周囲に気づかれなかった私のつらさと、そこからの第一歩

「元気そうだね」——その言葉が一番つらかった
「今日も元気そうだね」「いつも通りで安心したよ」——周囲からそう言われるたびに、私は笑顔で「ありがとう」と返していました。でも本当は、心の中で悲鳴を上げていました。
精神的な不調は、外からは見えません。骨折のようにギプスをつけるわけでもなく、風邪のように熱が出るわけでもない。だからこそ、どんなに苦しくても、周囲には「普通」に見えてしまう。この「見えない苦しみ」が、私をさらに孤独へと追い込んでいきました。
この記事では、周囲に気づかれないまま深刻化していった心の不調、「助けて」と言えなかった理由、そしてようやく踏み出せた第一歩について、できるだけ正直にお話しします。同じように「誰もわかってくれない」と感じている方の心に、少しでも寄り添えれば幸いです。
見えない仮面をつけて生きる
「普通」を演じ続ける日々
朝、家を出る前に鏡の前で笑顔を作る——そんな習慣が、いつの間にか身についていました。職場では「明るくて頼りになる人」を演じ、家に帰った瞬間、その仮面が崩れ落ちる。この二重生活が、毎日続いていました。
会社では、誰よりも早く出社し、誰よりも遅く退社する。頼まれた仕事は決して断らず、常に笑顔で対応する。同僚からは「頑張り屋」「しっかりしている」と評価されていました。
でも実際の私は、以下のような状態でした。
- 毎晩、布団の中で涙が止まらない
- 朝起きると吐き気がして、何度もトイレに駆け込む
- 通勤電車で動悸が激しくなり、途中下車することも
- 昼休みは人目を避けてトイレに籠もる
- 休日は一日中ベッドから動けない
- 食事はほとんど喉を通らず、体重が減り続ける
- 夜中に何度も目が覚め、眠れない
それでも職場では、必死に「いつも通り」を装い続けていました。なぜなら、弱さを見せてはいけないと思い込んでいたからです。
⚠️ 注意
「普通を装う」ことは、短期的には周囲との関係を保てても、長期的には自分を追い詰めます。無理をして「大丈夫なふり」を続けることは、症状の悪化と発見の遅れにつながる危険な行為です。
気づかれないための「努力」
振り返ってみると、私は周囲に気づかれないよう、様々な「工夫」をしていました。それは、自分の不調を隠すための努力でした。
| 本当の状態 | 周囲に見せていた姿 | そのための努力 |
|---|---|---|
| 夜眠れず朝起きられない | 誰よりも早く出社 | アラームを10個かけて無理やり起きる |
| 食欲がなく痩せていく | 「ダイエット中」と説明 | ランチは少量でも笑顔で食べる演技 |
| 集中できず仕事が進まない | 締め切りは守る | 深夜まで残業して帳尻を合わせる |
| 人と話すのが辛い | 明るく会話 | 事前に話題を準備、笑顔を練習 |
| 週末は動けない | SNSで楽しそうに | 過去の写真を投稿して元気を装う |
こうした「努力」が、助けを求めるタイミングをどんどん遅らせていきました。周囲が「大丈夫そう」と思っているうちは、自分から「実は苦しい」とは言い出せなかったのです。
誰も気づいてくれない理由
なぜ誰も気づいてくれなかったのか——後になって考えると、それは私自身が必死に隠していたからでした。
同僚は私の「明るい笑顔」しか見ていませんでした。家族は電話越しの「大丈夫だよ」という声しか聞いていませんでした。友人はSNSの「楽しそうな投稿」しか知りませんでした。
そして何より、私は誰にも本当のことを話していませんでした。「調子が悪い」と言われても、「ちょっと疲れてるだけ」と誤魔化していました。
気づいてもらえなかったのではなく、気づかせないようにしていたのです。
「助けを求められない人は、実は最も深刻な状態にあることが多い。『助けて』と言える余力すらないほど、追い詰められているんです」
— 後に主治医が教えてくれた言葉
「助けて」と言えなかった理由
周囲への遠慮と罪悪感
私が「助けて」と言えなかった最大の理由は、周囲に迷惑をかけたくないという思いでした。
職場では、皆が忙しく働いていました。プロジェクトは佳境で、人手も足りない。「こんな時に自分の不調を訴えたら、さらに負担をかけてしまう」——そう考えると、言葉が出ませんでした。
