ホーム/記事一覧/当事者・家族の声/精神障害の体験談/仕事が怖くなった私が再び働けるようになるまで

仕事が怖くなった私が再び働けるようになるまで

📖 約27✍️ 鈴木 美咲
仕事が怖くなった私が再び働けるようになるまで
好きだった仕事が恐怖の対象に——適応障害と診断され、会社に行けなくなった私が、リワークプログラムを経て再び働けるようになるまでを綴ります。薬物療法、認知行動療法、段階的曝露療法で恐怖と向き合い、試し出勤から時短勤務へ。完璧を求めず、自分のペースで。職場の理解と継続的ケアで、充実した仕事生活を取り戻した復職の記録です。

職場が「恐怖の場所」になった日

朝目覚めると、胸が締め付けられるような感覚がありました。「今日も会社に行かなければ」——その思いだけで、動悸が激しくなり、冷や汗が出る。好きだった仕事が、いつの間にか恐怖の対象になっていました。

会社の最寄り駅に着くと、足がすくんで改札を出られない。オフィスのビルを見上げると、吐き気がする。会議室のドアを開ける勇気が出ない。そんな状態が続き、ついに仕事に行けなくなりました

この記事では、適応障害と診断され、仕事への恐怖と向き合いながら、リワークプログラムを経て再び働けるようになるまでの道のりをお話しします。同じように仕事への不安を抱えている方、復職を目指している方の参考になれば幸いです。

仕事が怖くなるまで

「頑張りすぎた」日々

振り返ってみると、私は頑張りすぎていました。入社以来、「認められたい」「期待に応えたい」という思いで、常に全力で働いていました。

残業は当たり前。休日出勤も厭わない。頼まれた仕事は決して断らず、自分のキャパシティを超えても引き受ける。周囲からは「頼りになる」「優秀」と評価され、それが嬉しくて、さらに頑張りました。

でも気づかないうちに、心と体は悲鳴を上げていました。

  • 睡眠時間は毎日4〜5時間
  • 食事は机の上でコンビニ弁当
  • 休日も仕事のことが頭から離れない
  • 趣味の時間は完全にゼロ
  • 友人や家族との時間も犠牲に
  • 「頑張ること」が生きる意味になっていた

そんな生活が2年以上続いたある日、突然、体が動かなくなりました

⚠️ 注意

過労は心身の健康を蝕みます。長時間労働や過度なストレスが続くと、適応障害やうつ病などの精神疾患を発症するリスクが高まります。「頑張りすぎ」は美徳ではなく、危険信号です。

パニック発作——きっかけは些細なミス

転機となったのは、些細なミスをした日でした。

資料の数字を一桁間違えて提出してしまった——それだけのことでした。すぐに訂正し、大きな問題にはなりませんでした。でも私の中で、何かが壊れました。

会議中、突然心臓が爆発しそうなほど激しく鳴り始めました。息ができない。手足がしびれる。視界が狭くなる。「死ぬかもしれない」——本気でそう思いました。

これが私の最初のパニック発作でした。

その日以来、職場にいると常に不安を感じるようになりました。「また発作が起きるのではないか」「またミスをするのではないか」——この恐怖が、私を支配し始めました。

「仕事に行けない」という現実

パニック発作から1週間後、私は会社に行けなくなりました。

朝、いつものように準備をして家を出ました。でも駅のホームに立った瞬間、体が硬直して動けなくなりました。電車に乗ることができない。乗ろうとすると、激しい動悸と吐き気が襲ってきました。

結局その日、私は会社に行けませんでした。そして翌日も、その次の日も——。

職場に電話することすら怖くなりました。上司の声を聞くだけで、体が震えました。「また何か言われるのではないか」「失望されるのではないか」という恐怖がありました。

時期 状態 行動
発作の前 過労だが仕事はできていた 毎日出勤、長時間労働
発作直後 職場で強い不安を感じる 何とか出勤するが常に緊張
1週間後 通勤ができなくなる 駅で引き返す日が増える
2週間後 家から出られなくなる 完全に休んでしまう
1ヶ月後 職場への連絡も怖い 引きこもり状態

「適応障害の特徴は、特定の環境(多くは職場)に対する強い恐怖や回避行動です。その環境から離れると症状が軽減することも多いのですが、根本的な治療をしないと復帰は難しいんです」

— 後に主治医が説明してくれた言葉

診断と休職——恐怖の正体を知る

心療内科を受診するまで

会社に行けなくなって2週間後、家族の勧めで心療内科を受診しました。正直、受診することにも抵抗がありました。「精神科に行くほどではない」「もう少し頑張れば」——そう思っていました。

でも母親は、はっきりと言いました——「これは病気です。専門家の力を借りないと、もっと悪くなる」と。

初診の日、問診票に答えながら、改めて自分の状態の深刻さに気づきました。睡眠障害、食欲不振、強い不安、回避行動——すべての項目にチェックが入りました。

「適応障害」という診断

医師との面談は1時間近くに及びました。いつから症状があるか、職場でのストレス要因は何か、家では落ち着けるか——一つひとつ丁寧に聞いてくれました。

そして告げられた診断——「適応障害」。職場環境のストレスが原因で発症した、環境に適応できない状態だと説明されました。

医師は続けて言いました——「このまま無理をして働き続けると、うつ病に移行する可能性があります。今はしっかり休んで、治療に専念しましょう」。

診断書を持って会社に連絡すると、人事部から「まずはゆっくり休んでください。復職支援制度もありますから」と言われました。その言葉に、少しだけ安心しました。

💡 ポイント

適応障害は、特定のストレス要因により、日常生活や社会生活に支障をきたす状態です。職場のストレスが原因の場合、環境から離れることで症状が改善することもありますが、復帰のためには適切な治療とリハビリが必要です。

休職生活の始まり

診断から3日後、正式に休職が決まりました。期間は3ヶ月。その後の状態を見て、延長や復職を判断するとのことでした。

最初の1ヶ月は、ただ休むことに専念しました。「何もしない」ことの難しさを、初めて知りました。

仕事のことが頭から離れません。「今頃、皆は忙しくしているだろうか」「自分がいないことで迷惑をかけているのではないか」——こうした思いが、常に頭の中を巡っていました。

でもカウンセラーは言いました——「今は、仕事のことを考えない練習をしましょう。休むことも、立派な仕事です」。

回復への道——リワークプログラムとの出会い

薬物療法とカウンセリング

治療は、抗不安薬の服用とカウンセリングから始まりました。

薬を飲み始めて2週間ほどで、不安感が少し和らぎました。朝起きた時の動悸が、以前ほど激しくなくなりました。ただ、「職場への恐怖」は簡単には消えませんでした。

カウンセリングでは、自分の思考パターンを見直す作業をしました。私は「完璧でなければならない」「期待を裏切ってはいけない」という思い込みが強かったことに気づきました。

カウンセラーと一緒に、これらの思考を検証していきました。

  • 「完璧でなければならない」→ 本当に? 完璧な人なんているの?
  • 「ミスは許されない」→ 誰もミスしないの? ミスから学べることもあるのでは?
  • 「期待を裏切ってはいけない」→ 誰の期待? それは現実的な期待?
  • 「休むことは悪いこと」→ なぜ? 病気の時に休むのは当然では?

こうした対話を通じて、少しずつ自分を許せるようになっていきました。

リワークプログラムへの参加

休職から2ヶ月後、主治医からリワークプログラムへの参加を勧められました。

リワークとは、復職を目指す人のためのリハビリテーションプログラムです。生活リズムの安定化、作業能力の回復、ストレス対処法の習得などを行います。

最初は不安でした。「また働く場所に行くのか」という恐怖がありました。でも主治医は言いました——「いきなり職場に戻るのは難しい。リワークは、その間のステップなんです」。

週3日、午前中だけの参加から始めました。そこには、私と同じように休職している人たちがいました。

✅ 成功のコツ

リワークプログラムは、医療機関、地域障害者職業センター、就労移行支援事業所などで実施されています。復職成功率を高めるだけでなく、再休職のリスクも下げることが研究で示されています。

仲間との出会い

リワークで出会った人たちは、年齢も職業も様々でした。でも皆、「仕事が怖くなった」という経験を持っていました。

ある人は、パワハラで適応障害に。ある人は、過労でうつ病に。ある人は、人間関係のストレスで不安障害に——背景は違っても、「また働けるのだろうか」という不安は共通していました。

彼らと話すことで、「自分だけじゃない」と感じることができました。そして、既に復職して働いている先輩の話を聞いて、希望を持つことができました。

先輩は言いました——「最初は週3日、4時間から始めた。今はフルタイムで働けている。時間はかかったけど、確実に前進できた」。

「仕事への恐怖」と向き合う

段階的な曝露療法

リワークでは、段階的曝露療法にも取り組みました。これは、恐怖を感じる状況に少しずつ慣れていく方法です。

私の場合、最初の目標は「会社の最寄り駅まで行く」でした。実際に会社に入るわけではなく、ただ駅まで行って帰ってくるだけ。それだけでも、当時の私には大きな挑戦でした。

初めて挑戦した日、駅に着いた瞬間、動悸が始まりました。でもリワークのスタッフが同行してくれて、「深呼吸してください。不安は時間とともに必ず下がります」と励ましてくれました。

その言葉通り、10分ほど駅のベンチに座っていると、少しずつ不安が和らいでいきました。

その後、段階的に目標を上げていきました。

ステップ 目標 達成までの期間
1 会社の最寄り駅まで行く 2週間
2 会社のビルの前まで行く 3週間
3 ビルのロビーに入る 2週間
4 オフィスのフロアに上がる 3週間
5 短時間、デスクに座る 4週間

一つひとつのステップをクリアするたびに、「できた」という実感が自信につながりました。

認知の歪みを修正する

リワークのグループワークでは、認知行動療法も学びました。特に役立ったのは、「認知の歪み」を修正することでした。

私の中には、以下のような思考パターンがありました。

  • 全か無か思考:「完璧にできないなら、やる意味がない」
  • 過度の一般化:「一度ミスしたら、もう信用されない」
  • マイナス思考:「良いことがあっても、それは偶然」
  • 破滅化:「小さなミスが、大きな問題になる」
  • べき思考:「休んではいけない」「弱音を吐いてはいけない」

これらの思考を、より現実的で柔軟なものに置き換える練習をしました。

例えば:
「完璧にできないなら意味がない」→「完璧でなくても、ベストを尽くせば十分」
「一度ミスしたら信用されない」→「誰でもミスはする。大切なのは、そこから学ぶこと」

この練習を続けることで、自分に対する圧力が少しずつ軽くなっていきました

ストレス対処法の習得

リワークでは、具体的なストレス対処法も学びました。

  1. リラクゼーション法:腹式呼吸、筋弛緩法、マインドフルネス
  2. タイムマネジメント:優先順位のつけ方、断る勇気
  3. アサーション:自分の気持ちを適切に伝える方法
  4. セルフモニタリング:ストレスサインに早めに気づく
  5. ソーシャルサポート:助けを求める、相談する

これらのスキルは、復職後も大きな支えになりました。

復職——再び働く日々へ

試し出勤という段階

リワークに4ヶ月通った後、試し出勤という段階に進みました。これは、正式な復職の前に、実際の職場で慣らし勤務をする制度です。

最初は週2日、1日3時間から。給料は出ませんが、実際の職場環境に少しずつ慣れることができました。

初日は緊張で手が震えました。でも同僚たちは温かく迎えてくれました。「おかえり」「無理しないでね」——その言葉に、涙が出そうになりました。

試し出勤の期間は2ヶ月。段階的に日数と時間を増やしていきました。

💡 ポイント

試し出勤(リハビリ出勤)は、復職前の重要なステップです。この期間に職場環境に慣れ、自分の体調を確認できます。産業医や人事部と相談しながら、無理のないスケジュールを組むことが大切です。

正式な復職——時短勤務から

休職から10ヶ月後、私は正式に復職しました。でもいきなりフルタイムではなく、時短勤務から始めました。

最初は週4日、1日6時間。慣れてきたら週5日へ。そして3ヶ月かけて、フルタイムに戻しました。

業務内容も調整してもらいました。最初は負担の少ない業務から。徐々に責任のある仕事も任されるようになりました。

上司は定期的に面談の時間を設けてくれました。「無理していないか」「困っていることはないか」——そう聞いてくれるだけで、安心できました。

復職後の課題と向き合う

復職したからといって、すべてが順調だったわけではありません。様々な課題がありました。

まず、「また失敗するのではないか」という不安が常にありました。簡単な作業でも何度も確認してしまい、時間がかかりました。

また、以前と同じペースで働けない自分に、焦りを感じることもありました。「早く元に戻らなければ」というプレッシャーがありました。

でも主治医は言いました——「焦らなくていい。今のあなたは、病気と向き合いながら働いている。それだけで十分すごいことなんです」。

この言葉に、何度も救われました。

今、働けている理由

職場の理解とサポート

私が再び働けるようになった最大の理由は、職場の理解とサポートでした。

上司は業務量を調整してくれました。同僚は温かく見守ってくれました。人事部は産業医との連携をサポートしてくれました。

会社には「復職支援プログラム」があり、段階的な復帰が可能でした。これがなければ、復職はもっと難しかったと思います。

自分を知り、限界を受け入れた

もう一つの理由は、自分の限界を知り、受け入れたことでした。

以前の私は、「できない」と言えませんでした。でも今は、無理な時は「できません」と言えるようになりました。

完璧を求めず、「今の自分にできること」をする。それだけで十分だと、ようやく思えるようになりました。

継続的なケア

復職後も、月に一度の通院は続けています。薬も、量は減りましたが続けています。

これは「治っていない」のではなく、「健康を維持するため」だと理解しています。糖尿病の人がインスリンを使い続けるように、私は抗不安薬を使い続ける。それでいいのです。

また、ストレスを感じた時は、リワークで学んだ対処法を使います。深呼吸、マインドフルネス、同僚への相談——こうしたツールが、私を支えてくれています。

仕事が怖い人へ——私からのメッセージ

恐怖は自然な反応

もし今、仕事が怖いと感じているなら、まず知ってほしいことがあります。その恐怖は、自然な反応だということです。

辛い経験をした場所を怖いと感じるのは、人間の防衛本能です。あなたが弱いからでも、おかしいからでもありません。

でも、その恐怖に支配され続ける必要はありません。適切な治療とリハビリで、恐怖と向き合い、乗り越えることができます。

一人で抱え込まないで

仕事への恐怖を、一人で抱え込まないでください。以下のような専門家や制度を利用してください。

  • 精神科・心療内科の医師
  • 臨床心理士・公認心理師
  • 産業医・産業保健師
  • リワークプログラム
  • 地域障害者職業センター
  • 就労移行支援事業所
  • 精神保健福祉士

これらの専門家やサービスが、あなたの復職をサポートしてくれます。

焦らず、一歩ずつ

最後に、これだけは伝えたいです——焦らなくていいのです。

復職は、ゴールではなくスタートです。すぐに以前のように働けなくても大丈夫。少しずつ、自分のペースで進めばいいのです。

私も、完全に元に戻ったわけではありません。でも、仕事と適度な距離を保ちながら、充実した日々を送れています。

あなたにも、必ずその日が来ます。信じて、一歩ずつ進んでください。

「復職は、マラソンです。最初から全力疾走する必要はない。ゆっくりでいいから、自分のペースで走り続けることが大切なんです」

— リワークのスタッフの言葉

よくある質問

Q1: 復職までどのくらいの期間がかかりますか?

個人差が大きいですが、適応障害の場合、数ヶ月から1年程度が一般的です。私の場合は休職から復職まで10ヶ月かかりました。焦らず、主治医や産業医と相談しながら、自分のペースで進めることが大切です。

Q2: リワークプログラムは必ず受けるべきですか?

必須ではありませんが、復職成功率を高めるため強くお勧めします。リワーク参加者は、非参加者と比べて再休職率が低いことが研究で示されています。生活リズムの回復、ストレス対処法の習得、段階的な負荷調整などが、安全な復職につながります。

Q3: 復職後、また同じ症状が出たらどうすればいいですか?

まず、無理をせず早めに産業医や主治医に相談してください。定期的な通院を続け、ストレスサインに早めに気づくことが大切です。また、職場の上司や人事部とも連携し、必要に応じて業務調整をしてもらいましょう。

Q4: 職場の人に病気のことを話すべきですか?

必要な範囲で話すことをお勧めします。上司や人事部には、必要な配慮を受けるために伝える必要があります。同僚には、自分が話したい範囲で話せば大丈夫です。詳しく説明する必要はなく、「体調を崩して休職していた」程度でも十分です。

Q5: 以前と同じように働けるようになりますか?

多くの人が復職後、充実した仕事生活を送れるようになります。ただし「以前と全く同じ」ではなく、「新しい自分として」働くイメージを持つことが大切です。自分の限界を知り、適切に休息を取りながら働くことで、より長く健康的に働き続けることができます。

まとめ

この記事では、仕事が怖くなった私が、治療とリワークプログラムを経て再び働けるようになるまでをお話ししました。

  • 仕事への恐怖は、辛い経験による自然な反応であり、適切な治療で改善できます
  • リワークプログラムは、安全な復職のための重要なステップです
  • 復職は段階的に進め、焦らず自分のペースで取り組むことが大切です
  • 職場の理解とサポート、継続的なケアが、長く働き続けるための鍵です

もし今、仕事への恐怖を感じているなら、一人で抱え込まないでください。専門家の力を借りて、一歩ずつ前に進んでください。再び働ける日は、必ず来ます。あなたのペースで、希望を持って歩んでください。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

📢 この記事をシェア

関連記事