心の病気を受け入れるまでの葛藤と変化

「まさか自分が精神障害なんて」——否定から始まった
「あなたは、うつ病です」——医師からその言葉を告げられた瞬間、私の頭は真っ白になりました。そして次の瞬間、強い否定の感情が湧き上がってきました。「間違いだ」「そんなはずがない」「自分は違う」——。
診断を受けてからも、私はずっと自分の病気を認めたくありませんでした。薬を飲みながらも「本当は必要ない」と思い、カウンセリングに通いながらも「大げさだ」と感じていました。心の病気を受け入れることは、想像以上に困難な道のりでした。
この記事では、精神障害の診断を受けた私が、否定、怒り、絶望を経て、最終的に自分の病気を受け入れるまでの心の変化をお話しします。同じように葛藤している方、大切な人を支えている方の参考になれば幸いです。
否定の段階——「私は病気じゃない」
診断への抵抗
診断を受けた直後、私は「誤診だ」と思いました。確かに調子は悪かったけれど、それは「疲れているだけ」「一時的なもの」に過ぎない——そう信じたかったのです。
処方された薬を見ても、「こんなもの必要ない」と思いました。抗うつ薬という名前を見て、「自分は本当にうつ病なのか?」と疑問ばかりが湧いてきました。
当時の私の心の中には、以下のような思いがありました。
- 「精神障害は、もっと重い人がなるもの」
- 「自分はまだ働けている(休職前)、だから違う」
- 「気の持ちようで治せるはず」
- 「医師が大げさに診断しているだけ」
- 「少し休めば元に戻る」
- 「薬なんて飲まなくても大丈夫」
こうした否定の気持ちから、私は最初の1週間、処方された薬を飲みませんでした。
⚠️ 注意
診断への否定は、心理的防衛反応の一つで自然なことです。しかし、治療を受けないまま放置すると症状が悪化するリスクがあります。疑問や不安があれば、主治医に率直に相談することが大切です。
周囲への隠蔽
診断を受けたことは、誰にも言いたくありませんでした。家族にも、友人にも、職場にも——できる限り隠そうとしました。
なぜなら、「精神障害」という言葉への恐怖があったからです。
「精神障害者」というレッテルを貼られたら、周囲の目が変わるのではないか。同情されるのではないか。距離を置かれるのではないか。仕事を失うのではないか——そうした恐怖が、私を支配していました。
休職の理由も、「体調不良」とだけ伝えました。通院していることも、薬を飲んでいることも、すべて秘密にしました。
セカンドオピニオンという逃げ道
診断から2週間後、私は別の病院でセカンドオピニオンを受けました。「きっと違う診断が出るはず」——そう期待していました。
でも結果は、同じでした。「中等度のうつ病」という診断。二人目の医師も、休養と治療の必要性を強調しました。
その時、私の中で何かが崩れました。「やはり、本当に病気なのか」と。でも同時に、まだ受け入れられない自分もいました。
「病気を受け入れることは、『負けを認める』ことではありません。むしろ、回復への第一歩なんです。でも、そこに至るまでには時間がかかる。それは自然なプロセスです」
— 後にカウンセラーが教えてくれた言葉
怒りの段階——「なぜ私が」
理不尽への怒り
否定の段階を経て、次に訪れたのは怒りでした。「なぜ私がこんな目に遭わなければならないのか」——その怒りは、様々な方向に向けられました。
まず、自分自身に対する怒り。「もっと強くあるべきだった」「なぜこんなに弱いのか」「情けない」——自分を責め続けました。
次に、周囲に対する怒り。職場のストレスが原因だと思い、上司や会社に怒りを感じました。「あの人たちのせいだ」「もっと配慮があれば」——他人を責める気持ちもありました。
そして、世界に対する怒り。「なぜ自分だけが」「他の人は普通に生活しているのに」——この理不尽さに、やり場のない怒りを感じました。
| 怒りの対象 | 具体的な思い |
|---|---|
| 自分自身 | 「弱い自分が許せない」「なぜ病気になった」 |
| 職場・上司 | 「過重労働のせいだ」「理解がなかった」 |
| 家族 | 「もっとサポートしてくれれば」「理解してくれない」 |
| 医師・医療 | 「もっと早く気づけなかったのか」「薬に頼らせる」 |
| 社会・運命 | 「なぜ自分だけが」「不公平だ」 |
被害者意識
この時期の私は、完全に被害者意識に陥っていました。
「自分は被害者だ」「周りのせいでこうなった」「自分には何の責任もない」——そう思うことで、自分を守ろうとしていたのです。
