでください。共に笑い、共に育ち、彩り豊かな未来を一緒に作っていきましょう。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

📢 この記事をシェア

関連記事