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家族としてできること、できなかったこと——母の視点から

📖 約22✍️ 鈴木 美咲
家族としてできること、できなかったこと——母の視点から
娘のうつ病に気づけなかった後悔——「頑張って」と言ってしまった過ち、過保護と放任の間での揺れ、感情的になった日々。家族教室で病気を学び、「聞く」「待つ」ことができるように。サポートネットワークの大切さ。2年かけて娘は復職。家族として完璧である必要はない。自分も大切に。一人で抱え込まないで。家族の立場から伝える実体験。

娘の変化に気づいた日

「お母さん、もう無理かもしれない」——娘がそう言った時、私は何と答えればいいのかわかりませんでした。いつも明るかった娘の顔には、生気がありませんでした。体重は激減し、目には光がなく、まるで別人のようでした。

「頑張って」「大丈夫よ」——そう言いかけて、言葉を飲み込みました。この言葉が、娘をさらに追い詰めることを、私はまだ理解していませんでした。家族として何ができるのか、何をすべきでないのか——それを学ぶまでに、私たち家族は多くの過ちを犯しました。

この記事では、娘がうつ病と診断されてから3年間、家族として何ができたか、何ができなかったかを、母親である私の視点から正直にお話しします。同じように家族の精神疾患に向き合っている方の参考になれば幸いです。

気づかなかった——最初の過ち

「疲れているだけ」と思っていた

振り返ってみると、娘の変化は半年以上前から始まっていました。でも私は、それに気づきませんでした。

以前は毎週末実家に帰ってきていた娘が、「忙しい」と言って来なくなりました。電話をしても、「疲れている」と短い会話で切り上げるようになりました。

私は思いました——「仕事が大変なのね」「若いうちは仕方ない」と。まさか、娘が心の病気になっているとは、想像もしませんでした。

⚠️ 注意

精神疾患の初期症状は、「疲れ」や「ストレス」と見分けがつきにくいことがあります。生活パターンの変化、以前楽しんでいたことへの興味喪失、体重の急激な変化などは、重要なサインです。

連絡が途絶えた日

娘からの連絡が、1週間途絶えました。心配になって何度も電話をしましたが、出ませんでした。

不安になって、娘のアパートを訪ねました。インターホンを押しても反応がありません。管理人さんに頼んで鍵を開けてもらうと、娘は部屋で倒れていました。

救急車を呼び、病院に運ばれました。検査の結果、身体的には大きな問題はありませんでしたが、医師は言いました——「心療内科を受診してください。うつ病の可能性があります」。

その言葉を聞いた時、私は自分の不注意を激しく責めました。なぜもっと早く気づけなかったのか、と。

「うつ病」という診断

数日後、娘に付き添って心療内科を受診しました。1時間近い問診の後、医師は告げました——「中等度から重度のうつ病です。すぐに休職して、治療に専念する必要があります」。

私は、頭が真っ白になりました。「うつ病」——その言葉の重さが、実感できませんでした。

「うちの娘が、まさか」「何が原因なの?」「私の育て方が悪かったの?」——様々な思いが頭を巡りました。

「ご家族のせいではありません。うつ病は、様々な要因が重なって発症する病気です。今大切なのは、原因を探すことではなく、治療とサポートです」

— その時、医師が言ってくれた言葉

最初にできなかったこと——理解と受容

「頑張れ」と言ってしまった

診断を受けた直後、私は大きな過ちを犯しました。娘に「頑張って」と言ってしまったのです。

「病気なんかに負けないで」「早く元気になってね」「お母さんも応援するから、頑張って」——励ますつもりで言った言葉が、娘を傷つけました。

娘は泣きながら言いました——「頑張れないから、こうなったの。これ以上どう頑張ればいいの?」

その言葉を聞いて、私は初めて理解しました。うつ病の人に「頑張れ」と言ってはいけない理由を。娘は十分頑張っていた。限界まで頑張って、壊れてしまったのだと。

言ってしまった言葉 なぜダメだったのか 代わりに言えば良かった言葉
「頑張って」 すでに限界まで頑張っている 「よく頑張ったね」「無理しないで」
「気の持ちようだよ」 病気を軽視している 「辛かったね」「大変だったね」
「みんな大変なのよ」 苦しみを否定している 「あなたは本当に苦しんでいるんだね」
「甘えじゃないの?」 病気を理解していない 「病気なんだね。サポートするよ」
「いつ治るの?」 焦りを与える 「ゆっくりでいいよ」

過保護と放任の間で揺れた

次に私が迷ったのは、どこまで手を出すべきかということでした。

すべて私がやってあげるべきなのか。それとも、本人に任せるべきなのか——その境界線がわかりませんでした。

最初は、何でも私がやっていました。食事、掃除、洗濯、服薬の管理——すべてです。娘を「守ろう」とする気持ちが、過保護になっていました。

でも医師から言われました——「できることは、本人にやってもらってください。過保護は、自立を妨げます」。

その言葉を受けて、今度は逆に何も手を出さなくなりました。でもそれも違いました。娘は、助けが必要な時もあったのです。

このバランスを見つけるまで、私は何度も失敗しました。

💡 ポイント

家族のサポートは、「本人ができないことを手伝う」が基本です。すべてやってあげるのでもなく、すべて本人任せにするのでもない。「できる」と「できない」を見極め、必要な部分だけサポートすることが大切です。

