家族が「無理しないで」と言えるようになるまで

「もっと頑張らなきゃ」と言い続けた娘
「お母さん、私、もっと頑張らなきゃ」——休職中の娘が、そう言うたびに、私は戸惑いました。十分頑張っているように見えるのに、なぜもっと頑張ろうとするのか。そして私も、つい言ってしまいました——「そうね、少しずつでいいから」と。
娘がうつ病で倒れた時、私は気づきました。娘を追い詰めていたのは、仕事のストレスだけではなく、「頑張らなければならない」という家族の期待でもあったのだと。「無理しないで」——その言葉を、なぜ私たち家族は言えなかったのか。
この記事では、娘の病気を通じて、私たち家族が「無理しないで」と言えるようになるまでの1年半の道のりをお話しします。家族の期待が、知らず知らずのうちに本人を追い詰めることもある——そのことを、多くの方に知っていただきたいと思います。
「頑張る」ことを美徳とする家族
「頑張り」が評価される家庭
振り返ってみると、私たち家族は「頑張ること」を重視する家庭でした。
夫は仕事熱心で、休日も仕事のことを考えていました。私も、専業主婦として家事や地域活動に励んでいました。子どもたちにも、「努力が大切」「諦めないで頑張りなさい」と教えてきました。
娘は、そんな家族の中で育ちました。小さい頃から真面目で、努力家で、期待に応えようとする子でした。テストで90点を取っても、「あと10点頑張ろう」と言う子でした。
私たちは、それを良いことだと思っていました。
⚠️ 注意
「頑張ること」自体は悪いことではありません。しかし、「頑張りすぎること」「休めないこと」「限界を認識できないこと」は、精神疾患のリスク因子になります。家族が「無理しないで」と言える環境が、予防につながります。
「弱音を吐かない」という美徳
もう一つ、私たちの家族には「弱音を吐かない」という暗黙のルールがありました。
「辛い」「疲れた」「もう無理」——こうした言葉を、誰も口にしませんでした。辛くても、笑顔でいる。疲れていても、頑張る——それが「強さ」だと思っていました。
娘も、弱音を吐きませんでした。仕事が大変でも、「大丈夫」と言いました。睡眠時間が3時間でも、「平気」と言いました。
私は、それを誇らしく思っていました。「うちの娘は強い子だ」と。でもそれは、大きな間違いでした。
「無理しないで」が言えなかった
娘が明らかに疲れている時も、私は「無理しないで」とは言えませんでした。
なぜなら、私自身が「無理してでも頑張ること」を美徳としていたからです。「無理しないで」と言うことは、娘に「弱さ」を認めさせることのように思えました。
代わりに私は言いました——「少しずつでいいから、頑張って」「あと少しだから、踏ん張って」。
この言葉が、娘を追い詰めていたことに、私は気づいていませんでした。
「『無理しないで』と言えない家族は、知らず知らずのうちに本人にプレッシャーを与えています。家族が『休んでいい』と認めることが、本人が休む許可になるんです」
— 後に家族教室で学んだこと
娘が倒れた日——限界を超えた瞬間
職場で倒れた
ある日、職場から電話がありました——「お嬢さんが倒れて、病院に運ばれました」。
駆けつけると、娘は病院のベッドで横になっていました。検査の結果、身体的な異常はありませんでした。でも医師は言いました——「過労とストレスです。心療内科を受診してください」。
娘は泣きながら言いました——「ごめんなさい。もっと頑張らなきゃいけなかったのに」。
その言葉を聞いて、私は衝撃を受けました。倒れたのに、まだ「頑張らなきゃ」と言う娘。それは、私たち家族が娘に刷り込んできた価値観でした。
うつ病の診断
数日後、心療内科を受診しました。医師は告げました——「中等度から重度のうつ病です。すぐに休職が必要です」。
診察の後、医師は私にこう言いました——「お嬢さんは、限界をはるかに超えて頑張っていました。なぜ、もっと早く休まなかったのでしょう」。
私は答えられませんでした。でも心の中で思いました——休めなかったのは、私たち家族が「無理しないで」と言わなかったから、と。
自分たちの責任に気づいた
帰宅後、夫と話し合いました。娘を追い詰めたのは、仕事だけではない。私たち家族の価値観も、大きく影響していたのではないか——と。
| 家族の言葉・態度 | 娘への影響 |
|---|---|
| 「頑張りなさい」 | 限界を超えても頑張る |
| 「諦めないで」 | 休むことを「諦め」と捉える |
| 「弱音を吐かない」という雰囲気 | 辛さを訴えられない |
| 「少しずつでも前進」 | 休むことへの罪悪感 |
| 「みんな大変なのよ」 | 自分だけが弱いという思い込み |
私たちは、変わらなければならないと痛感しました。
💡 ポイント
家族の価値観や期待は、本人の行動に大きな影響を与えます。「頑張ること」を過度に重視する家族文化は、本人が限界を認識し、休むことを難しくします。家族自身が価値観を見直すことが重要です。
変わろうとする——最初の試み
「無理しないで」を言ってみた
