学校で症状が悪化した私を救ってくれた先生の言葉

「学校に行けない」と泣いた朝
「お母さん、もう無理。学校に行けない」——高校2年の春、私はそう言って泣きました。中学3年でうつ病と診断されてから、なんとか高校には進学できました。でも高校2年になって、症状が急激に悪化しました。朝起きられない。教室に入れない。授業に集中できない——学校が、恐怖の場所になっていました。
「もう、退学するしかないのかな」と思っていた時、担任の田中先生が言いました——「無理に来なくていい。でも、諦めないでほしい。一緒に、あなたが学校に来られる方法を考えよう」。この言葉が、私を救ってくれました。先生の理解とサポートがなければ、私は高校を卒業できなかったと思います。
この記事では、学校で症状が悪化した私を、先生がどう支えてくれたかをお話しします。同じように学校生活に苦しんでいる生徒や、その支援に悩んでいる先生方の参考になれば幸いです。
症状の悪化——学校が恐怖の場所に
高校進学という希望
私は、中学3年の秋にうつ病と診断されました。いじめと学業のストレスが重なり、心が壊れてしまいました。
でも、なんとか高校には進学できました。「高校で、新しいスタートを切りたい」——そう思っていました。希望がありました。
高校1年の時は、なんとか通えました。症状は完全には良くなっていませんでしたが、薬を飲みながら、頑張って登校していました。
⚠️ 注意
精神疾患を抱える生徒にとって、学校生活は大きなストレス源になることがあります。環境の変化、人間関係、学業のプレッシャーなどが、症状を悪化させることがあります。学校と医療機関の連携、個別の配慮が重要です。
2年生になって悪化した症状
でも高校2年になって、症状が急激に悪化しました。
朝、起きられなくなりました。アラームが鳴っても、体が動きませんでした。無理に起きようとすると、吐き気がしました。
学校に着いても、教室に入れませんでした。ドアの前で、足がすくみました。「みんなが自分を見ている」「笑われている」——そんな思いが、頭から離れませんでした。
授業中も、集中できませんでした。先生の声が遠く聞こえ、黒板の文字がぼやけました。パニック発作が起きることもありました。
| 症状 | 学校での影響 |
|---|---|
| 朝起きられない | 遅刻・欠席が増える |
| 人が怖い | 教室に入れない、保健室に逃げる |
| 集中できない | 授業についていけない、成績低下 |
| パニック発作 | 授業中に退室、周囲の目が気になる |
| 疲労感 | 部活動・行事に参加できない |
| 希死念慮 | 「消えたい」と思いながら過ごす |
「退学するしかない」
欠席が増えていきました。週に2日、3日、そして週の半分以上——学校に行けない日が、どんどん増えました。
母は心配して、何度も「大丈夫?」と聞きました。でも私は、「大丈夫」としか答えられませんでした。本当は、全然大丈夫じゃありませんでした。
ある日、思いました——「もう、退学するしかないのかな」と。このまま学校に行けないなら、退学して、働くか、引きこもるか——そんな未来しか見えませんでした。
「精神疾患を抱える生徒の多くが、学校生活の困難から『退学』を考えます。でも、適切な配慮とサポートがあれば、多くの生徒が学校生活を続けられます。諦める前に、学校と相談することが大切です」
— 後にスクールカウンセラーが教えてくれた言葉
担任の田中先生との出会い
「話を聞かせてもらえないか」
2年生になって、担任が田中先生になりました。40代の女性の先生で、優しそうな雰囲気の人でした。
欠席が増えて1ヶ月ほど経った頃、田中先生が家に来ました。家庭訪問です。
先生は言いました——「無理に学校に来いとは言わない。でも、話を聞かせてもらえないか。何が辛いのか、教えてほしい」。
私は、初めて正直に話しました。うつ病のこと、薬を飲んでいること、朝起きられないこと、教室が怖いこと、授業に集中できないこと——すべてを、話しました。
救われた言葉
話を聞き終わった後、田中先生は言いました——
「無理に来なくていい。でも、諦めないでほしい。一緒に、あなたが学校に来られる方法を考えよう」。
「病気は、あなたのせいじゃない。怠けているわけでも、弱いわけでもない。ただ、今はそういう状態なんだ。それを、私たちは理解するから」。
「高校を卒業する——その目標は変えなくていい。でも、そこに至る道は、一つじゃない。あなたに合った道を、一緒に見つけよう」。
この言葉を聞いて、私は泣きました。初めて、理解してもらえたと感じました。
💡 ポイント
精神疾患を抱える生徒を支援する時、「無理をさせない」と「諦めさせない」のバランスが大切です。本人の状態を理解しながら、でも可能性を信じる——この姿勢が、生徒に希望を与えます。
個別の支援計画
田中先生は、その場で具体的な提案をしてくれました。
- 遅刻・早退OK:体調に合わせて、来られる時間に来る
- 保健室登校:教室が辛い時は、保健室で過ごす
- 別室での授業:可能な範囲で、個別に授業を受ける
- 課題の調整:自宅でできる課題を用意する