家族に対しても同じでした。両親は高齢で、兄弟にはそれぞれの生活がある。「今さら心配をかけたくない」「自分のことは自分で何とかしなければ」——そんな思いが、相談を遠ざけていました。
友人には、さらに言いづらかったです。皆それぞれに仕事や家庭の問題を抱えている。「自分の悩みなんて、相対的に見れば大したことない」——そう思い込んでいました。
💡 ポイント
「迷惑をかける」と考えるのではなく、「必要な支援を求める」と考え方を変えてみてください。早めに相談することで、かえって周囲への影響を最小限にできることも多いのです。
「弱さ」を見せられないプライド
もう一つの大きな理由は、プライドでした。これまで「しっかり者」として認識されてきた私が、「実はつらいです」と言うことは、自分のイメージを壊すことのように感じられました。
特に職場では、「できる人」「頼りになる人」として評価されていました。後輩の指導を任され、重要なプロジェクトを任され、昇進の話も出ていました。
そんな立場の人間が「心が折れそうです」とは、どうしても言えませんでした。弱さを見せることは、期待を裏切ることだと思っていたのです。
「理解されない」という諦め
そして何より、「どうせ理解されない」という諦めがありました。
過去に、軽い気持ちで「最近ちょっと調子が悪くて」と言ったことがありました。でも返ってきたのは、以下のような言葉でした。
- 「みんな疲れてるよ」
- 「気分転換すれば?」
- 「考えすぎじゃない?」
- 「もっと大変な人もいるよ」
- 「気合いで乗り切らないと」
これらの言葉に悪意はなかったはずです。でも当時の私には、「あなたの悩みは大したことない」と否定されているように聞こえました。
そして学びました——「この苦しみは、誰にも理解してもらえない」と。だから、相談することをやめました。
見えない苦しみが引き起こしたこと
孤独の深まり
周囲に気づかれないということは、同時に誰とも本当の自分を共有できないということでもありました。この孤独感が、私の心をさらに蝕んでいきました。
友人と会っても、表面的な会話しかできない。家族と話しても、本当の気持ちは言えない。職場では常に演技をしている——こうして私は、どんどん人との本当のつながりを失っていきました。
SNSで他の人の投稿を見るたびに、「自分だけが取り残されている」と感じました。皆は普通に生活し、楽しんでいるのに、なぜ自分だけが——。
でも実際には、私と同じように苦しみを隠している人も、たくさんいたのです。それを知るのは、ずっと後のことでした。
✅ 成功のコツ
SNSの投稿は、その人の一面でしかありません。表には見せない苦しみを、多くの人が抱えています。「自分だけ」と感じるのは、実は多くの人が経験している感覚なのです。
症状の悪化
周囲に気づかれないまま時間が経つほど、症状は着実に悪化していきました。最初は「なんとなく調子が悪い」程度だったものが、次第に日常生活すら困難なレベルになっていったのです。
具体的な変化は、以下のようなものでした。
- 身体症状の悪化:頭痛、めまい、動悸、吐き気が日常的に
- 睡眠障害の深刻化:1日2〜3時間しか眠れない日が続く
- 食欲の完全消失:何を食べても味がせず、体重が激減
- 集中力の欠如:簡単な作業すらミスだらけに
- 感情のコントロール不能:些細なことで涙が出る、またはまったく感情が湧かない
- 希死念慮の出現:「消えてしまいたい」と考える頻度が増える
それでも私は、「もう少し頑張れば」「来週には良くなるはず」と自分に言い聞かせ続けていました。
限界を迎えた朝
そして、ついにその日が来ました。ある月曜日の朝、私は玄関から一歩も動けなくなったのです。
いつものように準備をして、いつものように家を出ようとしました。でも玄関のドアの前で、体が動かなくなりました。足が重く、手が震え、涙が止まらない。
「会社に行かなければ」と頭ではわかっているのに、体が言うことを聞きませんでした。30分以上、玄関の前で立ち尽くしていました。
結局その日、私は生まれて初めて無断欠勤をしました。電話をする気力もなく、ただベッドで丸くなっていました。そして思いました——「もう、限界だ」と。
