知的障害の程度を知った日、私の心に起きた変化

数値として突きつけられた現実と、新たな向き合い方
「わが子の発達がゆっくりなのは分かっているけれど、実際にはどの程度の遅れがあるのだろう」。そんな不安を抱えながら、発達検査の結果を待つ時間は、親にとって身が削れるような思いです。検査結果の数値や判定は、単なる記号ではなく、わが子の人生そのものを規定してしまうような重苦しさを持っています。
私自身、息子の知的障害の程度を初めて数値として知った日、心の中が空っぽになるような衝撃を受けました。しかし、その日から始まったのは、絶望ではなく「本当の意味で息子を知る」という新しい旅路でした。数値を知ることは、親としての期待と現実の折り合いをつけ、適切な支援に繋がるための大切な通過点です。
この記事では、検査結果を受けた瞬間の心の揺れから、その数値をどう解釈し、日常生活にどう活かしてきたか、実体験をもとにお伝えします。今、検査結果を前に立ち止まっているあなたが、数値を「壁」ではなく「道標」として捉え直すきっかけになれば幸いです。
発達検査の数値を手にした日の衝撃
「重度」という言葉の重み
息子が4歳になる直前、初めて受けた新版K式発達検査の結果が返ってきました。それまで、なんとなく「少し遅れているだけ」「療育を受ければ追いつくはず」という淡い期待を持っていました。しかし、医師から渡された書類に記されていたのは、私の予想を遥かに超える低い数値でした。
全体的な発達指数(DQ)は30台。知的障害の程度としては「重度」に分類されるという説明を、私は頭が真っ白な状態で聞いていました。3歳を過ぎても単語が出ない、偏食が激しいといった日常の困りごとは把握していたつもりでしたが、数値として「平均的な子の3分の1の成長速度」と示されたショックは計り知れないものでした。
診察室を出た後の廊下の景色は、今でも鮮明に覚えています。周りにいる子供たちが、みんな天才のように見えました。自分の息子だけが、別の世界に取り残されてしまったような孤独感に襲われ、病院の駐車場で車に乗った瞬間に、声を上げて泣きました。
「追いつく」ことを諦めるという痛み
それまでの私は、どこかで「頑張ればいつかは普通に追いつける」という希望を捨てていませんでした。毎日必死に言葉を教え、フラッシュカードを見せ、リハビリに通っていたのは、この数値を否定したかったからかもしれません。
しかし、数値を知ったことで、私は「追いつくための努力」に限界があることを突きつけられました。どれだけ私が頑張っても、息子の脳の特性そのものを変えることはできないのだという、冷酷な現実を受け入れざるを得ませんでした。
「この子は、将来一人で買い物に行けるようになるのだろうか」「友達と会話を楽しめるようになるのだろうか」。これまでは見ないようにしていた将来への不安が、一気に現実味を帯びて迫ってきました。この時期が、私の親としての人生で最も暗い時期だったと言えます。
医師がかけてくれた言葉の真意
沈み込んでいた私に、主治医は静かにこう言いました。「お母さん、数値は今の息子さんの『困り具合』を可視化したものに過ぎません。この数値が、息子さんの人間性や価値を決めるものではないのですよ」という言葉です。
その時は、綺麗事のようにしか聞こえませんでした。しかし、何度もその言葉を反芻するうちに、私は息子自身の存在と、検査の結果を混同していたことに気づきました。数値が低くても、息子が笑う顔の可愛さは変わらない。息子が私の手を握る温もりも変わらないのです。
「数値を変えようとするのではなく、今の数値のままでどう幸せに暮らすかを考えよう」。そう決意したとき、私の心の中にあった重苦しい霧が、ほんの少しだけ晴れたような気がしました。
数値を知ることで見えた、確かな道標
できないことを数えるのをやめる
障害の程度を知る前、私は常に「周りの子ができるのに、息子ができないこと」ばかりに目が向いていました。挨拶ができない、じっと座っていられない、ハサミが使えない。できないことリストが、私の頭の中を埋め尽くしていました。
しかし、数値を受け入れたことで、私はいい意味で「諦める」ことができました。重度の知的障害があるのなら、周りと同じことができなくて当然です。そう思えるようになってから、不思議と心が軽くなりました。
比較対象を「同年代の平均」から「昨日の息子」に変えました。すると、今まで見落としていた小さな成長が、キラキラとした宝物のように見えてきました。「今日はスプーンを一回だけ自分で持てた」「目が合って笑ってくれた」。そんな些細なことが、最高の喜びへと変わっていったのです。
適切な支援サービスへの扉が開く
知的障害の程度が確定したことは、公的な支援を受けるための「通行証」を手に入れたことでもありました。重度の判定が出たことで、私たちは「療育手帳」を申請し、より手厚いサービスを受けることが可能になりました。
| 支援の項目 | 数値を知る前の状態 | 程度が確定した後の変化 |
|---|---|---|
| 療育の頻度 | 週1回の民間療育のみ | 週5回の児童発達支援センターへ |
| 家事・育児支援 | 全て母親が一人で負担 | 居宅介護(ヘルパー)の利用開始 |
| 経済的支援 | 助成なし | 特別児童扶養手当の受給開始 |
| 心の持ち方 | 常に不安と焦燥感 | 支援チームに支えられている安心感 |
これらのサービスは、私たちの生活を劇的に変えました。特に児童発達支援センターでは、専門の先生方が息子の「今できること」に合わせた課題を組んでくれました。親である私一人が背負うのではなく、プロのチームで息子を育てる体制が整ったのです。
「無理」をさせないという愛情
障害の程度を正しく把握することで、息子に「無理な期待」を押し付けることがなくなりました。以前は、「これくらい教えればできるはず」と、本人のキャパシティを無視した詰め込みを行っていたかもしれません。
