支援員として出会った“忘れられない利用者さん”

魂を揺さぶられた出会い——支援員としての価値観を変えた「あの人」の記憶
福祉の現場で働いていると、時に自分の知識や経験が全く通用しないような、強烈な個性を持った利用者さんに出会うことがあります。「どう関わればいいのか」と悩み、時には壁にぶつかって涙することもあるでしょう。しかし、その苦闘の先には、教科書には載っていない「人と人としての深い繋がり」が待っています。
私には、支援員としてのキャリアの中で、どうしても忘れられない一人の利用者さんがいます。彼との出会いは、私の独りよがりな「支援」という概念を根本から覆し、共に生きることの本当の意味を教えてくれました。この記事では、私が彼から学んだ「心を通わせる技術」や「尊厳を守る姿勢」について、実体験を交えながら詳しくお伝えします。今、目の前の利用者さんとの関係に悩んでいるあなたの心が、少しでも軽くなるきっかけになれば幸いです。
沈黙の奥にある叫び:言葉を持たない彼との出会い
教科書通りにいかない苛立ち
私が新米の支援員として就労継続支援B型事業所に配属されたばかりの頃、出会ったのがAさんでした。Aさんは重度の知的障害があり、言葉を発することはありません。気に入らないことがあると、自分の頭を激しく叩く自傷行為が見られ、多くのスタッフがその対応に苦慮していました。私は当時、大学で学んだ「行動療法」の知識を武器に、彼の自傷を止めようと必死でした。
「自傷が出たら無視をする」「適切な行動ができたら褒める」。そんな機械的な対応を繰り返していましたが、Aさんの状態は一向に改善しませんでした。それどころか、私が近づくだけで彼の表情は険しくなり、自傷の頻度は増すばかりでした。私は自分の無力さを痛感し、「Aさんは私を拒絶している」と思い込んで落ち込む日々を過ごしていました。
「支援」という名の傲慢さ
当時の私は、Aさんを「変えるべき対象」としてしか見ていませんでした。彼が何を考え、何に怯えているのかを想像する前に、こちらの都合で「大人しく作業をさせること」をゴールに設定していたのです。これは支援という名の一方的な押し付けに他なりません。彼にとって私は、自分の気持ちを理解しようともせず、ただルールを強要してくる「嫌な大人」に映っていたはずです。
ある日、先輩支援員に言われた言葉が胸に刺さりました。「君はAさんの障害ばかり見ていて、Aさん自身を見ていないんじゃないか?」。その一言で、私はハッとしました。私は彼の「できないこと」や「困った行動」の分析ばかりに没頭し、彼が一人の人間として発している心のサインを完全に見落としていたのです。
⚠️ 注意
支援者が「正解」を急ぐあまり、本人のペースや感情を置き去りにしてしまうことは、深刻な信頼関係の崩壊を招きます。支援は「教える場」ではなく、まず「安心を届ける場」であることを忘れてはいけません。
雨の日の午後、何かが変わった
転機は、ひどく雨が降った日の午後に訪れました。送迎車が遅れ、私とAさんは二人きりでホールの窓際に座っていました。手持ち無沙汰だった私は、無理に話しかけるのをやめ、ただ彼と同じように外の雨を眺めていました。沈黙が流れる中、私はふと、Aさんが雨音に合わせて小さく体を揺らしていることに気づきました。
私は彼の動きに合わせて、膝を軽く叩いてリズムを刻んでみました。すると、彼はピタッと動きを止め、私の方をじっと見つめました。そして、初めて彼の方から私の手に自分の手を重ねてきたのです。言葉はありません。しかし、その手の温もりは、どの言葉よりも雄弁に「やっと分かってくれたね」と伝えているように感じました。私の目から、思わず涙が溢れました。
共鳴する心:障害という境界線を越えて
五感で対話する重要性
Aさんとの出来事から、私はコミュニケーションの定義を広げることができました。言葉がなくても、視線の動き、呼吸の間隔、肌の温もり、そして空間に漂う空気感。それらすべてが、豊かな対話の手段になります。私はAさんの隣に座る時、まず自分の呼吸を彼の呼吸に合わせる「ペーシング」を意識するようになりました。
彼が穏やかな時は、私もゆったりと構える。彼が不安そうな時は、私も少しだけ緊張感を共有しながら、優しく背中に手を添える。こうした「非言語の共鳴」を繰り返すうちに、彼の自傷行為は驚くほど減っていきました。彼は戦う相手がいなくなったことで、ようやく自分自身を守る必要がなくなったのかもしれません。支援の技術よりも、まず「共にいる」という覚悟が大切だと知りました。
「困った行動」は「困っているサイン」
以前は「自傷」として片付けていた行動も、実は彼なりの切実なメッセージであることに気づけるようになりました。例えば、周囲の音がうるさすぎてパニックになっている時、あるいは空腹や体調不良を伝えられない時。彼は自分を傷つけることでしか、その苦痛を表現できなかったのです。支援員の仕事は、その行動の背景にあるニーズを翻訳することにあります。
私たちが彼の代わりに「今は音が嫌なんだね」「お腹が空いたんだね」と言語化し、環境を調整してあげる。その積み重ねが、彼に「ここは安全な場所だ」「この人は味方だ」という確信を与えます。2026年現在の福祉現場でも、こうした「合理的配慮」の視点は基本中の基本ですが、それを理屈ではなく、彼との魂の交流を通じて学べたことは、私の人生の財産です。
💡 ポイント
行動障害の多くは、本人の性格ではなく「環境との不適合」から生じます。本人を変えようとする前に、照明の明るさ、音、人の密度など、周囲の環境に目を向けてみましょう。
小さな「好き」が世界を広げる
Aさんの支援を続ける中で、彼が特定の「色のついたセロハン」を通した光に異常なほどの関心を示すことを発見しました。かつての私なら「遊びはやめて作業をしなさい」と注意していたでしょう。しかし、今の私は違います。その「好き」を徹底的に肯定し、作業の合間のリフレッシュタイムに「セロハン遊び」を取り入れました。
すると、彼はセロハンを手に入れるために、苦手だった部品の袋詰め作業にも意欲的に取り組むようになったのです。彼の「こだわり」は、もはや困った癖ではなく、世界を楽しむための才能へと変化しました。支援者が本人の「好き」に寄り添うとき、本人の可能性は魔法のように広がっていきます。彼の笑顔が増えるたび、私も支援の本当の楽しさを実感することができました。
家族との絆:支援員は「架け橋」である
お母さんの涙に触れて
Aさんの変化は、ご家庭にも良い影響を及ぼしました。面談の際、お母さんは私の手を握り、「家でもAが笑うようになったんです。以前は、この子の人生に楽しみなんてないと思っていました」と涙ながらに話してくれました。その時、私は支援員という仕事の責任の重さを、改めて背筋が伸びる思いで感じました。
障害のある方の家族は、長年、世間からの冷たい視線や、将来への不安と戦い続けています。家族が最も求めているのは、高度な療育理論ではなく、「この子の良いところを見つけてくれる人」の存在です。私がお母さんにAさんの小さな進歩や笑顔のエピソードを伝えるたび、お母さんの表情も少しずつ明るくなり、家族全体の雰囲気が変わっていくのが分かりました。
「できないこと」の共有から「可能性」の共有へ
かつての支援会議では、連絡帳に「今日はパニックがありました」「食事が進みませんでした」といったマイナス面ばかりを報告しがちでした。しかし、私は意識的に「今日はこんな素敵な表情が見られました」「隣の人に手を振っていました」というプラスの発見を伝えるようにしました。
家族にとって、我が子のネガティブな情報を受け取るのは非常に体力のいることです。支援員が「希望の光」を一緒に探すパートナーになることで、家族もまた、本人の可能性を信じ直すことができます。家庭と施設が、本人の「ストレングス(強み)」を共有するチームになったとき、支援の質は飛躍的に向上します。
| 報告の内容 | これまでの書き方 | これからの書き方(提案) |
|---|---|---|
| 食事の様子 | 食べこぼしが多く、全介助でした。 | スプーンを持とうとする意欲が見られ、一口自分で食べられました! |
| 作業の様子 | 集中力が続かず、離席が目立ちました。 | 好きな音楽が流れると、10分間リズム良く手を動かせました。 |
| トラブル | 隣の人を叩こうとしました。注意しました。 | 距離が近くて不安になったようです。席を離すと落ち着かれました。 |
将来の夢を共に描く勇気
Aさんのお母さんと話す中で、いつか「グループホームで自立して暮らしてほしい」という願いがあることを知りました。当時は重度の障害があるAさんには難しいと考えられていましたが、私はあきらめませんでした。今のAさんには何が必要か、どんなステップを踏めばいいか。市役所のケースワーカーや相談支援専門員を巻き込み、「未来の地図」を一緒に描き始めました。
支援員の役割は、日々のケアだけではありません。本人の人生が、支援員がいなくなった後も豊かに続いていくための「レール」を敷くことでもあります。家族の不安に寄り添い、共に未来を模索する。そのプロセス自体が、家族にとっての大きな救いになるのだと、Aさんとそのご家族から教わりました。
尊厳とは何か:最期まで自分らしく生きるために
老化という新しい課題に直面して
出会いから10年が経ち、Aさんも私も年を取りました。Aさんには若年性認知症の兆候が見られるようになり、身体機能も徐々に低下していきました。あんなに力強かった自傷の動作も、今では弱々しくなっています。しかし、彼の瞳の中に宿る「私という人間」を認識する力は、衰えることがありませんでした。
