家の中の段差とどう付き合う?私が行った環境整備

見慣れた我が家が「難所」に変わった日:段差解消への第一歩
住み慣れた我が家。昨日までは意識もせずに通り過ぎていた数センチの段差や、二階へ続く階段が、身体の自由を失った瞬間から「そびえ立つ壁」のように感じられることがあります。車椅子での移動が必要になったり、足元が不安定になったりすると、家の中は一気に危険な場所へと変わってしまいます。私自身、身体に障害を抱えて帰宅した日、玄関のわずかな上がり框を見て途方に暮れたのを昨日のことのように覚えています。
しかし、家は本来、心身を休めるための安らぎの場所であるべきです。環境を適切に整えることで、不自由さは劇的に改善され、再び「自分らしく」暮らせるようになります。この記事では、私が実際に行った住宅改修や工夫、そして活用した公的支援制度について、当事者の視点で詳しくお話しします。今の不便さに悩んでいる方や、ご家族の生活を支えたいと考えている方にとって、具体的で明るいヒントになれば幸いです。
家の中の「見えない段差」を可視化する
身体障害を抱えてから、まず最初に行ったのは「家中を這いつくばるようにして点検すること」でした。これまでは気にも留めなかった「わずか5ミリ」の敷居の段差が、車椅子のキャスターを引っ掛け、転倒のリスクを生みます。家の中にある段差は、単に高さがあるものだけでなく、カーペットの厚みやドアレールの溝など、至る所に潜んでいます。
私はメジャーを手に取り、すべての部屋の出入り口の段差を計測しました。「主観的な感覚」ではなく「数値」として把握することで、どこにスロープが必要か、どのドアを交換すべきかが明確になります。この作業は、自分の新しい身体能力と家との「対話」のようなものでした。どこが自分にとっての限界なのかを知ることが、安全な環境整備のスタートラインです。
玄関という最大の関門をどう超えるか
日本の家屋において、玄関の上がり框(あがりかまち)は非常に高いハードルです。我が家も20センチ近い段差があり、自力で上がることは不可能でした。当初は家族に抱えられて移動していましたが、お互いに精神的な負担が大きく、外出そのものが億劫になってしまいました。
そこで私は、ポータブルスロープの導入を決めました。固定式の改修工事も検討しましたが、まずは費用を抑えつつ即効性のある方法を選んだのです。スロープがあるだけで、車椅子のまま室内へスムーズに入れるようになり、家族の腰痛の心配もなくなりました。玄関が「通行可能な場所」になった瞬間、私の世界は再び外へと繋がったのです。
廊下と部屋の境界にある「敷居」の罠
和室と洋室が混在する家では、引き戸の敷居が数センチ飛び出していることがあります。これが車椅子の走行を妨げるだけでなく、歩行訓練中の私にとっては「つまずき」の直接的な原因でした。わずかな高さであっても、足が上がりにくい状態では致命的なトラップになります。
この対策として、市販されている「段差解消ゴムマット」を敷き詰めました。両面テープで固定するだけの手軽なものですが、斜面ができることで車輪も足運びも驚くほど滑らかになります。「たかが数ミリ」と妥協しないことが、家の中での自立度を高める重要なポイントです。小さな工夫の積み重ねが、生活のストレスを確実に削ぎ落としてくれます。
視覚的に段差を認識するための工夫
段差を物理的に消すことが難しい場所では、視覚的なアプローチも有効です。私は、どうしても残さざるを得なかった小さな段差の縁に、黄色の反射テープを貼りました。身体が疲れている時や夜間は、注意力が散漫になり、段差を見落としがちです。
鮮やかな色で「ここに段差があるぞ」と脳に警告を送ることで、意識的に足を持ち上げたり、車椅子の速度を落としたりすることができます。障害を抱えると、感覚機能も以前とは変わることがあります。「見てわかる安全」を整えることは、身体的な補助と同じくらい、安心感を生むために大切な要素でした。
💡 ポイント
段差解消マットを選ぶ際は、滑り止め加工がしっかり施されているものを選びましょう。マット自体がズレると、かえって危険な事故に繋がりかねません。
生活動線をデザインし直す知恵
段差をなくすことと並行して考えたいのが「動線の短縮」です。身体に障害があると、家の中を移動すること自体がリハビリであり、同時に大きなエネルギーを消費する作業になります。私は、自分の生活パターンを分析し、最も頻繁に使う場所を一つのエリアに固める「生活拠点の集約」を行いました。
それまでは二階の寝室を使っていましたが、一階のリビング横の和室を寝室に変更しました。トイレ、洗面所、浴室、キッチン。これらすべてが一階で完結するようにしたことで、階段の上り下りという最大のストレスから解放されました。「以前の生活習慣」にこだわらない柔軟さが、新しい生活を快適にする鍵となります。
トイレと洗面所のアクセスを最優先に
一日に何度も利用するトイレへの動線は、最も重要です。我が家のトイレは入り口が狭く、車椅子で入ることができませんでした。そこで、ドアを「開き戸」から「引き戸」へ変更し、さらに開口部を広げる工事を行いました。これにより、介助なしでトイレの前まで移動することが可能になりました。
洗面所についても、足元がオープンになっている「車椅子対応洗面台」に入れ替えました。車椅子のまま膝を差し込めるので、顔を洗ったり歯を磨いたりする動作が格段に楽になります。「身体を家具に合わせる」のではなく「家具を身体に合わせる」。この発想の転換が、毎日の当たり前の動作を「苦行」から「心地よい習慣」に変えてくれました。
キッチンを「座って作業できる」空間へ
料理は私にとって大切な趣味でしたが、立ち仕事ができなくなり一時は諦めかけました。しかし、キッチンの高さを調整し、座ったまま使えるワークスペースを確保することで、再び包丁を握れるようになりました。コンロをIHに交換したことも、火災のリスクを減らし、安全に調理を楽しむための大きな助けとなりました。
また、よく使う調理器具や食器は、すべて座った状態で手の届く範囲(ゴールデンゾーン)に配置し直しました。上の棚にあるものは一切使わないと決め、収納の優先順位を組み替えたのです。「届かない場所は、ないものと考える」という割り切りが、家事の自立を促進させてくれました。工夫次第で、できないと思っていたことが再び「できること」に変わります。
コンセントとスイッチの高さ調整
意外と見落としがちなのが、壁にあるスイッチやコンセントの高さです。立っている時は適切な高さでも、車椅子に座ると高すぎて届かなかったり、低すぎて腰を痛めたりします。私は住宅改修の際、すべてのスイッチを床から90センチ程度の高さに統一しました。
コンセントも、少し高い位置に設置し直すことで、コードの抜き差しが容易になります。また、最近ではスマートホーム化を進め、音声操作で照明やエアコンを操作できるようにしました。「物理的に動かなくても操作できる」環境を作ることは、移動に伴う転倒リスクをゼロにする究極のバリアフリーだと言えるでしょう。
⚠️ 注意
動線上にコードが這っている状態は非常に危険です。車椅子のタイヤに巻き込まれたり、足が引っかかったりするため、モールで保護するか、壁際に固定する対策を徹底しましょう。
公的支援制度をフル活用するためのガイド
こうした住宅改修や環境整備には、相応の費用がかかります。しかし、独りでその負担を抱え込む必要はありません。国や自治体には、障害のある方が安全に暮らすための支援制度が用意されています。私は、福祉窓口の担当者やケアマネジャー(介護支援専門員)と相談しながら、利用できる制度を徹底的に調べ、申請を行いました。
特に「住宅改修費の支給」や「補装具費の支給」は、大きな助けとなりました。制度は少し複雑に見えるかもしれませんが、一つひとつ紐解いていけば、経済的な不安を大幅に軽減できます。2025年現在、バリアフリー化への助成金制度は各自治体で充実しており、「知っているかどうか」で生活の質が大きく変わるのが実情です。
障害者総合支援法による住宅改修費
障害者総合支援法(しょうがいしゃそうごうしえんほう)に基づき、市町村が実施する「地域生活支援事業」の中には、住宅改修の助成が含まれていることが多いです。対象となる工事は多岐にわたり、手すりの取り付け、段差の解消、床材の変更などが含まれます。
助成限度額や対象者は自治体によって異なりますが、一般的には20万円程度の限度額が設定されていることが多いです。私はこれを利用して、玄関の手すりとトイレの改修を行いました。申請には、改修前の写真や理由書が必要になるため、工事を始める前に必ず市区町村の福祉窓口へ相談することが必須条件となります。
介護保険制度との併用と優先順位
もしあなたが40歳以上で特定の疾患がある場合、あるいは65歳以上の場合は、介護保険制度(かいごほけんせいど)が優先的に適用されます。介護保険の住宅改修費支給も上限20万円(原則1回)ですが、障害者としての支援制度と上手に組み合わせることができるケースもあります。
