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家から出られなくなった私が外の世界に戻るまで

📖 約24✍️ 鈴木 美咲
家から出られなくなった私が外の世界に戻るまで
玄関のドアが世界の終わりに見えた——広場恐怖症で完全に引きこもった私が、オンライン診療、段階的曝露療法、家族のサポートを経て外の世界に戻るまでを綴ります。小さな一歩の積み重ね、失敗と再挑戦、オンラインコミュニティとの出会い。焦らず自分のペースで。外出への恐怖を抱える全ての人へ贈る、希望の回復記録です。

玄関のドアが「世界の終わり」に見えた

玄関のドアノブに手をかける——たったそれだけのことが、できなくなりました。ドアの向こうには、いつもの街、いつもの景色があるはずなのに、まるで恐怖の世界が広がっているように感じました。

最初は「ちょっと外に出たくない」程度でした。でも次第にそれは強い恐怖に変わり、気づいた時には完全に家から出られなくなっていました。外出しようとすると、激しい動悸、冷や汗、震え——体が拒否反応を示すのです。

この記事では、社交不安障害と広場恐怖症を抱えた私が、家に引きこもった日々から、少しずつ外の世界に戻るまでの道のりをお話しします。同じように外出への恐怖を抱えている方、大切な人を支えている方の参考になれば幸いです。

外出が怖くなるまで

きっかけは電車でのパニック発作

すべては、ある日の通勤電車で起きたパニック発作から始まりました。

いつものように満員電車に乗っていた時、突然心臓が激しく鳴り始めました。息ができない。周りの視線が刺さるように感じる。「このまま死ぬかもしれない」——本気でそう思いました。

次の駅で慌てて降り、ホームのベンチにうずくまりました。10分ほどして症状は治まりましたが、その恐怖は強烈に記憶に残りました。

それ以来、電車に乗ることが怖くなりました。「また発作が起きるのではないか」という不安が、常につきまとうようになったのです。

⚠️ 注意

パニック発作は、予期しない強い不安や恐怖とともに、動悸、発汗、震え、息苦しさなどの身体症状が現れる状態です。一度経験すると「予期不安」が生じ、外出を避けるようになることがあります。これが広場恐怖症につながります。

恐怖が広がっていく

最初は電車だけでした。でも恐怖は、次第に他の場所にも広がっていきました。

バスも怖い。人混みも怖い。スーパーも怖い。カフェも怖い——気づけば、外に出ること自体が恐怖の対象になっていました。

外出への恐怖が広がっていった経緯は、以下のようなものでした。

時期 避けるようになった場所 行動範囲
1ヶ月目 満員電車 空いている時間に乗る
2ヶ月目 すべての電車、バス 徒歩圏内のみ
3ヶ月目 スーパー、コンビニ 近所の散歩程度
4ヶ月目 人が多い場所全般 早朝のみ外出可能
6ヶ月目 家の外すべて 完全に引きこもり

こうして私の世界は、どんどん狭くなっていきました。

完全に引きこもった日

最後に外出したのは、半年前のことでした。近所のコンビニに行こうと玄関を出た瞬間、激しいパニック発作に襲われたのです。

それ以来、私は一歩も家から出られなくなりました。玄関のドアを開けることすら、できなくなりました。

仕事は退職しました。友人との約束はすべて断りました。家族以外との接触は、完全に絶たれました。

私の世界は、自分の部屋だけになりました。

「広場恐怖症の特徴は、『逃げられない』『助けが得られない』と感じる状況への恐怖です。それが進行すると、家以外のすべての場所が『危険な場所』に感じられてしまうんです」

— 後に主治医が説明してくれた言葉

引きこもり生活と診断

孤独と絶望の日々

家に引きこもった生活は、想像以上に辛いものでした。

最初は「しばらく休めば良くなる」と思っていました。でも1週間経っても、1ヶ月経っても、外に出る勇気は湧いてきませんでした。むしろ、恐怖は日を追うごとに強くなりました

