家族の理解を得られなかった私が見つけた支援の場

「甘えている」と言われた日
「甘えるな。気の持ちようだ」——父にそう言われた時、私は何も言い返せませんでした。双極性障害と診断され、仕事を休職したばかりの私に、父は厳しい言葉を浴びせ続けました。「昔の人は、こんなことで休まなかった」「根性が足りない」——家族に理解されない苦しみは、病気そのものと同じくらい辛いものでした。
家に居場所がない。でも一人では抱えきれない。そんな私を救ってくれたのは、家族以外の支援の場でした。家族の理解が得られなくても、助けてくれる人はいる——その事実が、私を支えてくれました。
この記事では、家族の理解を得られなかった私が、どうやって支援の場を見つけ、回復への道を歩んできたかをお話しします。同じように家族との関係に悩んでいる方の参考になれば幸いです。
家族の無理解——孤立の始まり
「精神疾患」を認めない家族
双極性障害と診断された時、私は28歳でした。数ヶ月間の躁状態の後、深い抑うつに陥り、仕事も続けられなくなりました。
診断を家族に伝えた時の反応は、冷たいものでした。
父は言いました——「精神科なんか行くな。そんなレッテルを貼られたら、人生終わりだ」。
母も言いました——「あなたが弱いだけ。私たちの時代は、こんなことで病院なんか行かなかった」。
兄は言いました——「甘えるな。働けないなんて、恥ずかしい」。
誰も、私の病気を認めてくれませんでした。
⚠️ 注意
精神疾患への偏見や無理解は、家族内でも起こります。世代や価値観の違いから、病気を「甘え」「気の持ちよう」と捉える家族もいます。これは本人にとって大きな苦痛ですが、家族以外の支援を求めることができます。
「普通に」を求められる苦しみ
家族は、私に「普通に」を求めました。
「普通に働け」「普通に生活しろ」「普通にしていれば治る」——この「普通」という言葉が、私を追い詰めました。
私も、普通に戻りたかったです。でも、できませんでした。それは病気のせいで、私の意志の問題ではありませんでした。
でも家族は、理解してくれませんでした。
| 家族の言葉 | 私が感じたこと |
|---|---|
| 「甘えるな」 | 病気を否定されている |
| 「気の持ちよう」 | 努力が足りないと責められている |
| 「恥ずかしい」 | 自分の存在が否定されている |
| 「昔の人は頑張った」 | 時代錯誤の価値観を押し付けられている |
| 「薬なんか飲むな」 | 治療を妨害されている |
服薬を隠す日々
父は、薬を飲むことにも反対しました。「そんなもの飲んだら、依存症になる」「薬に頼るな」——そう言いました。
私は、薬を隠して飲むようになりました。トイレで、自分の部屋で、家族に見つからないように——まるで、悪いことをしているかのように。
この状況が、私をさらに孤立させました。
「家族の理解が得られないことは、本人にとって二重の苦しみになります。病気そのものの苦しみに加えて、最も身近な存在から否定される苦しみ。でも、家族以外にも支援の場はあります。そこに助けを求めることが大切です」
— 後に主治医が教えてくれた言葉
限界の瞬間——家を出る決断
「ここにいたら壊れる」
診断から3ヶ月が経った頃、私は限界を感じました。
家族からの圧力。「働け」「普通にしろ」「甘えるな」——毎日浴びせられる言葉に、私は耐えられなくなりました。
症状も、悪化していきました。抑うつ気分が深まり、希死念慮も強まりました。「このままここにいたら、私は壊れる」——そう思いました。
一人暮らしを始める
主治医に相談すると、「環境を変えることも、治療の一つです」と言われました。
私は、家を出る決断をしました。貯金を取り崩し、小さなアパートを借りました。
家族は、反対しました。「逃げるのか」「親不孝だ」——そう言われました。でも、私は出ていきました。自分を守るために。
孤独と自由
一人暮らしを始めた最初の数週間は、孤独でした。
誰も私を責めない。でも、誰も支えてもくれない。病気を抱えて一人で生活することの困難さを、痛感しました。
でも同時に、自由もありました。薬を隠さなくていい。「普通に」を求められない。自分のペースで生活できる——この自由が、私を楽にしてくれました。
💡 ポイント
家族との同居が治療の妨げになる場合、環境を変えることも選択肢です。ただし、一人暮らしには経済的・生活的な課題もあります。グループホームや福祉的な住まいなど、様々な選択肢を検討してください。
支援の場を見つける——一人じゃない
デイケアとの出会い
一人暮らしを始めて1ヶ月後、主治医からデイケアを勧められました。
