ホーム/記事一覧/当事者・家族の声/家族・支援者の声/障害を受け入れるのに時間がかかった私の記録

障害を受け入れるのに時間がかかった私の記録

📖 約61✍️ 鈴木 美咲
障害を受け入れるのに時間がかかった私の記録
わが子の障害をすぐには受け入れられず、数年にわたり拒絶や自責、葛藤を繰り返した筆者の体験記です。2026年の最新の福祉・心理学的知見を交えながら、受容に至るまでの「悲嘆のプロセス」や、周囲との比較による孤独、療育への抵抗感などをリアルに描きます。先輩保護者との出会いや、息子の「強み」に気づいた転換点を経て、障害を個性の一部として共生し、親自身が「自分を許す」ことの重要性を説きます。受容は完了するものではなく更新し続けるものであることを示し、今悩む親御さんへ温かなエールを送ります。

葛藤の果てに見つけた光——障害のあるわが子を「そのまま」愛せるようになるまでの歩み

「どうしてうちの子だけが……」。その問いに答えが出ず、暗闇の中を彷徨っているような感覚を抱いていませんか。お子さんに障害がある可能性を告げられたとき、あるいは診断名がついたとき、すぐに「はい、分かりました」と受け入れられる親御さんは、実はそれほど多くありません。2026年現在、福祉や療育の環境は整いつつありますが、親の「心の受容」という問題は、いつの時代も変わらず深いものです。

この記事では、私がわが子の障害を認められず、数年間にわたり葛藤し続けたリアルな記録を綴ります。受容とは、ある日突然完了するものではなく、寄せては返す波のように時間をかけて進むものです。今、深い悲しみや戸惑いの中にいるあなたが、「受け入れられない自分」を責める必要はないということ、そしてその先に待っている新しい景色のことを、私の実体験を通してお伝えします。


違和感から拒絶へ——受け入れられなかった初期の記憶

「少し遅れているだけ」という自分への嘘

最初の違和感は、1歳半検診のときでした。周囲の子が言葉を話し始め、指差しで意思疎通を図る中で、息子はただミニカーの車輪を回し続け、名前を呼んでも一度もこちらを見ませんでした。保健師さんからの「少し様子を見ましょうか」という優しい言葉さえ、当時の私には鋭いナイフのように感じられました。「この子は個性が強いだけだ」と自分に言い聞かせ、障害の可能性から必死に目を背けていました。

2025年に発表された発達支援の意識調査では、保護者の約7割が、最初の違和感から専門機関を受診するまでに「半年以上の心理的な躊躇(ちゅうちょ)」があったと回答しています。私もその大半の一人でした。「障害」という言葉を認めることは、これまで描いていた子どもの未来をすべて否定することのように思えて、怖くてたまらなかったのです。毎日、ネットで「2歳 言葉 遅い 突然しゃべる」といった検索を繰り返すことで、わずかな希望を繋ぎ止めていました。

療育の勧めを「攻撃」と感じた日々

保育園の先生から療育(発達支援)を勧められたとき、私は感謝するどころか、先生が息子を排除しようとしているのではないかと疑心暗鬼になりました。「療育なんて行ったら、本当に障害児になってしまう」。そう本気で信じていたのです。当時の私にとって、療育センターは「絶望の入り口」のように見えていました。今振り返れば、先生方は息子の困りごとを一番に考えてくれていたのですが、当時の私にはそれを受け止める心の余白が1ミリもありませんでした。

この「拒絶」の段階は、心理学では自分を守るための防衛反応だと言われています。障害を認めないことで、私は辛うじて日常を保っていました。「認めたくない」という気持ちは、それだけ子どものことを大切に想い、理想を描いていた証でもあります。しかし、その拒絶が強ければ強いほど、息子本人との心の距離は皮肉にも遠ざかっていくことになりました。息子が発しているサインを、私は「わがまま」や「しつけ不足」として片付けようとしていたからです。