第一歩——誰かに気づいてもらえた瞬間
上司が訪ねてきた日
無断欠勤の翌日、午後になって上司がアパートを訪ねてきました。インターホン越しに「心配している。一度話を聞かせてほしい」と言われました。
最初は居留守を使おうと思いました。でも上司は諦めず、「無理に話さなくてもいい。ただ、一人にしておけない」と繰り返しました。
その言葉に、私は観念してドアを開けました。散らかった部屋、やつれた顔、泣き腫らした目——隠していたすべてが、露わになりました。
上司は部屋の様子を見て、何も言いませんでした。ただ静かに「大変だったね」と言ってくれました。その一言で、私の中で何かが崩れました。
初めて吐き出せた本音
堰を切ったように、私はすべてを話しました。
眠れないこと、食べられないこと、電車に乗れないこと、毎日が辛いこと、消えてしまいたいと思っていること——今まで誰にも言えなかったすべてを、涙ながらに吐き出しました。
上司は私の話を最後まで聞いてくれました。途中で遮ったり、アドバイスしたりすることなく、ただ聞いてくれました。
そして言いました——「それは、専門家に相談した方がいい。一緒に病院を探そう」と。
💡 ポイント
周囲の人が「心配している」と声をかけてくれることは、あなたを大切に思っている証拠です。その申し出を「おせっかい」と受け取らず、「助けの手」として受け入れてみてください。
「病院に行こう」という提案
正直、病院に行くことへの抵抗は大きかったです。「まだ大丈夫」「もう少し自分で何とかできる」——そんな言葉が口をついて出ました。
でも上司は、きっぱりと言いました。「もう十分頑張った。これ以上一人で抱えるのは危険だ。専門家の力を借りよう」。
そして続けました——「気づけなくてごめん。でも今気づけて良かった。一緒に治していこう」。
この言葉に、私は救われました。「一緒に」という言葉が、どれほど心強かったか。一人じゃない、と初めて思えた瞬間でした。
第一歩を踏み出して
初めての受診
上司が会社の産業医に連絡を取ってくれ、精神科クリニックを紹介してもらいました。そして数日後、私は人生で初めて精神科の扉を開けました。
診察室で医師の前に座った時、不思議と言葉が溢れてきました。今まで誰にも言えなかったこと、隠し続けてきたこと——すべてを話しました。
「助けてください」——生まれて初めて、私は他人にそう言いました。
医師は優しく微笑んで、「よく来てくれましたね。もう大丈夫ですよ」と言ってくれました。その言葉を聞いた瞬間、私は診察室で声を上げて泣きました。
診断——「うつ病」
問診の結果、私は「うつ病」と診断されました。中等度から重度の状態で、すぐに休職と治療が必要だと言われました。
診断を告げられて、私の中には複雑な感情がありました。ショック、安堵、恐怖——でも最も強かったのは、「やっとわかった」という安心感でした。
長年の苦しみに、ようやく名前がついた。そして、治療法があるとわかった。この事実が、どれほど希望になったか。
| 診断前 | 診断後 |
|---|---|
| 誰にも気づかれない苦しみ | 周囲の理解とサポート |
| 「自分が弱いから」という自責 | 「病気だから」という理解 |
| どうすればいいかわからない | 治療の道筋が見える |
| 孤独な闘い | 医師や家族と一緒に |
| 終わりが見えない不安 | 回復への希望 |
周囲の反応の変化
診断を受けたことで、周囲の対応も大きく変わりました。
職場では、休職の手続きがスムーズに進みました。同僚たちは「全然気づけなくてごめん」「ゆっくり休んで」と言ってくれました。中には、「実は自分も...」と打ち明けてくれる人もいました。
家族には、休職が決まった時点で正直に話しました。母は最初、「なぜもっと早く言わなかったの」と泣きました。でもその後は、「一緒に治していこう」と言ってくれました。
友人にも少しずつ伝えていくと、予想以上に理解してくれました。「実は気になっていた」と言う人が、何人もいたのです。
今、伝えたいこと
「気づいてもらえない」あなたへ
もし今、周囲に気づいてもらえず、一人で苦しんでいるなら——それは、あなたが上手に隠しているからかもしれません。
でも、もう隠さなくていいのです。弱さを見せても、助けを求めても、あなたの価値は変わりません。
私の経験から言えるのは、「助けて」と言った時、想像以上に多くの人が手を差し伸べてくれるということです。
「助けて」は魔法の言葉
私が学んだ最も大切なことは、「助けて」という言葉の力です。この一言が、私の人生を変えました。
「助けて」と言うことは、決して恥ずかしいことでも、弱いことでもありません。それは、自分の命を守るための、とても勇気ある行動なのです。
以下のような人に、ぜひ相談してみてください。
- 信頼できる家族や友人
- 職場の上司や産業医
- かかりつけ医
- 自治体の相談窓口(精神保健福祉センターなど)
- 電話やLINEの相談サービス
- オンラインのサポートグループ
最初の一歩は怖いかもしれません。でも、その一歩が必ず道を開きます。
✅ 成功のコツ
「完璧に説明しよう」と思わなくて大丈夫です。「辛い」「助けてほしい」——その一言から始めれば十分です。専門家は、その一言から必要なサポートを見つけてくれます。
完璧じゃなくていい
そして最後に、これだけは伝えたいです——あなたは、完璧じゃなくていいのです。
「普通」を演じ続ける必要はありません。弱さを見せてもいいし、できないことがあってもいい。そのままのあなたで、十分価値があるのです。
私も今、完璧ではありません。調子の良い日もあれば、悪い日もあります。でも、それでいいと思えるようになりました。
周囲に気づかれなくても、自分で自分に気づいてあげてください。そして、勇気を出して「助けて」と言ってください。
「強さとは、一人で耐えることではない。助けを求められることこそが、本当の強さなんです」
— 回復の過程で出会った仲間の言葉
よくある質問
Q1: 「助けて」と言ったら、本当に理解してもらえますか?
すべての人が理解してくれるとは限りません。でも、必ず理解してくれる人はいます。最初の一人に拒絶されても諦めず、他の人にも相談してみてください。専門家(医師、カウンセラー、相談員)は、必ず真剣に受け止めてくれます。
Q2: 周囲に迷惑をかけてしまうのではないでしょうか?
早めに相談することで、かえって迷惑を最小限にできます。無理を続けて突然倒れるよりも、計画的に休職や業務調整をする方が、周囲にとっても対応しやすいのです。あなたの健康は、何よりも優先されるべきものです。
Q3: 家族に心配をかけたくありません
家族は、あなたが無理をして倒れることの方が心配です。早めに相談すれば、家族も適切なサポートができます。もし家族に言いづらければ、まず専門家に相談し、一緒に家族への伝え方を考えることもできます。
Q4: 職場での評価が下がるのが怖いです
健康を損なってまで得た評価は、長続きしません。むしろ、適切に休養して回復した方が、長期的には良いパフォーマンスを発揮できます。また、法律上、病気を理由に不当な扱いをすることは禁止されています。
Q5: 一人で病院に行く勇気がありません
誰かに付き添ってもらっても大丈夫です。家族、友人、職場の同僚など、信頼できる人に「一緒に来てほしい」と頼んでみてください。また、最初は電話相談やオンライン相談から始めるのも良い方法です。
まとめ
この記事では、周囲に気づかれないまま深刻化した心の不調と、そこから踏み出した第一歩についてお話ししました。
- 精神的な不調は外から見えないため、周囲に気づかれにくい特徴があります
- 「助けて」と言えない理由は様々ですが、勇気を出して声を上げることが回復への第一歩です
- 周囲に迷惑をかけることを恐れず、必要な支援を求めることが大切です
- 「助けて」という言葉は、弱さではなく、自分を守るための強さです
もし今、一人で苦しんでいるなら、どうか声を上げてください。あなたの苦しみは本物で、助けを求める権利があります。完璧じゃなくていい、そのままのあなたで十分です。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
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ヨガ、カフェ巡り
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