- 定期的な面談:週1回、先生と話す時間を持つ
「これで絶対に卒業できるとは約束できない。でも、一緒に頑張ってみよう」——先生は、そう言ってくれました。
学校との協力——少しずつの進歩
保健室登校から始めた
翌週から、私は保健室登校を始めました。
朝、起きられる時間に学校に行き、保健室に直行します。そこで、養護教諭の先生と少し話したり、自習をしたり、ただ休んだり——自分のペースで過ごしました。
田中先生は、毎日保健室に来て、声をかけてくれました。「今日、調子どう?」「何か手伝えることある?」——押し付けがましくない、さりげない気遣いでした。
少しずつ教室に
1ヶ月ほど保健室登校を続けた頃、田中先生が提案しました——「1時間だけでも、教室に来てみない?」。
私は、不安でした。でも、先生を信じて、試してみることにしました。
最初は、ホームルームの10分だけでした。それだけでも、緊張して心臓がバクバクしました。でも、クラスメイトは優しく「おはよう」と言ってくれました。
次は、1時間目の授業だけ。その次は、午前中だけ——少しずつ、教室にいる時間を増やしていきました。
✅ 成功のコツ
段階的な目標設定が重要です。「毎日フルに登校」をいきなり目指すのではなく、「保健室に行く」「10分だけ教室に」など、小さなステップから始めることで、成功体験を積み重ねられます。
クラスメイトの理解
田中先生は、クラスメイトにも配慮をお願いしてくれました。
病名は伏せて、「体調の問題で、遅刻や早退が多くなる」ことだけを伝えてくれました。「温かく見守ってほしい」と。
クラスメイトは、理解してくれました。特別扱いするのではなく、でも冷たくするのでもなく——自然に接してくれました。
ある日、仲の良かった友達が言いました——「無理しないでね。でも、ずっと待ってるから」。その言葉が、嬉しかったです。
様々なサポート——チームで支える
スクールカウンセラー
田中先生の提案で、スクールカウンセラーとも定期的に会うようになりました。
週1回、30分の面談。そこで、学校での不安や、症状のこと、将来のことなどを話しました。
カウンセラーは、認知行動療法的なアプローチで、私の思考パターンを整理してくれました。「みんなが自分を見ている」という思い込みを、少しずつ修正していきました。
医療機関との連携
田中先生は、私の主治医とも連携してくれました。
私の了承を得て、主治医と電話で話したり、診断書をもらったり——医学的な視点からのアドバイスも受けながら、支援計画を調整してくれました。
主治医も、「学校の先生がここまで協力的なのは珍しい。恵まれていますね」と言いました。
家族との協力
田中先生は、母とも密に連絡を取ってくれました。
学校での様子を伝えたり、家での様子を聞いたり——学校と家庭で、一貫したサポートができるように調整してくれました。
母は後で言いました——「田中先生がいなければ、あなたは高校を辞めていたかもしれない。本当に感謝している」と。
卒業の日——先生への感謝
なんとか卒業できた
高校3年間、私は山あり谷ありでした。調子の良い時期もあれば、また悪化する時期もありました。
でも、田中先生のサポート、スクールカウンセラー、養護教諭、そしてクラスメイトの理解——たくさんの人に支えられて、なんとか卒業できました。
出席日数はギリギリでした。成績も、良くはありませんでした。でも、卒業証書を受け取ることができました。
卒業式の日
卒業式の後、私は田中先生に会いに行きました。
「先生、ありがとうございました。先生がいなければ、私は卒業できませんでした」——そう伝えました。
田中先生は、笑顔で言いました——「あなたが頑張ったからだよ。私は、ちょっと手伝っただけ」。
「でもね、あなたが諦めなかったことが、何より大切だった。辛い時も、希望を捨てなかった。それが、素晴らしいことなんだよ」。
私は、泣きました。3年間の苦労が、報われた気がしました。
先生が教えてくれたこと
田中先生は、私に大切なことを教えてくれました。
- 病気は、弱さではない:病気を抱えながら学校に通うことは、むしろ強さだと
- 道は一つじゃない:目標に至る方法は、たくさんある。自分に合った道を選んでいいと
- 助けを求めていい:一人で抱え込まず、周りに頼っていいと
- 小さな一歩でいい:大きく進まなくても、少しずつでいいと
- 諦めなければ、道は開ける:希望を持ち続けることの大切さ
これらの教えは、今も私を支えています。
今——大学生として
大学に進学できた
高校卒業から3年が経った今、私は大学生です。
高校卒業後、1年間は休養しました。症状を安定させるために、焦らず過ごしました。そして、通信制大学に進学しました。
通信制なら、自分のペースで学べます。調子の悪い日は休める。調子の良い日は、しっかり勉強できる——この柔軟性が、私に合っていました。
症状は安定している
今も、うつ病とは付き合っています。薬も飲み続けています。
でも、症状は安定しています。高校の時のような深刻な状態には、なっていません。
自分のペースを守ること、無理をしないこと、助けを求めること——田中先生から学んだことを、実践しています。