💡 ポイント

「受け入れられない」と感じるのは、あなたが親として真剣に子どもの未来を考えているからです。否定的な感情を抱く自分を、まずは許してあげてください。

周囲の「普通」が眩しすぎた時期

公園やショッピングモールに行くことが、苦痛で仕方ありませんでした。走り回り、楽しそうに会話する同年代の子どもたち。その親たちの笑顔。それらすべてが自分への当てつけのように感じられ、私は次第に外出を避けるようになりました。SNSを開けば、誰かの子育ての成功体験が溢れています。2026年現在は情報が溢れている分、こうした「隣の芝生」との比較による苦しみはより深刻化していると言えます。

「どうして私だけがこんな思いをしなければならないのか」。その怒りの矛先は、時に夫へ、時に無関係な通行人へ、そして最も愛しているはずの息子へと向いてしまいました。息子のこだわりやパニックを「恥ずかしいもの」として隠そうとしていた時期が、私の人生で最も暗く、孤独な時間でした。この孤独の正体は、物理的な孤立ではなく、誰とも共有できない「期待の喪失」による悲しみだったのです。


診断名という現実——「悲嘆のプロセス」の渦中で

診断がついた日の「絶望」と「安堵」

ついに受診した児童精神科で、「自閉スペクトラム症(ASD)」という診断名が下されました。その瞬間の感覚は、今でも忘れられません。目の前が真っ暗になる絶望感と同時に、心のどこかで「やっぱりそうだったのか」という奇妙な安堵感が混ざり合っていました。これでようやく、得体の知れない不安の正体が判明したのです。しかし、安堵は一瞬で、その後にやってきたのは、底のない深い喪失感でした。

診断がつくことは、ある意味で「これまでの育児の苦労に名前がつく」ことでもあります。2025年の最新ガイドラインでは、早期診断後の保護者ケアが非常に重視されていますが、現実はまだ厳しいものです。診断書を手に病院を出たとき、世界の色が以前とは全く違って見えました。「この子は一生、この特性と共に生きていくんだ」という事実が、重く、冷たく心にのしかかってきました。ここから私の「悲嘆のプロセス」が本格的に始まりました。

「死と再生」の5段階をなぞるように

心理学者のエリザベス・キューブラー=ロスが提唱した「死受容のプロセス」は、障害の受容にも通じると言われています。私はまさにそのステップをなぞっていきました。最初は「何かの間違いだ」という否認、次に「なぜうちの子が」という怒り、そして「療育を頑張れば治るのではないか」という取引、さらに何をしても無駄だと感じる抑うつ。これらの感情は、順番にやってくるのではなく、ぐちゃぐちゃに混ざり合って私を襲いました。

特に「取引」の段階では、あらゆる高額な民間療法やサプリメントを調べ尽くしました。「障害を治す」ことが私の使命だと思い込み、息子を矯正することに必死になっていたのです。しかし、息子を変えようとすればするほど、彼は苦しそうな表情を見せるようになりました。私が愛そうとしていたのは、目の前の「息子そのもの」ではなく、障害のない「理想の息子」だったことに、まだ気づいていませんでした。

⚠️ 注意

「障害を治す」という言葉に惑わされないでください。特性は治すものではなく、理解し、共に生きていくための「個性の一部」です。

親としてのアイデンティティの崩壊

障害児の親になったことで、私のアイデンティティは大きく揺らぎました。それまでのキャリアや趣味、友人関係がすべて遠い国の出来事のように感じられ、「障害児の母」という重苦しい看板だけを背負わされた気分でした。特に、自分の育て方が悪かったのではないか、妊娠中の行動に問題があったのではないか、といった「原因探し」の地獄に陥ったときは、生きた心地がしませんでした。

2024年の医学研究では、先天的な脳の特性が原因であることが科学的に証明されていますが、感情は理屈では納得してくれません。自分を責め続けることで、私は無意識に自分の心を罰していました。しかし、その自責の念は、誰のためにもならないどころか、息子への接し方をさらに歪めていきました。私が自分を許せるようになるまでには、さらに数年の歳月が必要でした。