数値が教えてくれたのは、息子の「心の限界ライン」でした。彼がストレスを感じずに過ごせる環境はどこか。どのような伝え方なら理解できるのか。検査結果の詳細(認知、言語、運動などの凹凸)を読み解くことで、彼にとって最適な接し方が見えてきました。
「頑張らせる」のではなく「環境を整える」。この視点の転換は、息子のパニックを劇的に減らしました。本人が安心して過ごせる場所が増えるにつれ、表情が豊かになり、二次的な問題(自傷や他害など)も防げるようになったのです。
日常生活の中での変化と工夫
視覚支援で世界を可視化する
知的障害が重い場合、言葉での指示は空中に消える霧のようなものです。私たちは、検査の結果から「視覚的な理解」が比較的得意であることを知り、家の中に多くの視覚支援を取り入れました。
「お風呂」や「ご飯」という言葉を100回繰り返すよりも、一枚の絵カードを見せる方が、息子にはずっと伝わりました。1日の流れをスケジュール表にすることで、彼は「次に行うこと」を予測し、安心して行動できるようになりました。
世界を可視化することは、彼に「自分で動く自由」を与えました。親の指示を待つのではなく、絵カードを見て自分で靴を履き、カバンを持つ。その小さな自立の姿に、私は何度も感動しました。数値を知らなければ、ここまで徹底した環境調整はできなかったでしょう。
スモールステップをさらに細分化する
「靴を履く」という一つの動作も、知的障害のある子にとっては複雑な工程の連続です。私たちは、一つの動作を5つや10つのステップに分け、一つずつ時間をかけて教えるようにしました。
💡 ポイント
例えば「手を洗う」なら、1.袖をまくる、2.水道の蛇口を回す、3.手を濡らす、4.石鹸をつける……というように細かく分解します。これを一つずつ達成していくことで、子供は「できた!」という成功体験を積み重ねることができます。
息子の成長は、年単位でしか見えないこともあります。でも、このマイクロステップでの観察を続けることで、私たちは彼の確かな歩みを感じ取れるようになりました。数値という「地図」があったからこそ、私たちは迷わずにこの細かな道を進むことができました。
「褒める」ことの質が変わった
以前の私の褒め方は、「何かができるようになったら褒める」という条件付きのものでした。しかし、障害の程度を受け入れてからは、息子が「そこにいてくれるだけで素晴らしい」という根源的な全肯定へと変わりました。
朝、機嫌よく起きてきたこと。ご飯を残さず食べたこと。おもちゃを片付けようとしたこと。そんな当たり前の日常の中に、無数の褒めポイントがあることに気づきました。私の声かけが変わると、息子の自己肯定感も高まり、挑戦しようとする意欲が増していきました。
「すごいね!」「大好きだよ!」と一日に何度も伝える。その繰り返しが、親子の絆を何よりも強くしました。数値の低さは、決して私たちの愛の深さを制限するものではなく、むしろ無償の愛を教えてくれるきっかけとなったのです。
地域や社会との繋がりを作る
親の会で共有した「あるある」
数値を知って孤独に沈んでいた私を救い出してくれたのは、同じ「重度知的障害児」を持つ親の会でした。初めて参加した日、私が「将来が不安で……」と漏らすと、先輩ママたちは「わかるわかる、うちもそうだったよ!」と明るく笑ってくれました。
そこには、数値に振り回されず、たくましく、そして楽しそうに生きている親子がたくさんいました。障害があっても、こんなに豊かに暮らせるんだという「生身のモデルケース」を目の当たりにしたことは、どんな専門書を読むよりも心に響きました。
「お漏らしした」「夜寝てくれない」といった深刻な悩みも、その場では「あるある話」として共有されました。笑い飛ばせる仲間ができたことで、私は「自分だけが苦しいわけではない」と、心の鎧を脱ぐことができました。
✅ 成功のコツ
地域の親の会やオンラインコミュニティには、必ず自分たちと似た境遇の人がいます。勇気を出して繋がってみてください。情報の共有だけでなく、心のデトックスとして大きな効果があります。
周囲への「正しい伝え方」
以前は、息子の障害を隠したいという思いがありました。しかし、障害の程度が確定し、私自身の腹が据わってからは、周囲の人に適切に説明できるようになりました。「この子は知的障害が重いので、言葉よりもジェスチャーで伝えてもらえると助かります」と。
正しく伝えることで、周囲の対応も変わりました。近所の公園で見守ってくれるおじいちゃん、スーパーのレジで優しく声をかけてくれる店員さん。「正体不明の困った子」から「サポートが必要な近所の男の子」へと、周りの認識が変わっていったのです。
理解者は、自分の発信から生まれます。数値を隠すのではなく、それを「本人の特徴」として淡々と共有することで、私たちは地域の中に安心できる居場所を少しずつ広げていきました。これは息子にとって、将来社会の中で生きていくための練習でもありました。
支援員さんとの「チームわが子」
相談支援専門員さんやヘルパーさんは、今や私たちの家族のような存在です。息子の数値に基づいた「サービス等利用計画」を作成してもらうことで、彼の成長に合わせた一貫性のある支援を受けることができています。
家庭の中での様子を支援員さんに共有し、逆に施設での様子を教えてもらう。この双方向のコミュニケーションが、息子の生活に安定をもたらしました。親の私に見せない顔を、デイサービスの先生に見せることもあります。それを聞くのが、今の私の楽しみの一つです。
「この子が大人になっても、支えてくれる人がこんなにたくさんいる」。そう思えるようになったことが、数値を知って得られた最大の安心でした。私たちは、決して一人でこの子を育てているのではないのです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 発達検査の結果は、成長とともに良くなることはありますか?