昼夜逆転の生活になりました。人と会わないので、身だしなみを気にしなくなりました。食事は家族が部屋に運んでくれるものだけ。入浴も週に1〜2回になりました。

引きこもり生活での典型的な一日は、以下のようなものでした。

  • 午後2時頃起床(夜明け方まで眠れない)
  • 部屋でスマホを見る(SNSは見るが投稿はしない)
  • 家族が運んでくれた食事を食べる
  • テレビやネットを見て過ごす
  • 時々、外出の練習をしようと玄関に向かう
  • ドアの前で動悸が始まり、引き返す
  • 自己嫌悪と絶望に襲われる
  • 明け方まで眠れず、スマホを見続ける

この繰り返しでした。「このまま一生、家から出られないのではないか」という恐怖が、常にありました。

オンライン診療という転機

引きこもって3ヶ月が経った頃、母親がオンライン診療を勧めてくれました。

「病院に行けないなら、オンラインで相談してみたら?」——最初は抵抗がありました。でも母の必死の説得に、私は初めて精神科のオンライン診療を受けることにしました。

パソコンの画面越しに医師と話すのは、不思議な感覚でした。でも家にいながら専門家に相談できることは、大きな安心感がありました。

1時間近くの問診の後、医師は診断を告げました——「社交不安障害と広場恐怖症」。パニック障害も併発している状態だと説明されました。

💡 ポイント

広場恐怖症は、公共交通機関、広い場所、閉鎖空間、行列、一人で家の外にいることなどへの恐怖が特徴です。これらの状況を避けることで、生活範囲が著しく制限されます。オンライン診療は、外出困難な方にとって重要な医療アクセス手段です。

治療の開始——薬と希望

診断後、すぐに治療が始まりました。抗不安薬と抗うつ薬が処方され、家族が薬局で受け取ってくれました。

医師は言いました——「焦らなくていい。まずは薬で不安を和らげましょう。それから少しずつ、外に出る練習をしていきます」。

服薬を始めて2週間ほどで、少しだけ不安が軽くなった気がしました。玄関のドアを見ても、以前ほどの恐怖は感じなくなりました。

これが、私の回復への第一歩でした。

外の世界に戻る挑戦

段階的曝露療法——小さな一歩から

薬物療法と並行して、オンラインでのカウンセリングも始まりました。臨床心理士と一緒に、段階的曝露療法に取り組むことになりました。

これは、恐怖を感じる状況に少しずつ慣れていく方法です。私の場合、最初の目標は「玄関のドアを開ける」でした。外に出るわけではなく、ただドアを開けて外を見るだけ。

初めて挑戦した日、私は玄関の前で30分以上立ち尽くしていました。手が震え、動悸が激しくなる。でもカウンセラーの「深呼吸して。不安は必ず下がります」という言葉を思い出し、ゆっくりとドアノブに手をかけました。

ドアを開けた瞬間、外の空気が流れ込んできました。そして驚いたことに——何も起こりませんでした。パニック発作も起きなかった。ただ、外の景色があっただけでした。

階段を一段ずつ上るように

その後、段階的に目標を上げていきました。焦らず、一つずつクリアしていきました。

私の回復のステップは、以下のようなものでした。

  1. ステップ1(1週間):玄関のドアを開ける
  2. ステップ2(2週間):玄関の外に一歩出る
  3. ステップ3(2週間):家の前の道路に出る
  4. ステップ4(3週間):家の周りを一周する(50メートル)
  5. ステップ5(3週間):近所のポストまで歩く(100メートル)
  6. ステップ6(4週間):コンビニまで行く(300メートル)
  7. ステップ7(4週間):コンビニで買い物をする
  8. ステップ8(1ヶ月):スーパーまで行く(500メートル)

一つひとつのステップは小さく見えるかもしれません。でも当時の私にとっては、どれも大きな挑戦でした。

✅ 成功のコツ

段階的曝露療法では、「できること」から始めることが重要です。無理をして大きな目標に挑戦すると、失敗体験が恐怖を強化してしまいます。小さな成功体験を積み重ねることが、確実な回復につながります。