最初は抵抗がありました。「知らない人と過ごすのが不安」「居場所がないのでは」——そんな思いがありました。
でも、見学に行ってみると、想像と違いました。スタッフは温かく、利用者も優しかった。「ここなら、安心できるかもしれない」——そう思いました。
週2日から通い始めました。そこには、同じように病気と向き合う仲間がいました。家族に理解されない苦しみを共有できる人たちが、いました。
「わかる」と言い合える場所
デイケアで、私は初めて「わかる」と言い合える経験をしました。
「家族に理解されないの、辛いよね」——ある人が言いました。
「わかる。私も同じ」——私は答えました。
この「わかる」という言葉が、どれほど救いになったことか。家族からは決して得られなかった共感を、ここで得ることができました。
ピアサポーターとの出会い
デイケアで、ピアサポーターと出会いました。自身も精神疾患の経験があり、今は回復して、同じ経験を持つ人を支援する人たちです。
彼らは言いました——「私も、家族に理解されなかった。でも、今はこうして元気に生活している。あなたも、必ず良くなる」。
回復した人たちの姿を見ることで、希望を持てました。「家族の理解がなくても、回復できるんだ」——そう思えました。
✅ 成功のコツ
家族の理解が得られない時、デイケア、家族会、自助グループ、オンラインコミュニティなど、「理解してくれる場所」を見つけることが重要です。そこで得られる共感と支えが、回復の大きな力になります。
様々な支援——つながることで強くなる
相談支援専門員
相談支援事業所で、相談支援専門員と出会いました。
彼女は、私の状況を丁寧に聞いてくれました。家族との関係、経済的な不安、将来への恐れ——すべてを、否定せずに受け止めてくれました。
そして、使える福祉サービスを教えてくれました。障害年金、自立支援医療、就労移行支援——知らなかった制度が、たくさんありました。
彼女のサポートで、生活の基盤を作ることができました。
訪問看護
一人暮らしでの不安を、訪問看護師が支えてくれました。
週1回、自宅を訪問してくれました。服薬の確認、体調のチェック、生活の相談——様々なサポートをしてくれました。
「何かあったら、いつでも連絡してください」——その言葉が、安心感を与えてくれました。一人じゃない、と感じられました。
就労移行支援
症状が安定してきた頃、就労移行支援を利用し始めました。
そこで、働くための準備をしました。生活リズムの安定、スキルの習得、ストレス管理——段階的に、力をつけていきました。
スタッフは、私のペースを尊重してくれました。「焦らなくていい」「あなたのペースで」——家族からは決して言われなかった言葉を、ここでは言ってもらえました。
新しい「家族」——選んだつながり
デイケアの仲間
デイケアで出会った仲間は、私にとって新しい「家族」のようになりました。
血のつながりはありません。でも、お互いを理解し、支え合える関係がありました。
誕生日を祝い合ったり、調子が悪い時は気遣い合ったり——そんな温かい関係が、私を支えてくれました。
オンラインコミュニティ
オンラインの当事者コミュニティも、大きな支えになりました。
そこには、全国の同じような経験を持つ人たちがいました。家族に理解されない苦しみ、一人暮らしの不安、回復への希望——様々なことを、共有できました。
直接会ったことのない人たちですが、深いつながりを感じました。
「選んだ家族」という考え方
カウンセラーが教えてくれた言葉があります——「選んだ家族」という考え方です。
生まれた家族とは、選べません。でも、自分を理解してくれる人、支えてくれる人と、自分でつながりを作ることはできます。
その「選んだ家族」が、血のつながりのある家族以上に、大きな支えになることもある——その言葉に、救われました。
3年後の今——回復と和解
働けるようになった
診断から3年が経った今、私はパートタイムで働いています。週4日、1日5時間から始めました。
障害者雇用での就労です。職場は理解があり、無理のない範囲で働けています。
家族の理解がなくても、働けるようになった。自立できるようになった——この事実が、私に自信を与えてくれました。
家族との関係の変化
意外なことに、私が自立してから、家族との関係も少しずつ改善しました。
働いている私を見て、父は少し態度を軟化させました。「頑張っているな」と、初めて認めてくれました。
完全に理解してくれたわけではありません。でも、以前ほど否定されることはなくなりました。
距離を置いたことで、かえって適度な関係を築けるようになったのかもしれません。
今も続く支援のつながり
働けるようになった今も、支援のつながりは続けています。
月1回の通院、デイケアへの参加(月数回)、相談支援専門員との定期面談——これらが、私を支え続けてくれています。
家族だけに頼らない。複数のつながりを持つことが、安定した生活の基盤になっています。
家族の理解が得られない人へ
あなたは一人じゃない
もし今、家族の理解が得られず苦しんでいるなら、まず知ってほしいことがあります——あなたは一人じゃありません。
同じように家族の無理解に苦しんでいる人は、たくさんいます。そして、家族以外にも、あなたを支えてくれる場所があります。
理解されないのは、あなたのせいじゃない
家族に理解されないのは、あなたのせいではありません。
精神疾患への偏見、世代間の価値観の違い、家族自身の不安——様々な要因が、理解を妨げています。
あなたが悪いわけでも、説明が下手なわけでもありません。
支援の場を探して
家族の理解を待つより、理解してくれる場所を探してください。
- デイケア、就労移行支援などの通所施設
- 家族会、自助グループ
- オンラインコミュニティ
- 相談支援事業所
- 精神保健福祉センター
- 地域活動支援センター
こうした場所で、理解と支えを得ることができます。
距離を置くことも選択肢
必要であれば、家族と距離を置くことも選択肢です。
一人暮らし、グループホーム、シェアハウス——様々な住まい方があります。経済的な支援制度も、活用できます。
距離を置くことは、「逃げ」ではありません。自分を守るための、賢明な判断です。
いつか、関係が変わることも
最後に、これだけは伝えたいです——いつか、家族との関係が変わることもあります。
私のように、時間が経って、少しずつ理解が深まることもあります。あなたが自立し、元気になることで、家族の見方が変わることもあります。
でもそれを待つ必要はありません。今、あなたを支えてくれる場所に、つながってください。
「家族は大切です。でも、家族だけが支えではありません。様々な人とつながり、複数の支えを持つことが、安定した生活の鍵です。家族の理解が得られなくても、あなたは回復できます」
— 相談支援専門員の言葉
よくある質問
Q1: 家族を説得する良い方法はありますか?
医師や専門家から直接説明してもらう、信頼できる第三者に仲介してもらう、パンフレットや本を渡すなどの方法があります。ただし、すぐに理解が得られるとは限りません。説得に固執しすぎず、まず自分の治療を優先することが大切です。
Q2: 家族と距離を置きたいですが、経済的に難しいです
障害年金、生活保護、グループホームなど、経済的支援や住まいの選択肢があります。相談支援事業所や精神保健福祉センターで相談してください。一人暮らしが難しくても、グループホームやシェアハウスなど、他の選択肢もあります。
Q3: 家族に内緒で支援を受けられますか?
はい、可能です。通院や福祉サービスの利用は、本人の意思で決められます。ただし、同居している場合、完全に内緒にするのは難しいこともあります。可能な範囲で、自分の権利として支援を受けてください。
Q4: 家族の理解がないと、回復できませんか?
いいえ、そんなことはありません。家族の理解があるに越したことはありませんが、なくても回復している人はたくさんいます。適切な治療と、理解してくれる支援者とのつながりがあれば、回復は可能です。
Q5: いつか家族に理解してもらえますか?
時間が経って理解が深まることもあれば、残念ながら理解が得られないこともあります。大切なのは、家族の理解を待つのではなく、今できる治療と回復に専念することです。あなたが元気になることで、家族の見方が変わる可能性もあります。
まとめ
この記事では、家族の理解を得られなかった私が、支援の場を見つけて回復してきた道のりをお話ししました。
- 家族の無理解は、本人にとって大きな苦痛ですが、一人で抱え込む必要はありません
- デイケア、相談支援、訪問看護など、様々な支援の場があります
- 「選んだ家族」——理解してくれる人とのつながりが、大きな支えになります
- 家族の理解がなくても、回復し、自立することは可能です
もし今、家族の無理解に苦しんでいるなら、一人で抱え込まないでください。理解してくれる場所は、必ずあります。支援を求めてください。あなたを支えてくれる人は、家族以外にもいます。希望を持って、一歩を踏み出してください。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