発達指数(DQ)や知能指数(IQ)は、同年代と比較した数値であるため、成長とともに劇的に数値が上がることは稀です。しかし、数値が変わらなくても、本人ができることの「絶対量」は必ず増えていきます。数値に一喜一憂するのではなく、本人の成長曲線を見守ることが大切です。
Q2. 重度と判定された場合、普通学級への進学は不可能ですか?
就学先については、自治体の就学相談を通じて、本人の特性や地域の支援体制を考慮して決定されます。重度であっても、本人の意向や環境調整により普通学級に通うケースもあります。ただし、多くの場合、特別支援学校や支援学級の方が、きめ細かなカリキュラムや手厚い人員配置がなされているため、お子さんにとっての「学びやすさ」を最優先に検討することが重要です。
Q3. 数値を告知されるのが怖くて、検査を避けてしまいます。
その恐怖は、お子さんを愛しているからこそ感じるものです。無理に受ける必要はありませんが、数値を知ることで「今何に困っているのか」が明確になり、受けられるサービスが増えるというメリットもあります。心の準備ができるまで、信頼できる相談員さんや保健師さんに不安を吐き出してみてください。
⚠️ 注意
検査結果はあくまで「現時点での目安」です。お子さんの将来をすべて決定づけるものではありません。数値を「限界」として捉えるのではなく、適切なサポートを求めるための「根拠」として活用しましょう。
Q4. きょうだい児への説明はどうすればいいですか?
きょうだい児には、「お兄ちゃん(弟)は、心の成長がゆっくりな病気・障害なんだよ。だから、小さい子のように丁寧に教えてあげる必要があるんだ」と、分かりやすい言葉で伝えてください。数値を伝える必要はありませんが、特性を隠さず伝えることで、きょうだい児も自分なりの向き合い方を見つけていくことができます。
まとめ:数値を超えた、その先にあるもの
数字ではなく、目の前の「命」を見る
知的障害の程度を知ったあの日。私の心に起きた変化は、最初は「絶望」でした。でも、その絶望を通り抜けた先で見つけたのは、数値というフィルターを外した、ありのままの息子でした。30という数字でも、50という数字でも、彼の笑顔の輝きは1ミリも変わりません。
数値を知ることは、決して残酷なことではありません。それは、わが子が生きるための「足場のサイズ」を知ることです。足場のサイズに合わせた靴を用意し、彼が転ばないように環境を整えてあげる。それが私たち親にできる、最高の愛情表現なのだと今では思えます。
もし今、あなたが検査結果の通知を手に震えているなら、どうか自分を責めないでください。その数値は、あなたとお子さんがこれからもっと幸せになるための、大切な情報のピースに過ぎません。一歩ずつ、そのピースを組み合わせて、あなたたち家族だけの素敵な絵を完成させていきましょう。
次の一歩へのアクション
検査結果を受け取ったら、まずは一人で抱え込まず、信頼できる「誰か」にその感情を話してみてください。家族、友人、あるいは専門の相談員。誰かに話すことで、数値という冷たい記号が、具体的な「支援の形」へと動き出します。あなたの勇気ある一歩を、社会は必ず支えてくれます。
✅ 成功のコツ
発達検査の結果報告書をコピーし、重要な部分(本人の得意なこと・苦手なことのアドバイスなど)をマーカーで引いてみましょう。それを療育先や学校の先生に共有することで、支援の質がぐっと上がります。
まとめ
- 数値は「困りごと」の可視化:お子さんの価値を決めるものではなく、適切なサポートを求めるための道標である。
- 支援チームで育てる:程度が確定することで、療育手帳や各種手当など、公的なサポートの扉が開く。
- 今、ここにある幸せを大切にする:平均と比較するのをやめ、お子さん自身の小さな成長を全力で喜び、全肯定する。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
🎨 趣味・特技
ヨガ、カフェ巡り
🔍 最近気になっているテーマ
ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア





