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難病の子と過ごす毎日の中で学んだこと

📖 約55✍️ 鈴木 美咲
難病の子と過ごす毎日の中で学んだこと
難病と知的障害を持つ子供を育てる著者が、診断時の葛藤から、日々の生活を支える具体的な工夫、心の在り方までを綴った体験談です。一般的な「普通」という価値観に苦しんだ経験から、いかにして自分たちの幸せの物差しを見つけたかを詳しく解説しています。福祉サービスの有効な組み合わせ方や、家族間のコミュニケーション、親自身のメンタルケアの大切さなど、実生活に役立つヒントを豊富に掲載。難病児育児に奮闘する親御さんが、孤独を手放し、明日への希望を見出せるような温かいメッセージを届ける内容となっています。

難病のわが子と歩む新しい日常の形

難病や知的障害を持つお子さんと向き合う毎日は、時に言葉では言い表せないほどの葛藤や不安に満ちているかもしれません。周りの家庭と比べてしまったり、将来の見通しが立たないことに孤独を感じたりするのは、決してあなただけではありません。

私自身、娘の難病が判明してから数年間は、暗い海の中を泳いでいるような感覚でした。しかし、日々の暮らしの中で娘が教えてくれたのは、絶望ではなく「小さな幸せを拾い集める力」でした。この記事では、私が難病児育児を通じて学んだ大切な知恵や、心の持ち方についてお伝えします。

この記事を通じて、今まさに悩んでいる親御さんの心が少しでも軽くなり、明日からのお子さんとの時間に新しい発見が増えることを願っています。私たちの体験が、あなたの家族にとっての小さなヒントになれば幸いです。


診断から受け入れまでの心の軌跡

突然告げられた病名と向き合う

娘が1歳を過ぎた頃、体の発達の遅れが気になり受診した大学病院で、聞き慣れない難病の診断を受けました。その病気は10万人に数人という発症率で、根本的な治療法はまだ確立されていないという現実を突きつけられました。

医師の説明を聞きながら、私の心はどこか遠い場所にあるような感覚でした。信じたくない、何かの間違いであってほしい。そう願いながらも、目の前で静かに眠る娘を見て、涙が止まらなくなった日のことを今でも鮮明に覚えています。

「なぜこの子が」「私の何が悪かったのか」という自責の念が波のように押し寄せました。しかし、時間をかけて多くの医療従事者や同じ境遇の親御さんと話す中で、病気は誰のせいでもないという当たり前の事実を、ようやく受け入れられるようになりました。

「普通」という言葉の呪縛

難病児を育てる中で、最も苦しかったのは「世間一般の普通」と比較してしまう自分自身でした。SNSを開けば、歩き始めた、お喋りをしたという輝かしい報告が並び、それを見るたびに心がチクチクと痛みました。

ある日、公園で元気に走る子供たちを見て落ち込んでいた私に、主治医がこう言ってくれました。「お母さん、幸せの基準を外側に置いてはいけません。この子の人生の基準は、この子の中にしかないのですよ」という言葉です。

その日から、私は「普通」という物差しを捨てる努力を始めました。10メートル歩けなくても、ニコッと笑ってくれたらそれでいい。そう思えるようになるまでには時間がかかりましたが、その決意が私を救ってくれました。

家族の絆が試される時

難病の子供を育てることは、夫婦関係や兄弟関係にも大きな影響を及ぼします。私たちの家でも、当初は夫との温度差に悩み、衝突することが何度もありました。私は「もっと寄り添ってほしい」と思い、夫は「自分が働いて支えなければ」と必死だったのです。

状況が変わったのは、家族会議を開き、お互いの不安を可視化してからでした。言葉にしなければ伝わらない想いがあることを痛感しました。今では、夫は最も頼りになる戦友であり、娘の小さな成長を誰よりも喜ぶ良き理解者です。

