家から出られなくなった私が外の世界に戻るまで

玄関のドアが「世界の終わり」に見えた
玄関のドアノブに手をかける——たったそれだけのことが、できなくなりました。ドアの向こうには、いつもの街、いつもの景色があるはずなのに、まるで恐怖の世界が広がっているように感じました。
最初は「ちょっと外に出たくない」程度でした。でも次第にそれは強い恐怖に変わり、気づいた時には完全に家から出られなくなっていました。外出しようとすると、激しい動悸、冷や汗、震え——体が拒否反応を示すのです。
この記事では、社交不安障害と広場恐怖症を抱えた私が、家に引きこもった日々から、少しずつ外の世界に戻るまでの道のりをお話しします。同じように外出への恐怖を抱えている方、大切な人を支えている方の参考になれば幸いです。
外出が怖くなるまで
きっかけは電車でのパニック発作
すべては、ある日の通勤電車で起きたパニック発作から始まりました。
いつものように満員電車に乗っていた時、突然心臓が激しく鳴り始めました。息ができない。周りの視線が刺さるように感じる。「このまま死ぬかもしれない」——本気でそう思いました。
次の駅で慌てて降り、ホームのベンチにうずくまりました。10分ほどして症状は治まりましたが、その恐怖は強烈に記憶に残りました。
それ以来、電車に乗ることが怖くなりました。「また発作が起きるのではないか」という不安が、常につきまとうようになったのです。
⚠️ 注意
パニック発作は、予期しない強い不安や恐怖とともに、動悸、発汗、震え、息苦しさなどの身体症状が現れる状態です。一度経験すると「予期不安」が生じ、外出を避けるようになることがあります。これが広場恐怖症につながります。
恐怖が広がっていく
最初は電車だけでした。でも恐怖は、次第に他の場所にも広がっていきました。
バスも怖い。人混みも怖い。スーパーも怖い。カフェも怖い——気づけば、外に出ること自体が恐怖の対象になっていました。
外出への恐怖が広がっていった経緯は、以下のようなものでした。
| 時期 | 避けるようになった場所 | 行動範囲 |
|---|---|---|
| 1ヶ月目 | 満員電車 | 空いている時間に乗る |
| 2ヶ月目 | すべての電車、バス | 徒歩圏内のみ |
| 3ヶ月目 | スーパー、コンビニ | 近所の散歩程度 |
| 4ヶ月目 | 人が多い場所全般 | 早朝のみ外出可能 |
| 6ヶ月目 | 家の外すべて | 完全に引きこもり |
こうして私の世界は、どんどん狭くなっていきました。
完全に引きこもった日
最後に外出したのは、半年前のことでした。近所のコンビニに行こうと玄関を出た瞬間、激しいパニック発作に襲われたのです。
それ以来、私は一歩も家から出られなくなりました。玄関のドアを開けることすら、できなくなりました。
仕事は退職しました。友人との約束はすべて断りました。家族以外との接触は、完全に絶たれました。
私の世界は、自分の部屋だけになりました。
「広場恐怖症の特徴は、『逃げられない』『助けが得られない』と感じる状況への恐怖です。それが進行すると、家以外のすべての場所が『危険な場所』に感じられてしまうんです」
— 後に主治医が説明してくれた言葉
引きこもり生活と診断
孤独と絶望の日々
家に引きこもった生活は、想像以上に辛いものでした。
最初は「しばらく休めば良くなる」と思っていました。でも1週間経っても、1ヶ月経っても、外に出る勇気は湧いてきませんでした。むしろ、恐怖は日を追うごとに強くなりました。
昼夜逆転の生活になりました。人と会わないので、身だしなみを気にしなくなりました。食事は家族が部屋に運んでくれるものだけ。入浴も週に1〜2回になりました。
引きこもり生活での典型的な一日は、以下のようなものでした。
- 午後2時頃起床(夜明け方まで眠れない)
- 部屋でスマホを見る(SNSは見るが投稿はしない)
- 家族が運んでくれた食事を食べる
- テレビやネットを見て過ごす
- 時々、外出の練習をしようと玄関に向かう