診断の翌日、私は娘に言いました——「無理しないでね」と。
でも、その言葉は空々しく聞こえました。なぜなら、私自身がその言葉を信じていなかったからです。心のどこかで、「でも少しは頑張ってほしい」と思っていました。
娘も、その言葉を受け取れませんでした。「ありがとう」とは言いましたが、その後すぐに「でも、早く治さなきゃ」と言いました。
「無理しないで」——その言葉を、心から言えるようになるには、まだ時間が必要でした。
自分の価値観と向き合う
家族教室に参加し始めました。そこで、私は自分の価値観と向き合うことになりました。
講師から質問されました——「なぜ、『頑張ること』を重視するのですか? なぜ、『休むこと』を認められないのですか?」
私は考えました。それは、私自身がそう育てられたからでした。私の両親も、「頑張ること」を美徳としていました。私も、無理して頑張ってきました。
そして気づきました——私は、自分が我慢してきたことを、娘にも求めていたのだと。
夫も変わろうとした
夫も、自分を見つめ直しました。仕事一筋で生きてきた夫にとって、「休むこと」「弱さを見せること」は、受け入れがたいことでした。
でも娘の病気をきっかけに、夫は考え始めました。「仕事だけが人生ではない」「休むことも大切だ」——頭では理解しても、心から受け入れるのは難しかったようです。
私たち夫婦も、変わる必要がありました。でもそれは、長年培ってきた価値観を変えるということ——簡単ではありませんでした。
✅ 成功のコツ
家族が変わるには、まず自分自身の価値観に気づくことが第一歩です。家族教室やカウンセリングで、自分の思い込みや価値観を客観視する機会を持つことが有効です。一朝一夕には変われませんが、意識し続けることが大切です。
少しずつ変わる——言葉と態度
「休んでいい」を言えるようになった
家族教室に通い、カウンセリングを受けながら、私たちは少しずつ変わっていきました。
ある日、娘が「今日は少し動けそう」と言いました。以前の私なら、「じゃあ、散歩でも行ってみたら?」と提案していたでしょう。
でもその日、私は言いました——「無理しなくていいよ。休みたかったら、休んでね」。
この言葉は、以前と違い、心から出た言葉でした。娘に休んでほしい——そう本心から思えるようになっていたのです。
「頑張らなくていい」という許可
もう一つ大きな変化は、「頑張らなくていい」と言えるようになったことでした。
娘が「もっと頑張らなきゃ」と言った時、私は答えました——「頑張らなくていいよ。今は、ただ休む時期なの」。
夫も、変わりました。以前なら「少しずつでも」と言っていた夫が、「焦らなくていい。ゆっくりでいいから」と言うようになりました。
この「許可」が、娘を楽にしたようでした。
弱音を受け止める
娘が弱音を吐いた時の対応も、変わりました。
「辛い」「できない」「もう嫌だ」——娘がそう言った時、以前なら「でも頑張って」と励ましていました。
でも今は、ただ聞くようにしました。「辛いね」「大変だったね」——否定せず、励まさず、ただ受け止めるようにしました。
娘は言いました——「お母さんが、ただ聞いてくれるだけで、楽になる」と。
家族自身も変わる——「無理しない」を実践
私自身が休むことを学んだ
娘に「無理しないで」と言うために、私自身も無理しないことを学びました。
以前の私は、家事を完璧にこなそうとしていました。でも今は、疲れた時は手を抜くようにしました。惣菜を買う日もある。掃除をサボる日もある——それでいいと思えるようになりました。
自分が休めるようになることで、娘にも心から「休んでいい」と言えるようになりました。
夫の働き方も変わった
夫も、働き方を見直しました。残業を減らし、休日はしっかり休むようにしました。
最初は違和感があったようです。「仕事をしていない自分」に価値を見出せなかったのです。
でも時間とともに、夫は気づきました——休むことで、仕事の効率も上がると。そして何より、家族との時間が増えたことを、喜べるようになりました。
家族の価値観が変わった
こうして、私たち家族の価値観は、少しずつ変わっていきました。
「頑張ること」だけが価値ではない。「休むこと」「弱さを見せること」も、大切なこと——そう思えるようになりました。
| 以前の価値観 | 今の価値観 |
|---|---|
| 頑張ることが美徳 | 適度に頑張り、適度に休むことが大切 |
| 弱音を吐かないことが強さ | 弱音を吐けることも強さ |
| 常に前進すべき | 時には立ち止まり、休むことも必要 |
| 完璧を目指すべき | 「十分良い」で十分 |
| 自己犠牲が愛情 | 自分を大切にすることも愛情 |
1年半後——「無理しないで」が自然に言える家族に
娘の回復
診断から1年半が経った今、娘はリワークに通っています。週4日、午前中から午後まで、プログラムに参加できるようになりました。
完全に回復したわけではありません。調子の悪い日もあります。でも以前と違うのは、娘が「休む」ことを選べるようになったことです。