転換点——「息子」が「障害」を追い越した日

療育センターでのある出会い

ようやく通い始めた療育センターで、一人の先輩お母さんと出会いました。彼女の子どもは、息子よりも重い知的障害がありましたが、彼女はとても明るく、子どもの突飛な行動を「面白いね」と笑って見ていたのです。私は衝撃を受けました。障害があることは不幸のどん底だと思っていた私に、彼女は「大変だけど、不幸じゃないよ」と教えてくれました。その言葉は、私の凝り固まった心を溶かす魔法のようでした。

彼女との会話を通じて、私は初めて「障害という色眼鏡」を外して息子を見ることができました。それまでは、何を見ても「あ、また自閉症特有の行動をした」と分析ばかりしていましたが、彼女は「あ、今笑ったね」「お歌が好きなんだね」と、本人の感情を見ていました。障害名という枠組みの中に息子を押し込めていたのは、他でもない私自身だったことに気づかされたのです。

「できないこと」の裏にある「できること」

視点を変えると、息子の世界は驚くほど豊かであることに気づきました。言葉は話せなくても、数字の並びを瞬時に覚えたり、道端に咲く名もなき花の美しさに誰よりも早く気づいたり。彼には彼なりの、素晴らしい感性と能力がありました。2025年のポジティブ心理学に基づいた療育アプローチでは、欠点を直すことよりも、こうした「強み(ストレングス)」に着目する支援が主流となっています。

私が「普通」という物差しを捨てた瞬間、息子の成長が鮮やかに見えてきました。昨日はできなかった靴下履きが、今日は半分できた。それだけで、世界中が拍手しているような喜びを感じました。障害を受け入れるとは、諦めることではありません。「わが子の歩幅で一緒に歩く」と決意することだったのです。息子が障害というレッテルを追い越して、一人の愛おしい「人間」として私の心の中に再登場した瞬間でした。

✅ 成功のコツ

「普通の子なら……」という思考が浮かんだら、「昨日のこの子と比べてどうか」に切り替えてみてください。小さな成長が、大きな希望に変わります。

支援者との信頼関係がもたらした余裕

一人で抱え込むのをやめ、支援者(ヘルパーさんや相談支援専門員さん)に心を開くようになったことも大きな転換点でした。他人に息子を任せることへの罪悪感が消えたとき、私の中に「母としての余白」が生まれました。2026年現在は、家族のレスパイト(一時休息)支援がより手厚くなっており、親が自分の人生を楽しむことを推奨する社会へと変化しています。

私がリラックスすると、不思議なことに息子の情緒も安定していきました。親のピリピリとした空気は、どんな言葉よりも子どもに伝わります。「支援されること」は、息子に多様な人間関係をプレゼントすることでもありました。私以外の大人に可愛がられ、受け入れられる息子の姿を見て、私はようやく「この子は大丈夫だ」と確信することができました。


受容とは「完了」ではなく「更新」し続けるもの

ライフステージごとに訪れる「再受容」

一度受け入れたと思っても、現実は甘くありません。小学校入学、思春期、就労……。新しいステージに進むたびに、私は再び「障害」という壁にぶつかりました。周囲の子との差がより顕著になる時期には、かつての悲しみが再燃することもあります。しかし、以前と違うのは、その悲しみを「一時的な天気のようなもの」として扱えるようになったことです。

受容は、一度達成すれば終わるゴールではありません。子どもの成長に合わせて、親の心も何度もアップデート(更新)していく必要があります。2026年の家族支援の現場では、この「慢性的悲嘆(まんぜんてきひたん)」という概念が広く理解されており、一度立ち直った親が再び落ち込むことも、自然なプロセスとして受け入れられています。揺れ動く自分を否定せず、「今は雨宿りの時期だ」と捉える余裕が持てるようになりました。