- ドアの前で動悸が始まり、引き返す
- 自己嫌悪と絶望に襲われる
- 明け方まで眠れず、スマホを見続ける
この繰り返しでした。「このまま一生、家から出られないのではないか」という恐怖が、常にありました。
オンライン診療という転機
引きこもって3ヶ月が経った頃、母親がオンライン診療を勧めてくれました。
「病院に行けないなら、オンラインで相談してみたら?」——最初は抵抗がありました。でも母の必死の説得に、私は初めて精神科のオンライン診療を受けることにしました。
パソコンの画面越しに医師と話すのは、不思議な感覚でした。でも家にいながら専門家に相談できることは、大きな安心感がありました。
1時間近くの問診の後、医師は診断を告げました——「社交不安障害と広場恐怖症」。パニック障害も併発している状態だと説明されました。
💡 ポイント
広場恐怖症は、公共交通機関、広い場所、閉鎖空間、行列、一人で家の外にいることなどへの恐怖が特徴です。これらの状況を避けることで、生活範囲が著しく制限されます。オンライン診療は、外出困難な方にとって重要な医療アクセス手段です。
治療の開始——薬と希望
診断後、すぐに治療が始まりました。抗不安薬と抗うつ薬が処方され、家族が薬局で受け取ってくれました。
医師は言いました——「焦らなくていい。まずは薬で不安を和らげましょう。それから少しずつ、外に出る練習をしていきます」。
服薬を始めて2週間ほどで、少しだけ不安が軽くなった気がしました。玄関のドアを見ても、以前ほどの恐怖は感じなくなりました。
これが、私の回復への第一歩でした。
外の世界に戻る挑戦
段階的曝露療法——小さな一歩から
薬物療法と並行して、オンラインでのカウンセリングも始まりました。臨床心理士と一緒に、段階的曝露療法に取り組むことになりました。
これは、恐怖を感じる状況に少しずつ慣れていく方法です。私の場合、最初の目標は「玄関のドアを開ける」でした。外に出るわけではなく、ただドアを開けて外を見るだけ。
初めて挑戦した日、私は玄関の前で30分以上立ち尽くしていました。手が震え、動悸が激しくなる。でもカウンセラーの「深呼吸して。不安は必ず下がります」という言葉を思い出し、ゆっくりとドアノブに手をかけました。
ドアを開けた瞬間、外の空気が流れ込んできました。そして驚いたことに——何も起こりませんでした。パニック発作も起きなかった。ただ、外の景色があっただけでした。
階段を一段ずつ上るように
その後、段階的に目標を上げていきました。焦らず、一つずつクリアしていきました。
私の回復のステップは、以下のようなものでした。
- ステップ1(1週間):玄関のドアを開ける
- ステップ2(2週間):玄関の外に一歩出る
- ステップ3(2週間):家の前の道路に出る
- ステップ4(3週間):家の周りを一周する(50メートル)
- ステップ5(3週間):近所のポストまで歩く(100メートル)
- ステップ6(4週間):コンビニまで行く(300メートル)
- ステップ7(4週間):コンビニで買い物をする
- ステップ8(1ヶ月):スーパーまで行く(500メートル)
一つひとつのステップは小さく見えるかもしれません。でも当時の私にとっては、どれも大きな挑戦でした。
✅ 成功のコツ
段階的曝露療法では、「できること」から始めることが重要です。無理をして大きな目標に挑戦すると、失敗体験が恐怖を強化してしまいます。小さな成功体験を積み重ねることが、確実な回復につながります。
失敗と再挑戦
もちろん、すべてが順調だったわけではありません。何度も失敗しました。
ある日、調子に乗ってステップを飛ばし、いきなり駅まで行こうとしました。でも駅のホームに立った瞬間、激しいパニック発作に襲われました。
その日、私は泣きながら家に帰りました。「やっぱり無理だ」「一生治らない」——そう思いました。
でもカウンセラーは言いました——「失敗ではありません。挑戦したこと自体が素晴らしい。ただ、少し早すぎただけ。もう一度、前のステップから始めましょう」。