感情的になってしまった

もう一つの失敗は、感情的になってしまったことでした。

娘が一日中寝ていると、イライラしました。「いつまで寝ているの?」と言ってしまったこともあります。

症状が良くならないと、焦りました。「もう2ヶ月も経つのに」「いつになったら良くなるの?」——そんな言葉を、娘にぶつけてしまいました。

後になってわかりました。これらの言葉が、どれほど娘を傷つけたか。私の不安や焦りを、娘にぶつけてしまっていたのだと。

学んだこと——家族教室との出会い

「家族教室」に参加した

診断から3ヶ月後、地域の精神保健福祉センターで開催されている家族教室に参加しました。

最初は抵抗がありました。「他人に家族の問題を話すなんて」と思いました。でも医師に強く勧められ、参加を決めました。

そこには、同じように家族の精神疾患に向き合う人たちがいました。皆、私と同じような悩みを抱え、同じような過ちを犯していました。

「自分だけじゃない」——その実感が、大きな救いになりました。

病気について学んだ

家族教室では、うつ病について詳しく学びました。

  • うつ病は脳の病気であること
  • 本人の弱さや甘えではないこと
  • 回復には時間がかかること
  • 再発しやすい病気であること
  • 適切な治療で回復できること
  • 家族のサポートが重要であること

これらの知識が、私の接し方を変えました。娘を責めることがなくなり、病気と向き合う娘を支えるという姿勢になれました。

✅ 成功のコツ

家族が病気について正しく学ぶことは、本人の回復を助けます。家族教室、家族会、医療機関の心理教育プログラムなど、様々な学びの機会があります。積極的に参加することをお勧めします。