また、兄弟児(病気の子の兄弟)への配慮も欠かせません。どうしても難病の娘に手がかかってしまいますが、上の息子には「あなたも同じくらい大切だよ」と伝え続ける時間を作るようにしています。家族全員がチームとして機能することが、難病育児には不可欠です。


日々の暮らしを支える工夫と知恵

家の中を「安心の聖域」にする

難病や知的障害がある場合、日常生活の中の些細な刺激が大きなストレスになることがあります。娘の場合、光や音に敏感だったため、自宅の環境を整えることから始めました。カーテンを遮光性の高いものに変え、照明も調光可能なLEDに交換しました。

また、動線の確保も重要なポイントです。医療機器や吸引器などの配置を、誰が来てもすぐに分かるように整理しました。ラベルを貼って「どこに何があるか」を明確にすることで、ヘルパーさんや家族がスムーズに動けるよう工夫しています。

家が整うと、親の心の余裕にも繋がります。掃除や片付けが完璧でなくても、「安全で快適であること」を最優先にする。そんな割り切りが、24時間の介護を乗り切るためのサバイバル術となりました。

スケジュール管理のデジタル化

通院、リハビリ、役所の手続き、そして訪問看護。難病児のスケジュールは驚くほど過密です。以前は手帳で管理していましたが、家族でリアルタイムに共有するために、共有カレンダーアプリを活用するようになりました。

💡 ポイント

カレンダーには予定だけでなく、「その日の機嫌」や「飲んだ薬」をメモしておくと、受診時の医師への説明が非常にスムーズになります。記憶に頼らず記録に残すことが、親の脳の負担を減らしてくれます。

また、福祉サービスの利用状況を一覧表にまとめ、更新時期をスマホの通知設定に入れています。難病児の親は常に「書類仕事」に追われます。これをいかに効率化するかが、精神的な安定を保つための鍵となります。

リハビリテーションの捉え方

リハビリというと「訓練」のような厳しいイメージを持たれがちですが、私たちは「遊びの延長」と捉えるようにしました。理学療法士さん(PT)のアドバイスを受けながら、自宅での遊びの中にストレッチや感覚刺激を取り入れています。

例えば、お風呂上がりのマッサージや、音楽に合わせた手遊び。これらも立派なリハビリです。「今日これだけやらなければならない」と自分を追い込むのではなく、娘が楽しそうにしている時間を増やす。その結果として、関節が少し柔らかくなれば万々歳、というスタンスです。

目標設定は常に「今より少しだけ楽に過ごせること」に置いています。一生懸命になりすぎて娘が泣いてしまっては本末転倒です。笑顔で行えるリハビリこそが、最も効果的であると信じています。


社会資源と繋がりを活用する技術

福祉サービスの「組み合わせ」術

難病児を育てる上で、自分たちだけで抱え込むのは限界があります。日本では、様々な福祉サービスが用意されています。これらをパズルのように組み合わせることで、家族の生活を守ることができます。

サービス名 我が家での活用例 得られた効果
訪問看護 週3回のバイタルチェック 急な体調変化への安心感
居宅介護(ヘルパー) 入浴介助のサポート 腰痛防止と介助の安全性向上
放課後等デイサービス 週2回の放課後利用 娘の社会性と親の休憩時間の確保
短期入所(ショートステイ) 数ヶ月に1度の宿泊 家族のリフレッシュと緊急時の備え

これらのサービスを利用することに、最初は抵抗があるかもしれません。「親が楽をしてはいけない」という思い込みは捨てましょう。サービスを使うことは、「適切なケア」をプロと共に継続することであり、お子さんの権利でもあります。

相談支援専門員というパートナー

難病児育児における最大の味方は、相談支援専門員さんです。どのようなサービスが必要か、どのような手順で申請すべきか、彼らは福祉のナビゲーターとして導いてくれます。私たちの担当の方は、娘の成長に合わせて常に最適なプランを提案してくれます。

