身体障害の方が職場で働くための環境づくり

身体障害と向き合いながら働く第一歩
身体障害のある方が就職や職場復帰を考えるとき、「オフィスの段差は大丈夫だろうか」「トイレは使いやすいだろうか」といった物理的な不安は尽きないものです。また、目に見えにくい内部障害や肢体不自由の方は、「自分の体調や制限をどう伝えれば理解してもらえるのか」という心理的な壁を感じることも多いでしょう。
しかし、現代の職場環境は、IT技術の進化や「合理的配慮」の義務化により、驚くほど柔軟に変化しています。大切なのは、障害そのものを隠したり無理に合わせたりすることではなく、「どのような環境があれば自分らしく働けるか」を具体的に整理し、周囲と共有することです。環境が整えば、身体の制限は大きな壁ではなくなります。
本記事では、身体障害のある方が職場でイキイキと活躍するために必要な「環境づくり」について、多角的な視点から掘り下げていきます。ハード面のバリアフリー化から、ソフト面のコミュニケーション、そして利用できる公的サポートまで、明日から使える知恵をお届けします。
物理的環境:オフィスをバリアフリーにする工夫
移動とアクセスをスムーズにするレイアウト
車椅子を利用している方や歩行に杖が必要な方にとって、オフィスの動線確保は死活問題です。通路の幅が十分か、曲がり角に十分な回転スペースがあるかといった確認が必要です。一般的に、車椅子がスムーズにすれ違うためには120cmから150cm程度の通路幅が理想的とされています。
デスクの配置についても、出入り口に近い場所にする、あるいは頻繁に使用するコピー機や共有棚の近くに配置するといった配慮が有効です。また、床に配線コードが散乱していると、つまずきの原因や車椅子の走行の妨げになるため、ワイヤリングダクトを活用して整理することも立派な環境整備の一つです。
こうした物理的な調整は、実は障害のある方だけでなく、すべての社員にとって「安全で快適な職場」につながります。レイアウト変更の際は、当事者と一緒に動線を確認しながら、「どこにストレスを感じるか」をヒアリングするプロセスを大切にしましょう。
デスク周りのカスタマイズとITツールの活用
肢体不自由や麻痺がある場合、一般的なオフィスデスクやチェアでは作業が困難なことがあります。例えば、デスクの高さを電動で調整できる「昇降デスク」を導入すれば、車椅子のまま最適な高さで作業ができ、長時間座りっぱなしによる身体への負担も軽減できます。椅子についても、体幹を支えるサポート機能が充実したものを選ぶことが大切です。
また、PC操作においてはアシスティブ・テクノロジー(支援技術)が大きな力を発揮します。マウスの操作が難しい場合は、トラックボールや視線入力デバイス、ジョイスティック型のマウスなどが活用できます。さらに、音声入力ソフトを利用すれば、タイピングの負担を大幅に減らしながら、スムーズに文書作成を行うことが可能です。
最近では、クラウドツールを活用したペーパーレス化も身体障害の方にとって大きな助けになります。重い書類を持ち運んだり、高い棚からファイルを取り出したりする動作が不要になるからです。デジタル環境を整えることは、身体の制限を最小限にするための最も効率的な投資と言えるでしょう。
💡 ポイント
ハード面の整備にはコストがかかる場合もありますが、厚生労働省の「障害者雇用納付金制度」に基づく助成金を活用できる可能性があります。企業の担当者と一緒に調べてみましょう。
トイレや休憩スペースの整備
職場のバリアフリーにおいて、最も重要かつ見落とされがちなのが「多目的トイレ」の有無と使い勝手です。オフィスの入り口がバリアフリーでも、トイレが使えなければ長時間の勤務は不可能です。ドアの開閉がスムーズな引き戸であるか、手すりの位置は適切か、オストメイト対応が必要かなど、個々のニーズに応じた確認が不可欠です。
また、内部障害や慢性的な痛み、疲れやすさを抱えている方にとっては、短時間横になれるような「休憩スペース」の存在が大きな安心感につながります。無理をしてデスクで頑張り続けるのではなく、「限界が来る前に少し休める環境」があることで、結果的に1日のパフォーマンスを安定させることができます。
こうした設備投資が難しい小規模なオフィスでも、近くのバリアフリートイレの場所を確認しておく、あるいは休憩時間を柔軟に分割して取得できるようにするなどのソフト面の工夫で代替できることもあります。大切なのは「困りごとを放置しない」姿勢です。
ソフト的環境:合理的配慮と理解を広げる
「目に見えない制限」を言葉にする力