失敗と再挑戦

もちろん、すべてが順調だったわけではありません。何度も失敗しました。

ある日、調子に乗ってステップを飛ばし、いきなり駅まで行こうとしました。でも駅のホームに立った瞬間、激しいパニック発作に襲われました。

その日、私は泣きながら家に帰りました。「やっぱり無理だ」「一生治らない」——そう思いました。

でもカウンセラーは言いました——「失敗ではありません。挑戦したこと自体が素晴らしい。ただ、少し早すぎただけ。もう一度、前のステップから始めましょう」。

この言葉に救われました。失敗は終わりではなく、学びの機会なのだと理解しました。

人とのつながりを取り戻す

オンラインコミュニティとの出会い

外出練習と並行して、もう一つ大きな支えになったのがオンラインのサポートグループでした。

同じように広場恐怖症や社交不安障害を抱える人たちが集まる、オンラインのコミュニティ。そこで、私は初めて「同じ経験を持つ仲間」と出会いました。

皆、それぞれの恐怖と闘っていました。家から出られない人、電車に乗れない人、人と会えない人——状況は違っても、その苦しみは共通していました。

そして何より、回復している人たちがいました。彼らの話を聞いて、私は希望を持つことができました。

家族との関係の変化

引きこもっている間、家族との関係も変化しました。

最初、両親は私の状態を理解できず、「気合いで何とかしろ」「甘えている」と言うこともありました。でもオンライン診療に同席してもらい、医師から病気の説明を聞いてから、態度が変わりました。

特に母親は、私の回復を全力でサポートしてくれました。外出練習の時は付き添ってくれ、失敗した時は励ましてくれました。

ある日、母は言いました——「あなたが一歩でも前に進めたら、それは私にとっても大きな喜びなの」。

その言葉に、私は涙が止まりませんでした。一人じゃないと感じられた瞬間でした。

初めて友人と会えた日

治療開始から半年後、私は大きな挑戦をしました。1年以上会っていなかった親友と、近所のカフェで会う約束をしたのです。

当日、緊張で手が震えました。「途中でパニックになったらどうしよう」「変に思われないだろうか」——不安だらけでした。

でもカフェに着いて、友人の顔を見た瞬間、その不安は消えました。友人は涙を浮かべながら「会いたかった」と言ってくれました。

1時間ほど話して、無事に家に帰ることができました。その日、私は「外の世界に戻れた」と実感しました。

今——外の世界で生きる

就労移行支援との出会い

外出ができるようになってから、次の課題は「社会復帰」でした。仕事をしたい、でも不安もある——そんな私に、カウンセラーが就労移行支援を勧めてくれました。

就労移行支援事業所では、障害のある人が就職に向けて訓練をします。私の場合、週2日・午前中だけから始めました。

そこには、様々な障害を持つ人たちがいました。精神障害、発達障害、身体障害——皆、それぞれの課題を抱えながら、就職を目指していました。

スタッフのサポートを受けながら、少しずつ訓練時間を増やしていきました。パソコンスキル、ビジネスマナー、コミュニケーション——様々なことを学びました。

💡 ポイント

就労移行支援は、障害者総合支援法に基づくサービスで、原則2年間利用できます。就職に必要なスキルの習得、職場実習、就職活動のサポート、就職後の定着支援などを受けられます。