困った時に「助けて」と言える相手がいることは、精神的なセーフティネットになります。役所の窓口でうまく説明できない時も、相談員さんが間に入ってくれることで、スムーズに話が進むことが多いです。一人で戦わず、「チームわが子」を作る意識を持ちましょう。

ピアサポートの力

どれほど医療が発達しても、同じ病気や障害を持つ親同士でしか共有できない感情があります。私は地域の親の会やSNSのコミュニティに参加することで、多くの勇気をもらいました。「うちもそうだよ」「それ、あるあるだね」という共感は、最高の薬になります。

情報の交換も非常に活発です。使いやすい介護用品の口コミや、難病指定の手続きのコツ、理解のある病院の情報など、生の声は何物にも代えがたい価値があります。ただし、情報の取捨選択は慎重に行い、自分たちのペースを崩さないことも大切です。


難病児育児で大切にしたい心の在り方

「できない」ことへの新しい視点

知的障害や難病があると、できないことが目についてしまいがちです。しかし、娘を見ていると「できない」ということは、決してマイナスだけではないことに気づきました。彼女ができないことがあるからこそ、周りの人が助けようと集まり、そこに温かい交流が生まれるのです。

娘が一生懸命に何かを伝えようとする姿、時間をかけて一つのことを成し遂げる姿は、見る人に「生きる力」を再確認させます。それは、効率やスピードばかりが重視される現代社会において、とても尊い価値を持っているように感じます。

「この子は存在しているだけで、周囲に優しさを届けている」。そう思えるようになってから、私は娘を誇りに思えるようになりました。障害は欠点ではなく、その子の持つ「特別な彩り」の一つなのです。

親の自己犠牲を卒業する

「子供のために一生を捧げる」という考え方は、美しく聞こえますが、長続きしません。親がボロボロになってしまっては、子供を守ることはできないからです。私は意識的に、自分のための時間(趣味や休息)を作るようにしています。

⚠️ 注意

「自分が我慢すればいい」という考えは、知らず知らずのうちに家庭内に重苦しい空気を作ってしまいます。お母さん、お父さんが笑っている姿こそが、お子さんにとって最高の療育環境です。

たとえ30分でも、美味しいコーヒーを飲む、好きな本を読む。そんな些細なことで心の余裕は回復します。親が「一人の人間」としての喜びを大切にすることは、子供に対して「生きることは楽しいことだ」と背中で見せることでもあるのです。

未来ではなく「今日」を生きる

難病児の親の多くが、将来の「親亡き後」の問題に不安を抱えています。私もそうでした。しかし、何十年も先のことを今考えても、答えは出ません。福祉の状況も変わりますし、医療も進歩します。大切なのは、未来を憂うことで「今の幸せ」を逃さないことです。

私たちは「1日一生」の気持ちで過ごすようにしています。今日、娘が美味しくご飯を食べられた。今日、家族で笑い合えた。その積み重ねの先にしか、良い未来はないと確信しています。将来への備えは事務的に行いつつ、心は常に「今、ここ」に置くよう心がけています。


よくある質問(FAQ)

Q1. 難病の医療費助成について詳しく知りたいです。

指定難病の場合、「難病医療費助成制度」があります。申請には診断書(臨床調査個人票)が必要で、保健所が窓口となります。所得に応じて自己負担上限額が決まりますので、負担を大幅に軽減できます。また、自治体独自の手当(障害児福祉手当など)もあるため、まずは役所の福祉課へ相談することをお勧めします。

Q2. 周囲の人に子供の状態をどう伝えればいいですか?

無理に詳細を話す必要はありません。私は「少し成長がゆっくりな難病があって、こういうサポートが必要なんです」と、事実を短く伝えるようにしています。理解してほしい人には、具体的な「助けてほしいこと」を添えると、相手も接しやすくなります。隠さずにさらっと伝えることが、結果的に自分たちを楽にしてくれます。

Q3. 子供のパニックや情緒不安定にはどう対応すべき?