「今日は調子が悪いから、休む」——そう言える娘を、私たちは支えています。
「無理しないで」が口癖に
今、私たち家族の口癖は「無理しないで」です。
娘がリワークに行く時——「無理しないでね」
夫が仕事に行く時——「無理しないで」
私が外出する時——「お母さんも無理しないでね」と娘が言ってくれます
この言葉が、家族の中で自然に飛び交うようになりました。
新しい家族の形
私たちは、新しい家族の形を見つけました。
完璧を目指さない。お互いの弱さを認め合う。休むことを大切にする——そんな家族です。
以前より、家族の会話が増えました。お互いの気持ちを話せるようになりました。笑顔も増えました。
娘の病気は、私たち家族に大切なことを教えてくれました。
同じ立場の家族へ伝えたいこと
家族の期待が、プレッシャーになることもある
もし今、家族の誰かが精神疾患を抱えているなら、考えてみてください——あなたの期待が、本人にプレッシャーを与えていないか、と。
「頑張ってほしい」「早く良くなってほしい」——その気持ちは自然です。でもそれを言葉にすることで、本人を追い詰めることもあります。
「無理しないで」を心から言えるように
「無理しないで」——その言葉を、形だけでなく、心から言えるようになってください。
そのためには、まず自分自身の価値観を見つめ直す必要があるかもしれません。なぜ「頑張ること」を重視するのか。なぜ「休むこと」を認められないのか——考えてみてください。
家族自身も「無理しない」
そして、家族自身も無理しないでください。
完璧な家族である必要はありません。疲れた時は休む。弱音を吐く。助けを求める——それでいいのです。
家族が「無理しない」姿を見せることが、本人にとっても良いモデルになります。
変わるには時間がかかる
最後に、これだけは伝えたいです——価値観を変えるには、時間がかかります。
私たちも、すぐには変われませんでした。何度も失敗し、試行錯誤しながら、1年半かけて変わってきました。
焦らないでください。少しずつでいいのです。一歩ずつ、家族で変わっていってください。
「家族が『無理しないで』と言えることは、本人が『無理しない』許可を得ることです。家族の言葉が、本人の回復を大きく左右することもあるのです」
— 家族教室の講師の言葉
よくある質問
Q1: 「無理しないで」と言っても、本人が無理してしまいます
言葉だけでなく、家族の態度や雰囲気も大切です。「無理しないで」と言いながら、期待の眼差しを向けていませんか? 本人が休んでいる時、不機嫌になっていませんか? 言葉と態度を一致させることが重要です。また、本人が「無理しない」価値観を内面化するには時間がかかります。焦らず見守ってください。
Q2: 家族の価値観を変えるのは難しいです
長年培ってきた価値観を変えるのは、確かに簡単ではありません。家族教室やカウンセリングで、専門家の助けを借りることをお勧めします。また、家族全員で話し合い、「なぜ変わる必要があるのか」を共有することも大切です。一人ではなく、家族で一緒に変わっていきましょう。
Q3: 「無理しないで」と言うと、甘やかしになりませんか?
適切な休息は、甘やかしではありません。精神疾患からの回復には、十分な休息が不可欠です。「無理しないで」と言うことは、治療に必要なサポートです。ただし、何でもやってあげるのではなく、本人ができることは本人にやってもらうというバランスが大切です。
Q4: 夫婦で価値観が違います。どうすればいいですか?
まず、夫婦で話し合うことが大切です。お互いの価値観を理解し、本人のために何が最善かを一緒に考えてください。必要に応じて、医師やカウンセラーを交えた話し合いも有効です。完全に一致させる必要はありませんが、基本的な方針は揃えることが望ましいです。
Q5: 「無理しないで」と言い続けて、本当に回復しますか?
「無理しないで」だけで回復するわけではありません。適切な医療、薬物療法、カウンセリングなどの専門的治療が基本です。その上で、家族のサポートが回復を助けます。「無理しないで」という言葉と態度は、本人が安心して治療に専念できる環境を作る重要な要素です。
まとめ
この記事では、家族が「無理しないで」と心から言えるようになるまでの1年半の道のりをお話ししました。
- 家族の「頑張れ」という期待が、本人を追い詰めることもあります
- 「無理しないで」を心から言うには、家族自身の価値観を見直す必要があります
- 家族自身も「無理しない」生き方を実践することが大切です
- 価値観を変えるには時間がかかりますが、少しずつ変われます
もし今、家族の誰かが精神疾患を抱えているなら、「無理しないで」と心から言えているか、考えてみてください。あなたの言葉と態度が、本人の回復を大きく左右します。家族全体で価値観を見直し、「無理しない」文化を作っていってください。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
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