カウンセリングでも、ずっと愚痴や不満を話していました。カウンセラーは黙って聞いてくれましたが、今思えば、私は変化を拒否していたのです。
治療への抵抗
怒りの段階では、治療にも抵抗がありました。
「薬を飲むのは負け」だと思っていました。「カウンセリングで話すのは時間の無駄」だと感じていました。医師の指示に従うことすら、「支配されている」ように感じました。
その結果、服薬が不規則になり、カウンセリングも休みがちになりました。当然、症状は改善しませんでした。
💡 ポイント
怒りの段階は、病気の受容プロセスにおいて自然な段階です。この段階を無理に抑え込むのではなく、安全な形で表現すること(カウンセリング、日記など)が大切です。
取引の段階——「もし〜なら」
条件付きの受容
怒りの後、私は「取引」を始めました。「もし〜なら、病気を認めてもいい」という、条件付きの受容です。
「もし1ヶ月で治るなら、受け入れる」
「もし誰にも知られずに済むなら、治療を続ける」
「もし薬をやめられる保証があるなら、今は飲む」
「もし元通りの生活に戻れるなら、休職を受け入れる」
こうした「もし」ばかりを考えていました。でも現実は、そんな保証はどこにもありませんでした。
神頼みとスピリチュアル
この時期、私は様々な「治療法」に手を出しました。医学的な治療とは別に、スピリチュアルなものにも頼りました。
パワーストーンを買い、お守りを集め、神社に通い、瞑想アプリをダウンロードし——「何か特別な方法で治せるのではないか」と期待していました。
もちろん、これらが悪いわけではありません。でも当時の私は、医学的な治療から逃げるために、これらに頼っていたのです。
「治った」と思い込む
少し調子が良くなると、「もう治った」と思い込みました。そして勝手に薬をやめたり、カウンセリングをキャンセルしたりしました。
当然、すぐに症状が悪化しました。そしてまた絶望する——この繰り返しでした。
主治医は言いました——「焦らないでください。うつ病は、波を描きながら回復します。良くなったり戻ったりを繰り返すのが普通です」。
でも当時の私には、その言葉の意味が理解できませんでした。
絶望の段階——「もう終わりだ」
深い絶望に沈む
取引も上手くいかず、私は深い絶望に沈みました。
「もう治らないのではないか」「一生このままなのではないか」「人生が終わった」——そんな思いに支配されました。
この時期が、最も辛かったかもしれません。希望が見えない。未来が見えない。ただ暗闇の中にいるような感覚でした。
朝起きると、「また今日も」という絶望感。夜になると、「明日も同じ」という恐怖。毎日が同じ苦しみの繰り返しでした。
希死念慮の出現
絶望が深まると、「消えてしまいたい」という思いが強くなりました。積極的に死にたいわけではないけれど、「このまま目が覚めなければいいのに」と思うようになりました。
この状態を主治医に伝えると、薬の調整と、カウンセリングの頻度を増やす提案がありました。そして家族にも状態を伝え、見守ってもらうことになりました。
⚠️ 注意
希死念慮(死にたい気持ち)が現れたら、すぐに主治医や信頼できる人に伝えてください。これは重要な症状の悪化サインです。一人で抱え込まず、必ず助けを求めてください。
底を打った時
でも、この絶望の時期が、実は転機でもありました。
どん底まで落ちて、もうこれ以上落ちようがない——その時、私の中で何かが変わり始めました。
「もう、抵抗するのは疲れた」「このまま流れに身を任せてみよう」——そんな諦めにも似た感覚が生まれました。
それが、受容への第一歩だったのです。
受容の段階——「これが今の私」
小さな変化に気づく
ある日、カウンセラーが言いました——「3ヶ月前と比べて、どうですか?」
その質問に答えるために、私は初めて過去の自分を振り返りました。そして気づいたのです——確かに、少しずつ変わっていることに。
3ヶ月前は、一日中ベッドから出られなかった。今は、少しなら外を散歩できる。
3ヶ月前は、何も食べたくなかった。今は、時々食事が美味しく感じる。
3ヶ月前は、すべてに絶望していた。今は、時々笑えることもある。
変化は小さく、緩やかでした。でも確実に、前進していたのです。
「病気の自分」を認める
この小さな変化に気づいた時、私は初めて思いました——「病気であることを認めてもいいのかもしれない」と。
病気であることは、恥ずかしいことではない。弱いことでもない。ただ、今の自分の状態を表す言葉に過ぎない——そう思えるようになりました。
そして、病気を認めることが、回復への道だと理解しました。否定している間は、適切な治療を受けられない。受け入れてこそ、前に進めるのだと。
「病気の自分」も自分
さらに大きな気づきがありました。それは、「病気の自分も、自分の一部」だということです。
以前の私は、「病気の自分」と「本当の自分」を分けていました。「本当の自分」に戻らなければ、と思っていました。
でも気づいたのです。病気になった自分も、治療を受けている自分も、すべて「本当の自分」なのだと。
病気は私の一部になりました。それは私を定義するものではないけれど、私の経験の一部です。そしてそれを受け入れることで、自分を丸ごと愛せるようになりました。
✅ 成功のコツ
病気の受容は、「諦め」ではなく「現実を受け入れること」です。現実を受け入れてこそ、適切な対処ができます。これは回復への重要なステップです。
受容後の変化——新しい自分として生きる
治療への姿勢が変わる
病気を受け入れてから、治療への姿勢が大きく変わりました。
薬を飲むことを、「負け」ではなく「必要なケア」として捉えられるようになりました。糖尿病の人がインスリンを使うように、私は抗うつ薬を使う——それだけのことだと理解しました。
カウンセリングも、「時間の無駄」ではなく「貴重な学びの場」として活用できるようになりました。抵抗せず、素直に話せるようになりました。
そして何より、自分のペースを大切にできるようになりました。焦らない。比較しない。ただ、今の自分にできることをする。
周囲に打ち明けられた
病気を受け入れてから、少しずつ周囲に打ち明けられるようになりました。
最初は親しい友人に。次は家族の他のメンバーに。そして復職の際には、職場の上司にも。
予想外だったのは、ほとんどの人が理解を示してくれたことでした。
「実は私も...」と打ち明けてくれる友人もいました。「大変だったね」と優しく言ってくれる人もいました。恐れていた「距離を置かれる」ということは、ほとんど起きませんでした。
隠すことをやめたら、むしろ人とのつながりが深まりました。
新しいアイデンティティ
病気を受け入れることで、私のアイデンティティも変わりました。
以前は、「仕事ができる人」「頑張る人」——そうした役割で自分を定義していました。でも病気になって、それらを失いました。
最初は「何者でもない自分」に絶望しました。でも今は、新しい自分を見つけました。
「病気と向き合っている人」「自分を大切にできる人」「弱さを見せられる人」「助けを求められる人」——こうした新しいアイデンティティを、誇りに思えるようになりました。
今——病気と共に生きる
「治った」ではなく「共に生きる」
診断から3年が経った今、私はほぼ以前と変わらない生活を送っています。でも「完全に治った」とは思っていません。
今でも、調子の悪い日はあります。不安が強くなる時もあります。でもそれは「再発」ではなく、「病気と共に生きること」の一部だと理解しています。
月に一度の通院は続けています。薬も、量は減りましたが続けています。これらは「まだ治っていない」証拠ではなく、「健康を維持するための手段」です。
病気から学んだこと
病気になったことで、失ったものもありました。でも、得たものもたくさんありました。
- 自分を大切にすることの重要性
- 助けを求める勇気
- 人の優しさへの気づき
- 本当に大切なものは何かという理解
- 弱さを見せられる強さ
- 他人の痛みへの共感
- 今この瞬間を生きることの大切さ
これらは、病気にならなければ学べなかったことです。
同じ経験をする人への思い
今、私は同じように精神障害と診断された人のピアサポーターとして活動しています。
診断を受けたばかりで戸惑っている人、否定や怒りの段階にいる人、絶望している人——そうした人たちに、「受け入れるまでには時間がかかる。でも必ず、受け入れられる日が来る」と伝えています。
そして、「病気を受け入れることは、終わりではなく始まり。新しい人生のスタートなんだ」と。
病気を受け入れられない人へ
焦らなくていい
もし今、診断を受け入れられずに苦しんでいるなら、まず知ってほしいことがあります。焦らなくていいのです。
受容には、時間がかかります。否定、怒り、取引、絶望——これらの段階を経ることは、自然なプロセスです。