知的障害を伴う場合、言葉で伝えられないストレスがパニックとして現れることがあります。まずは「原因」を探ることが第一歩です。空腹、眠気、音への不快感など、本人の立場に立って環境をチェックしましょう。パニック中は親が落ち着き、静かな場所で安全を確保しながら、落ち着くのを待つことが基本となります。

Q4. きょうだい児のケアで気をつけることは?

「自分は後回しにされている」ときょうだい児が感じないよう、意識的にその子と二人だけの時間(スペシャルタイム)を15分でも作るようにしてください。また、難病の子のお世話を強制しないことも大切です。その子にはその子の人生があることを尊重し、一人の子供としてたっぷり愛情を注いであげてください。


まとめ:希望は日々の小さな中に

難病の子供と過ごす毎日は、確かに平坦な道ではありません。しかし、その道のりには、他の誰にも見ることのできない美しい景色が広がっています。娘が教えてくれたのは、何気ない日常がいかに奇跡の連続であるか、ということでした。

絶望の中にいたあの頃の私に伝えたいのは、「大丈夫、あなたはこの子と一緒に、もっと豊かで優しい世界を見ることになるよ」という言葉です。今、この記事を読んでいるあなたも、どうか自分を信じて、お子さんの手を握り続けてください。

私たちは、一人で歩いているのではありません。多くの支援者、医療従事者、そして同じ空の下で頑張っている仲間がいます。共に支え合いながら、一歩ずつ進んでいきましょう。

✅ 成功のコツ

明日一つだけでいいので、お子さんの「新しい表情」や「小さな変化」を見つけてメモしてみてください。その記録が、いつかあなたの心を支える大きな財産になります。

まとめ

  • 「普通」の物差しを捨てる:お子さん自身の成長ペースを基準に、日々の変化を喜ぶ。
  • 福祉チームを構築する:相談支援専門員や様々なサービスを活用し、家族だけで抱え込まない。
  • 親自身のケアを最優先にする:自己犠牲ではなく、親が笑顔でいることが子供の幸せに直結する。

鈴木 美咲

鈴木 美咲

すずき みさき42
担当📚 実務経験 15
🎯 相談支援🎯 当事者・家族支援

📜 保有資格:
社会福祉士、相談支援専門員

相談支援専門員として15年、障害のある方とそのご家族の「困った」に寄り添ってきました。実際の相談事例をもとに、当事者やご家族のリアルな声、具体的な解決策をお届けします。「一人で悩まないで」がモットーです。

社会福祉士として障害者相談支援事業所に勤務し15年。年間約100件の相談に対応し、サービス等利用計画の作成や、関係機関との調整を行っています。この仕事の魅力は、「困っている」状態から「解決した!」という笑顔に変わる瞬間に立ち会えること。ただし、制度が複雑で「どこに相談すればいいか分からない」という声を本当によく聞きます。特に印象深いのは、お子さんの障害を受け入れられず孤立していたお母さんが、同じ境遇の親の会に繋がり、「一人じゃないと分かって救われた」と涙ながらに話してくださったこと。情報と繋がりの大切さを実感しました。記事では、実際の相談事例(もちろん個人情報は特定できないよう配慮)をベースに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えていきます。

もっと詳しく

💭 福祉の道を選んだ理由

大学のボランティアで障害のある方と出会い、「困っている」を「解決した!」に変える仕事がしたいと思ったことがきっかけです。

✨ 印象に残っている出来事

孤立していたお母さんが、親の会に繋がり「一人じゃないと分かって救われた」と話してくださったこと。

✍️ 記事を書く上で大切にしていること

実際の相談事例をもとに、「こんなとき、どうすればいい?」という疑問に答えることを大切にしています。

🎨 趣味・特技

ヨガ、カフェ巡り

🔍 最近気になっているテーマ

ヤングケアラー支援、家族のレスパイトケア

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