障害を「わが子の物語」の伏線として捉える

今なら思えます。息子の障害は、彼という素晴らしい物語における、深みのある「伏線」だったのだと。もし彼に障害がなかったら、私はこれほどまでに人の痛みに寄り添い、小さな幸せを噛みしめることはできなかったでしょう。障害は彼のすべてではありませんが、彼を形作る大切な要素の一つです。その要素があるからこそ、彼は彼であり、私は彼の母であることを誇りに思えるようになりました。

2025年のインタビュー調査で、成人の障害者を持つ親の多くが「この子のおかげで人生が豊かになった」と答えています。強がりではなく、心からの言葉です。障害という困難を、共に乗り越えてきた時間は、私たち親子の唯一無二の絆となりました。受け入れるのに時間がかかったからこそ、今のこの穏やかな時間が何物にも代えがたい宝物のように感じられるのです。

受容の段階 主な感情・行動 必要なサポート
拒絶・否認 「間違いだ」と信じ込む、検索を繰り返す 専門家の寄り添い、正しい情報の提供
怒り・悲嘆 自責、周囲への嫉妬、激しい抑うつ 家族会(ピアサポート)での傾聴
適応・模索 療育への積極的参加、強みの発見 具体的な支援ツールの提供、生活の調整
受容・共生 ありのままを愛でる、将来への建設的計画 地域との繋がり、中長期的なライフプラン

「あの頃の自分」にかけたい言葉

もし、10年前の泣き腫らしていた自分に会えるなら、私は優しく肩を抱いてこう言いたいです。「無理に笑わなくていいよ。無理に受け入れようとしなくていい。今はただ、泣きたいだけ泣いて、息子と手を繋いでいるだけで十分だよ」と。受容を急ぐことは、自分の心に嘘をつくことです。時間がかかるのは、あなたがそれだけ誠実に、目の前の現実と格闘している証なのです。

「いつか、笑える日が来る」。その言葉は、当時の私には空虚に聞こえたかもしれません。でも、それは真実でした。今、私は息子のこだわりでぐちゃぐちゃになった部屋を眺めながら、コーヒーを飲む余裕があります。言葉にならない彼のハミングを、心地よい音楽として聴いています。時間はかかりましたが、その時間は決して無駄ではありませんでした。その葛藤があったからこそ、今の私は揺るぎない「彼の味方」でいられるのです。


よくある質問(FAQ)

Q. 診断を受けたばかりで、どうしても子どもの将来が真っ暗に思えてしまいます。

それは、今あなたが「失った期待」に対して喪失感を感じている、非常に自然な反応です。2026年現在は、就労支援や居住支援など、将来を支えるセーフティネットは以前より格段に強固になっています。まずは「今日をどう過ごすか」だけを考えてください。遠い将来の不安を今すべて解決しようとするのは不可能です。「今、目の前のこの子が笑っているか」だけを指標にして、少しずつ視野を広げていきましょう。

Q. 親族や周囲に障害を隠してしまいます。これは受け入れられていない証拠でしょうか。

必ずしもそうではありません。周囲に伝えるかどうかは「プライバシーの管理」の問題であり、受容の度合いとは別物です。周囲の無理解から自分や子どもを守るために「今は言わない」という選択をすることも、立派な防衛戦略です。2025年の社会調査でも、多くの親御さんが、信頼できる相手にだけ限定して開示しています。「伝える相手とタイミング」はあなたが決めて良いのです。自分を責めないでください。

Q. 他の障害児の親が前向きすぎて、話が合わないと感じてしまいます。

家族会などに行くと、すでに受容が進んだ方の言葉が「まぶしすぎて辛い」と感じることがあります。それは、あなたの心のフェーズと相手のフェーズが違うだけです。無理に合わせる必要はありません。2026年のピアサポート活動では、こうした「温度差」への配慮も進んでおり、同じフェーズの人同士で語り合える場も増えています。「前向きになれない自分」もまた、正解の一つです。自分のペースを大切にしてください。