私は、ケアマネジャーさんに両方の制度を比較してもらい、最も自己負担が少なく、かつ必要な工事ができるプランを立ててもらいました。自分一人で考えるのではなく、制度のプロを巻き込むことが、賢く環境を整えるための近道です。制度は複雑ですが、私たちの生活を守るための強力な盾になってくれます。あきらめずに、まずは窓口を叩いてみてください。
福祉用具のレンタルと購入の使い分け
住宅改修という「工事」だけでなく、福祉用具(ふくしようぐ)の活用も環境整備には欠かせません。車椅子、電動ベッド、手すり代わりの突っ張り棒など、購入すると高価なものも、レンタルであれば月々数百円から数千円の自己負担で利用できます。
| 項目 | 住宅改修(工事) | 福祉用具(レンタル・購入) |
|---|---|---|
| 特徴 | 建物の一部を恒久的に変更する | 必要な時だけ導入・返却ができる |
| メリット | 根本的な解決になり、強度が保てる | 状況の変化(回復や進行)に柔軟に対応できる |
| 具体例 | 段差解消工事、ドアの拡張、手すり固定 | スロープ、介護ベッド、移動用リフト |
| 費用負担 | 原則1〜3割(上限あり) | 月額利用料の1〜3割 |
✅ 成功のコツ
まずはレンタルで使い心地を試し、自分に本当に合っていると確信してから工事を検討しましょう。身体の状態は変化するため、可変性の高い選択をすることが失敗を防ぐ秘訣です。
浴室とトイレ:水の回りの安全管理
家の中で最も事故が起きやすい場所は、浴室とトイレです。特に水分がある場所では、滑りやすく、また「立ち座り」という身体への負荷が大きい動作が繰り返されます。私は、これら「水の回り」の整備こそが、家族に迷惑をかけずに自立した生活を続けるための砦だと考えて、重点的に対策を施しました。
浴室の段差は、車椅子からシャワーチェアへの移乗を考慮して、完全にフラットにするのが理想ですが、排水の関係で難しい場合もあります。私は、浴槽の縁と同じ高さの「バスボード」を設置しました。これにより、浴槽をまたぐという危険な動作を避け、座ったままスライドして入浴できるようになりました。この安心感は、何物にも代えがたいものです。
手すりの「位置」と「素材」へのこだわり
手すりは、ただ付ければ良いというものではありません。私は理学療法士さんに自宅に来てもらい、実際に私が動く様子を見ながら、ミリ単位で位置を決めました。立ち上がる時に力を入れる場所、移動中に身体を支える場所。これらは個人の体格や麻痺の状況によって全く異なります。
また、素材選びも重要です。冬場の浴室で金属製の手すりは冷たくて握りにくいため、樹脂コーティングされた滑りにくいタイプを選びました。トイレには、立ち座りをサポートする縦型の手すりと、座っている時の姿勢を安定させる横型の手すりを組み合わせた「L字型」を配置。「自分の手の動き」にフィットする手すりは、もはや私の身体の一部のような存在です。
浴室の床材とヒートショック対策
古いタイル張りの浴室は、滑りやすいだけでなく、冬場の寒さが心臓に負担をかける「ヒートショック」のリスクがありました。私は、クッション性のある高断熱の浴室マットを敷き込みました。これにより、万が一転倒した際も衝撃を和らげることができ、足元の冷えも劇的に解消されました。
浴室暖房の設置も検討しましたが、まずは低コストな対策として、入浴前にシャワーで浴室全体を温める習慣をつけました。環境整備とは、高い設備を買うことだけではなく、「今ある環境でどう安全を確保するか」という習慣作りも含まれます。水の回りが安全になれば、一日の終わりのリラックスタイムが、本当の意味での癒やしに変わります。
トイレの自動洗浄と手洗い場の工夫
麻痺がある手で後ろを向いてレバーを回す動作は、想像以上にバランスを崩しやすく危険です。そこで、センサーによる自動洗浄機能を導入しました。座って用を足し、立ち上がるだけで水が流れる。この些細な「自動化」が、立ち座りの際の転倒リスクを大きく減らしてくれました。
また、手洗いの際も、蛇口をひねるタイプからレバー式、あるいは自動水栓に変更しました。握力が低下していても、手の甲や肘で操作できる環境を作ることで、「自分でできる」範囲が広がります。「小さな不便の芽」を一つずつ摘み取ること。それが、水の回りにおける安全管理の極意です。
「お風呂に一人で入れるようになった日、失っていた自信が戻ってきました。家を直すことは、心を直すことでもありました」
— 40代・脊髄損傷当事者 Dさんの声
よくある質問(FAQ):住宅改修の不安を解消
環境整備を始めるにあたって、多くの方が抱く疑問や不安について、実体験をもとにお答えします。
Q1. 賃貸住宅でも段差解消の改修はできますか?