将来の夢
私の夢は、スクールカウンセラーになることです。
田中先生のように、精神疾患を抱える生徒を支える仕事がしたい。「諦めないで」と言える存在になりたい——そう思っています。
まだ道のりは長いです。でも、希望を持って、一歩ずつ進んでいます。
同じように苦しんでいる生徒へ
諦めないで
もし今、学校生活に苦しんでいるなら、知ってほしいことがあります——諦めないでください。
症状が悪化して、学校に行けなくなっても、それで人生が終わるわけではありません。道は、たくさんあります。
助けを求めて
一人で抱え込まず、助けを求めてください。
担任の先生、養護教諭、スクールカウンセラー、保護者——誰でもいいです。「辛い」「助けてほしい」と、言ってください。
最初は勇気が要ります。でも、言ってみると、多くの人が助けてくれることがわかります。
自分のペースで
周りと比べなくていいです。自分のペースで進んでください。
毎日フルに登校できなくても、遅刻・早退が多くても、保健室登校でも——それでいいんです。少しずつ、できることから始めてください。
理解してくれる人は、必ずいる
最後に、これだけは信じてください——理解してくれる人は、必ずいます。
私は、田中先生に出会えました。あなたも、必ず理解してくれる人に出会えます。
希望を持ち続けてください。道は、必ず開けます。
先生方へ——生徒を支えるために
「無理をさせない」と「諦めさせない」
もし、精神疾患を抱える生徒を支援する立場にいるなら、田中先生から学んだことを共有させてください。
大切なのは、「無理をさせない」と「諦めさせない」のバランスです。
症状を無視して無理をさせることは、悪化につながります。でも、「もう無理だから諦めよう」と言うことも、生徒から希望を奪います。
「今は無理をしなくていい。でも、一緒に道を探そう」——この姿勢が、生徒を支えます。
個別の配慮を
一律の対応ではなく、個別の配慮が必要です。
一人ひとり、症状も状況も違います。本人や保護者、医療機関と話し合いながら、その生徒に合った支援計画を立ててください。
チームで支える
一人の先生だけで抱え込まないでください。チームで支えることが大切です。
担任、養護教諭、スクールカウンセラー、管理職、保護者、医療機関——様々な人と連携しながら、支援してください。
あなたの理解とサポートが、生徒の人生を変えるかもしれません。
「学校は、精神疾患を抱える生徒にとって、回復の場にも悪化の場にもなり得ます。適切な配慮とサポートがあれば、学校生活を続けながら回復することも可能です。諦めず、一緒に道を探すことが大切です」
— 田中先生の言葉
よくある質問
Q1: 学校に病気のことを言うべきですか?
基本的には、適切なサポートを受けるために伝えることをお勧めします。ただし、誰にどこまで伝えるかは、本人や保護者と相談して決めてください。診断書や主治医の意見書があると、学校も対応しやすくなります。
Q2: 保健室登校は「逃げ」ですか?
いいえ、逃げではありません。症状に合わせた適切な配慮です。保健室登校から始めて、徐々に教室に戻れる生徒も多くいます。「教室に行けない = 終わり」ではなく、段階的なステップの一つと考えてください。
Q3: 出席日数が足りず、進級・卒業できないかもしれません
病気による欠席は、配慮される場合があります。診断書を提出し、学校と相談してください。課題提出や補習などで、出席日数不足を補える場合もあります。また、通信制への転学も選択肢の一つです。諦める前に、まず相談してください。
Q4: クラスメイトにどう説明すればいいですか?
病名を詳しく伝える必要はありません。「体調の問題で遅刻や早退が多くなる」程度の説明で十分です。担任の先生から、クラスに配慮をお願いしてもらうこともできます。信頼できる友人には、もう少し詳しく話すこともできます。
Q5: 学校が理解してくれません。どうすればいいですか?
まず、医師の診断書や意見書を提出してください。それでも理解が得られない場合、教育委員会、スクールカウンセラー、外部の相談機関(精神保健福祉センターなど)に相談することもできます。転校や通信制への転学も、選択肢の一つです。
まとめ
この記事では、学校で症状が悪化した私を、担任の田中先生がどう支えてくれたかをお話ししました。
- 精神疾患を抱える生徒にとって、学校の理解とサポートは非常に重要です
- 「無理をさせない」と「諦めさせない」のバランスが大切です
- 段階的な目標設定と、個別の配慮が回復を助けます
- チームでサポートすることで、生徒は学校生活を続けられます
もし今、学校生活に苦しんでいるなら、諦めないでください。助けを求めてください。理解してくれる先生は、必ずいます。あなたに合った道を、一緒に見つけてくれる人がいます。希望を持ち続けてください。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
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