できなくなったことを嘆くのではなく、「今、この瞬間にできること」にフォーカスし続けました。歩くのが難しくなれば、車椅子で風を感じに行く。食事が難しくなれば、香りを楽しみながらゆっくりと味わう。どんなに状態が変化しても、彼の「Aさんらしさ」を尊重し続けること。それが、彼から多くのものを与えてもらった私の恩返しだと思いました。
「何もできなくなっても」価値はある
ある日、後輩の支援員がポツリと言いました。「Aさんは、もう何も作業ができないし、私たちのことも分かっていないかもしれません。これ以上の支援に意味があるのでしょうか?」。私はその言葉を聞いて、かつての自分を思い出しました。生産性や能力でしか人の価値を測れなかった、あの頃の自分です。
私は後輩に伝えました。「Aさんは、ただそこにいてくれるだけで、私たちに『優しさ』や『忍耐』を教えてくれている。彼が存在していること自体が、この事業所の宝なんだよ」。支援とは、相手を便利にすることではなく、相手の存在そのものを肯定し続けることです。Aさんは、何もできなくなっても、一人の尊厳ある人間としてそこに座っていました。
✅ 成功のコツ
本人の「尊厳」を守るために、敬語を使い、名前を丁寧に呼び、体に触れる際は必ず声かけを徹底しましょう。こうした日々の積み重ねが、本人の自尊心を支えます。
看取りの視点と支援員の役割
近年、障害者支援の現場でも「看取り(ターミナルケア)」の議論が活発になっています。Aさんのような重度障害のある方が、最期まで住み慣れた場所で、信頼できる人たちに囲まれて過ごすためには、どうすればいいか。私は施設内での看取り体制の構築に向けたプロジェクトを立ち上げました。
それは、彼から受け取った「バトン」を、次の世代に繋ぐ作業でもありました。「どんなに重い障害があっても、幸せに生き、安らかに旅立つ権利がある」。その当たり前のことを、Aさんは身をもって教えてくれました。彼との出会いがなければ、私はただ事務的に「介護」をこなすだけの作業員で終わっていたかもしれません。
よくある質問(FAQ)
Q. 感情的に難しい利用者さんと、どうしても上手く関われません。どうすれば?
相性は必ずあります。自分一人で抱え込まず、チームで対応することが鉄則です。どうしても辛い時は、一旦担当を外れて距離を置くことも、質の高い支援を続けるための賢い選択です。また、相手の嫌な部分ではなく、「なぜその行動をするのか」という背景を分析する視点を持つと、感情が少し静まり、客観的に関われるようになります。支援員も人間です。自分の感情を否定せず、同僚に弱音を吐ける環境を作りましょう。
Q. 重度の障害があり、意思疎通ができない利用者さんへの関わりに虚しさを感じます。
「反応がない=伝わっていない」ではありません。2024年に行われた重度心身障害者の脳活動に関する研究では、外部からの刺激に対して微細な脳波の反応が確認されています。あなたの優しい声かけや、丁寧な介助は、本人の深層心理に確実に届いています。「見えない反応」を感じ取る感性を磨くことが、重度支援の醍醐味です。いつか、ふとした瞬間に見せる微かな微笑みが、これまでのすべての苦労を吹き飛ばしてくれます。
Q. 支援員の燃え尽き(バーンアウト)を防ぐにはどうしたらいいですか?
「100点満点の支援」を目指さないことです。福祉の現場は正解がなく、成果が見えにくい場所です。自分を追い詰めすぎると、心の色が失われてしまいます。仕事が終わったら、趣味や家族との時間を大切にし、完全にオフの自分に戻りましょう。また、「今日できた小さな良いこと」を3つ書き出す「スリーグッドシングス」の実践もお勧めです。自分自身の心のコップを満たして初めて、利用者さんに優しさを分け与えることができます。
まとめ
Aさんとの出会いから20年近くが経とうとしていますが、彼からもらった温かな記憶は、今でも私の支援の原点となっています。彼は私にとって、単なる利用者ではなく、人生の師でもありました。迷った時、疲れた時、私はいつも窓際の雨音を思い出し、自分に問いかけます。「私は今、目の前の人の『心』を見ているだろうか?」と。
- 「共にいる」ことの力を信じる:言葉がなくても、隣に座り、呼吸を合わせるだけで伝わる想いがあります。
- 背景にあるニーズを翻訳する:困った行動は、助けを求める叫びです。その意味を共に探りましょう。
- 家族の「希望のパートナー」になる:本人の良いところを見つけ出し、共に未来を語り合うことが、家族の救いになります。
今、あなたが関わっている利用者さんも、いつかあなたにとっての「忘れられない存在」になるかもしれません。その出会いの一つひとつに感謝し、一歩ずつ歩みを進めていきましょう。あなたの差し出す優しい手が、誰かの人生の光になります。まずは明日、目の前の利用者さんに、心からの「おはよう」を届けることから始めてみませんか。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