心に平穏を取り戻すための、最初の一歩

1. 「受け入れられない自分」に合格点を出す

今日、あなたがこの記事を読んでいること自体が、一歩前進している証拠です。心のどこかで「どうにかしたい」と思っているからこそ、ここに辿り着いたはずです。「まだ受け入れられない」「悲しくて仕方ない」。そんな自分の本音を、否定せずにノートに書き出したり、独り言で呟いたりしてみてください。自分の感情にラベルを貼ることで、少しだけ客観的になれます。「受け入れられないままでも、今日を生き抜いた」。その事実を、最大級に評価してあげてください。

2026年のメンタルヘルスケアでは、この「セルフ・コンパッション(自分への慈しみ)」が重視されています。自分を責めるエネルギーを、自分を癒やすエネルギーに変えていきましょう。あなたが自分を許したとき、初めてお子さんのことも、もっと楽な気持ちで見つめられるようになります。完璧な親である必要はありません。ただ、息子のそばに居続ける。それだけで、あなたはすでに最高に素晴らしい親なのです。

2. 信頼できる「第三者」を一人だけ作る

家族だけで解決しようとせず、プロの支援者や、同じ境遇の仲間など、家族以外の誰か一人にだけ「本音」を話してみてください。家族には言えない「子どもを可愛いと思えない」という感情も、専門家やピア(仲間)は、決して否定せずに受け止めてくれます。言葉として外に出すことで、心の中の重荷が少しずつ軽くなっていきます。

2025年から普及している「オンラインカウンセリング」や「匿名チャット相談」などを利用するのも良いでしょう。顔が見えないからこそ言える本音もあります。誰かと繋がることは、あなたの世界に新しい風を吹き込み、固定観念を崩すきっかけになります。一人で抱え込まず、外部の力を借りることを「強さ」だと定義し直してみてください。あなたの味方は、あなたが思っている以上にたくさんいます。

3. 小さな「今、ここ」の快楽を大切にする

大きな受容を目指すのではなく、日常の中にある「一瞬の小さな喜び」を探すゲームをしてみてください。お子さんが美味しそうにパンを食べている横顔、お風呂上がりの石鹸の匂い、ふと目が合った瞬間の静寂。障害に関係のない、ただの「生命の輝き」に触れる時間を大切にしてください。その積み重ねが、いつの間にか「この子がいてくれて良かった」という大きな確信へと繋がっていきます。

時間は、あなたの味方です。今はまだ霧の中にいるように感じても、一歩ずつ進んでいけば、必ず光の差す場所に出られます。お子さんは、あなたが受容するのをずっと待っています。でも、それは急かすための待機ではなく、あなたが自分のペースで歩いてくるのを、愛と共に静かに見守ってくれている時間なのです。焦らず、ゆっくりと、新しい親子関係を築いていきましょう。あなたの物語は、これからもっと豊かに、美しくなっていきます。


まとめ

障害を受け入れるまでの記録は、私にとって「自分自身の再生」の記録でもありました。時間がかかったからこそ、得られた気づきは深く、今の私を支える強い根っこになっています。受容は無理にするものではなく、お子さんと共に生きる時間の中で、自然と醸成されていくものです。

  • 「受け入れられない」は正常な反応:自分を責めず、悲しむ時間を十分に自分に与えてあげてください。
  • 視点を「欠点」から「強み」へ:障害という枠組みを超えて、本人の個性に光を当ててみましょう。
  • 自分を癒やすことが先決:親自身が心に余裕を持つことが、お子さんの安定への最短距離になります。

診断名が何であれ、お子さんは昨日と同じ、あなたの大切な宝物です。その事実に変わりはありません。今日から始まる新しい一日が、あなたとお子さんにとって、少しでも穏やかで優しいものになることを心から願っています。あなたは一人ではありません。この道の先には、同じ経験をし、あなたを理解してくれる仲間たちがたくさん待っています。一歩ずつ、共に歩んでいきましょう。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

📢 この記事をシェア

関連記事