パート勤務という第一歩

就労移行支援に通い始めて1年後、私は初めての仕事に就きました。事業所の紹介で、理解のある会社でのパート勤務です。

週3日、1日4時間から。業務内容は、データ入力など負担の少ないものから。上司には私の状況を説明し、配慮してもらいました。

初出勤の日は、緊張で前日眠れませんでした。でも職場の人たちは温かく、「無理しないでね」と声をかけてくれました。

今は週4日、1日6時間働けるようになりました。まだフルタイムではありませんが、働けている自分がいることが、嬉しくて仕方ありません。

今も続く挑戦

引きこもりから脱出して2年が経った今も、私は様々な挑戦を続けています。

今でも、人混みは苦手です。電車は空いている時間を選びます。時々、不安が強くなる日もあります。

でも以前と違うのは、「不安があっても行動できる」ようになったことです。不安を完全になくすのではなく、不安と共に生きる方法を学びました。

月に一度の通院は続けています。薬も、量は減りましたが続けています。オンラインのサポートグループにも、今度は「先輩」として参加しています。

私の人生は、まだ完全に「元通り」ではありません。でも、新しい形で充実した日々を送れています。

外出への恐怖を抱える人へ

あなたは一人じゃない

もし今、家から出られずに苦しんでいるなら、まず知ってほしいことがあります。あなたは一人じゃありません

広場恐怖症や社交不安障害は、決して珍しい病気ではありません。多くの人が同じように苦しみ、そして多くの人が回復しています。

私も、「一生このまま」だと思っていました。でも適切な治療とサポートで、確実に変化は起きました。

焦らなくていい

回復には時間がかかります。私の場合、完全に引きこもりから脱するまでに1年以上かかりました。

でも焦る必要はありません。一歩ずつ、自分のペースで進めばいいのです。

以下のような専門家やサービスが、あなたをサポートしてくれます。

  • 精神科・心療内科(オンライン診療も可能)
  • 臨床心理士・公認心理師
  • 訪問看護ステーション
  • 精神保健福祉センター
  • 地域活動支援センター
  • 就労移行支援事業所
  • オンラインサポートグループ

家から出られなくても、利用できるサービスはあります。まずはオンラインや電話で相談してみてください。

小さな一歩を大切に

最後に、これだけは伝えたいです——どんな小さな一歩も、価値があります

玄関のドアを開けられた。一歩外に出られた。ポストまで歩けた——そのすべてが、大きな前進です。

他人と比べる必要はありません。昨日の自分より、少しでも前に進めたら、それで十分です。

外の世界は、あなたを待っています。焦らず、恐れず、一歩ずつ進んでください。

「回復は、マラソンではなく、階段を上ることに似ています。一段ずつ、確実に。時には踊り場で休んでもいい。大切なのは、諦めないことです」

— カウンセラーの言葉

よくある質問

Q1: 家から出られない期間が長いと、回復は難しいですか?

いいえ。期間の長さと回復の可能性は、必ずしも関係ありません。何年も引きこもっていた人が回復した例も多くあります。大切なのは、適切な治療を受けること、そして焦らず段階的に進めることです。

Q2: オンライン診療だけで治療できますか?

初期段階や外出困難な時期は、オンライン診療が非常に有効です。ただし、症状が改善してきたら、対面診療に切り替えることが推奨される場合もあります。主治医と相談しながら、最適な方法を見つけてください。

Q3: 家族として、どうサポートすればいいですか?

まず病気を理解することが大切です。「怠けている」「気合いが足りない」のではなく、治療が必要な状態だと認識してください。無理に外に連れ出そうとせず、本人のペースを尊重しながら、医療機関と連携してサポートすることをお勧めします。

Q4: 段階的曝露療法は、一人でもできますか?

自己流で行うと、無理をして失敗体験を重ねるリスクがあります。専門家(臨床心理士など)の指導のもとで行うことを強くお勧めします。オンラインでのカウンセリングでも、適切な指導を受けられます。

Q5: 完全に元の生活に戻れますか?

多くの人が社会復帰し、充実した生活を送れるようになります。ただし「完全に元通り」というより、「新しい自分として」生きていくイメージを持つことが大切です。不安と上手く付き合いながら、自分らしい生活を築いていけます。

まとめ

この記事では、広場恐怖症で家から出られなくなった私が、治療とリハビリを経て外の世界に戻るまでをお話ししました。

  • 外出への恐怖は、適切な治療(薬物療法と段階的曝露療法)で改善できます
  • 回復は段階的に進め、焦らず小さな一歩を大切にすることが重要です
  • オンライン診療やサポートグループなど、家にいながら利用できる支援があります
  • 家族の理解とサポート、専門家の力を借りることが回復の鍵です

もし今、家から出られずに苦しんでいるなら、一人で抱え込まないでください。専門家の力を借りて、小さな一歩を踏み出してください。外の世界は、あなたを待っています。焦らず、あなたのペースで、希望を持って歩んでください。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

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