身体障害と一口に言っても、その状態は千差万別です。特に内部障害(心臓、腎臓、呼吸器など)の方は、外見からは障害があることが分かりにくいため、周囲から「怠けている」「わがままだ」と誤解されてしまうリスクがあります。これを防ぐためには、自分の制限や必要な配慮を自ら発信する力(自己発信力)が重要になります。
例えば、「長時間立っていると血圧が下がりやすいので、朝礼では椅子に座らせてほしい」「透析のために毎週水曜日は早退する必要がある」といった具体的な内容です。これを伝える際は、ただ「できないこと」を並べるのではなく、「こうすれば業務が遂行できる」という解決策をセットで提案しましょう。
周囲の人々は「助けたいけれど、どう接していいか分からない」と戸惑っていることが多いものです。当事者から具体的なマニュアル(取説)を提供することで、職場のメンバーも安心してサポートできるようになり、心理的な壁が取り払われていきます。
業務内容の調整と柔軟な働き方
身体的な負担を軽減するためには、働き方そのものの見直しも有効です。近年普及した「テレワーク(在宅勤務)」は、身体障害の方にとって通勤の負担をゼロにする画期的な解決策となりました。満員電車のストレスや移動による体力の消耗を抑え、その分を業務の集中力に充てることができます。
また、フルタイム勤務が難しい場合は、短時間勤務やフレックスタイム制、週3〜4日勤務などの選択肢を検討してみましょう。障害者雇用枠では、こうした「柔軟な労働条件」の調整が比較的行いやすい傾向にあります。無理をして短期間で辞めてしまうよりも、持続可能なペースで細く長く働き続ける方が、キャリア形成においては有利です。
さらに、重い荷物の運搬や頻繁な外出を伴う業務を避け、事務作業や専門性の高い分析業務にシフトするなど、職域の調整も重要です。自分の強みがどこにあり、どの動作に制限があるのかを明確にすることで、企業側も適材適所の配置を考えやすくなります。
| 障害の種類 | 想定される物理的配慮 | 想定されるソフト的配慮 |
|---|---|---|
| 肢体不自由(車椅子) | 通路幅の確保、昇降デスク | 出退勤時間の調整(ラッシュ回避) |
| 視覚障害 | 画面読み上げソフト、点字ブロック | 指示を口頭やテキストで行う |
| 聴覚障害 | 筆談ボード、字幕表示ツール | 会議での手話通訳・要約筆記 |
| 内部障害 | 休憩室の確保、空調の調整 | 定期的な通院のための休暇、残業制限 |
ジョブコーチや支援機関の活用
職場環境づくりを、本人と企業だけで完結させようとする必要はありません。「ジョブコーチ(職場適応援助者)」という専門職を介入させることで、環境整備は劇的にスムーズになります。ジョブコーチは職場を訪問し、当事者の作業手順を最適化したり、上司や同僚に対して具体的な接し方をアドバイスしたりしてくれます。
例えば、「この作業はこの道具を使えば片手でもできます」といった具体的な工夫や、「この説明の仕方は誤解を生みやすいので、こう言い換えましょう」といったコミュニケーションの橋渡しです。第三者が入ることで、互いに遠慮して言えなかった本音が引き出され、建設的な改善が進みます。
こうした支援は、就労移行支援事業所や障害者就業・生活支援センターを通じて利用することができます。費用は原則無料(公的サービス)であることが多いため、利用しない手はありません。支援員と一緒に「働きやすい職場」をデザインしていく意識を持ちましょう。
✅ 成功のコツ
入社時だけでなく、数ヶ月ごとに「今の配慮は適切か」「新しく困っていることはないか」を見直す面談の機会を作りましょう。体調や業務内容の変化に合わせて、環境もアップデートしていくことが大切です。
助成金と公的制度:企業の負担を軽減するために
障害者雇用納付金制度に基づく助成金
企業がバリアフリー化やITツールの導入を躊躇する理由の一つに「コスト」があります。しかし、国はこうした企業の負担を軽減するために、さまざまな助成金制度を用意しています。その代表的なものが「障害者雇用納付金制度」に基づく助成金です。
この制度では、例えば車椅子用のスロープ設置やトイレの改修、専用の作業デスクの購入などに対して、費用の一定割合が助成されます。企業の担当者が制度を知らない場合もあるため、当事者や支援者が「こうした助成金を使えるかもしれません」と情報提供することも、環境づくりを前進させるきっかけになります。
また、障害者を初めて雇用する場合や、精神・発達障害者を雇用する場合の「特定求職者雇用開発助成金」などもあり、企業にとっては採用コストの負担軽減になります。こうした制度を正しく理解しておくことは、自分自身の「採用されやすさ」を高めることにもつながります。
通勤や移動をサポートする「同行援護」と「就労支援」