すぐに受け入れられなくても、自分を責める必要はありません。あなたのペースで、少しずつ進めばいいのです。
抵抗しながらも治療は受けて
ただ一つ、お願いがあります。受け入れられなくても、治療は続けてください。
診断に納得できなくても、薬は飲んでください。病気だと認めたくなくても、カウンセリングには通ってください。
治療を受けながら、ゆっくりと受容に向かっていけばいいのです。治療を中断すると、症状が悪化し、受容がさらに難しくなります。
必ず受け入れられる日が来る
最後に、これだけは信じてください——必ず、受け入れられる日が来ます。
私も、「一生受け入れられない」と思っていました。でも時間とともに、少しずつ心が変化していきました。
あなたにも、その日が必ず来ます。焦らず、自分を責めず、ただ一日ずつを生きてください。
「病気の受容は、『負けを認める』ことではありません。『現実と向き合う勇気を持つ』ことです。そしてその勇気が、あなたを前に進ませるのです」
— 主治医の言葉
よくある質問
Q1: 病気を受け入れるまで、どのくらい時間がかかりますか?
個人差が非常に大きいです。数ヶ月で受け入れられる人もいれば、数年かかる人もいます。私の場合は、診断から完全に受け入れるまで約1年半かかりました。焦らず、自分のペースで進むことが大切です。
Q2: 受け入れられないまま治療を続けても効果はありますか?
はい、効果はあります。受容と治療効果は、完全には一致しません。受け入れていなくても、適切な治療を受けていれば症状は改善します。ただし、受容することで治療への取り組み方が変わり、より効果的になることは確かです。
Q3: 家族が病気を受け入れてくれません。どうすればいいですか?
家族にも受容のプロセスがあります。本人と同じように、否定や怒りの段階を経ることがあります。家族向けの心理教育プログラムや家族会への参加を勧めてみてください。また、診察に同席してもらい、医師から説明を聞いてもらうことも有効です。
Q4: 受け入れたら、一生「患者」として生きることになりますか?
いいえ。病気を受け入れることと、「患者」というアイデンティティに固執することは別です。病気は自分の一部ですが、すべてではありません。仕事をする人、趣味を楽しむ人、家族を大切にする人——様々なアイデンティティの一つとして、病気を持つ自分を受け入れるのです。
Q5: 受け入れた後、再び否定したくなることはありますか?
あります。受容は一直線ではなく、時には後戻りすることもあります。調子が良くなると「もう病気じゃない」と思いたくなったり、悪化すると「やはり受け入れたくない」と感じたり。それも自然なプロセスです。揺れ動きながら、徐々に安定した受容に至ります。
まとめ
この記事では、精神障害の診断を受けた私が、否定、怒り、取引、絶望を経て、最終的に受容に至るまでの心の変化をお話ししました。
- 病気の受容には時間がかかり、様々な段階を経ることは自然なプロセスです
- 受け入れられなくても、治療は継続することが重要です
- 受容することで、治療への姿勢や人生の捉え方が大きく変わります
- 病気と共に生きることは、新しい自分として生きることの始まりです
もし今、診断を受け入れられずに苦しんでいるなら、焦らないでください。抵抗することも、怒ることも、絶望することも、すべて自然なことです。あなたのペースで、少しずつ。必ず、受け入れられる日が来ます。

鈴木 美咲
(すずき みさき)42歳📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員
相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。
社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。
もっと詳しく▼
💭 福祉の道を選んだ理由
大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。
✨ 印象に残っている出来事
孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。
✍️ 記事を書く上で大切にしていること
実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。
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