自分のケアの大切さを知った

家族教室で最も衝撃的だったのは、「家族自身のケアが大切」という教えでした。

講師は言いました——「家族が疲弊すると、本人を支えられなくなります。まず、ご自身を大切にしてください」。

それまでの私は、娘のことばかり考えていました。自分の健康や気持ちは、二の次でした。でもそれでは、長く支え続けることはできない——そう気づきました。

それから、意識的に自分の時間を持つようにしました。友人と会う、趣味を楽しむ、一人でリラックスする——こうした時間が、私を支えてくれました。

できるようになったこと——少しずつの変化

「聞く」ことを学んだ

家族教室で学んだ最も重要なスキルは、「傾聴」でした。

以前の私は、娘の話を聞いても、すぐにアドバイスをしていました。「こうすればいい」「そんなことで悩まなくても」——そんな言葉を返していました。

でも学びました——娘が求めているのは、アドバイスではなく、ただ聞いてもらうことだと。

それからは、娘の話をただ聞くようにしました。アドバイスはせず、否定もせず、ただ「そうだったんだね」「辛かったね」と受け止めるようにしました。

この変化が、娘との関係を大きく改善しました。

「待つ」ことができるようになった

もう一つ学んだのは、「待つ」ことの大切さでした。

回復には時間がかかります。焦っても、急かしても、良くなりません。むしろ、プレッシャーになります。

私は、娘のペースを尊重することを学びました。「早く良くなってほしい」という気持ちを抑え、娘が回復する準備ができるまで、じっと待つことを。

この「待つ」姿勢が、娘に安心感を与えたようでした。

サポートネットワークを作った

一人で抱え込まないことも、学びました。

家族教室で出会った仲間、地域の相談支援事業所、主治医、カウンセラー——様々な人の力を借りるようにしました。

困った時は相談する。悩んだ時は話を聞いてもらう——このサポートネットワークが、私を支えてくれました。

娘の回復——家族としての喜び

小さな変化に気づく喜び

治療を始めて半年ほど経った頃から、娘に小さな変化が見られました。

朝、少し早く起きられるようになった。食事を少し多く食べられるようになった。時々、笑顔が見られるようになった——本当に小さな変化でした。

でもその小さな変化が、私には大きな喜びでした。「確実に良くなっている」——そう実感できました。

リワークに通い始めた日

1年後、娘はリワークプログラムに通い始めました。週2日、午前中だけから始めました。

最初の日、娘は緊張していました。「大丈夫かな」「ちゃんとできるかな」——不安そうでした。

私は言いました——「無理しなくていいよ。できる範囲で、ゆっくりやってね」。

娘が帰ってきた時、少し疲れた顔をしていましたが、充実感もありました。「ちょっと疲れたけど、行けて良かった」——その言葉が、嬉しかったです。

復職した日

2年後、娘は職場に復帰しました。段階的な復職で、最初は週3日、短時間からでした。

復職初日、娘は「行ってきます」と言って出かけました。その後ろ姿を見送りながら、私は涙が止まりませんでした。

「ここまで来られた」——その喜びと安堵で、胸がいっぱいでした。

今も続く課題——家族としてできること

再発への不安

娘は復職して1年が経ちますが、私の中には再発への不安があります。

「また同じことにならないだろうか」「無理していないだろうか」——そんな心配が、時々頭をよぎります。

でも、その不安を娘に伝えることは控えています。私の不安が、娘のプレッシャーになることを知っているからです。

代わりに、定期的に様子を見守り、変化があれば早めに気づけるようにしています。

適度な距離感

今、私が意識しているのは、適度な距離感を保つことです。

心配しすぎず、でも無関心でもなく。過保護にならず、でも必要な時は手を差し伸べる——このバランスを、日々模索しています。

娘は大人です。自分の人生を生きる権利があります。私ができるのは、そばで見守ることだけだと、理解しています。

自分の人生も大切に

そして今、私は自分の人生も大切にしています。

娘の病気のことばかり考えていた日々から、自分の楽しみや目標も持つようになりました。

趣味のサークルに参加したり、旅行に行ったり——自分の人生を楽しむことが、結果的に娘との良い関係につながっています。

家族として伝えたいこと

完璧な家族である必要はない

もし今、家族の精神疾患に向き合っているなら、まず知ってほしいことがあります——完璧な家族である必要はないということです。

私も、たくさんの過ちを犯しました。言ってはいけないことを言ったり、やってはいけないことをやったり——でもそれでも、娘は回復しました。

大切なのは、完璧であることではなく、学び続けることです。失敗したら認めて、次は違う方法を試す——その姿勢が大切です。

自分を責めないで

家族の病気を、自分のせいだと思わないでください。

私も、「自分の育て方が悪かったのでは」と自分を責めました。でも医師やカウンセラーは、繰り返し言いました——「あなたのせいではありません」と。

精神疾患は、様々な要因が複雑に絡み合って発症します。特定の誰かのせいではありません

一人で抱え込まないで

最後に、これだけは強く伝えたいです——一人で抱え込まないでください

家族教室、家族会、相談支援事業所、精神保健福祉センター——様々なサポートがあります。ぜひ活用してください。

同じ経験をした人と話すことで、どれほど救われるか。専門家のアドバイスが、どれほど役立つか——私は、身をもって知りました。

あなたは一人じゃありません。一緒に歩む仲間がいます。支えてくれる専門家がいます。

「家族のサポートは、本人の回復に大きな影響を与えます。でも、家族自身が健康でなければ、サポートは続けられません。まず、ご自身を大切にしてください」

— 家族教室で講師が言った言葉

よくある質問

Q1: 家族として、何をすればいいのかわかりません

まず、病気について学んでください。家族教室や家族会に参加し、同じ経験をした人の話を聞くことも有効です。基本は「話を聞く」「見守る」「必要な時だけ手を貸す」です。完璧である必要はありません。できることから始めましょう。

Q2: 本人が受診を拒否します。どうすればいいですか?

無理強いは逆効果です。まず家族が精神保健福祉センターや保健所に相談し、対応方法を学ぶことをお勧めします。信頼関係を築きながら、タイミングを見計らって提案してください。緊急性が高い場合(自傷他害の恐れなど)は、すぐに専門機関に相談してください。

Q3: 家族の負担が大きすぎて、限界です

それは自然な感情です。家族自身のケアが必要です。レスパイトケア(一時的な休息)を利用する、家族会で話を聞いてもらう、カウンセリングを受けるなど、自分をケアする方法を見つけてください。「自分が疲弊したら、本人を支えられない」と理解することが大切です。

Q4: 兄弟姉妹への影響が心配です

他の家族メンバーへの配慮も重要です。一人に時間や注意が偏りすぎないよう注意してください。また、年齢に応じて病気について説明し、理解を求めることも大切です。家族全体でサポートする体制を作ることが理想的です。

Q5: いつまでサポートが必要ですか?

個人差が大きいですが、多くの場合、徐々にサポートは減っていきます。本人が自立して生活できるようになることが目標です。ただし、見守りや緊急時のサポートなど、長期的に必要な場合もあります。焦らず、本人のペースに合わせることが大切です。

まとめ

この記事では、娘のうつ病に向き合った3年間を、母親の視点から振り返りました。

  • 家族も、病気について学び、適切な対応を身につける必要があります
  • 完璧な家族である必要はなく、失敗しながら学ぶことが大切です
  • 家族自身のケアが、長期的なサポートの鍵です
  • 一人で抱え込まず、サポートネットワークを活用しましょう

もし今、家族の精神疾患に向き合っているなら、一人で抱え込まないでください。様々なサポートがあります。学び、支え合いながら、一歩ずつ進んでいってください。家族のサポートは、本人の回復に大きな力になります。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

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