職場の中だけでなく、職場に辿り着くまでの「通勤」も重要な環境の一部です。視覚障害や重度の肢体不自由がある場合、公共交通機関での移動が困難なことがあります。これに対しては、自治体の「同行援護」や「移動支援」などの福祉サービスを組み合わせて利用できる場合があります。
近年、特に注目されているのが「重度訪問介護等利用者の就労支援」です。これまで、重度の障害がある方は仕事中に福祉サービスを利用することが難しかったのですが、制度改正により、一定の条件下で仕事中や通勤中も介助者(パーソナルアシスタント)のサポートを受けられるようになりました。
こうした新しい制度の活用により、これまで「働くことは不可能」と思われていた重度の身体障害がある方も、一般企業で活躍する事例が増えています。制度の壁を乗り起こすための最新情報を、相談支援専門員などと一緒に常にアップデートしておきましょう。
「自分一人で何とかしなきゃと思っていた時は行き詰まりましたが、助成金制度を会社に伝えてから、念願の専用デスクとソフトを導入してもらえました。会社側も『制度があるならもっと早く言ってほしかった』と言ってくれました。」
— 40代・脊髄損傷で車椅子利用の事務職男性
コミュニケーションの環境:共に働く仲間との絆
「お互い様」の精神を育むチームビルディング
物理的なバリアフリーよりも、実は「心のバリアフリー」の方が仕事の継続には重要かもしれません。周囲の社員が「障害があるから特別扱いしなければならない」と構えてしまうと、かえって溝ができてしまいます。目指すべきは「お互いの得意・不得意を補い合う、フラットなチーム」です。
障害のある方は、自分が受けた配慮に対して感謝の気持ちを言葉にしつつ、自分が周囲に貢献できる「得意分野」で120%の力を出すよう努めましょう。例えば「自分は移動に時間はかかるけれど、データの精緻な分析なら誰にも負けない」といった姿勢です。ギブ・アンド・テイクの関係が構築できれば、周囲の配慮は「負担」ではなく「必要な協力」へと変わります。
また、職場の同僚に対しても、過度な遠慮は不要であることを伝えましょう。「困っているときは声をかけてほしいけれど、自分でできることは見守ってほしい」といった、具体的な「声かけの境界線」を共有しておくことで、お互いにリラックスして仕事に向き合えるようになります。
社内勉強会や障害理解プログラムの実施
企業側ができる素晴らしい環境づくりとして、外部講師や支援員を招いた「社内勉強会」の実施があります。身体障害の特性、適切な介助方法、合理的配慮の考え方などをチーム全体で学ぶ機会を作るのです。当事者が自分の言葉で、これまでの経験や職場で工夫したいことを話す場を設けるのも非常に効果的です。
知識がないことからくる「偏見」や「恐れ」は、正しい情報を得ることで解消されます。例えば「車椅子を押すときは声をかけてから」といった具体的なマナーを知るだけで、同僚たちの行動は変わります。「知らない」を「知っている」に変えることが、最高のソフト面での環境整備となります。
こうした活動は、障害のある社員のためだけではありません。育児中の社員や、家族の介護をしている社員、加齢に伴う体力の衰えを感じている社員にとっても、互いを尊重し合う文化は「働きやすさ」に直結します。ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容)の推進は、会社全体のエンゲージメントを高める力になります。
⚠️ 注意
勉強会を行う際は、本人のプライバシーをどこまで開示するかを慎重に協議しましょう。本人が望まない情報を無理に公表する必要はありません。あくまで「円滑な業務遂行」のための共有であることを忘れないでください。
相談窓口の明確化とメンタルサポート
環境づくりにおいて、何かあったときの「駆け込み寺」を明確にしておくことは不可欠です。身体の悩みは、時にメンタル(心)の悩みへと直結します。リハビリとの両立、将来の健康への不安、職場での人間関係……。これらを一人で抱え込まずに済むよう、社内の相談担当者や、社外の支援員と定期的に話せる体制を整えましょう。
特に、中途で障害を負った方の場合は、以前の自分と比較してしまい、喪失感や焦りを感じやすい時期があります。カウンセリング制度の導入や、ピアサポート(同じ障害を持つ仲間との交流)への参加を促すことも、立派な環境整備の一環です。「身体のメンテナンス」と同じくらい「心のメンテナンス」を大切にする職場づくりを目指しましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 転職を考えていますが、バリアフリーが整っていない会社は避けるべきですか?