この言葉に救われました。失敗は終わりではなく、学びの機会なのだと理解しました。
人とのつながりを取り戻す
オンラインコミュニティとの出会い
外出練習と並行して、もう一つ大きな支えになったのがオンラインのサポートグループでした。
同じように広場恐怖症や社交不安障害を抱える人たちが集まる、オンラインのコミュニティ。そこで、私は初めて「同じ経験を持つ仲間」と出会いました。
皆、それぞれの恐怖と闘っていました。家から出られない人、電車に乗れない人、人と会えない人——状況は違っても、その苦しみは共通していました。
そして何より、回復している人たちがいました。彼らの話を聞いて、私は希望を持つことができました。
家族との関係の変化
引きこもっている間、家族との関係も変化しました。
最初、両親は私の状態を理解できず、「気合いで何とかしろ」「甘えている」と言うこともありました。でもオンライン診療に同席してもらい、医師から病気の説明を聞いてから、態度が変わりました。
特に母親は、私の回復を全力でサポートしてくれました。外出練習の時は付き添ってくれ、失敗した時は励ましてくれました。
ある日、母は言いました——「あなたが一歩でも前に進めたら、それは私にとっても大きな喜びなの」。
その言葉に、私は涙が止まりませんでした。一人じゃないと感じられた瞬間でした。
初めて友人と会えた日
治療開始から半年後、私は大きな挑戦をしました。1年以上会っていなかった親友と、近所のカフェで会う約束をしたのです。
当日、緊張で手が震えました。「途中でパニックになったらどうしよう」「変に思われないだろうか」——不安だらけでした。
でもカフェに着いて、友人の顔を見た瞬間、その不安は消えました。友人は涙を浮かべながら「会いたかった」と言ってくれました。
1時間ほど話して、無事に家に帰ることができました。その日、私は「外の世界に戻れた」と実感しました。
今——外の世界で生きる
就労移行支援との出会い
外出ができるようになってから、次の課題は「社会復帰」でした。仕事をしたい、でも不安もある——そんな私に、カウンセラーが就労移行支援を勧めてくれました。
就労移行支援事業所では、障害のある人が就職に向けて訓練をします。私の場合、週2日・午前中だけから始めました。
そこには、様々な障害を持つ人たちがいました。精神障害、発達障害、身体障害——皆、それぞれの課題を抱えながら、就職を目指していました。
スタッフのサポートを受けながら、少しずつ訓練時間を増やしていきました。パソコンスキル、ビジネスマナー、コミュニケーション——様々なことを学びました。
💡 ポイント
就労移行支援は、障害者総合支援法に基づくサービスで、原則2年間利用できます。就職に必要なスキルの習得、職場実習、就職活動のサポート、就職後の定着支援などを受けられます。
パート勤務という第一歩
就労移行支援に通い始めて1年後、私は初めての仕事に就きました。事業所の紹介で、理解のある会社でのパート勤務です。
週3日、1日4時間から。業務内容は、データ入力など負担の少ないものから。上司には私の状況を説明し、配慮してもらいました。
初出勤の日は、緊張で前日眠れませんでした。でも職場の人たちは温かく、「無理しないでね」と声をかけてくれました。
今は週4日、1日6時間働けるようになりました。まだフルタイムではありませんが、働けている自分がいることが、嬉しくて仕方ありません。
今も続く挑戦
引きこもりから脱出して2年が経った今も、私は様々な挑戦を続けています。
今でも、人混みは苦手です。電車は空いている時間を選びます。時々、不安が強くなる日もあります。
でも以前と違うのは、「不安があっても行動できる」ようになったことです。不安を完全になくすのではなく、不安と共に生きる方法を学びました。
月に一度の通院は続けています。薬も、量は減りましたが続けています。オンラインのサポートグループにも、今度は「先輩」として参加しています。
私の人生は、まだ完全に「元通り」ではありません。でも、新しい形で充実した日々を送れています。