分譲住宅に比べると制限はありますが、不可能なわけではありません。2025年現在は、「原状回復」を前提とした簡易的な改修が認められるケースが増えています。例えば、釘を打たない突っ張り式の手すりや、置くだけのスロープなどが有効です。まずは管理会社や大家さんに、身体の状況を説明し、許可を得ることから始めましょう。障害を理由とした正当な改修希望は、合理的配慮として検討してもらえる可能性があります。
Q2. 工事期間中、家での生活はどうすればいいですか?
大規模な工事の場合、数日間トイレや浴室が使えなくなることがあります。私は、その期間だけ「ショートステイ(短期入所生活介護)」を利用しました。リハビリを受けながら安全な施設で過ごし、家が綺麗に整ったタイミングで帰宅するのです。工事の騒音や埃を避けることもできるため、体調管理の面でもおすすめの方法です。ケアマネジャーさんに相談し、工事日程と合わせた予約を入れましょう。
Q3. 改修しても身体が良くなったら無駄になりませんか?
リハビリによって身体機能が回復することは素晴らしいことです。しかし、手すりや段差のない環境は、健康な人にとっても「使いやすい」ユニバーサルデザインになります。また、将来的に誰でも年齢を重ねれば足腰は弱くなります。「今のための改修」は「将来の自分への投資」でもあります。もし取り外しが心配なら、ポータブルな用具を中心に選ぶなど、可変性を持たせた整備を心がけましょう。
まとめ:我が家を「最強の味方」にするために
身体に障害を持ってからの生活は、毎日が「環境との戦い」かもしれません。しかし、今回お伝えしたように、家の中の段差を一つずつ消し、動線を整え、制度を活用していくことで、家は再びあなたの自由を守る「最強の味方」になってくれます。段差があるからと諦めるのではなく、その段差をどう攻略するかを考えるプロセスは、あなたの新しい人生をデザインする前向きな一歩です。
完璧を目指す必要はありません。まずは一番困っている場所から、一つだけ工夫を始めてみませんか。玄関に椅子を置く、滑り止めを貼る、そんな小さなことからで良いのです。あなたの暮らしが、より安全で、より笑顔の多いものになることを、心から願っています。我が家が再び、あなたにとって世界で一番安心できる場所になりますように。
次にとるべきアクション
安全な住環境を作るために、今日からできるアクションを提案します。
- 家の中の「危ない!」と感じる場所を3つ書き出してみる: 感情を言語化することで、具体的な対策が見えてきます。
- 地元の「相談支援事業所」または「地域包括支援センター」に電話してみる: どんな制度が使えるか、プロの意見を聞くきっかけを作りましょう。
- ホームセンターの福祉用具コーナーを覗いてみる: 最近は安価で便利な段差解消グッズがたくさん並んでいます。目で見て触れることで、イメージが具体的になります。
あなたの「もっと楽に暮らしたい」という願いは、必ず形になります。勇気を持って、新しい環境作りをスタートさせましょう。
まとめ
- 家の中の段差は数値で把握し、スロープやマットを使い分けて「物理的なバリア」を排除する。
- 生活拠点を集約し、水回りの設備を身体に合わせて最適化することで、日々の自立度を向上させる。
- 住宅改修費の支給や福祉用具レンタルなどの公的支援を賢く活用し、経済的負担を抑える。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