A. 最初から完璧に整っている会社は多くありません。しかし、「これから一緒に整えていきましょう」という柔軟な姿勢がある会社は、非常に有望です。面接や職場見学の際に、自分の必要な配慮を伝えてみて、その反応を確認しましょう。設備がないことよりも、検討を拒否されることの方がリスクです。逆に、少しの工夫で解決できるなら、あなたが第一号となって環境を作っていく醍醐味もあります。
Q2. 内部障害のため、周りに気づかれず「無理をしている」と思われます。
A. 外見から分かりにくい内部障害の方は、「ヘルプマーク」を活用したり、デスクに自分の特性を簡潔に記したカードを置いたりする工夫があります。また、上司に対して定期的な体調報告を行い、数値や具体的な症状で「今の余裕度」を共有する習慣を作りましょう。「見えないものを可視化する」努力が、周囲の理解を助けます。
Q3. 介助者と一緒に働きたいのですが、会社に拒否されないでしょうか?
A. 以前は難しかった介助者の同伴就労も、現在は「重度訪問介護等利用者の就労支援事業」などの活用により、企業の金銭的負担なく実施できるケースが増えています。制度の仕組みを正しく説明すれば、多くの企業は「それなら安心だ」と受け入れてくれます。まずは、お住まいの自治体や就労支援機関に、自分のケースで制度が利用できるか相談してみましょう。
Q4. 小さなオフィスで、エレベーターがないのですが、働く方法はありますか?
A. 物理的なアクセスが困難な場合でも、1階の会議室を執務スペースにしてもらう、あるいはフルリモート(在宅勤務)での雇用を提案する方法があります。また、最近では「サテライトオフィス(障害者専用のシェアオフィス)」を利用して、雇用主とは別のバリアフリーな環境で働く形態も普及しています。建物の構造だけで諦める必要はありません。
まとめ
身体障害のある方が職場で働くための環境づくりは、ハードウェアの整備から心のバリアフリーまで、多岐にわたる「対話」の積み重ねです。環境は与えられるものではなく、当事者、家族、支援者、そして企業が共に知恵を出し合って「創り上げていくもの」だと言えます。
- 自分の障害特性と、業務遂行に必要な配慮を「具体的」かつ「ポジティブ」に伝える。
- ITツールや助成金制度などの「社会の資源」をフル活用して、物理的な壁を低くする。
- 感謝と貢献のサイクルを回し、周囲と「お互い様」の信頼関係を築く。
まずは今日、自分が職場で「ここがもう少しこうなれば楽なのに」と感じているポイントを一つだけ書き出してみませんか。それを支援員や上司に伝えることから、あなたの新しい働き方が動き出します。誰もが自分らしく、持てる力を発揮できる職場は、あなたの勇気ある一歩から作られていくのです。

菅原 聡
(すがわら さとし)38歳📜 保有資格:
職業指導員、キャリアコンサルタント、精神保健福祉士
就労移行支援事業所で10年以上、障害のある方の「働く」を支援してきました。一般就労への移行支援から就労継続支援まで、幅広い経験をもとに、「自分に合った働き方」を見つけるための情報をお届けします。
大学で社会福祉を学び、卒業後すぐに就労移行支援事業所に就職。当初は「障害があっても一般企業で働けるんだ」という驚きと感動の連続でした。これまで150名以上の方の就労支援に携わり、その8割が一般企業への就職を実現。ただし、「就職がゴール」ではなく、「長く働き続けられること」が本当のゴールだと考えています。印象的だったのは、精神障害のある方が、障害をオープンにして自分のペースで働ける職場を見つけ、「初めて仕事が楽しいと思えた」と言ってくださったこと。その笑顔が忘れられません。記事では、就労移行支援と就労継続支援の違い、企業選びのポイント、障害者雇用の現実など、実際の支援経験に基づいた実践的な情報をお伝えします。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学で社会福祉を学び、「障害があっても一般企業で働ける」という可能性に感動したことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
精神障害のある方が、自分のペースで働ける職場を見つけ、「初めて仕事が楽しいと思えた」と言ってくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
「就職がゴール」ではなく、「長く働き続けられること」を大切に、実践的な情報を発信します。
🎨 趣味・特技
ランニング、ビジネス書を読むこと
🔍 最近気になっているテーマ
リモートワークと障害者雇用、週20時間未満の短時間雇用