外出への恐怖を抱える人へ
あなたは一人じゃない
もし今、家から出られずに苦しんでいるなら、まず知ってほしいことがあります。あなたは一人じゃありません。
広場恐怖症や社交不安障害は、決して珍しい病気ではありません。多くの人が同じように苦しみ、そして多くの人が回復しています。
私も、「一生このまま」だと思っていました。でも適切な治療とサポートで、確実に変化は起きました。
焦らなくていい
回復には時間がかかります。私の場合、完全に引きこもりから脱するまでに1年以上かかりました。
でも焦る必要はありません。一歩ずつ、自分のペースで進めばいいのです。
以下のような専門家やサービスが、あなたをサポートしてくれます。
- 精神科・心療内科(オンライン診療も可能)
- 臨床心理士・公認心理師
- 訪問看護ステーション
- 精神保健福祉センター
- 地域活動支援センター
- 就労移行支援事業所
- オンラインサポートグループ
家から出られなくても、利用できるサービスはあります。まずはオンラインや電話で相談してみてください。
小さな一歩を大切に
最後に、これだけは伝えたいです——どんな小さな一歩も、価値があります。
玄関のドアを開けられた。一歩外に出られた。ポストまで歩けた——そのすべてが、大きな前進です。
他人と比べる必要はありません。昨日の自分より、少しでも前に進めたら、それで十分です。
外の世界は、あなたを待っています。焦らず、恐れず、一歩ずつ進んでください。
「回復は、マラソンではなく、階段を上ることに似ています。一段ずつ、確実に。時には踊り場で休んでもいい。大切なのは、諦めないことです」
— カウンセラーの言葉
よくある質問
Q1: 家から出られない期間が長いと、回復は難しいですか?
いいえ。期間の長さと回復の可能性は、必ずしも関係ありません。何年も引きこもっていた人が回復した例も多くあります。大切なのは、適切な治療を受けること、そして焦らず段階的に進めることです。
Q2: オンライン診療だけで治療できますか?
初期段階や外出困難な時期は、オンライン診療が非常に有効です。ただし、症状が改善してきたら、対面診療に切り替えることが推奨される場合もあります。主治医と相談しながら、最適な方法を見つけてください。
Q3: 家族として、どうサポートすればいいですか?
まず病気を理解することが大切です。「怠けている」「気合いが足りない」のではなく、治療が必要な状態だと認識してください。無理に外に連れ出そうとせず、本人のペースを尊重しながら、医療機関と連携してサポートすることをお勧めします。
Q4: 段階的曝露療法は、一人でもできますか?
自己流で行うと、無理をして失敗体験を重ねるリスクがあります。専門家(臨床心理士など)の指導のもとで行うことを強くお勧めします。オンラインでのカウンセリングでも、適切な指導を受けられます。
Q5: 完全に元の生活に戻れますか?
多くの人が社会復帰し、充実した生活を送れるようになります。ただし「完全に元通り」というより、「新しい自分として」生きていくイメージを持つことが大切です。不安と上手く付き合いながら、自分らしい生活を築いていけます。
まとめ
この記事では、広場恐怖症で家から出られなくなった私が、治療とリハビリを経て外の世界に戻るまでをお話ししました。
- 外出への恐怖は、適切な治療(薬物療法と段階的曝露療法)で改善できます
- 回復は段階的に進め、焦らず小さな一歩を大切にすることが重要です
- オンライン診療やサポートグループなど、家にいながら利用できる支援があります
- 家族の理解とサポート、専門家の力を借りることが回復の鍵です
もし今、家から出られずに苦しんでいるなら、一人で抱え込まないでください。専門家の力を借りて、小さな一歩を踏み出してください。外の世界は、あなたを待っています。焦らず、あなたのペースで、希望を持って歩んでください。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





